羆嵐(新潮文庫)

25件の記録
Yamada Keisuke@afro1082026年3月22日読み終わった令和の熊騒動が記憶に新しい中で、かつて人々が熊とどう対峙していたのかを知りたくなり、積んであった本著を読んだ。大正時代、北海道に入植したばかりの村で実際に起きた、熊による最大規模の被害ということでかなりスリリングな内容だった。 昭和57年初版で手元にあるのは、令和6年59刷…!歴史に名を刻むクラシックだということがよくわかる。文体としてはやや硬派で、慣れるまで若干読みにくさはあるものの、事態が凄惨さを増していくにつれて、リーダビリティを上回る「先を知りたい」という欲求が勝り、いつのまにか読み終わっていた。 舞台は、農業や漁業で生計を立てる開拓期の北海道。そこに現れる羆が、住民を次々と襲い、捕食していく。「熊が人間を襲い、食べる」という事実の原初的な恐怖は、現代と何ひとつ変わらない。ただし、人間側の装備と環境は大きく異なっている。猟銃は一部の人間しか持っていないし、その銃で定期的に猟活動をしているわけではないので、宝の持ち腐れと化している。さらに電気もないので、ひたすら薪で火を炊いて、闇夜の中で羆を警戒し続けるしかない。そんな脆弱な環境を見透かすように、羆が果敢に襲いかかってくるシーンが怖かった。 本著の白眉はスプラッター描写であろう。今の時代に同じような被害が起こった場合、どこまで書けるだろうか?と思わされるほど、羆が人間を餌として食べてしまった結果の残忍さが克明に記録されていた。ひとたび襲われれば、人間はもはや「個人」ではなく「餌」へと変化してしまう。結果として、遺体を扱う側の人間もまた、同様の視点を引き受けざるを得ない。その過程で、人間の尊厳が揺らいでいく感覚が生々しく伝わってきた。読み手ですらそう感じるのだから、遺された家族の心情は想像に余りある。 襲われた村の者たちだけでは到底対処できないので、外部に助けを求めることになるのだが、対照的な助け船が登場する。かたや国家権力である警察を中心とした大量動員で羆を数で制圧するようなアプローチなのだが、いくらたくさんの銃があったとしても、それを扱う胆力や技術がなければ意味がないし、いざ羆と対峙した際の覚悟がなければ烏合の衆にすぎない。巨大な組織では機動力に欠け、フットワークの軽やかな羆の前では無力である。ここには単なる熊被害対応を超えた官僚的システムを否定する眼差しがある。 ジリ貧の状況で羆に相対するのは、銀四郎という名の1人の猟師である。酒癖は最悪だけども、狩りの腕は一級品という男の登場で事態が大きく進展していく。銀四郎と羆のやり取りの緊張感は相当なもので、ページをめくりながらヒヤヒヤしつつも、どんなエンディングが待っているのか続きが気になってしょうがなかった。 警察をふくめ集団では熊を退治することはできず、猟師個人と熊によるタイマンでしか退治できない。つまり、100年以上経過した今でも、熊との戦いが「個」の技量に依存している側面は大きく変わっていない。AIやテクノロジーの進化が叫ばれる時代にあっても、自然との関係において人間が依然として従属的な存在であることを容赦なく突きつけてくる話である。まごうことなきクラシック。
aida@9mor12026年3月21日読み終わったヒグマを狩るぞって息巻いていた人たちが羆が押し入って人を食った家の惨状を見たら一気に怖がって萎縮してしまうの、警察を呼んで他の村から人に来てもらってもみんなそうなってしまうの絶望が深い。そんな中銀四郎おやじのプロフェッショナルぶりがかっこいい。倒されたヒグマの胃の内容物が怖い。

にょろぞう@3mmer_4L3562026年2月12日読み終わった借りてきた学びと面白いが同時に襲いかかってくる作品だった。 元々、この事件はTwitterの百年前新聞に端を発してあらましを知っていたのだが、物語として事実に肉がつくことによって、壁一枚隔てた異常の視認性の悪さ、家々の遠さ、夜の寒さなど見えてなかった部分が見えてきて一層恐ろしかった。 今でこそ屋内から外への発信手段があるものの、それがない時代、いつ現れるともわからない熊に怯えながら家々へ事件を伝え回った人たちの恐怖はどれほどのものだったのだろう。 彼らの内面に必要以上に触れることもなく淡々と告げられていく事実たちは、味気ないのではなく自然という大いなるものの前に人間の機微など些事であると突きつけられたような思いになった。 今まで小説=主人公や登場人物の心の機微に触れてなんぼなのだと思っていたけれど、そんな偏った価値観は熊の前では風の前の塵に同じだった。
あ。@a_tsundoku-log2025年12月1日買った読み終わった授業で薦められて読んだ。 かの有名な三毛別羆事件を小説化したお話。 描写が細かくて、情景を容易に想像できるのもあって読み応えがあった。 たかが100年程度前まで人間は自然に無力だったということを実感した。(今でも無力ではあるかも)- readtato@readtato2025年11月24日読み終わった当たり前ながら熊は肉食動物であるという事実へ抱いた恐怖と、かけがえのないはずの自分はつまり餌でしかないと認識したその転落具合への動揺。 葬式という人間としての尊い生の営みであろうと熊にとっては大量に餌が集まって好都合としか写らない。餌になってしまった女性の最期の言葉には汲み尽くせない悲しみと苦みが残る。
シンジ@shinji2025年10月11日読み終わったヒグマ怖っ😱 羆が民家を襲い、人骨を齧る不気味な音が聞こえる…。 新田次郎の『八甲田山死の彷徨』でも感じた明治という時代の暗さ…。 ヒグマが出てこなくてもなんとなく怖いのです。 羆撃ちの銀四郎。人間的には評判が悪く、でも腕はいい。 読みながら脳内ではゴールデンカムイの熊撃ち、二瓶鉄造が躍動していたのでした。
- オイラくん@oira-kun2025年8月30日12月に堀井美香さんの朗読会に行くので予習用、折しもヒグマがタイムリーな話題になっていた。 六線川の渓流の入植者たちのバックヤード、こと細かい渓流の暮らしの描写、突然現れるヒグマのホラー感、有象無象の人間の群れの無力感とクマ猟師のプロフェッショナル感、銀四郎の平素での酔っ払い横暴ぶりとクマに立ち向かう時の真摯な立ち振る舞い。 前半はほんとホラーで震え上がり、中盤から後半は人間ドラマだなと。それにしても恐ろしい。





rina@r_1_n2025年8月4日読み終わったなす術がないとはこのことか。まるでパニック映画を観ているような、でもこれは実際に起きた日本獣害史上最大・最悪の惨事であり、"自然の猛威"という言葉では足りないくらい恐ろしい。 この羆にとって人間は餌でしかない。火を焚こうが、音を立てようが、鉄砲を向けようが、大人数でかかろうが、人間の味を知ってしまった羆にとってはそんなものなんの脅威にもならない。銀四郎がいなければ被害はとどまるところを知らなかっただろう。ラスト、射殺された羆を殴る人々の胸の内を思うとやるせない。 羆を仕留めた銀四郎が語る羆の習性は、『クマにあったら〜』で読んだこととほぼ一致しており、どんなにテクノロジーが発達してもこういう教えや感覚的なものは大事にしないといけないと思ったし、人間"様"と思っている人間全員に読んで欲しい。






















