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ドッグストエフスキー
ドッグストエフスキー
ドッグストエフスキー
@dogstoevsky
前が見えねえ
  • 2026年8月25日
    感じるオープンダイアローグ
    オープンダイアローグのルールって普段の会話でも役立つというか、必要なものよね。やってみたいな。 人類は近代に強さを手に入れたが、現代にかけて人間の弱さを再発見していった。人間というのは元来脆弱なものだ。身を守るために文明や社会を築いてきた。もし、弱いままでいられないのであれば、それらはなんの意味もない。
  • 2026年8月24日
    ヤマケイ新書 クマ問題を考える 野生動物生息域拡大期のリテラシー
    面白かった! 「クマ問題」を熊の生態系から日本の産業構造の変動、江戸時代から現代にかけての狩猟文化の変化まで網羅しながら丹念に解きほぐす。そこからの狩猟の公共性に至る議論は無駄がなく唸らせられる。狩猟や熊を見る目が変わる。読みごたえがあった。10年前の本なので今とは違うことも多々あるだろうけど、それでも勉強になる。人間側が熊に出会った時に威嚇行動を取っていないから彼らが「図に乗って」しまうのではないかという指摘、狩猟と農耕は対立するものではなく補完し合うものだという主張なんかは盲点だった。熊が都市に降りてくるようになったのはさまざまな要因が絡まり合っているが、そのひとつがイヌの放し飼いがなくなったからというのも面白い。熊が子殺しをするというのも初めて知った。その時に肉食傾向が強まる、というような解説があった気がする。うろ覚え! 意外な面白さがあったのが、今でいうマタギがいた集落では、狩りの収穫は村全体で平等に分け合ったという点。猟犬ですらもその中に数えられたという。狩りができるのは山の神のおかげ、ひいては村全員が報酬に値すると考えていたかららしい。狩猟採集民の社会では狩りに参加していない成員にも平等に成果物を分け与えることがたびたびあるらしいけれど、日本のマタギ村でもそうしたことが行われていたのは興味深い。 最後に。「なんかゆる民俗学ラジオで聴いてたマタギサミット開いてそうな人だな〜」と思ったら著者は主催者でした。
  • 2026年8月22日
    聖なるズー
    聖なるズー
    めちゃくちゃおもしろかった!読み心地がハードボイルドっぽい。 最近ラブドールとのセックスについての話を立て続けに読んでた。相手との同意が問題になる関係性というのは共通している。偶然か必然かテッド・チャンの「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」でも、ラブドール開発会社が興味を示したディジエントは動物の容姿をしていた。 さて、この本を読んで自分とかつて暮らしていた犬について考えた。メスの柴犬で、避妊手術を受け、18歳まで生きた。彼女はそうとわかるほど若い男性が好きで、あれが性欲の現れだと言われたら、そうなのかもなーとなる。ちなみに近所の二歳のメスの柴犬はシニア女性が大好きな犬界のサラ・ポールソンなので、犬にもセクシュアリティは色々あるのだろう。 私が思うのは、そもそも犬の性は私たちと異なるから、人間の尺度で測れないのではないかということだ。私たちは性的な行動に意味を付随させるけれど、犬にとっては「いい匂いがする」とか「むずむずする」とかそれくらいのことで、性的な接触には特別な意味がないのかもしれない。 そうであるのであれば、私たちはどうやって犬の性を理解すればよいのだろう。 私はうちの犬のことが大好きだったけれど、やはり違う種だなとは強く感じていた。彼女たちは私たち人間とは違う沈黙を持つ。彼女が家でただ1匹の犬であることが申し訳なかったし、同時に彼女と私の関係を「ママと子供」だとか「お姉ちゃんと妹」だとかと形容するのは抵抗がある。彼女はかけがえのない家族だけど、いまのところ彼女を示すのに家族の成員としてのぴったりの言葉はない。 私が彼女を理解できなかったからこそ、本書のズーのような、動物を理解できる人もいるのかもなーと思う。 いつか犬をまた迎えたいけれど、避妊をどうするのかは悩む。そうした方が良いけれど、他者の身体をそこまで好きにしていいものなのかという悩みがある。 著者には自分の辛い体験まで開示してもらってありがたかった。 最後に。ベルリンはいいなー!ドイツは性的にラディカルなイメージがあったけれど、それがナチス・ドイツの反動とは知らなかった。私はクラブ・ミュージックも大好きだし、セクシュアリティにもすごく興味があるので、ベルリンは憧れの街だ。 数年前にクィアな社会評論家が小児性愛者との連帯を呟いた時に日本では袋叩きにされてうんざりしてた。同じ頃、小児性愛者の苦悩を扱った映画があったけれど、それもたしかドイツ映画だった。ドイツってそういう国なんですよね。
  • 2026年8月22日
    唯が行く!
