

ドッグストエフスキー
@dogstoevsky
前が見えねえ
- 2026年10月8日
エデンの東(2)ジョン・スタインベック,土屋政雄読み終わったエデンの東、キャシーが自分もろとも薬を飲んで人を殺すから、ブレイキング・バッドのガス・フリングかよってその泥臭さに惹かれてしまう。毒婦だの悪女だの言われてるけど、誰も彼女を理解できないから、そうなってるんじゃんって思う。実際、チャールズとか医者とか自分の本性を見抜いた男は好きになる。 キャシーは女だから理解されていない。男だったらサイコなとこあるけどあいつは自分の世界でやっててるよなってなってたと思う。キャシーは野生動物のような人間で、女は野生動物から最も遠い振る舞いを求められる。 キャシー、生まれつきどうしようもない虚無感を抱えてながら生きてるサイコなんだけど、悪霊のスタヴローギンに似てる。海を隔てて生まれた妹って感じ。ふたりとも虚無感を抱えてて、生命を恨んでる。まあ、キャシーは野生動物で、スタヴローギンは理想主義ゆえの人生への反転アンチだから本質は違う。 キャシーがスタヴローギンなんだとしたら、子供産むのをすごく嫌がるのもわかったわ。スタヴローギンだって女だったら堕胎しただろうし、産んじゃったら枕でも押し付けて殺しそう。 あとアダムが名前もあってアダム・スコットの顔で再生される - 2026年10月5日
エデンの東(1)ジョン・アーンスト・スタインベック,土屋政雄読み終わったドラマを見る前に原作を読もうと思って。 スタインベックの世界ってアメリカの白人男すぎて遠いなと思うけど、なにしろ話が上手いのでぐんぐん読み進めてしまう。 内容は兄弟BLだった。 悪女かー、20世紀の男の小説家に悪女なんか書かれてもなと思ってたけど、これがまたスタインベックらしく泥臭い女で興味をそそられる。フローレンス・ピューはどう演じるんだろう。 内気な兄アダムと悪女キャシーは結婚したけど、弟の乱暴者チャールズとの方が性的緊張がある…というあるある関係性。 ってか本文に「一所懸命」ってあったけど、「一生懸命」の間違えだよね?普段新潮社や岩波の本を読んでると誤字なんかは基本見ないよね。この二社の校閲が凄腕なんだろうけど。 - 2026年9月29日
読み終わった1964年のロシア・ソビエト文学全集で読んだのだけれど、なかったのでここに。収録作は全く同じ。 死せる魂:ずっと話し上手の人の話を聴いてる感じ。ゴーゴリらしく喜劇的にカリカチュアされた登場人物の大群と会うことができる。細部に目を向けたら面白いけど、大局的には面白くない。解説でゴーゴリのリアリズムと神秘主義がうまく融合されていないと指摘されていたけど、なるほどそのせいかなと思った。 外套:読むの二回目。おもしれーよな。アカーキー・アカーキエヴィチはがいつ読んでも可哀想。今読むと、彼は発達障害とか境界知能の人にも見える。ゴーゴリの真骨頂は短編。 鼻:好きすぎる。「鼻はジロリと見た」みたいな描写で大喜びした。五等官の格好で街をうろちょろする鼻が大好き。私の鼻も私の顔から去って彼女自身の人生を歩み始めたらどうしよう。 検察官:人々の勘違いをいいことに好き放題するフレスタコーフはどうしようもないクズだけど、彼が一番魅力的だ。 - 2026年9月18日
水の流れクラリッセ・リスペクトル,福嶋伸洋読み終わったこういう作風好き。ひとりタイプライターに向かうクラリッセが見える。読んでくごとに何書いてるか忘れるけど、それでいい気がする。瞬間を掴もうとしているから。 - 2026年9月16日
