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𓇌𓅱𓇌
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@dccxxiv___
  • 2026年4月10日
    わたしを離さないで
    わたしを離さないで
  • 2026年4月3日
    天国からの道
  • 2026年3月31日
    虎のたましい人魚の涙
    p.90 語ることができなかった傷は、時折、語ることができなかったという理由で痛み続けることもあるだろうから。
  • 2026年3月24日
    わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版
    p.41 老いることは恐ろしく切なくかなしいことだけれど、忘却は救いでもあるような気がする。まるで宇宙服を着ているようにゆっくりと動くお年寄りをみていると愛しく、なんとなく安心する。わたしには老いるまでまだたくさんの時間がある。忘却の巨大なひかりに呑みこまれたとき、それでもわたしが語りつづけることはいったい何だろう。
  • 2026年3月19日
    コンビニ人間
    コンビニ人間
  • 2026年3月17日
    ヨハネスブルグの天使たち
    ヨハネスブルグの天使たち
    落下する少女型の機械と、登場人物たち。 蝶の飛ぶ軌跡のように、掠めて重なるそれぞれの物語を追いかけている私が見てるのは、機械が見ている夢のようなものかもしれない。 掴めそうなのに消えていくようなこの読後感のままでも、今はまだいいかと思う。きっと、またこの小説を読みたくなる日が来ると思うから。
  • 2026年3月13日
    自省録(マルクス・アウレーリウス)
    自省録(マルクス・アウレーリウス)
    p.197 善い人間のあり方如何について論ずるのはもういい加減で切り上げて善い人間になったらどうだ。
  • 2026年3月4日
  • 2026年2月27日
  • 2026年2月26日
  • 2026年2月23日
    プラネタリア
    プラネタリア
  • 2026年2月22日
    世界でいちばん孤独な夜に
  • 2026年2月20日
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
    p.340 「きみはぼくに会いたくなる、質問? ぼくはきみに会いたくなる。きみは友だち」
  • 2026年2月18日
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    朝目覚めて、寝ぼけた頭で「あぁ昨日観たあの番組面白かったなぁ、早く続きを観たいな」と思ったのが、前日の夜に読み進めていた、この「プロジェクト・ヘイル・メアリー」だった。小説なのに、自分の脳内には映像として残っていたようだ。 専門的なディテールはもちろん分からないところもあるけれど、まるで主人公と並び立っているような気持ちで目の前の出来事や展開に難なく没入出来るから、読んでいてとても面白い。 次は下巻、この後どうなっていくのか。もちろん読み進めるけれど、でももうすでに、この物語が終わって欲しくないとも思っている。 一気に読んでしまうのが勿体無いような、そんな気持ち。
  • 2026年2月15日
    君たちは絶滅危惧種なのか? Are You Endangered Species?
    p.200 精神、つまり人間の頭脳活動が、本当に電子化できるものなのか、という疑問に完全に答えることができないからだろう。 現在の記憶と、頭脳の計算能力をデジタルで移植したとき、たしかに、そこに同等の機能が再現できる。生きている感覚もたしかに得られるだろう。人間の心、スピリッツは、ヴァーチャルでも遜色なく活動するし、むしろより活発に機能するだろう。 しかし、本当にそれが生きていることになるのだろうか? この思考が行き着くところは、生きていることの価値は何か、である。 ヴァーチャルでは、人間が生きることで得られる感覚のすべてを再現できる。すなわち、生きている心地がする。だが、その心地は、本物なのか? かつて、人間は子供を産み、新しい世代に将来を託した。また、常に成長と老衰という経時変化とともにあった。老化を科学的に回避したとき、子孫を産む能力を失った。それは、もともと同じものだったからだ。 植物は枯れるから種を残す。死ぬから生まれる。成長することも老化することも、同じ現象であり、それは人類だけでなく、すべての生命の遺伝子に組み込まれたプログラムたった。 そのプログラムから逃れようとすることは、パラダイム・シフトにはまちがいないが、しかし、そこで失われるものが必ずあるだろう。それを予感させるものも、このプログラムによる自己防衛反応にすぎないのか、それとも、大いなる絶滅の危機に対する最後のストッパとなりうるものなのか。 僕にはそこが、まだ、どうしても見極められないのだ。
  • 2026年2月12日
  • 2026年2月10日
  • 2026年2月8日
    神はいつ問われるのか? When Will God be Questioned?
    p.264 世界を消すよりも、さきに自分が消えようと考える神、それが人間だ。 自分が神だと、どうして考えないのか、という問題を思いついた。 それは、神になることよりも、神に縋る方がずっと楽で、安心できるからにすぎない。 安心とは、安らかに眠れること、生を放棄すること、すなわち死を望むことだ。それを、ちょっとした言葉のレトリックで逸らし、誤魔化そうとする。
  • 2026年2月4日
  • 2026年1月30日
    村田エフェンディ滞土録
    p81 テレンティウスという古代羅馬の劇作家の作品に出てくる言葉なのだ。セネカがこれを引用してこう言っている。「我々は、自然の命ずる声に従って、助けの必要な者に手を差し出そうではないか。この一句を常に心に刻み、声に出そうではないか。 『私は人間である。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない』と」。ディミィトリスは瞬きもせず私の目を真っ直ぐに捉え、力強く言い切った。弱くなった午後の日の光が部屋に満ち、ムハンマドのつくるスープの匂いが調理場から流れてきた。 帰国してからも、私は永くこの言葉を忘れない。
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𓇌𓅱𓇌 (dccxxiv___) さん - Reads | 読書のSNS&記録アプリ