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なにわ
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@shidunowodamaki_32
2025.12.14〜 農学部の大学3年生 古典・哲学・19世紀のフランス文学が特に好き よろしくお願いします
  • 2026年4月12日
    デイヴィッド・コパフィールド 一 (岩波文庫)
    読んでいて辛くなる、、 デイヴィッドは利発だなあ この先どうなるのか…
  • 2026年4月2日
    高慢と偏見(下)
    高慢と偏見(下)
    面白すぎて一気に読んでしまった。高慢と偏見によって拗れてしまったエリザベスとダーシーの関係の変化を、ハラハラしながら読んだ。聡明な彼らと無節操な周囲の人物との対照も痛快である。 「社会と折り合いをつけたヒロインの成熟」の観点から述べられるあとがきも興味深い。
  • 2026年3月26日
    森林ビジネス
    森林ビジネス
    森林コンサル兼修士課程の筆者が、林業、ビジネス、流通、木造建築などについてわかりやすく解説している。
  • 2026年3月25日
    高慢と偏見(上)
    高慢と偏見(上)
    p38  「高慢というのはね」と自分の考察は正しいと常に自負しているメアリが口を出した。 「だれにでもある弱点だと思うの。わたしがこれまで読んだ色々な書物によると、たしかにだれにでもある弱点で、人間は高慢になりやすい性質なのね。なにか特別な資質のようなものがあるとすると、それが本物だろうと思い込みだろうと、そのためにたいていの人が自惚れという感情を心に育んでしまうのね。虚栄心と自尊心は違うものなのよ、よく同じ意味に使われているけれど。虚栄心はなくとも自尊心の高いひとはいるわ。自尊心というのは、わたしたちが自分をどう見るかということだし、虚栄心というのは他人に自分をどうみてもらいたいかということでしょ」 まさに「高慢と偏見」に満ちた物語。身分の高い登場人物は皆、図々しく人に指図するし、自分が正しいと思って勝手に行動する。それ以外の人も、偏見による狭量な味方をしている。果たして今後の展開がどうなっていくのか気になる。
  • 2026年3月23日
    木炭
    木炭
    はしがき より 「このままでは、いつの日にかは、木炭は一種の文化財的存在になり、生活からは取り残されるであろうと思われてもいたしかたない。しかし、また半面において、今になお日本の木炭でなければならない独特の用途があり、日本人の生活と文化の一隅には捨て去り難い存在であって、それが単なる郷愁的なものではないことも事実である。」 日本の気候や家屋が木炭に適していたため、日本は世界有数の木炭生産国になった。また茶道など芸術にも用いられたことで、その形状や品質は世界に類を見ないものとなった。日本人の歴史と不可分の木炭だが、今や遺物となりつつある。ある種の原始産業で、技術も停滞的であるため、資本主義社会では淘汰されていくだろうが、それは日本人が作り上げてきた歴史や文化の喪失ともいえるのだ。
  • 2026年3月18日
    調査されるという迷惑 増補版
    調査というものは地元のためにはならないで、かえって中央の力を少しずつ強めていく作用をしている場合が多く、しかも地元民の人のよさを利用して略奪するものが意外なほど多い。
  • 2026年3月7日
    「山村の生活」再訪ー岡山県北部・大地区の70年
    フィールドワークの予習として勧められた本。 近年における富地域での林業・製炭業の衰退が、住⺠の過疎化・⾼齢化と切り離せない問題として論じられている。
  • 2026年3月4日
    新版 思考の整理学
    p243 理性と知性のほかにも、みなさんがめいめいに自分なりの特性というようなものをさらに入れてもいい。そうやって自分で考えたことをしっかりとほかの人に発信し、その人を動かすことのできるような学問を続けていってほしい。 思考やアイデアの整理術だけでなく、「忘れる」ことの重要性も説いている。自分の頭で考える「飛行機人間」になるため、何度でも読み返したい。