完全版 チェルノブイリの祈りスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ,松本妙子読み終わった凄まじい本を読んだ。人々の声がいくえにも重なり、チェルノブイリの輪郭が見えてくる。でも、個々人の声はなににも還元されない。それ自体がもののように読者の前に置かれ続ける。読んでる最中も、その後も。 チェルノブイリで起こったことは日常なのに、日常をはるかに越えている。神について語る人が多かったけど、神をもってしか語れないんだと思う。 - 2026年9月12日
ヤンキーと地元打越正行読み終わった前評判に違わず面白かった! 沖縄の暴力的なヤンキー社会は、地元経済と切っても切り離せない関係にある。参与観察を通し、あくまでも羅列的な文体を用いて、そのことを構造的に分析した本である。あまり言及はされないが、本書を読む時、沖縄は本土の「汚い部分」を一貫して負わされてきた地域であるということは忘れてはいけない。 参与観察はミイラ取りがミイラになりやすい手法だけど、著者はそれをパシリ=使えない内部者としての役割を引き受けることで避けることができたと書いている。でもさ、誰もができることじゃないよね。惜しい人を亡くしましたね。 著者も本作のホモソーシャルとの密接な関係を否定していないし、上間陽子『裸足で逃げる』と合わせて読むべき本なんだと思う。私も読む。 ってかこれ読んだ後にラブ上等見始めたんだけど、影響され過ぎ?😰 - 2026年9月9日
個人的な体験大江健三郎読み終わった鳥は弱さを嫌悪し、自由を希求する。でも彼自身は全てにおいて弱い。27歳なのに肉体的には中年だし、絡んできた若者たちには不意打ち的な奇襲でしかダメージを与えることができない。精神的にも彼は弱い。不具の赤ん坊を殺すことも受け入れることもできない。赤ん坊を殺してと弱々しい声で言う義母に嫌悪感を持つ。それは義母が彼の中の弱さを想起させるからだ。でも義母はある種の強さがある。彼女は自分の弱さを隠さない。 鳥は自由な火見子と堕落した生活を送るが、過去に見捨てた同性愛者の青年と再会することで転機を迎える。彼は赤ん坊を自分の手で殺すかこれから育てるかどちらかのみに身を任せると決心する。彼は赤ん坊を殺したいという本音とやはり見捨てたくないという本音、相反する自分の弱さを受け入れたのだ。 彼は自由を殺した。そして火見子は彼を置いて自由の象徴であるアフリカへと向かうわけだが、不具の我が子を抱く彼は逆説的な自由を手に入れている。彼はもうアルコールに溺れないし、セックスにも溺れない。彼は弱さを引き受けることによって、新たな自由を手にしたのだ。 文体の力で読まされたけど、火見子との堕落云々は陳腐な感じがした。彼女は鳥に都合が良すぎると思う。魅力的ではあるので、彼女自身が主人公の別の小説が必要かな。 それよりも他の人とのやりとりのほうが面白かったかな。著者本人がこれは青春小説だと書いてたけど、その通りだと思う。だからこそ最後のくだりは必要だったと思うな。大江健三郎って情熱的ですよね。 - 2026年9月6日
死の床に横たわりて (講談社文芸文庫 フA 4)ウィリアム・フォークナー,佐伯彰一読み終わった面白い!フォークナーって「この場所にいるべきではない人」を描くのがうまい。アディはあきらかに感受性も知性も周りの人間よりずっと高くて、間違えた場所に置かれた人のように思える。アディの独白が一番好きだ。アディが自分の一部だと思っていた二人であるキャッシュが足を失い、ダールが発狂したのは、彼女の死との必然的な関係があるように思う。あと、物凄い家族なんだけど、読み終わることにはなんか愛着沸いてたんだよね。めっちゃおもしろかった。また読み直したい。もっと手に入りやすくなったらいいのに。 - 2026年9月5日
