戻れないけど、生きるのだ
69件の記録
あやね@aynm3122026年4月1日読み終わった作中で紹介される本や漫画、ドラマの紹介文がどれもとても魅力的で、いろんなものに寄り道しながらようやく読了。 今8ヶ月の子を育てていて、夫との関わり方に四苦八苦しているからこそ、双子を育ててる話もとても興味深かったし、本屋というお客さんと一緒に作っていく場所をひらいていろんな人と話すからこそ、人との関係性の中で自分を見つめ直す話はぐっとくるものがあった。 映画やドラマには家父長制が濃く出る場面が多くて、見られないことが多かったんだけど、映画と本をたくさん読む常連さんが言っていた「これは自慢で(笑)数をこなしてるから思うんだけど」という枕詞がかっこよくて、この本に出てくる作品から見ていきたいなという気持ちになっている。

181@error_1812026年3月14日読み終わった挫折した全部は読めてない。滑ったところはそのままだけど、滑らなかったところだけ読めた。 非男性なので、自分はホモソーシャルによる排除を思い出し「うげー」と思いながら読んだけど、多くの男性に読んでほしい本だ。出版してくれてありがとう。 そして、トランスや非バイナリーな存在のこともいずれ語ってほしい。まだまだ足りない。 好きな男の話をしよう、的な趣旨の章があり、異国日記からは笠町くん、虎に翼からは轟が紹介されていた。そこだけ読めた。いいんだよ、よめるところだけで。 好きなところを引用する。 虎に翼の轟による台詞 「……人間なんて、そんなもんだ。今振り返ってみればの連続。過ぎてから分かることばかりだ」「……今振り返ってみれば、子供の頃から俺は、やたらと【男らしさ】にこだわっていた。男という型にハマっている実感を、いつも欲していた」「今振り返ってみれば、佐賀にいる時も、花岡が学校に行く時間に合わせて、俺も家を出た……学校に向かう道で会えるように、話せるように」「今振り返ってみれば、弁護士になる夢をうれしそうに語る花岡の顔が見たくて俺は同じ弁護士になる道を選び、だから同じ明律大で学べることを喜んだ」「花岡への気持ちに気づいたのは、それこそあいつの死をきっかけに自分を振り返って……いや、山田が俺に『あたしの前では強がらなくていい』と言ってくれたからだ」「山田と話せていなければ、自分を振り返れていたかもわからない。一人答えを出せずに……心が壊れていたかもしれん」「今振り返ってみれば、自分の気持ちを知った後も、どうせ俺の事は世の中にはわかってもらえないと諦めていた。……そんな時、友人の付き添いで事務所にやってきた時雄さんに出会った」 (『NHK連続テレビ小説「虎に翼」シナリオ集第21週』2024年、NHK出版) 戦後に日本国憲法が施行され、その第14条で「すべて国民は法のもとに平等であって、人種、信条、性別、社会的身分、または門地により、政治的、経済的、社会的関係において、差別されない」と定められているにもかかわらず、なぜ結婚するとどちらかが名字を変えなければならないのか、なぜ同性同士の結婚は認められないのか……。轟のセリフは、寅子たちがそのような問いに直面した際に語られたものだ。時雄という同性の恋人がいる。轟は、その関係を法的に支える保障がない現状を踏まえた上で、「爺さんになって、人生を振り返った時、俺は心から幸せだったと言いたいんだ」と話を結ぶ。この場面はバンカラ姿で登場した等の、生まれてから現在に至るまでの歴史が、すべてとつながりのものとして立ち上がってくる感動的な瞬間だったように思う。 引用ここまで

181@error_1812026年3月4日読んでる自分のなかの男性性と向き合いたいと思って読みはじめた。けっこうよいけど、まだトランスジェンダーやノンバイナリーについては想定されていない…?かなと思う

Hiroki@teenageskaz792026年2月25日読み終わった清田隆之のエッセイを読んでいると辛くなることがこれまで多く、そういった感想を目にすることが著者本人も多いと「あとがき」で書いている。 今作良かったのは後半に掲載されていた二つのエッセイ「時間がかかったって、いいじゃないかーーケアの交換、「悩み」の持つ可能性」と「好きな男の姿を見るのは楽しい 好きな男について語るのも楽しい」。 後半は近年のNHK朝ドラの登場人物、『虎に翼』の轟の言葉について(ぼくはとらちゃんの父、直言と優三さんが好きなのだが)書かれているし、前半はお悩み相談、愚痴をこぼすことの可能性について再考している。
Lily@balaton_242025年9月6日読み終わったジェンダーについて考える時、自分の過去の失敗や内面化された価値観、そして現実の社会構造とが複雑に絡まり合い、頭がいっぱいになることがある。この本の著者である清田さんの、それらをひとつひとつ解きほぐしていこうとする試み、そして誰でも人に隠しておきたくなるような経験や正直な気持ちを言葉にして向き合おうとする姿勢は、読者である私も正直な気持ちで受け取り過去を振り返る時間をくれた。 紹介されているドラマや本、漫画がどれもとっても面白そうで、楽しく読める一冊だった。
Rika@ri_books_2025年9月3日読み終わったいい本だった。 マジョリティ男性の側から見たフェミニズムについて書かれた本を読むのは初めてだったけれど、ああやっぱり男性も男性でつらいのだと、「男らしさ」の呪縛とともにこれまで生きるしかなかった人々の苦悩を思わずにはいられなかった。 男性も女性も、マジョリティもマイノリティも、お互いのつらさを率直に打ち明けてじっくりと対話を重ね、手をとりあえる関係になれたらいい。そう思った。 フェミニズムって面倒くさそう、苦手、自分には関係ない…と思っている人にこそ、本書は読んでもらいたい。 男性・女性に限らず、そういうのは苦手だからという理由で距離をとれる立場にいることこそが、家父長制が染みついたこの社会で無意識に特権を行使できている側に立っている証拠なのではないかと思う。