  • 2026年3月3日
    科学者とは何か
    科学者とは何か
    p152-153  あるいは少なくとも、そうした境界の壁を越えて、学問どうしが協力し合わなければ、到底問題の核心には迫れないように思われる。ここに、外からの課題として押し付けられた問題の特性が示す圧力によって、学問が迎えている一つの転機がある。それは、ここ150年間激化の一途を辿ってきた細分化、細分化された個々の領域の閉鎖化を、否でも反省させ、それを開放へと向かわせる圧力ということができる。 「科学者」という職業の歴史の特殊性を踏まえたうえで、科学者が果たすべき責任、倫理について述べている。自分の領域の外の人々に、正確に、納得できるように説明する義務であるaccountabilityを備えた科学者に、私もなりたい。
  • 2026年2月14日
    林業遺産
    林業遺産
    林業とはただ木を切って金を稼ぐことではなく、「山との関わりを持ちながら、木材・動植物・楽しみ・畏れといった有形・無形の恵みを受ける活動や、山地災害などを軽減させるために行う活動」である。林業の遺構は開発や無関心により消えつつある。これらを保存、継承することは、単なる懐古主義を超えた、価値の創出なのである。
  • 2026年2月14日
    車輪の下で
    車輪の下で
    p244 どうしてよりによって今日、あの夜のことを思い出したのか、ハンスにはわからなかった。この思い出の姿を借りて幼年期と少年時代が、自分に別れを告げ、かつて存在したが二度と戻ってはこない大きな幸福の棘を残していくためにもう一度楽しげに笑いながら眼前によみがえったのだということを、彼は知らなかった。 ヘッセの自伝的小説。多感な少年時代に、自然と親しんだり好きなことに没頭する時間を奪われるのはよくないなあ。感じやすい性格のハンスだからこそ、レールから外れてしまったことへのショックは大きかったと思う。「車輪」の意味を考えるのも興味深い。
  • 2026年1月25日
    レヴィ=ストロース入門
    p237-238 それは、メンバーの変わらない顔見知りの範囲内だけが真正な社会であるとか、近代の達成を捨てて過去に存在した伝統に回帰することを意味しません。また、真正な社会は、けっして透明な無媒介の関係からなるものではなく、むしろナショナリストや小社会のユートピアを夢見る者が排除しようとする不透明な関係から想像されるものです。そして、近代を均質なものではなく多様なものにしてきたものこそ、近代になっても真正な社会において営まれてきた野生の思考による生活実践だったのです。真正な社会関係のネットワークにおいてこそ、直接に顔を知らない者も、不透明な固有性を失うことなく、(匿名の者としてではなく)、ネットワークの一員として想像され、繋がっていくことができるのです。 一回読んだだけでは理解しきれなかったけど、興味深かった。「変換」の概念で数式を用いていて、人文学で数式使うのか!と思ってしまった。
  • 2026年1月24日
    観光消滅
    観光消滅
    観光とは何か。ただ儲けるだけものなのか。地域の実情を踏まえた政策を取らないと、「観光立国」とはいえない。
  • 2026年1月22日
    ペーター・カーメンツィント
    p156 どうしてこんなに悲しく、生きていくことが下手なのか、その原因をいくら考えても答えは得られず、いつも疲労感ばかり覚えていた。やりとげたという達成感をいだいたことはついぞなく、常に暗い衝動に突き動かされていて、考えることと言えば、何か深みのある素晴らしいものを創り、なかなか思いどおりにはなってくれないこの人生からせめて一にぎりの幸福でもいいからもぎ取ってみたい、そういうことが叶うときがいつか自分にも来るはずだーーそんなことばかりだった。 ヘルマン・ヘッセのデビュー作 自然の中で育ったペーターが中年になって故郷に戻り、青春時代を振り返る話。ヘッセは自然の描写が本当に美しい。また、青春時代の思い出や恍惚感を書かせたらヘッセの右に出るものはいないのではないかとさえ思う。