生命式 (河出文庫)村田沙耶香読み終わったゆる言語学ラジオで水野さんが薦めてたので。 村上春樹と大江健三郎を除くと、久々の日本文学で、すべての作品が単刀直入に話に入られるようで、気後れした。でもこれは私が慣れてないからかな。 『素晴らしい食卓』の気まずい雰囲気に笑った。村田沙耶香の発想ってそこまで変ではないけど、同じテーマを繰り返し書き続けられるのが執念だと思う。結構笑えるタイプの作品を書く人。 『街を食べる』、一見自然回帰的なんだけど、実際は子供回帰なんだと思う。村田作品には「なんでみんな大人になってつまらんくなってもうたん?変わってもうたん?」という悲哀が通底している。 - 2026年9月4日
ヤマケイ新書 シカ問題を考える高槻成紀読み終わった先日クマ問題についての本も読んだけれど、そちらでもこちらの本でも、近年の野生動物増加の大きな要因のひとつは農業従事者の減少による人間の「生息域」の変化だと書いてあった。特にこの本では地球温暖化や森林伐採、ハンターの減少など私たちの頭にすぐ思い浮かぶような背景を、大きな原因ではないと丹念に否定しつつ、人間の生活様式の変化による里山・農村の消滅を大きな原因に数え上げている。 シカが増えると、植物がなくなる。そうすると、日本の山の多様性も失われるし、雨が直接地に打つことによって土砂崩れにも繋がる。シカは可愛くてか弱いイメージだけど、自然にもたらす被害は甚大だ。 - 2026年8月31日
地下鉄道 (ハヤカワepi文庫)コルソン・ホワイトヘッド読み終わった面白かった!エンターテイメントとしても楽しめる。目を覆いたくなるような黒人奴隷たちの苦難や死が所狭しと語られているけれど、「地下鉄道」を文字通り受け取って、フィクションの中で再編されたアメリカ地下全土を走り回る鉄道、変わった登場人物(奇妙なことにこの作品で最も魅力的なのは奴隷狩りのリッジウェイとその忠実な従者である黒人少年ホーマーだ。彼らの漫画チックな出たちは作者のアメコミ趣味から来てそう)、駅に着くたびに変わる土地柄の描写は冒険小説そのものだ。スティーブン・スピルバーグがこの小説を映画化すると勘違いしてたのだけれど、そう思い違うのも致し方ないレベルのストーリーテリングだった。 ただ、作中の黒人奴隷たちへの仕打ちは本当に残虐で心が滅入ります。たいていの黒人も、たいていの協力者も死んでしまう。人類って碌でもないけど、奴隷制度を無くしたのは立派だと思う。やはり良い方向へ進む意思というのは大切なのだと思う。ジョジョ5部じゃないけど。 私が好きなのはエセルの章。頑迷で臆病、あまり知恵の回らない白人女性なんだけれど、その心を紐解く章が面白い。彼女の人生はなんら楽しいことひとつなく、その中で輝いていたのがアフリカ奥地に住む「黒ん坊」たちに救済をもたらすという妄想で、この妄想の細い糸が、主人公コーラを通して、人生で一瞬だけ結ばれる。こういう奇矯な人間の話を読めるのが小説の嬉しいところ。 本作では女性が主人公で、多くの女性が強姦されるけれど、月経の描写はない。そこらへんは男性作家っぽいかも。 - 2026年8月26日
死者の奢り・飼育大江健三郎読み終わった文体かっけ〜〜〜〜!!!内容もおもろ〜〜〜!!! エロティックで本能的な文体だ。でも、本作に通底しているのは、どこにも属せない剥き出しの感受性を持つ若い人間の繊細さだ。肉厚の文章なのに、主人公はなんとか立っているだけの脆い肉だ。その違和感すら官能的に昇華させる筆力。戦後のエリート層に属する田舎少年の孤独がある。 - 2026年8月25日
感じるオープンダイアローグ森川すいめい読み終わったオープンダイアローグのルールって普段の会話でも役立つというか、必要なものよね。やってみたいな。 人類は近代に強さを手に入れたが、現代にかけて人間の弱さを再発見していった。人間というのは元来脆弱なものだ。身を守るために文明や社会を築いてきた。もし、弱いままでいられないのであれば、それらはなんの意味もない。 - 2026年8月24日