    面白かった!オープン・ダイアローグってよく知らなかったけど、クライアントと周囲の医療従事者や家族、支援者が対等の立場でフィードバックする試みのことを言うんですね。 ハイデガーやアーレントなんかの哲学者への言及もあり、思ったより骨太で、知的好奇心がくすぐられた。 当事者研究・オープンダイアローグについての入門書としてすごく良いと思う。 中動態についてもっと学びたい。ハイデガーも面白そうだ。
  • 2026年8月20日
    バースデイ・ストーリーズ
    バースデイ・ストーリーズ
    誕生日を迎えたので読んだ これまでで四回くらいは読んでるけど、いつも内容をすべて忘れてしまう 『永遠に頭上に』が好き 春樹は選者としての趣味が良い
  • 2026年8月19日
    息吹
    息吹
    面白かった〜〜!!!一編一編が濃密で重厚。長編小説みたい。どうなるのか気になる作品が多くて、一作一作が重いのについつい読んでしまった。 本作のテーマは自由意志だと思う。自由意志があるのかないのかに留まらず、ではどうすればよいのか?までメスを入れる。本作ではおおよそ自由意志はない。しかし、神が奇跡を行ったことが明らかになった「オルファロス」の時空だけ、神の不在、というか神の無関心を受け入れて、自由意志を生み出す。 テッド・チャンの結論としては、「自由意志があろとなかろうと、まあ今を生きていくしかないよね」。彼の描く登場人物はひりひりした現実ないし事実を目の当たりにしながらも、希望や勇気や価値や善意というのを信じる。 ハードSF作家だけれど、テッド・チャンは案外保守的な人だと思う。これほどSFの設定を用いているのに、彼の興味関心は家族とか母性とか親子とかにある。特に母性には特別な信頼があるように思える。彼の小説に出てくる重要な女性登場人物は男性とのパートナーシップよりも、子供を育てることに興味を持つ。『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』のアナとか、『あなたの人生の物語』の主人公とか。他の女性登場人物も男性にはそこまで重きを置いていない。『オムファロス』のドクターは科学と神のことばかり考えているし、『不安は自由のめまい』のナットは自分の人生で手一杯だ。その一方で、男性たちは女性たちを求める。性的・ビジネス的なパートナーや、娘として。 これを読んだことを機に積読チャンネルの本作の回を見直したら、堀元さんがまったく同じまとめ方して笑いました。 以下、それぞれの短編の簡単な感想。 商人と錬金術師の門ー千夜一夜物語の体裁を取ってるだけあって昔話みたい 息吹ー表題作。最も詩的。 予期される未来ー短いながらも秀逸。 ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクルー先が気になってぐいぐい読んでしまった。人間らしい感情を持つディジエントを最も求める会社がラブドール製作会社というのは納得いった。『ヒトは生成AIとセックスできるか』を読んだ時も、高性能ラブドールを作る人たちはセックスに興味あるというよりも、「人間らしさ」を再現することに心血を注いでいた。ラブドールが担う親密な領域がその対象として最も適していると彼らは判断している。本作では、秘書的な役割としては情緒性に欠けるディジエントが人気を博している。たしかに我々はビジネス空間はより非人間的に、親密な空間だけに「人間らしさ」を閉じ込めようとしてるかも。もう少し長い話でもよかった。消化不良感あるかも。 デイシー式自動ナニーー独善的な近代的な男性への皮肉 偽りのない事実、偽りのない気持ちー人間って事実に耐えられない 大いなる沈黙ーこの話好き。 オムファロスーこの話もよかった。神の不在を経て自由意志を信じる。 不安は自由のめまいー自由意志ってないんだかあるんだかで締める
  • 2026年8月18日
    ジェイムズ
    ジェイムズ
