

さくら
@saku_kamo_ne
みなさんの投稿を見るのがたのしい卯年
noteで書く練習中✎𓈒𓂂𓏸
- 2026年7月12日
読み終わったいろんなことを考えさせられた。この本を読むことで、全部ではないけれど、人生を振り返る作業を行うことができた。 美衣さんの体が「医療のもの」になったように、私の体は「福祉のもの」になったのかもしれなかった。福祉士や心理士に、学校どう?施設での生活はどう?と聞かれるたび、私は人間として扱われる心地がしなかった。何かを判断しようとしている。私が平常か、異常か確かめようとしている、と思っていた。 美衣さんの「世界に絶望している」をわたしの言語で言い換えると、「世界を諦める」になる。わかってもらうことを諦めた。変えることを諦めた。でも、何かが、最後の最後までは諦めさせてくれなくて、わたしは今、こうしてここにいる。ままならない日々を生きている。 今度の読書会が楽しみだ。 ──齋藤美衣(著)『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』(医学書院、2024年) - 2026年7月10日
- 2026年7月9日
- 2026年7月9日
- 2026年7月8日
- 2026年7月6日
すごく近いKaho Iwaya,伊藤紺読み終わった「きみの中に生きるわたしを思うとき 自分のことなのに興奮するの」 わあ、素敵だ。 私も詠んでみようか。 * ここに来ると安心するのいつの日か君と来ただいすきな場所なんだよ * うまくいかないもんですね。 この一冊は夏のきらめきが詰まっているから、海の日に生まれた親友に贈ろう。 夏は苦しいばかりであまり好きじゃないから、夏が似合うあの子に読んでほしいと思った。 「言ったことよりも、何かを言うまでの過程の方が その人の人柄をみたりする」 「日記って、過去の自分が本当に居た考えた、という当たり前なふしぎを感じる」 ──伊藤紺、Kaho Iwaya(著)『すごく近い』2026年) - 2026年7月5日
すごく近いKaho Iwaya,伊藤紺 - 2026年7月5日
- 2026年7月4日
- 2026年7月4日
- 2026年6月29日
傷つきながら泳いでく月岡ツキ読み終わった一つ目のエッセイで涙ぐんでしまった。 亡くなった祖母の描写が、本当に愛で溢れていてすてきだ。私は祖母に会ったことがなく(交流を児童相談所に止められていたので)、「おばあちゃん」に対して良い印象がない。でも、本を読むと、私の知らない「おばあちゃん」が、本当に存在しているかのように感じれられて、あたたかい気持ちに包まれた。本が好きだ。 私の祖母はまだ生きているらしい。会おうとは思えないけど。 -------------- 「生産性や貢献度だけで人間の価値が測られるわけではない。それなのに、どうして私たちは『成長』したり、『役に立っ』たりしてないと、申し訳なさそうにしてないといけない、みたいな気分になってしまうんだろう」って共感。いやあなっちゃうよねえ。 でもちょっとずつ変わってきている気がするし、この変化が嬉しい。 ──月岡ツキ(著)『傷つきながら泳いでく』(朝日新聞出版、2026年) - 2026年6月29日
- 2026年6月27日
読み終わった「RAWの言葉」というエッセイが印象的ですごく好き。 写真をRAWデータ(生のデータ)から、共有しやすいようJPEGという形式に変換する。言葉も同様に、心の内にあるRAWから、なるべく重くなく意味がとりやすいJPEGへの変換が好まれる。だけど著者の紺さんはこのRAWの言葉からJPEGの言葉への変換が苦手だというエッセイだった。 たしかに、日常生活やビジネスの場ではJPEGの言葉が求められる場合が多い気がする。恋愛関係においても、自分だけの言葉ではなく、相手が受け取りやすい言葉で伝えないと齟齬が生まれることがある。 わたしが文章を書いたり、読んだりすることにこだわるのは、その人だけのRAWの言葉を知りたい、理解したいからかもしれない。 紺さんのRAWの言葉も、すごく理解はできるけれど、たしかに実生活だと面倒がられるよなあと思うような言葉だった。 でも、本の中では許されるというか、むしろRAWが求められている気がする。みんなのRAWの言葉を聞かせてほしい。人の日記を読むのが好きなのはこういった理由があるのかも。 ──伊藤紺(著)『わたしのなかにある巨大な星』(ポプラ社、2026年) - 2026年6月27日
- 2026年6月23日
- 2026年6月23日
- 2026年6月23日
- 2026年6月23日
- 2026年6月22日
- 2026年6月22日
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