論理哲学論考
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ゆげの@hoochaa2026年5月21日買った読み終わった本文を読み終わって、かっけ〜……と感情に浸りながら訳者解説を読んでいたら、 「それにしても、『論考』という著作は妖しい光を放っている。読む者を射抜き、立ちすくませ、うっとりさせる力を擁している。それはおそらくすばらしいことなのではあろうが、危険でもある。うっとりしながら哲学をすることはできない。」 と書かれていてウケた。 1 世界は成立していることがらの総体である。←カッコいい 3.032 「論理に反する」ことを言語で描写することはできない。それは、幾何学において、空間の法則に反する図形を座標で表したり、存在しない点の座標を示したりすることができないのと同様である。 4 思考とは有意味な命題である。 4.001 命題の総体が言語である。 4.04 レコード盤、楽曲の思考、楽譜、音波、これらはすべて互いに、言語と世界の間に成立する内的な写像関係にある。 4.0141 ある一般的な規則が存在し、それによって音楽家は総譜から交響曲を読み取ることが可能となり、人がレコード盤の溝から交響曲を引き出すことが可能となるりまた、その規則によって、総譜から交響曲が読み取られたように、交響曲を聴いた人がそこから総譜を導き出すことができる。まさにこの点に、見かけ上まったく異なる形象における内的な類似性が存している。そしてその規則とは、交響曲を音符言語に射影する射影法則にほかならない。 5.6 私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。 5.61 思考しえぬことをわれわれは思考することができない。それゆえ、思考しえぬことをわれわれは語ることもできない。 5.62 すなわち、独我論の言わんとするところはまったく正しい。ただ、それは語られえず、示されているのである。 5.632 主体は世界に属さない。それは世界の限界である。 5.633 君は現実に眼を見ることはない。そして、視野におけるいかなるものからも、それが眼によって見られていることは推論されない。 5.634 われわれが見るものはすべて、また別のようでもありえた。およそわれわれが記述しうるものはすべて、また別のようでもありえたのである。 6.363 帰納的探求の核心は、われわれの経験と一致しうるもっとも単純な法則を採用するという点にある。 6.3631 しかしこの探究はなんら論理的な正統性を持たず、たんに心理的に正当化されるにすぎない。 6.36311 太陽は明日も昇るだろうというのは一つの仮説である。すなわち、われわれは太陽が昇るかどうか、知っているわけではない。 6.4311 視野のうちに視界の限界は現れないように、生もまた、終わりをもたない。 6.5 謎は存在しない。問いが立てられうるのであれば、答えもまた与えられうる。 7 語りえぬものについては、沈黙せねばならない。←知ってたけど、最初から読んでここに辿り着くとカッコ良すぎるかも 章末にあったラッセルによる解説が意外と良かった

読書猫@bookcat2026年5月19日読み終わった読み直した(本文抜粋) 一・一 世界は事実の総体であり、ものの総体ではない。 二・一 われわれは事実の像を作る。 三 事実の論理像が思考である。 四・一一二 哲学の目的は思考の論理的明晰化である。 哲学は学説ではなく、活動である。 哲学の仕事の本質は解明することにある。 哲学の成果は「哲学的命題」ではない。諸命題の明確化である。 思考は、そのままではいわば不透明でぼやけている。哲学はそれを明確にし、限界をはっきりさせねばならない。 四・一一六 おそよ考えられうることはすべて明晰に考えられうる。言い表しうることはすべて明晰に言い表しうる。 五・六 私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。 五・六三二 主体は世界に属さない。それは世界の限界である。 七 語りえぬものについては、沈黙せねばならない。- ふる@kenken632026年4月3日買った読み始めた読み終わったまだ読んでる@ 自宅まずは7つの命題だけを読み、そこから補助命題を結びつけていく。 理解できた範囲から、一つ一つ繋がっていき、全体像が見えてくる。 まるで詩を読み解くような、今までにない読書体験だった。


泡沫(うたかた)@reads21512025年6月30日読み終わったやっと読み切った。とても難しく、内容を完全に自分の中に落とし込めた自信はない。「語り得ぬものについては沈黙せねばならない」自然科学や数学などいわゆる「論理」が主体となる世界では氏が語る論考は納得ができまたそれでこの学問や分野は構成されていると思う。しかし生の問題を神秘として表されるとして良いのだろうか。「翻訳できない世界のことば(エラ・フランシス・サンダース著/前田まゆみ訳/創元社)」などにある感情や状態を指した言葉は「語り得ぬもの」なのか。それともこれは多言語での名があるから語られているものなのか。語り得ぬと言うよりかは「示すことができない場合」を指すのかもしれない。少し時間を置いてから再読しなければ理解したかも怪しい気がする。
RIYO BOOKS@riyo_books2024年7月27日読み終わった三・〇三一 かつてひとはこう言った。神はすべてを創造しうる。ただ論理法則に反することを除いては、と。──つまり、「非論理的」な世界について、それがどのようであるかなど、われわれには語りえないのである。
i.@rom-random1900年1月1日読みたい語り得ぬものについては沈黙しなければならない 考えること自体が哲学ではないの主張 答えを考えてもない 後にヴィトゲンシュタイン自身が論理哲学論考否定→『哲学探究』出版。「間違ってたけど、そうでもないなと気づいた」 出版区 小川哲
















































