
くる見
@walnut966
小説が好きなので小説ばかりを読む。
工場見学のような感覚でたまにエッセイを読む。
- 2026年10月8日
花伽藍中山可穂読み終わった本編を読み終わってから、解説やあらすじ、他の人の感想を読んではじめて「そういえばこれは恋愛小説なのか」と気づく。 中山可穂さんの書く恋愛は、色々なものを超越した愛で、性的指向がもたらす葛藤もあって、時には命懸けで、狂いそうになるくらい綺麗だから 私が恋愛小説に抱いているイメージと離れているためにそう思うのかもしれない。 愛と死が交わる場所は胸の苦しさと光景の美しさが同居する場所でもある。 「鶴」と「燦雨」にそれを感じたし、また好きだと思った。 - 2026年10月4日
モモミヒャエル・エンデ,大島かおり読み終わった時間の使い方について、向き合うきっかけをくれるお話。 大人も子どももきっと同じ問題を抱えていて、児童文学ではあるけれど大人が読んでも何かハッとする部分があると思う。 物語の中盤で、子どもたちがみんな「子どもの家」に放り込まれて、自分の好きな遊びができなくなる場面は辛かった。 何が辛いって、創意工夫を封じ込められた子どもたちは、反対に好きなことをしていいよと言われると何をすればよいのか全然分からなくなってしまうということだ。 これは、本来自由に好きなことをできる時間に、何もする気が起きずに寝てばっかりいる自分と少し繋がる部分もあり、私自身が持つ時間について、少し使い方を考えてみようと思わせてくれた場面でもある。 - 2026年10月1日
雪沼とその周辺堀江敏幸読み終わった人と物に対する繊細で綿密な描写が、架空の存在を限りなく現実的なものに磨き上げている。 タイトル通り「雪沼」という架空の地域を中心に、そこで生きる人びとのお話なので、お話同士に共通の人や店が出てきたりする。特定のコミュニティにある人と人のつながりを感じられる。 「スタンス・ドット」が一番好きだと思った。 廃業手前の、寂しいボウリング場から発せられる音、薄明かり、オーナーの孤独がつめたく染み通ってくる。 - 2026年9月27日
弱法師中山可穂読み終わったしばらく他の小説は読まないでおこうかなと思うくらい、深い余韻に浸されている。 命をかけてもかなわない恋のお話三篇。 愛に大きく傾いた人間のあやうさと、愛しあうことの尊さ、残酷さと美しさ。それぞれがめちゃくちゃに傷つけ合いながら共存している。 端的に言うと、自分の好みに深く刺さった。特に「卒塔婆小町」が好き。 死の気配、愛への傾倒、心と心の結びつき。こういった要素が好きな人、最早そうではない人にも読んでほしい。私はこの本がとても好きです。 - 2026年9月24日
刺繍する少女小川洋子,谷口広樹,飯島耕一読み終わった孤独、虚無感の描き方が素敵だと思った。 登場する人物やモチーフは、ありふれた存在ではなく、かといって全く無いとも言い切れないものであることが多い。 (刺繍をする少女、寄生虫図鑑、木馬博物館、自分のことを王女さまと思い込んでいる女性…) 小川洋子さんは、この世界のどこかにいるかもしれないひっそりとした存在をすくいあげ、小説に登場させる。 それらがもたらす密やかさが、静謐な印象を作っているのかもしれない。 じわじわと、染みが広がるようにして、最後は孤独と虚無感の穴が空いているような…そういう短編集だった。 - 2026年9月20日
ビューティフルからビューティフルへ日比野コレコ読み終わったオモコロチャンネルの何かの動画で、原宿さんが紹介していたのを覚えていて、しばらく経って偶然本屋で見つけたので。 初めて読む感じの文体、だけど読みやすい。 三人の登場人物それぞれの一人称視点で繰り出される物語。それぞれが抱える、絶望を筆頭とした思いがめちゃくちゃに溢れて止まらない!一人称視点でしか描けない疾走感。 特に、静というキャラクターがこれまためちゃくちゃな子で、この子の思いが吐き出される度に技のコンボ数がどんどんカウントされていく。 生きるか死ぬか、未来は不明、だけどもう走るしかない!というようなエネルギーを感じる。 色んな小説があって面白いな、いいな。 - 2026年9月20日