読み終わった面白かった! 「クマ問題」を熊の生態系から日本の産業構造の変動、江戸時代から現代にかけての狩猟文化の変化まで網羅しながら丹念に解きほぐす。そこからの狩猟の公共性に至る議論は無駄がなく唸らせられる。狩猟や熊を見る目が変わる。読みごたえがあった。10年前の本なので今とは違うことも多々あるだろうけど、それでも勉強になる。人間側が熊に出会った時に威嚇行動を取っていないから彼らが「図に乗って」しまうのではないかという指摘、狩猟と農耕は対立するものではなく補完し合うものだという主張なんかは盲点だった。熊が都市に降りてくるようになったのはさまざまな要因が絡まり合っているが、そのひとつがイヌの放し飼いがなくなったからというのも面白い。熊が子殺しをするというのも初めて知った。その時に肉食傾向が強まる、というような解説があった気がする。うろ覚え! 意外な面白さがあったのが、今でいうマタギがいた集落では、狩りの収穫は村全体で平等に分け合ったという点。猟犬ですらもその中に数えられたという。狩りができるのは山の神のおかげ、ひいては村全員が報酬に値すると考えていたかららしい。狩猟採集民の社会では狩りに参加していない成員にも平等に成果物を分け与えることがたびたびあるらしいけれど、日本のマタギ村でもそうしたことが行われていたのは興味深い。 最後に。「なんかゆる民俗学ラジオで聴いてたマタギサミット開いてそうな人だな〜」と思ったら著者は主催者でした。 - 2026年8月22日
聖なるズー濱野ちひろ読み終わっためちゃくちゃおもしろかった!読み心地がハードボイルドっぽい。 最近ラブドールとのセックスについての話を立て続けに読んでた。相手との同意が問題になる関係性というのは共通している。偶然か必然かテッド・チャンの「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」でも、ラブドール開発会社が興味を示したディジエントは動物の容姿をしていた。 さて、この本を読んで自分とかつて暮らしていた犬について考えた。メスの柴犬で、避妊手術を受け、18歳まで生きた。彼女はそうとわかるほど若い男性が好きで、あれが性欲の現れだと言われたら、そうなのかもなーとなる。ちなみに近所の二歳のメスの柴犬はシニア女性が大好きな犬界のサラ・ポールソンなので、犬にもセクシュアリティは色々あるのだろう。 私が思うのは、そもそも犬の性は私たちと異なるから、人間の尺度で測れないのではないかということだ。私たちは性的な行動に意味を付随させるけれど、犬にとっては「いい匂いがする」とか「むずむずする」とかそれくらいのことで、性的な接触には特別な意味がないのかもしれない。 そうであるのであれば、私たちはどうやって犬の性を理解すればよいのだろう。 私はうちの犬のことが大好きだったけれど、やはり違う種だなとは強く感じていた。彼女たちは私たち人間とは違う沈黙を持つ。彼女が家でただ1匹の犬であることが申し訳なかったし、同時に彼女と私の関係を「ママと子供」だとか「お姉ちゃんと妹」だとかと形容するのは抵抗がある。彼女はかけがえのない家族だけど、いまのところ彼女を示すのに家族の成員としてのぴったりの言葉はない。 私が彼女を理解できなかったからこそ、本書のズーのような、動物を理解できる人もいるのかもなーと思う。 いつか犬をまた迎えたいけれど、避妊をどうするのかは悩む。そうした方が良いけれど、他者の身体をそこまで好きにしていいものなのかという悩みがある。 著者には自分の辛い体験まで開示してもらってありがたかった。 最後に。ベルリンはいいなー!ドイツは性的にラディカルなイメージがあったけれど、それがナチス・ドイツの反動とは知らなかった。私はクラブ・ミュージックも大好きだし、セクシュアリティにもすごく興味があるので、ベルリンは憧れの街だ。 数年前にクィアな社会評論家が小児性愛者との連帯を呟いた時に日本では袋叩きにされてうんざりしてた。同じ頃、小児性愛者の苦悩を扱った映画があったけれど、それもたしかドイツ映画だった。ドイツってそういう国なんですよね。 - 2026年8月22日
