くらしのアナキズム
55件の記録
ユリコ@sichwidmen10112026年5月4日アナキズムって政府をぶっ倒せとか、そういう大層なことではないんだなと思った。自分たちの生活を自分たちで管理するというのも立派なアナキズム。それに、国家が疫病を運んだり、からなずしも良いものではないというのも面白い。医療合理化の先にあったものは崩壊だったとか。トップダウンでやるよりも、自分の生活の近くにあるもの、人たちで何か起きた時の対処法を考えておこう、そのために「タチャウト!」的なことをしていこう、というのはすごく興味深い。しかしながら、壁一枚隔てた向こう側の人を簡単には信用できないのも事実。みんなが録画録音技術を手にして、簡単に物語を作って拡散できるようになってしまったから、自分の身がどうなるのかわからないのが怖いのかな。
えつこま@e2coma2026年4月20日読み終わった内容知らずにタイトルに惹かれて借りてみた。くらしという言葉から想像するのほほんとしたトーンとはちょっと違って、国家とは何かを人類学の視点から考察した内容。こういうメタ視点の思考って、気づきがいろいろあるなー。 追記 面白かった部分…遊牧民のような人々より農耕社会のような定住化の方が国家として人々を統治しやすい。文字で住民の記録を残すことにより国家を形成する。なので文字を捨てた民族もいたと思われる。東南アジアの山岳民族などは、元から険しい山岳に暮らしたわけではなく、国家による統治から逃れた結果である。 足りないなと思った部分…フェミニズム的な視点が皆無。昔ながらの集落による自治を良きものとして捉えているが、現実にはそのような狭い社会を嫌い、都会に流出する人々については言及されていない?
Q@q401762025年8月17日内容再確認@ 図書館メモ:pp.97-99, pp.147-145 グレーバー『民主主義の非西洋起源について』片岡大右訳、以文社、2020年、p.12「開かれた、そして相対的に平等な公共的議論のプロセスを通して自分たちの課題に対処するコミュニティのやり方が民主主義なのだ、という単純明快な見方を……」pp.45-46「採決とは、公の場でなされる勝負であって、そこでは誰かが負けを見ることになる。投票やその他の方式による採決は、屈辱や恨みや憎しみを確実にするのに最適の手段であって、究極的にはコミュニティの破壊をすら、引き起こしかねない。」「コンセンサスの諸形態のほとんどにおいては、程度を異にする不合意の多様な形態が認められる。重要なのは、自分の意見が完全に無視されたと感じて立ち去ってしまう者が誰もいないようにすること、……」 キーワード:グレーバー、調整、民主主義と国家の不可能な結合、人類社会としての「政治」、コンセンサスに基づく意思決定とは反対意見を持つ人がいても排除や無視が行われないと思わせるような高度なコミュニケーションのこと

いくぽぽ@ikureadsbooks2025年4月17日読んでる当直の休憩中に読んでいる。 “政治家は、所詮、法律をつくって、予算をつけるくらいしかできない。その政策や法律を実のあるものとして現実化できるのは、日々の暮らしを営んでいる一人ひとりだ。” 私は一所懸命に暮らそうとしているからこそ政治に日々直面している。






