    【ネタバレあり】 本作は『ハックルベリー・フィンの冒険』の登場人物・筋をなぞりつつ、オリジナル展開もある、「ジム」を主人公にした小説である。 本作の奴隷たちは生き抜くために白人の前では愚かさを演じ、その真の姿は現代的な合理性を持つ知的な人物たちである。彼らは無神論で、ジムに至っては夢にヴォルテールやジョン・ロックが出てくるような深い教養を持っている。 私は『ハック・フィン』のファンなので、今作のジムには違和感を持った。どれだけ賢いとはいえ、あの時代のアメリカ大陸に住む人物があそこまで信仰心がないのはおかしいし、サヴァイバルのためとはいえ、このジムはどこまでも打算的で、ハックを特別に目にかけるのも、実は血縁関係があったからだ。私の知るジムは誰にでも親切にする人だから。 とはいえ、原作のジムにも違和感がないわけではない。ジムには妻も子供もいるのに、大人らしくないし、性的な匂いもなにも感じさせないし、ご都合主義のようにハックの父親の死を隠蔽する。そう、ジムは嘘をつける人物なのだ。その事実を極限まで拡大し、マーク・トウェインですら煙に巻くような皮肉である「極端なまでに合理主義で知的な黒人像」を塗したのが本作なのだろう。 ハックをジムの子供にしたのは面白いギミックだった。ハックはこれまで白人のヒーローだっただろうから。
  • 2026年8月15日
    『ハックルベリー・フィンの冒けん』をめぐる冒けん
    なんでかしらないけどおれは「ハックルベリー・フィン」にはまっちゃって、オオクボヒロシってゆう人が訳した「ハック・フィン」を10年ぶりくらいによみかえしてから、この本を作ったシバタモトユキってゆうほん訳かの訳もよみたくなったんだ。この人の訳はなかなかよかったよ。かん字や小むずかしい言ばをつかってる今までのやくよりも、ハックが生き生きしてるんだ。でもその前にこの「冒けんの冒けん」をよむことにした。ってゆうのも、「ハック・フィン」は長いからもう一どよむのは時かんがかかりそうだったのと、「ハック・フィン」のじゅようしについて知りたかったからさ。 で、おれがこの本をよんでおもったのは、おれはだいたいの人げんにけちょんけちょんに言われているトムのことがすきだということ。「リヴァーズ」に書かれてるトムは、わかるけどさ、あいつがあんなふうになりそうだってのは。でもさ、そうでない可のうせいもあるんじゃないのって思ったんだ。みんなトムのことひつようい上にきらってる。トム自しんというより、トムのせおってるものをにくんでるんだ。白人しゃ会とか、人しゅさべつとか。あいつ自しんはいいやつかもしれねーじゃん。 それから、おれがこの作ひんにひかれるのは、作しゃのトウェインのせいなんだよ。この人さ、いまいちしん用できないんだよ。だってさ、こいつはぜっ体にハックじゃなくて、トムってかんじの人げんだ。話がおもしろくて、ズルいんだよ。だからさ、すきになっちゃいそうになるんだけど、そのくせ、なんかすきになっちゃいけねえってかんじがするんだよな。食えないじいさんってかんじ。 ってなわけで、おれはそろそろかくのをやめようとおもう。できごころでハックみたいな文しょうかいたけどさ、むずかしいね。たのしいけどさ。ずっとこんなちょうしでかいてたハックはえらいよ。 でわ。
  • 2026年8月15日
    「フツーに生きる」がなんでできないのかやっと気づいたから聞いて
    ちいちゃんと誕生日一緒でヨコテン! 友達とのギブアンドテイクのバランスを守るために誰から何をしてもらったかメモしているちいちゃんの律儀さにヨコテン! たまたま絶対に終電を逃さない女さんのエッセイも一緒に読んだのだけれど、綾瀬さんは処理速度の速い、絶対に〜さんは処理速度の遅い印象の筆だった。綾瀬さんの立板に水のような語りも、絶対さんの水辺をゆっくりとまわり、そしていつかは水源に辿り着くような語りも、それぞれに魅力がある。それぞれが遠く離れた孤島で書かれたようなヴォイスで、その二つが頭の中に共存しているのはなんだか楽しかった。2つ合わせていいもの読んだなーと思いました。この二冊のヴォイスで、世界って豊かなんだなあと思いました。 それから、この二冊とも自分のコンプレックスをテーマにしてるよね。
  • 2026年8月15日
    虚弱に生きる
    虚弱に生きる
    先に的確に言及なさっている方がいたのだけれど、これは障害受容の話だと思う。事細かに自分のことを列挙し、その内容が読むのも痛々しいものではあるけれど、作者は事実を見据える強さがあって、それを通して障害受容を行っているのだと思う。 人から薦められて読んだけれど、表面上は私と似てるけど、世界観とかが結構違ってどう読めば良いのかわからないなあと困っていたけれど、著者の受容の旅についてのエッセイだと思えば、整理がつく。 たまたま綾瀬ちいさんのエッセイも一緒に読んだのだけれど、綾瀬さんは処理速度の速い、絶対に〜さんは処理速度の遅い印象の筆だった。(終電さんに関してはこのことは本著で言及済み)綾瀬さんの立板に水のような語りも、絶対さんの水辺をゆっくりとまわり、そしていつかは水源に辿り着くような語りも、それぞれに魅力がある。それぞれが遠く離れた孤島で書かれたようなヴォイスで、その二つが頭の中に共存しているのはなんだか楽しかった。2つ合わせていいもの読んだなーと思いました。この二冊のヴォイスで、世界って豊かなんだなあと思いました。 それから、この二冊とも自分のコンプレックスをテーマにしてるよね。