愛の生活・森のメリュジーヌ芳川泰久,金井美恵子読み終わった小川洋子さんのエッセイで「愛の生活」について書かれていたので読んでみた。 まず印象的だったのは夢の中にいるような感覚を引き起こす文章。前後不覚で、脈絡なく湧き起こるかのように思える現象も、自分の記憶のどこか深いところで紐づいている、あの酔うような感じがしたこと。 それでいて、モラルを振り切った描写は強烈に刻みこまれ、新たな夢を見る素になる。 (読んだあと、不思議な夢を見た) お酒を飲んで、酔っぱらいながら読んだらめちゃくちゃに、それでいて綺麗に、訳わかんなくなってしまいそうだと思った。危険な陶酔。 - 2026年9月13日
ちくま日本文学(009)坂口安吾読み終わった白痴を読み直すついでに他の作品にも興味があったため購入。 小説の中では「桜の森の満開の下」が一番好きだった。 エッセイもかなり面白い、魅力的…。 美しさや、文学、言葉の力に対するものの見方がかっこいい。 必要なものだけを究極に突き詰めた場合にのみ発せられる美しさ。 表を取り繕うことなく本心に正直になり堕ちきることで真実に向かえること。 そういう価値観を知ったあとで、既読の作品を読み直すとまた違う面白さを発見できる。 お風呂場の窓が風で吹っ飛び、強盗と勘違いした安吾が「税務署の怨霊」を迎え撃つためにバットを携え夜明けまで見張っていたくだりが一番お気に入り。 - 2026年9月1日
妖精が舞い下りる夜小川洋子,谷口広樹読み終わった大好き小川洋子さんのエッセイ集。 小説について書かれた内容が多く、ドキドキしながら読む。 あの魅力的な小説たちの舞台裏をそうっと覗く感覚。 今まで読んできた全ての小説の中で、小川さんのドミトリイが最も好きだ。 そのドミトリイを執筆中、途中でデータが消えてしまい、書き直したもののどうしても数ページ足りなかったという話があり衝撃だった。 誰も知らない、ドミトリイの数ページ…絶対に読むことのできない小説に焦がれる。 - 2026年8月29日
([お]8-1)おとぎ話の忘れ物 (ポプラ文庫 お 8-1)小川洋子,樋上公実子読み終わった樋上公実子さんの絵をモチーフにしたおとぎ話。 ページをめくると実際の絵が載っていて、文章と絵が繋がる部分に気づいた時の面白さは新鮮な体験だった。 描かれた人物の表情には波がない。背景や描き込まれたモチーフから見る人の想像力をはたらかせる。 そんなところが小川洋子さんの小説が持つ空気感にとてもよく調和していると思う。 『愛されすぎた白鳥』ではおとぎ話や昔話で体験したことのあるあの虚無感を、小川洋子さんの静かで美しい文章で味わうことができる。 小説に登場する食べ物で、食べてみたいものが増えた。 白鳥の形をした陶器に入れられた、色とりどりのキャンディー。 - 2026年8月27日
プールサイド小景・静物庄野潤三読み終わった日常という言葉が一番に思い浮かぶ。 現実世界を参考にすると、日常に劇的なオチがつくことってあまりない。 それと同じで、この小説もするんと終わる。家族の日常をここからここまで切り取ってそれを覗いている感じ。 子どもたちの描写は微笑ましい一方で、両親の間には溝がある。破滅の可能性を両手いっぱい抱えながら家族の日常は進んでいく。時間の流れがなめらかに感じる。 装丁の印象もあるかもしれないけど、お話が水みたいにするすると入ってくる。わりかし読みやすい。 - 2026年8月23日
菜食主義者きむふな,ハン・ガン読み終わった小説を読んでいると時々「くらった」と思うことがある。 何か強い衝撃を与えられたときの気持ちに近い。 そして今回、見事にくらってしまった。 それぞれの視点で描かれる連作小説。 菜食主義者というタイトルから想像していた話より遥かに壮絶。 しんどいのに、読むのを止められないあの感覚。でも読んでよかった。 人間から獣へ、獣から植物へ変わっていく過程。またそれに翻弄され取り残された人間の、そのもがく様が不気味であるのに釘づけになってしまう。 人間も動物の一種であり、動物も植物も生命という大枠に含まれているが、その境界線を踏み越えるときどうしておぞましいと感じるのか。 夜中から明け方にかけて読んでしまったせいで余計に頭がくらくらする…。 - 2026年8月21日
西の魔女が死んだ梨木香歩読み終わった物語に登場するまいと同じくらいの歳の頃に読んだことがあり、話の細かい部分は忘れてしまっていたものの、タイトルと最後の一文だけは忘れずに大人になりました。 読書にハマり、再びまいとおばあちゃんに会うことができました。夏が終わる前にどうしても読みたかった。 大人になっても、あの頃と同じ場面で、同じように涙が出ました。 色々なことが変わっていくなかで、自分の変わらない部分を見つけることができました。 - 2026年8月19日
