Reads
Reads - 読書のSNS&記録アプリ
詳しく見る
ハルタ
ハルタ
@haruta127
小説を書いていて、その参考のために本を読むことが多いです。2026年は韓国の小説や日韓の歴史の本を集中して読もうと思っています。
  • 2026年2月19日
    はざまのわたし
  • 2026年2月19日
    海を抱いて月に眠る
  • 2026年1月18日
    こびとが打ち上げた小さなボール
    こびとが打ち上げた小さなボール
    イントロとしてメビウスの帯とタルムードの煙突の話を置く、すこぶるカッコいい構成。 最初の話はイ・チャンドンのバーニングを思い出した。階級と車と火。 いろいろすごかったが、最終章の権力者の息子の章が印象に残った。あらゆる加害的な人物に共通する歪んだ見方というか、こういうふうに世界を見ているのかという納得をした。
  • 2026年1月12日
    わたしに無害なひと
    わたしに無害なひと
    日本社会の変わらなさと比べると、韓国関連のニュースで見る選挙の熱や大統領弾劾や大規模デモからダイナミズムを感じて、浮き沈みは激しいけど変化にうらやましさを感じる。が、この作品を読むと個々の家庭においては昔ながらの価値観が滞留していて、暴力が日常化しているのだろうと思わせられる。「はちどり」のような長男からの虐待にげんなりする。 それでも、そんなグジョグジョの傷の手当がされない最中にあっても、美しいときはあるし、それを凝固するような言葉もあるのだと読んでいて思う。 自分もまったく弟と仲良くないので「過ぎゆく夜」は過去を反芻しながら読んだ。近づけなくても否定せず布団くらいかけてやりたい。 「差しのべる手」のラストの美しさに涙した。 光という言葉の使い方がすごい。大げさな言葉を使わず詩が書ける作家なんだと思う。 「アーチデイ」のハミンがダンスをしている理由に震えた。こんな心理があるのかと。依存症の人の心持ちに近いかもしれない。 全ての短編が外れなく、胸を震わせる話だった。
  • 2026年1月4日
    羊の怒る時
    関東大震災が起きたあとの3日間とその後を記録したルポタージュ小説。 特に2日目から朝鮮人に関する流言が聞こえてきて、街を歩けば自分が疑いの眼差しを向けられていく。その様が一人称で描かれていて生々しさが伝わった。なんというか、徐々に混沌に飲み込まれる様子が手に取るようにわかる。長い時間幅と内面をつづれる小説ならではの記録だと思う。 筆者は流言に疑いを持つが、それでも流言に囲まれ、学生の手にあったものが爆弾であったかもしれないとふっと思ってしまうと正直に書かれていて、この辺も重要な心の動きだと思う。 また、暴徒に囲まれるも自分が日本人だと証明できると、かれは安心というよりがっかりした顔をしたというところも文学ならでは。 いちばん心に残ったのは流言を耳にしていなかった朝鮮人学生が外に出るのを筆者が止められなかったシーン。彼は帰ってこなかった。
  • 1900年1月1日
    九月、東京の路上で
    何度か読んでるが数日前に再読した。 忘れていたが、この未曾有の事態の中で助けようとした日本人もいたことが唯一の希望に思えた。キリスト教徒の女性が止めようとしたシーンもあったが、普段から個々の朝鮮人と付き合いがあり、隠れる場所を提供しようとした人や村もあったという。日ごろから一人の人間としてかかわっているかどうかが分かれ道であるように思う。 あとはひたすら暗澹とする本である。今回は子どもの日記の無邪気な暴力性に気持ち悪くなった。
  • 1900年1月1日
    関東大震災新装版
    関東大震災のことを調べているので読んだ。 時代と大地震に翻弄された二人の地震学者の話から始まり、その学者の死で終わる興味深い構成。 よくぞここまで調べられるものだと圧倒された。関東大震災とはもちろん大地震に始まったのだが、その被害の本質とは火災であっとことがわかる。火から逃げ惑う人々が人を踏み越えたり溺れたりする姿を読んで苦しくなる。 死体処理の章だけ気分が悪くなり飛ばしてしまった。 最初デマは次の大地震や津波のデマに始まり、社会主義者と朝鮮人の共謀というデマに移り、最終的に朝鮮人のデマだけが長期間かつ日本全国に広まってしまった過程がよくわかった。その過程を見ると、自然という対峙できないものから弱い者に対象を変えて、差別を前提として加害によって不安や怒りや絶望感を一時的に晴らしていた気がする。そして、デマに踊らされたり吹聴したりして殺害した人間たちが正当な罰を受けていないことに腹が立つ。そこでも朝鮮人と日本人をわけるのかと。 また、ある政党の党首が演説で被災者を鼓舞し、生き延びるために強盗団と呼べるグループをつくり、一般家庭から物資を強奪していたくだりが恐ろしかった。 関東大震災の基本文献として度々読み直そうと思う。地震の備えもしたくなる。
  • 1900年1月1日
    蠅の王〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)
    蠅の王〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)
    子どもに対する幻想を打ち砕く小説。 終止考えることを止めなかった少年がその場のノリでバカにされるのがつらい。主人公が途中で彼のことを真剣に考え始めるくだりがよかった。自分はリーダーぶってるだけで、本当は大したこと考えてないんじゃないかと省みる。 もう一人のリーダーは本当にダメ。自分が何に突き動かされて動いているか無自覚でコミュニティを破滅に導く。常に敵を作る。今の世界中の政治家は大体そんなもんだが。
  • 1900年1月1日
    犬婿入り (講談社文庫)
    併録されている『ペルソナ』の方が面白かった。 昨今日本では不躾にせよ好意的にせよ外国人を眼差す言説があふれているが、ドイツに日本人女性が留学しているとき(1980〜90年代?)、どのような視線を浴びていたかが如実にわかる。しかも、弟との比較もされ女性がいかにアカデミックな場で存在しないことにされているかも描かれる。そういう視線は内面化され、健全ではいられない。今の日本でもっと読まれてほしいと思った。 どこにも行くあても居場所もなく、延々歩き続けるシーンが怖かった。
  • 1900年1月1日
    絶望と熱狂のピアサポート
    少し前に読んで感銘を受けた。 理想的なコミュニティがコロナを挟み、資本の論理に組み込まれ内側から瓦解していってしまう。その切なさになんというか青春の良いときが終わったみたいな読後感になる。 どんなに楽しいときも必ず終わる。だからあそこを出た個々人がそれぞれの場所でまた始めなければいけない。 もっと色々考えるところはあったが真っ先に思い出すのはこういうことだった。あと、國分功一郎の議論をもとに責任について考えるところも読み応えがあった。
読み込み中...
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved