
おこめ
@ufufu305
大学院生
文化人類学
20代
都市研究、都市の隙間、逃げ場、溜まり場
- 2025年12月18日
猫を棄てる 父親について語るとき村上春樹,高妍読み終わったほぼ絶縁状態だった父親との記憶の断片を辿り、父の生きた道を覗き見る、その切なさとじんわりと沁みてくる感覚が伝わる。 ただの偶然が重なった上に自分が存在していて、そんな自分は特別ではないけど無為でもない。 そんな自分が「たまたま」出会ってしまった人や言葉、本、心打たれてしまったものを大事にしていたい。 「結果は起因をあっさりと呑み込み、無力化していく。それはある場合には猫を殺し、ある場合には人をも殺す。」 「我々は結局のところ、偶然がたまたま生んだひとつの事実を、唯一無二の事実とみなして生きているだけのことなのではあるまいか。」 - 2025年12月2日
ネット右翼になった父鈴木大介読み終わった政権が変わってから、それまで可視化されなかったネット右翼的な投稿や、それに憤慨するアンチが自分の目につくようになり、辟易としていた。 現政権のやっていることに私は全く支持できないし、現政権を取り巻くメディア上(ニュースにおける言説からSNS上の粗い言説まで)に対しても嫌な気持ちにさせられるが、そのように感情を揺さぶられて冷静でいられない自分も自覚していて嫌だった。 本書を読んで、父親がネトウヨ化した背景を辿る中での、著者の自己解体のプロセスはまさに私が今直面している乗り越えなければいけないものだと思う。 ニュースやSNSで垂れ流される情報に、いちいち嫌な気分になり、怒り嫌悪する自己像がそもそも見えていない。なぜ嫌なのか?なぜ怒るのか?他者や事象に怒りをただぶつけるだけでは苦しくて、情報に関する感度が高まるほど一言一句に反応して苦しくて、そんな状況から脱するには、情報を鏡にして自己解体をしなければならない。 分断をしていたのはいつも自分かもしれない。 「政治家が分断を煽る」という批判はよくあるが、それも構造を読んだ政治家の(良くない)戦略の一つで、怒りにまかせてそれに乗ってはいけない。 読み物として非常に面白くて引き込まれ、序盤から目が潤んだ。 著者の感覚(激しいネット右翼アレルギー、フェミニズムからのミサンドリー)はとても共感するし、著者ほどではなくても近い感覚がある。が、本人も言及していた通りそれに陥りすぎて自分が振り回されすぎるのもしんどい。こういう先人の言葉を、本を通して貰えるのはとてもありがたい。 - 2025年11月1日
推し、燃ゆ宇佐見りん読み終わったアニミズムから、推し活まで、(あえて主語をでかくするが)日本人が何かに縋って祈って心の拠り所にするのはずっと変わらない。 推しだって、生々しい人間だもの。 一気に読んで読み終わった時、真っ青の紐のしおりが最後のページに現れて、妙にドキッとした。 - 2025年10月4日
ラインズ 線の文化史ティム・インゴルド,工藤晋読み終わったこれまで自分が考えてきたこと、なんとなく窮屈な思いを言語化してくれたような本。世の中が直線化しすぎていること。それは、街の作りから、生き方に至るまで言えることだ。 学校や会社は、狭い通路、隙のない部屋。自由に使えるスペースを極力省き、余白のない直線的な空間がひしめき合う。そんな空間が凝縮されているのが都市である。 私たちはその中で、一つの目的や目標を「定め」、それまでの最短距離をまっすぐ進むことに慣れてしまってはいないか。 フリーハンドで完璧な直線を引けないように、まっすぐ歩いているつもりでもいつの間にか曲がっているように、私たちは曲線の中にいるのが自然である。 右往左往しながら、立ち止まり、歪み、迷っていいと、この本が励ましてくれた気がする。 ラインが途切れるのは死を迎える時のみであり、その時までラインは曲がりながら伸びていく。 「実のところ、居住という縄細工の触手を逃れられるものはない。どこまでも広がろうとするそのラインが、これから広がり進行するかも知れないあらゆる裂や裂け目に探りを入れているのだ。生は何かに収まろうとせず、自分と関係する無数のラインに沿って世界を貫く道を糸のように延ばしていく。もし生が境界線のなかに押し込められないものだとしたら、それは囲われるものでもないだろう。では、環境という概念はどうなってしまうのか?文字通りの意味では、環境とは囲うものである。だが居住者にとって環境とは、境界を設置されるという状況から成り立つものではなく、自分の使ういくつかの細道がしっかりと絡み合った領域から成り立っているものだ。この絡み合いの領域ー織り合わされたラインの網細工ーには内部も外部もない。在るのはただ隙間や通り抜ける道だけである。」(p.165-166) - 2025年5月21日
ブラックボックス砂川文次読み終わった序盤の疾走感と、後半からの急展開が読者を飽きさせず良い。 100人の人間に関わったら1人いるかいないか、200人関わったら絶対に1人いるタイプの人間を描き出す。セルフコントロールってどこで身につけたんだっけ? どこか遠くに行きたい、でもそれがわからない。 ちゃんとしなきゃ、でも絶対ちゃんとしてる(と見える)人たちと同じところには行けない。 誰しもが持っている焦燥と狂気だな、とも思う。 - 2025年5月15日
- 2025年5月4日
- 2025年5月4日
サンショウウオの四十九日朝比奈秋読み終わった - 2025年4月28日
風の歌を聴け村上春樹読み終わった
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