doji@doji_asgp2025年7月31日読み終わったフェミニズムを語る男性への批判や中傷を十分に受け止めた上でなにが書けるのか、慎重な足取りだけれどたしかに前に進もうとする姿勢にあふれた本だなと思う。どうしてもミサンドリーに陥ってしまうじぶんとしては、ついつい黙って消えてしまおうとしてしまいがちなのだけれども、それでも書けることはある、と丁寧に示してもらえたような気がした。


- りん@libra08252025年5月1日読み終わった借りてきた著者の『どうして男はそうなんだろうか会議』が良かったので手にとってみた。自身が見たテレビ番組やドラマや小説、漫画についてジェンダー的視点でいろいろ書いてある。バラエティ番組は普段そんなに見ないけど自分が見てたら嫌になってしまうような映像が放送されてるんだなー。 YouTubeで人気の動画ジャンルというのもメンズコーチと私人逮捕は知ってたけど他は初めて聞いた。女性をモノのように扱う価値観、どうにかならないのかな。 男性のフェミニストである著者の存在がなにも珍しくない時代がきてほしい。
にわか読書家@niwakadokushoka2025年4月20日読み終わった@ 自宅男性視点でフェミニズムについて書かれたものを読んでみたく、ぴったりだった。 無自覚に「男らしさ」を刷り込むような言動をする自分に気付く時があり、特に友人の子どもたちと話しているときに次世代に引き継ぎたくないと感じる。 都度立ち止まって考えていきたい。




Yamada Keisuke@afro1082025年3月17日読み終わった植本さんがおすすめしてくれていたので読んだ。古今東西のコンテンツをジェンダーの切り口で見つめ直していくエッセイ集で興味深かった。本、ドラマなどのガイドとしても参考になるし、既に見たり、読んだ作品は改めて著者の視点を意識してみたいと思わされた。 本著はコンテンツを通じたジェンダー論がメインテーマにあるわけだが、なかでも文学、ドラマ批評が興味深く、特にそれがテーマとして前景化していない作品について、著者の見立てが発揮されていて読み応えがあった。自分では手に取らないだろうなと思う作品の数々も、ジェンダーという切り口によって見通すことのできる景色の広さに驚いた。 古臭いジェンダー観を更新するようなコンテンツに感動する様を描きながら、その度に自戒している点が特徴的だ。それは日本社会で特権を持つ男性という属性を持ちながら、安易にフリーライドしてしまうことを避けるため。確かに、苦しみをもたらす社会構造の一端を担っている人間が横からやってきて「感動しました!」と無邪気に発言している危うさは著者が指摘する通りだろう。 ただ「俺たち」という主語を用いて男性全体をいっしょくたに議論する点が、この手の本を読むときに毎回しっくりこない。「ジェンダー、フェミニズムに理解があるか/ないか」のゼロイチではなく、各人それぞれグラデーションがある中で、急に首根っこを掴まれて逐一確認されるような気持ちになるからだ。個人の体験や考えに終始しているだけでは社会が変わっていかないという認識はありつつ、個人から全体へ派生、言及していく難しさはジェンダー論においては常につきまとう。自分自身のジェンダー観は保守的ではないと思っているものの、他人から指摘されるとウッとなるし、逆に指摘する側も、保守的な場面が間違いなく存在する。このように誰もが完璧ではいられないことに著者は意識的であり、ヒット&アウェイで語っている姿勢が真摯に映った。 後半にかけてはジェンダーから拡張していき、恥、生産性、家父長制、お悩み相談などより広いトピックが取り扱われており、著者の具体的な情報が詳らかにされていた。育児中の身としては、生産性と育児について言語化された内容に首がもげるほど頷いたのであった。常に最適化を追い求めて日々仕事を回しているわけだが、こと育児においてもついついその進め方を導入してしまう。結果的に目の前にいる生身の子どもと向き合っておらず、特定のタスクとして対処してしまっているケースはよくある。また、男性が「ケアの育児」ではなく「刺激の育児」に偏りがちという指摘も膝を打った。 苦手ながらもジェンダー、フェミニズムの本を進んで読んでいる背景には、娘が誕生したことによって、どこか他人事だった性別格差が以前よりも自分の身に迫ってきたことも大きい。当然、自分と娘は別人格であるが、彼女のことを考えると、男性の特権性が少なからず見えてくる。なので、自分の子どもが少しでも生きやすい社会を目指したい気持ちがある。本著のタイトルに寄せれば「抽象的な今(自分)ではなく、具体的な未来(娘)に生きるのだ」とでも言えようか。先日見た映画『怪物』はそれの最たるもので、今ある問題を私たちの世代で対処し、次世代が生きやすい社会にする意味に気付かされた。そして、これほど腹落ちした経験はなく、やはり著者が繰り返し主張する、心が動かされることの必要性について実感を伴って理解できた。 性格上「俺たち」という形で肩を組むブラザーフッドは得意ではないが、特定の誰かのためであれば具体的な行動へコミットできるから、各人が何らかの形で当事者性を持つ場面が増え、「永遠の微調整」を繰り返すことで社会が少しずつ変わっていけばいいなと感じた。














































