1973年のピンボール
63件の記録
いあに@IANI832026年1月8日買った読み終わった中古大事な人の喪失から三年後を、僕と鼠の視点から描いた作品、なのではないかと思う。この喪失には1970年以前の時代の喪失も含まれるように見える。鼠はおそらく僕の対になる僕(光と影、左と右のような)ものなんだろう。悲しみを言葉にすることで痛みの個別性を失う、ということが『謎とき村上春樹』に書かれており、ああ、ここだなと思う場所があった。鼠は安全な場所、言葉がなくても理解される場所から出発する。でも僕は繰り返している。色々思いが巡る話だった。

アネモネ@anemone2025年12月26日読み終わった双子の姉妹との〈僕〉の日々。女の温もりに沈む〈鼠〉の渇き。やがて来る一つの季節の終り。三部作の第二弾。 お洒落なワードがふんだんに使われているが、『風の歌を聴け』に比べると、だいぶ暗い。特に〈鼠〉のパートの悲しさに、胸が痛んだ。全体を喪失感が貫いている。 前作に続き、ジェイズ・バーというバーが出てくるが、バーって素敵。自分もバーに行くけど、見知らぬ人と出会って話をする空間って貴重だと改めて思った。 この作品もかなり久しぶりの再読なのだけど、歳を重ねてから読むと印象が変わる。味わい深い作品。


ゆう@yu_322025年11月25日読み終わった再読村上春樹さんの初期三部作の二作目。 1973年の秋。 僕、そして鼠がそれぞれ決意する別れをテーマに書かれた小説。 突如始まり、唐突に終わる、不思議な双子との共同生活とピンボール。 ピンボールによる心の救済、なのかもしれない。 喪失と救済。 直子とピンボール。






プカオ@panshg_01182025年9月1日読み終わった感想これは決別の話だ。鼠は故郷とジェイズ・バーに、『僕』はピンボールである3フリッパーのスペースシップに。物語は鼠のパートと『僕』のパートの2つを交互に進行していく構成であり、2人共最後には各々の大切な存在と別れるのだが、その過程はまるで違う。鼠はいつ別れを切り出すか悩み、そういった繊細な描写が印象的だった。『僕』とスペースシップとの会話はその表現だけで『僕』の持つスペースシップへの想いが理解できるし、そんな大切な存在と別れる場面がどこか切ない気持ちになった。前作もだが、登場人物達の何気ない会話がまるでオシャレな洋画を観ているようで、心地良かった。

夏しい子@natusiiko2025年5月15日読み終わった1973年は私の生まれた年だ。 なのでつい、『風の歌を聴け』の前に読んでしまった。 まぁ先に『羊をめぐる冒険』読んじゃってるけどね。 初期の村上春樹作品はいいね。スラスラ読める。 読み心地もいい。 双子に配電盤の説明をするところと「彼ってすごいんだから」は吹いた。 鼠が別れに来た時に、ジェイが物分かり良い返答をした時の鼠の反応が好きだ。村上春樹作品に物分かりのいい読者に春樹さんがツッコミ入れたみたいな感覚がした。
ゆん@yk505252025年4月25日読み始めた2025/4/25 読了 熱海に読書旅に来ました 夕方、一気に読み終えました この時代を生きたわけではないのに なんだか懐かしく感じて、気持ちよかった本🙂 2025/4/21 読み始め ちょっとアタマ疲れたので、小説を☺️ 村上春樹氏2作目
湯の本棚@y_book222025年3月26日読み終わった@ 公園陽気あふれる駒場公園にて📚 鼠、ジェイ、双子、職場の女の子 ピンボール 鼠を構成するものが、どんどん離れていく時 直子がいなくなったあとの、鼠の生活 ひしひしと鬱さとたまの陽気を感じられた やっぱり村上春樹の小説は 気づいたら外国に情景をもってかれる - 橇(ソリ🛷) - コロニーの話 彼らは早朝キジバトの声で目を覚まし、ブナの実を足で踏みしだきながら庭を巡り、立ち止まっては葉の間からこぼれ落ちる朝の光を仰いだ。 - 雨はひどく静かに降っていた。新聞紙を細かく引き裂いて厚いカーペットの上にまいたほどの音しかしなかった。 - 「大学でスペイン語を教えています」と彼は言った。「砂漠に水を撒くような仕事です」僕は感心して肯いた。


















