停電の夜にジュンパ・ラヒリ読み終わった短編集で、男女両方の視点が含まれているのにもかかわらず、そのどちらもが妙に現実的。著者は性別を2パターン経験してきたのかと思った。 『セクシー』が好きだった。 セクシーという言葉の意味を、子どもが誤解して、知らない人を好きになること、と発したシーンは切なかった。 - 2026年8月16日
文庫 星の子今村夏子読み終わった主人公ちひろの周りは優しい人たちばかりだった。 両親は怪しい宗教に入れ込んでいて、ちひろはいわゆる二世なのだけど、その境遇がもたらす色々な出来事の中で、同級生や叔父などは優しく寄り添ってくれている。 ちひろが小学生の時に家を出ていった姉のまーちゃんも、家を出る直前にちひろと会話する場面でその優しさが見える。 こうしてみると、宗教にハマる親が悪者でちひろはその被害者であるように見える。それは実際そうなのだろう。住まいがどんどん小さくなっていったり、宗教が原因でちひろに悪い影響をもたらしている部分は確実にある。 それでも、両親が悪者だとはっきり決めつけることができないのは、両親はいつでもちひろのことを大切に思っていて、その部分だけは、優しくしてくれる同級生や叔父らと共通しているからだと思う。 - 2026年8月15日
蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ久保忠夫,室生犀星読み終わった蜜のあわれ 全編会話文のみの構成は案外するすると読めた。 三歳子の金魚ちゃんとおじさまのやりとりは純粋さ無邪気さの裏に艶やかさが潜んでいる。 これから先、赤い金魚を見たとき全部女の子に見えてしまう気がする。 われはうたえどもやぶれかぶれ 闘病記 痛そう、苦しそう…なのに、ありのままの描写であったり、同じ病院に入院している感じの悪い患者や意見の合わない看護師さんに対して自分の意志を貫こうとする部分から、病人とは思えない生き生きとした脈を感じた。 そこからの、生涯最後の詩 老いたるえびのうた はちょっと泣きそうになってしまった。 - 2026年8月12日
冥途内田百間読み終わった件が読みたくて。 夢の中にいるような、足元がぐにゃりと歪んで、覚えのあるようでないような空間に取り残されたときの不安な感じがあって、はじめは上手く場面を想像できなかったが、三十三篇を読み進めていくなかでふと自分にはまる瞬間が訪れる。 わたしにとってそれは『笑顔』の赤い林檎と『二本榎』の最後、左様ならという言葉だった。 二本榎に、赤い瑪瑙でできた金魚が出てくる。偶然、自分の好きな話のどちらともに赤いモチーフが出てくることに気づいてちょっとにやりとしてみたり。 - 2026年8月8日
杳子・妻隠古井由吉読み終わった病んでいる描写がとても細かい。たくさんの言葉から、谷底に座る杳子や熱にうかされる寿夫の感覚の具合が伝わってくる。 杳子は、病気と健康な人の境が分からなくなる話だった。 はじめは、杳子は病気としか思えなかったけれど 彼女の姉が登場すると、これが本当にそうなのかな?と分からなくなる。 序盤〜中盤は読んでいても色が感じられなかった。岩に囲まれた谷底や、灰色の空と海。 でも最後の、杳子の部屋に入る場面は色んな色があった。水色のネグリジェ、赤いカーディガン、窓から差し込む夕陽の色…。 そういう色の印象が変わることと同じように、病気と健康も反転している気がする。 病気だったはずの杳子から、序盤に描かれた危うさがあまり感じられなくなる。 健康になったはずの杳子の姉は、今も神経を病んでいる素振りを見せる。健康になるってどういうことなんだろう。 - 2026年8月4日
- 2026年8月1日
雪国川端康成読み終わった今年のプレミアムカバーが綺麗だったので、これをきっかけにして読むことに。 寒い地域特有の空気が澄んでいるような感じが、落ちてきそうなくらいにひしめく星たちや天の河の描写から伝わってきます。 注解を読み読み、当時の生活に思いを馳せつつ(自分が生きていない時代に対する漠然とした憧れがあります)島村の逗留中、そのもとへ通い続ける駒子のすがたに少し共感する部分もあり、人間の中身に時代という境界はあまりないなと思ったり。 駒子や葉子の美しさが島村というフィルターを通したとき、何が残るのか。 時間をおいて、いつかもう一度読んだときまた違うことを感じる気がします。
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