異邦人 (エクス・リブリス)

15件の記録
もぐもぐ羊@sleep_sheep2026年4月2日読み終わった語り手の「私」が話し続けるスタイルで、話の脈絡は彼女のルールに依っているため情報の繋がりが自分の読み方で合っているのか不安になりつつ、彼女の語りがものすごい勢いで流れ込んできた。 イタリア語の「感じる(sentire)」という単語は英語の「hear」と「feel」の意味を持つそうで、聾の母は聞こえなくても感じることができる。 言語の意味の境界はまちまちで、母語を基準とするならば母語にない表現をすることは難しく、でも他の言語を習得することで表現のレパートリーを広げることが可能なのかもしれない。 母語以外の言葉で身体について語るとき、語彙が限られて表現に限界があるというのにははっとされらせた。 感想を書くのが難しい。 精神医療へのアクセスができていたらと思う場面も多く、でもそれは「私」も思っていたことで、第三者の読者である自分が決めつけるようなことを書くことは適切ではないのではないかと悩みながら読んでいた。 「私」の目を通して見た世界を読書を通じて追体験させてもらった立場なので感じたことで勝手に「診断」のような言葉を使って綴るのはやはり適切ではない。 バジリカータ州はどこにあるのか調べたら、ブーツの形にたとえられるイタリアの地図の土踏まずのあたりだった。 西ヨーロッパで最大級の陸上油田、テンパロッサ油田はバジリカータ州ポテンザ市にあるとのこと。









もぐもぐ羊@sleep_sheep2026年3月31日まだ読んでる「旅」の章を半分、本編もちょうど半分くらい。 語り手の「私」(恐らく著者)の子ども時代は生まれたニューヨークのブルックリンと6歳で引っ越したイタリアのバジリカータ州で、バカンスはブルックリンで過ごしていたので、この移動が「旅」なのだろう。 バジリカータで暮らしはじめてからはまともな人間でいるために兄が作ったリスト通りに過ごすことを強要されたり、学校に行きたくなくて屋根裏部屋で本を読みふけったりする日々を送っていた。 父親に誘拐され母親と会わせることと引き換えに人質にとられたけど、母親はそれに応じず長いこと父親と行動を共にしなければいけなかったのはもはや事件だし、突然訪ねてきて母親と兄と私を人質に立て籠ったのも事件なのだけど、それについての語りがとても冷静で、大変なことだと認めてしまうと何かが壊れてしまうのかもしれないと思った。 バジリカータ州には欧州最大の油井があるらしい。









もぐもぐ羊@sleep_sheep2026年3月29日読み始めた最初の数頁を読んで人が多すぎて(祖母の母親などややこしい人物が多い)ひとまず訳者あとがきを先に読む。 著者の来歴から移民文学についてなど知りたいことを満たしてくれて大変助かる。 この小説は著者の自伝的小説であるらしく、両親は二人とも聾者で彼女はコーダにあたるのだろうけれど、両親がぶっとんだ人たちで手話を使うことはなく自身のやり方で会話をするので私の知ってるコーダが置かれた環境とは違った境遇で、それについて説明がないのでこれ以上のことはわからない。 「家族」の章を読む限り、機能不全家族というか父親の破壊的な暴力や自己破滅的な行動に振り回されて離婚に至った両親が、その後も一緒に住んだり別に住んでもたまに会ったりしていることなど、一見不可解に見える。 でも母親の「一度も彼を愛したことはないけれど彼にとって自分は唯一の女友達であり似たもの同士である」という言葉に、結婚とはまた別の離婚では切り離せない繋がりが二人にはあるのだと思った。









文箱@hubaco2026年2月8日読んでる聾者の父母を持つ語り手はジョン・ケージやアルヴィン・ルシエの実験音楽に触れたときに「ほかのジャンルと比較してこの人たちの音楽には、「聴く」という私たちに共通の能力から逸脱するすべてのものへの、忍耐と配慮が感じられることに私は気づいた」(p.49)と綴る。 淡々と刻んでいく語り口に滲む鋭い感性がたいへん好ましい。なお検索性低めの邦題で感想が全然探せない。一人で読んでるようでさびしい。