  • 2026年8月11日
    ハックルベリー・フィンの冒けん
    ハックルベリー・フィンの冒けん
    角川文庫の大久保博訳を読んだのだけれど、なかったのでここに。柴田元幸訳も気になるし、「冒けんの冒けん」もジェイムズも気になる。また読んだら追記する。 フォークナーを読んだ後だったので、まだ自分の罪に気付かずに平和に暮らしている子供の頃のアメリカという感じだった。トムはトム・ソーヤの冒険での輝きを失い、鼻もちならないクソガキになっている。ハックには誰の助けも借りずに生き抜く力がある。 トウェインはちょっと頭が回ることより、倫理的に悩んで答えを出すような人間の方が好みみたい。この話に出てくるちょっと頭が回る人間はだいたい碌な目に合わない。
  • 2026年8月6日
    八月の光
    八月の光
    刊行ぶりに読んだ。あの頃と同じく面白かった。解説にある通り、フォークナーにしては読みやすいし、夢中になれる。 リーナ以外の登場人物は毎日死に時を探して生きているようだ。特にクリスマスの人生は衝動的で、すべてが自傷みたいだ。 登場人物はみんな変わっていて、死を待っているが、この社会に適応できたとしても、待っているのは窒息するような閉塞感と暴力と強姦と労働だけだ。
  • 2026年7月24日
    季節で綴る南フランス213 南仏の美しい田舎町としあわせ暮らし
    Tu as habité dans le sud de la France?🥺 南仏いいな〜 ティザン美味しそう
  • 2026年7月24日
    チャタレイ夫人の恋人☆(完訳)☆
    話の筋や人物像は割かし単純である。エロティックな物語として知られているが、自然回帰の訴えが強い。解説でも言及されていたが、作者の言いたいことを詰め込みまくった印象の小説。 恋人たちが互いの性器に名前をつけたり、陰毛に花を飾ったりする様子が可愛かった。あとクリフォードは萌えキャラだった。攻めが受けかはあなたに任せます。 自然描写が豊か。ロレンスの詩は読んだことないけれど、本質的には詩人なのかなあと思った。 あとクリトリスアンチだった。時代を考えるとやむなし。
  • 2026年7月24日
    ままならない部屋に、住んでいる
    部屋を維持することは、混沌として茫漠としている世界に手探りで輪郭を与えようとする、尊厳に基づく行為だ。発達障害や精神疾患を持っていると、「お手本」は存在しない。人生を通して、誰かのために、自分のために、なんらかの方法を用いて部屋を維持していくしかない。それ自体が生へと向かう意志だ。
  • 2026年7月17日
    ある微笑
    ある微笑
    情景描写が詩的。倦怠感と絶望感に満ちた空気がよかった。この時代のフランス人ってみんな実存主義的絶望をもってたの? 好きだった文 「一時、私はジューク・ボックスに寄り掛かって、レコードがゆっくりと持ち上がりながら、ちょうど頬のように、ほとんど優しいまでに軸の上に斜めに落ちて載るのを眺めていたのを覚えている。」(p.6] 「私は河畔へ下りると、水面の、波動する、黄色い藻の群を眺め、それから、なめらかな、擦りへらされた、黒い、燕のように素早い小さな石で水切りをした。」(p.7) 「終いに本は床の上に落ち、快楽が私たちの上に、夜が他の人たちの上に降りて来た。」(p.102)
  • 2026年7月3日
    夏帆
    夏帆
    春樹、読んだぞ!!!!!!ありがとう!!!! 初!切なくて温かい村上春樹! 主人公はアラサーの絵本作家の女性。だからなのか、読み心地は絵本やアニメのようで新鮮。可愛らしい作品だと思った。 それはたぶんこの作者の作品にしては身近な縁を大切に描いているからというのもある。 「アラサーの自立した女がこんなこと言うかいな」(特に還暦にもなる母親のセクシーな下着を見た時に赤面するのは変。普通は考えたくなくて眉を顰めます)はありつつ、新小岩の叔父や父親は親密に描かれる。村上作品は、世界とあえて距離をおいた主人公が多いが、この作品は「若い女性」という社会一般的に受動性を付与されやすい人物を通して、まわりからの親切や愛情を自然に受け取っている印象があった。 村上春樹という一人の男が女の登場人物を通して世界を捉え直そうとしている。 