群像 2026年 5月号

群像 2026年 5月号
群像 2026年 5月号
講談社
講談社
2026年4月7日
11件の記録
  • ベルゼバビブベボ 舞城王太郎 攻略できなかった。。。けどこの人の文章のリズム感や語感が好き。
  • Ryu
    Ryu
    @dododokado
    2026年5月22日
    小砂川チト「ゾンビ回収婦」を読んだ。ほかも読んだ。奇抜(に見える)な設定に目がいきがちだけれど、この設定でしか書きえないかもしれない内言と地の文(という言い方はただしくないのだけれど)のちぐはぐなリズムがいっそう魅力的で、何回も読み返してしまった箇所がいくつもあった。つまり、ここで描かれているのは人間がAIによって労働から解放されたユートピアなんだけど、むしろその「設定」を文章の方が先に要請しているような雰囲気があり、『コンビニ人間』以降の人間の疎外の文脈で読んでしまうと取りこぼしてしまうところが多いかもしれない。p.67の「そのような/つらいできごとがあったの/ですね。」の以降、視点が変わってから若干のりきれないところがあった、説明的すぎるから?……だけど勢いで乗り切っていないところ、/(スラッシュ)で区切るように空白が何度も挿入されるところがこの作品の美点のように思えて、ゾンビの死体のようにバラバラになったところをぜんぶは回収していない。 「「先生、わたしはみじめだった。長いことみじめだった」  みじめ?どうしてそんなふうに思うの? 「なぜだか分らないけど、こどもの頃からずっとそんな気分をかかえてた。それで、その気分を払拭しようと頑張るのに、なぜだかものごとがうまくいけばいくほど、いっそう、余計に、みすぼらしいきもちになっていった」  うん、うん。分る気がします。 「解雇されたことも、じっさいさんざんではあった。もちろん。誰だって首を切られるのがうれしいわけない。でも、でもそれ以上にずっと情けなかったのは──」  情けなかったのは?  腹部が熱くなった。胃の底から突沸するようにさまざまの単語がポップアップし、喉に詰まった。言葉に詰まったことをきっかけにしてわたしは咳き込むように泣きだしていた。 「言えない。言えない。言いたくない」  ここにきて掃除婦の仕事をするうちに、つまりひと晩ひと晩、ゆっくりとできごとの渦中から脱却していったときに、ある晩はじめてそのぬかるみを見下ろしてこの言葉を発見することができたのだ。わたしはみじめだった、と。  ひとしきり泣いたあとようやく目をあげると、先生は感じ入ったように首をもたげていて、それきりもう、なにも言おうとはしなかった。  涙のしぶきが世界にしみをつくっていた。わたしはヘッドセットを顔の皮膚から引き剝がす。  ヘッドセットのうちがわのディスプレイに、わたしの視界がちいさくとおのいて、あなたがこちらを振り返ろうとしている。わたしたちは病院からホテルの廊下に元どおり送り返されていたようだった。わたしのもうひとつの身体はそこに棒立ちしている、まるきりたましいのぬけたように。ならばわたしは肉体から剝がれた霊魂そのものとして、いまこちらの世界に帰還していることになった。この幽体は泣きじゃくっていて、肉体は真顔で直立しているんだった。  亡霊であるところのわたしはさまようような格好でずる、ずると涙で重たくなったたましいをひきずりながらトイレへ向かい、またしても驚異的な、あるいは霊的な排尿をする。」53-4
  • Rica
    Rica
    @rica_bibliotheca
    2026年5月18日
    いつもの保坂さんに、今号は、川上弘美さんと奈倉有里さんの対談がいい!
    群像 2026年 5月号
  • 三宅香帆の連載がある
  • 秘密の読書会〜小川洋子×東畑開人 小川 広い世界に行くために、一回狭い場所に閉じこもる。誰にも見つからず誰にも侵されない場所というのは孤独な場所であって、それを持っていれば自由な世界に行ける。孤独と自由という矛盾が共存できる場所の一つが本なのでしょう。 東畑 外にいるときは、外の世界のことばかり考えてしまいます。他者がうるさいんです。でも密室に入って静かな時間と空間を手に入れると、小川さんの『サイレントシンガー』のように沈黙、静寂が聞こえてきて、静かな物語を味わうことができる。これは人間ならではの自由ですね。 小川 心を持っているからこそです。動物は持っていないものを人間が持ちえたからこその特権です。
  • 三宅香帆「はじめての自分的思考②勉強する習慣」 知識人は稼げるアマチュアであることが大切だ。社会に適応しつつ社会を裏切るとは、そういうことなのかも。ポストフォーディズム時代の、ともすふと自律的に社会に適応させられてしまう時代だからこそ、重要。
  • 小特集 奈良有里と読書の歓び〈わたし〉であることの奇跡 辻山良雄 子どものころの奈倉さんは、書店に並べられた本の背表紙を眺めるのが好きで、店内をうろうろしては本棚を眺め、本が語りかけてくる声を聴いていたという。わたしの書店でも、時おり真剣なまなざしで本棚を見つめながら、表紙に書かれている文字を目で追いかけている若い人の姿を見かけることがあるが、そのときわたしはその人の内にある、誰にも侵すことのできない内面の世界を覗き見た気にさせられる。高速回転で動いているせわしない世界でも、小さな書店に入り本棚に並ぶ本を見ているうちに、人はいつの間にか本来のその人自身に帰っていき、「だいぶ奥のほう」にいた自分と地続きになるのだ。 そんなとき人は、そのように意識しなくても、少しでもいい人間になろうと願っているのではないか。多くの人が、そうした世界へのあこがれを取り戻せば、この世も随分生きやすいものへと変わってくると思うが、それは楽観的な考えに過ぎるだろうか。
  • uroburo
    uroburo
    @uroburo96
    2026年4月12日
    沼野充義「シベリアからの風 石原吉郎、マンデリシターム、そして何よりも内村剛介のこと」
  • Q
    Q
    @q40176
    2026年4月8日
  • Ryu
    Ryu
    @dododokado
    2026年4月8日
  • ちー
    @chip_86
    2026年4月7日
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