  • 2026年1月16日
    嵐が丘(下)
    嵐が丘(下)
    読み終わった、、「自分自身を超越する観念」「根源的な自我」というのはまだあまりピンと来ない、、 またいつか読み返してみたい
  • 2026年1月13日
    嵐が丘(上)
    嵐が丘(上)
    p205 人はけっきょく、まずわが身が第一になるのですね。おだやかで心のひろい方と言っても、せいぜい自分大事の姿勢に高圧的な人に比べれば、多少は筋がとおっているというだけで、それも事情が変わって、それぞれが相手のいちばんの関心事は自分のことではないという気持ちになってまいりますと、終わりになってしまったのです。 続きが気になりすぎてすぐに読んでしまった。ヒースクリフを中心に周囲の人たちが狂っていく。結末が予想できない。
  • 2026年1月12日
    ゴリオ爺さん 下
    ゴリオ爺さん 下
    p116-117 「恋は宗教であり、この宗教を祭るには他のあらゆる宗教を祭るのよりも金がかかる。祭礼の列はあっという間に通りすぎて行き、しかも通ったしるしに、腕白小僧のようにいろんなものを壊して行く。感情の豊かさは屋根裏部屋の詩である。その豊かさがなければ屋根裏部屋の恋愛などなんであろう。」 最後のゴリオ爺さんの叫びは見ていられない、、王政復古の反動政治期のパリの社交界の虚偽と虚栄がありありと描かれていて興味深い。バルザックの描写の豊かさと鋭さに脱帽。
  • 2026年1月10日
    山に生きる人びと
    p246-247 「古い縄文期の民族的な文化が焼畑あるいは定畑などを中心とした農耕社会にうけつがれ、一方水田稲作を中心にした農耕文化が天皇制国家を形成して来る。そしてこの二つのものはずっと後々まで併行して存在しかつ対立の形をとったのではなかろうか。」 民俗学者の筆者が日本各地の「山に生きる人びと」について書いた本。狩人、山伏、サンカ、杣、木地屋、落人、炭焼きなど、、彼らは生きていくため、信じられないほど長距離を移動していた。近代化が彼らの生業や文化に与えた影響も述べられている。こういった文化があったと知ったうえで、現代の我々は山や自然とどう向き合うべきか、考え続けたい。
  • 2026年1月5日
    ゴリオ爺さん 上
    ゴリオ爺さん 上
    p33「ちょうど化粧が女の外面の飾りであるように、幸福は女性の詩なのだから。」 p251 注目すべきは、感情のもつ浸透力の強さである。いかに粗野な人間であろうとも、強くかつ真実な情愛を吐露するならば、そのひとは特殊な流体を発散し、顔つきは変わり、身ぶりは活気を帯び、声には艶がでてくる。しばしば、ごくごく愚かな人間でさえも、情熱の力によって、言葉においてではないにしても観念においては、最高の雄弁に達するものである。そういうとき、ひとはあたかも光の圏のなかを動いているように見える。このとき、老人の声や身ぶりには、名優のうちに認められるあの伝達の力があった。そもそも、われわれの美しい感情とは、意志の詩ではないだろうか。 バルザックの痛烈な文章が気持ち良いくらいである。恋愛に関する描写は、さすがフランス文学!という感じ。 夫人の苦悩や嫉妬、恋の駆け引きなど、以前読んだ『赤と黒』を彷彿とさせるロマン主義の小説だった。ゴリオ爺さん、、、 パリの社交界で成り上がろうとする青年ウージェーヌの行く末が気になる。早く下巻を借りないと。
  • 2026年1月1日
    歴史とは何か
    歴史とは何か
    「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不動の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります。」 「事実」が「史実」になるのは、歴史家の取捨選択によるものである。歴史家も歴史の産物であるから、彼の立場を理解しないと彼の研究を十分に理解できない。特に最後の3章は理解しきれなかった、、カーの立場を理解してから、いつか新訳を読んでみよう。
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