

たけうち
@von_takeuchi
哲学だいすきクラブ
- 2026年1月29日
知覚の現象学(1)モリス・メルロー・ポンティ,竹内芳郎読み始めた際立ってうつくしいと定評のある序文を読んでいる。確かに、これだけでメルポン好きになっちゃうな。 ハイデッガーはフッサールの指示通りに思考を展開したに過ぎない、という師フッサールへの敬意も伝わってくる。わたしたちは世界内存在である前に、すでに世界に向かう存在である。世界は私の意識によって構成される前に、〈わたし〉によって経験されている。世界はもうすでにここにあるのである。そこからすべてを始めようとするのが現象学らしい。世界は一枚の布のようなもので、そこに織り込まれているわたしたち。近代的な個人としての自我ではなく、折り目のついた、布地としての〈わたし〉。もっと知りたいなあ。 - 2026年1月20日
スピノザジル・ドゥルーズ,鈴木雅大読んでる大学三年のとき、池近くのベンチで貪るようにニーチェを読んだときの興奮を、またスピノザで(ドゥルーズが解釈するスピノザで)味わっている。スピノザ-ニーチェ-ドゥルーズのラインが西洋哲学史のなかで一番アツい。 - 2026年1月20日
- 2026年1月20日
全体主義の起原 1【新版】ハンナ・アーレント,大久保和郎気になる個人がこの社会のなかで生き延びるには、をずっと考えてきたけれど、そうもいかなくなってきたのでアーレントから。政治は不勉強とか言ってられない - 2026年1月20日
- 2026年1月15日
- 2026年1月15日
- 2026年1月15日
- 2026年1月14日
あなたはあなたが使っている言葉でできているゲイリー・ジョン・ビショップ,高崎拓哉気になるまさにそう。よく言ってくれた。ただ自己啓発本であることが残念。もっと、ことばが意識や世界を作っているのだという研究書をさがしたい。 - 2026年1月10日
- 2026年1月10日
- 2026年1月8日
読んでる哲学相談と呼んで一対一の対話をやっているのだが、私のやっていることは伴走と呼ばれることがある。 実存の危機に際して、または自分のことをもっとよく知りたい、自分の人生が何なのか知りたいというゲストの探究心に寄り添って、人生の一時期をともに走る。どんなに立ち止まりたい、自分を振り返りたいと思っても、そのひとには仕事があり、生活がある。だから私も一緒に走る。 この哲学相談のともに走るという営みは、ゲストと友になる試みでもある。友は友達ではない。友というのは、互いに関係へと巻き込まれ、もう出会う前には戻れないようなひとのことを指す。そのような友なしに、私は文字通りここまで生き延びることは出来なかったし、友はいつも途方に暮れる私を見つけてくれた。 郵便局に荷物が届いていますので取りに来て下さい、という通知を手に取り、宛先に友の名前を見つける。そのひとは、私がその宛先の名前を見てどれほど喜んだか、知らないだろう。どんなに離れていてもともに走っているのだ、と思い、思わせてくれることに私がどれほど感謝しているか、知らないだろう。 生きていても哲学相談をしていても確信することは、ひとは孤独には生きていけない、ということだ。私たちは、ともに走る友を必要とする。 - 2026年1月8日
- 2026年1月6日
差異と反復 下ジル・ドゥルーズ読んでる第四章の潜在的であることの話に目を剥いて読んだ。可能性と潜在性は異なる。すでに完成された可能性が実在へと位相を移すのではなくて、何が現実化されるかわからないという意味で未完成なものとして問題の場がある。 私たちが可能性があると言うとき、何が起こるかは定まっている。可能性を狭めないと言うとき、起こることのリストは規定されている。私たちが潜在性について口にするとき、何が起こるかは定まっておらず、創造的な生成について考えている。その飛躍に賭けようとするとき、私たちは自らの可能性ではなく潜在性に賭けているのだ。 ポテンシャルという言葉で私たちが想起するのが可能性であって、2000年後にも影響を及ぼし続けるアリストテレスまじでバケモンだなと思うけど、アリストテレスの洞窟から抜け出したドゥルーズも規格外 - 2026年1月1日
- 2025年9月23日
- 2025年9月23日
- 2025年9月17日
- 2025年9月13日
- 2025年9月13日
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![Tarzan(ターザン) 2025年8月28日号 No.908 [休む技術。]](https://m.media-amazon.com/images/I/41mJEg8Z2yL._SL500_.jpg)