唯が行く!横道誠読み終わった面白かった!オープン・ダイアローグってよく知らなかったけど、クライアントと周囲の医療従事者や家族、支援者が対等の立場でフィードバックする試みのことを言うんですね。 ハイデガーやアーレントなんかの哲学者への言及もあり、思ったより骨太で、知的好奇心がくすぐられた。 当事者研究・オープンダイアローグについての入門書としてすごく良いと思う。 中動態についてもっと学びたい。ハイデガーも面白そうだ。 - 2026年8月20日
バースデイ・ストーリーズラッセル・バンクス,村上春樹読み終わった誕生日を迎えたので読んだ これまでで四回くらいは読んでるけど、いつも内容をすべて忘れてしまう 『永遠に頭上に』が好き 春樹は選者としての趣味が良い - 2026年8月19日
息吹テッド・チャン,大森望読み終わった面白かった〜〜!!!一編一編が濃密で重厚。長編小説みたい。どうなるのか気になる作品が多くて、一作一作が重いのについつい読んでしまった。 本作のテーマは自由意志だと思う。自由意志があるのかないのかに留まらず、ではどうすればよいのか?までメスを入れる。本作ではおおよそ自由意志はない。しかし、神が奇跡を行ったことが明らかになった「オルファロス」の時空だけ、神の不在、というか神の無関心を受け入れて、自由意志を生み出す。 テッド・チャンの結論としては、「自由意志があろとなかろうと、まあ今を生きていくしかないよね」。彼の描く登場人物はひりひりした現実ないし事実を目の当たりにしながらも、希望や勇気や価値や善意というのを信じる。 ハードSF作家だけれど、テッド・チャンは案外保守的な人だと思う。これほどSFの設定を用いているのに、彼の興味関心は家族とか母性とか親子とかにある。特に母性には特別な信頼があるように思える。彼の小説に出てくる重要な女性登場人物は男性とのパートナーシップよりも、子供を育てることに興味を持つ。『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』のアナとか、『あなたの人生の物語』の主人公とか。他の女性登場人物も男性にはそこまで重きを置いていない。『オムファロス』のドクターは科学と神のことばかり考えているし、『不安は自由のめまい』のナットは自分の人生で手一杯だ。その一方で、男性たちは女性たちを求める。性的・ビジネス的なパートナーや、娘として。 これを読んだことを機に積読チャンネルの本作の回を見直したら、堀元さんがまったく同じまとめ方して笑いました。 以下、それぞれの短編の簡単な感想。 商人と錬金術師の門ー千夜一夜物語の体裁を取ってるだけあって昔話みたい 息吹ー表題作。最も詩的。 予期される未来ー短いながらも秀逸。 ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクルー先が気になってぐいぐい読んでしまった。人間らしい感情を持つディジエントを最も求める会社がラブドール製作会社というのは納得いった。『ヒトは生成AIとセックスできるか』を読んだ時も、高性能ラブドールを作る人たちはセックスに興味あるというよりも、「人間らしさ」を再現することに心血を注いでいた。ラブドールが担う親密な領域がその対象として最も適していると彼らは判断している。本作では、秘書的な役割としては情緒性に欠けるディジエントが人気を博している。たしかに我々はビジネス空間はより非人間的に、親密な空間だけに「人間らしさ」を閉じ込めようとしてるかも。もう少し長い話でもよかった。消化不良感あるかも。 デイシー式自動ナニーー独善的な近代的な男性への皮肉 偽りのない事実、偽りのない気持ちー人間って事実に耐えられない 大いなる沈黙ーこの話好き。 オムファロスーこの話もよかった。神の不在を経て自由意志を信じる。 不安は自由のめまいー自由意志ってないんだかあるんだかで締める - 2026年8月18日