作品全体に流れる不器用な優しさは、登場人物たちが異様に内向的な人々でありながらも、世界や他者と繋ぎ直されたいように話すところにも出ている。 村上春樹はずっと父と子の話をかいてきたけど、本作は母と娘。家族と接続されている一般的な女の人のあり方を奇妙に暖かく書き出している。 最後の母親のセリフは地に足がついていて、生活に溢れ、そして人生の一般論なのに説得力がある。これはもしかしたら村上春樹作品の中でもリアルな身体が出てきた作品だからかも。異様な眠気に囚われてこんこんと眠る母親の姿は、誰でも見たことのある「体の弱い家族」だ。タフで健康的な村上春樹作品の登場人物とは違う。そんな身体性を通して、ありがちだけど切なくて苦い人生の教えが嫌味なく浮き彫りになる。 いかにも村上春樹らしい作品だし、こんな人いるのかなとはなるけれど、なのに、遠目で見たら「いま、ここ」にいる人たちを浮き上がらせている。つまり近くで読むと村上春樹的な人工性や違和感が目につく。でも一歩引いて作品全体を眺めると、現代の人間の姿がちゃんと浮かび上がっている。そんな変わった読み心地の一作だった。 村上春樹はこれからの執筆についても意欲的なようだから、一読者として楽しみにしています。
  • 2026年7月3日
    HUNTER×HUNTER 39
    HUNTER×HUNTER 39
    新刊うれし〜! 読み直したら、モレナはボークセンがイカサマをするのは前提で、念のことを詳しく話してない印象を受けた。これまでのハンター読んでる読者なら、イカサマは念のルール的に通用しないだろうと考えるから。
  • 2026年7月3日
    すべての月、すべての年 --ルシア・ベルリン作品集
    好きだった作品:「ブルーボネット」「泣くなんて馬鹿」 「掃除婦のための手引き書」に続き読んだ。原語ではこの二冊分の作品が一冊にまとめられていたらしい。 ルシア・ベルリンの十八番である自伝的要素はしっかり残りつつも、「掃除婦の〜」と比べると、より短編小説のおかしさが目立つ作品が多い。著者が好きだったチェーホフ的なオチの作品。「ミヒート」なんかはあからさまにチェーホフの「ねむい」のオマージュだろう。アメリカ中西部版「ねむい」だ。 前作と違い、いくつかの作品で著者は多角的な視点を発掘しようとしている。「笑ってみせてよ」「ミヒート」の視点の切り替えなんかがそうだ。ただし、「笑ってみせてよ」の弁護士パートはわかりやすく筆が鈍る。インテリでリベラルな中年男は彼女の得意なところではなかったのだろう。ベルリンは自分の見たこと、経験したことしか書けない作家だったのかもしれない。 人に薦めるなら「掃除婦の〜」からかな。
  • 2026年6月29日
    ヒトは生成AIとセックスできるか
    ヒトは生成AIとセックスできるか
    友人から借りて読んだ。この主題については考えたことなかったので、面白かった。 本作を貫くテーマは「他者の身体」である。我々は普段生活していると、他者の身体より自分の身体を意識することの方が多いと思う。痛みやら快感やらを感じるのは自分の身体だけだから。しかし、本作では、「我々は眼前に他者の身体が存在する時、それを無視することはできない」という実存的な前提が共有される。たとえそれがロボットであっても、身体として捉えてしまうと、他者の身体は我々にとって良い意味でも悪い意味でも無視できない。労わって撫でるか、性的に欲望するか、あるいは強制収容所に連れて行かざるを得ないのだ。 セックス・ロボットを作る人々は、意外にも性的用途以上に、心を再現することに意欲的だ。おそらくセックスが最も人間的な行為だと我々が感じているからこそ、逆説的に科学者にとって最もチャレンジングな課題になるのだろう。セックス・トイ業界は市場規模も大きく、耳目を集めやすいということもあるだろうけど。(ところで、インターネットポルノの経済規模は映画産業と同じくらいらしい!) 最後に、私もセックス・ロボットについて考えてみたけれど、消極的な理由から賛成だ。人間の相手ありきのセックスが重んじられすぎているからだ。著者が終盤で述べているとおり、人間の姿から解放されたセックス・ロボット、例えば触手が生えてるとか、人間とは大きくかけ離れた形状のものが普及すれば、人間の性生活はより豊かに、そして、現在の窮屈なセックス観から解放されると思う。 ところで、レイプ妄想が一般的なのは知ってたけれど、交感神経を刺激するからではないかという考察はおもしろかった。
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