ジェイムズパーシヴァル・エヴァレット,パーシヴァル・エヴェレット,木原善彦読み終わった【ネタバレあり】 本作は『ハックルベリー・フィンの冒険』の登場人物・筋をなぞりつつ、オリジナル展開もある、「ジム」を主人公にした小説である。 本作の奴隷たちは生き抜くために白人の前では愚かさを演じ、その真の姿は現代的な合理性を持つ知的な人物たちである。彼らは無神論で、ジムに至っては夢にヴォルテールやジョン・ロックが出てくるような深い教養を持っている。 私は『ハック・フィン』のファンなので、今作のジムには違和感を持った。どれだけ賢いとはいえ、あの時代のアメリカ大陸に住む人物があそこまで信仰心がないのはおかしいし、サヴァイバルのためとはいえ、このジムはどこまでも打算的で、ハックを特別に目にかけるのも、実は血縁関係があったからだ。私の知るジムは誰にでも親切にする人だから。 とはいえ、原作のジムにも違和感がないわけではない。ジムには妻も子供もいるのに、大人らしくないし、性的な匂いもなにも感じさせないし、ご都合主義のようにハックの父親の死を隠蔽する。そう、ジムは嘘をつける人物なのだ。その事実を極限まで拡大し、マーク・トウェインですら煙に巻くような皮肉である「極端なまでに合理主義で知的な黒人像」を塗したのが本作なのだろう。 ハックをジムの子供にしたのは面白いギミックだった。ハックはこれまで白人のヒーローだっただろうから。 - 2026年8月15日
読み終わったなんでかしらないけどおれは「ハックルベリー・フィン」にはまっちゃって、オオクボヒロシってゆう人が訳した「ハック・フィン」を10年ぶりくらいによみかえしてから、この本を作ったシバタモトユキってゆうほん訳かの訳もよみたくなったんだ。この人の訳はなかなかよかったよ。かん字や小むずかしい言ばをつかってる今までのやくよりも、ハックが生き生きしてるんだ。でもその前にこの「冒けんの冒けん」をよむことにした。ってゆうのも、「ハック・フィン」は長いからもう一どよむのは時かんがかかりそうだったのと、「ハック・フィン」のじゅようしについて知りたかったからさ。 で、おれがこの本をよんでおもったのは、おれはだいたいの人げんにけちょんけちょんに言われているトムのことがすきだということ。「リヴァーズ」に書かれてるトムは、わかるけどさ、あいつがあんなふうになりそうだってのは。でもさ、そうでない可のうせいもあるんじゃないのって思ったんだ。みんなトムのことひつようい上にきらってる。トム自しんというより、トムのせおってるものをにくんでるんだ。白人しゃ会とか、人しゅさべつとか。あいつ自しんはいいやつかもしれねーじゃん。 それから、おれがこの作ひんにひかれるのは、作しゃのトウェインのせいなんだよ。この人さ、いまいちしん用できないんだよ。だってさ、こいつはぜっ体にハックじゃなくて、トムってかんじの人げんだ。話がおもしろくて、ズルいんだよ。だからさ、すきになっちゃいそうになるんだけど、そのくせ、なんかすきになっちゃいけねえってかんじがするんだよな。食えないじいさんってかんじ。 ってなわけで、おれはそろそろかくのをやめようとおもう。できごころでハックみたいな文しょうかいたけどさ、むずかしいね。たのしいけどさ。ずっとこんなちょうしでかいてたハックはえらいよ。 でわ。
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