知ってるつもり
41件の記録
てぃ@bookt2026年3月7日読んでる生成AIを使うことが増えて、ふと我に返ってみた。 自分の感覚では、モンハンでいうとこの、 「太刀(インターネット)じゃなくて双剣(生成AI)に代えてみた」 って感覚やったのに、最近は 「生成AIが俺に首輪をはめて散歩してる」 みたいな状況になってる気がする、、 俺が走り出して、飼い主(生成AI)が、そっちの道は危ないで、とか、そろそろご飯やから帰るで、とか言われて渋々帰る、みたいな、、? 、、、ドMじゃないで?


てぃ@bookt2026年3月7日読んでる今となってはタバコもギャンブルもやめれたからよかったねで終わるけど、よくよく考えるとあのコミュニティに依存してたんやな。 タバコ吸いに行く時の友達らとの雰囲気とか、ギャンブル負けた時の笑い話にして負を紛らわす感じとか。 一人で行った時でも隣で打ってる人らとなんか同士みたいな感覚になるしな、あれ。コワッ


てぃ@bookt2026年3月4日読んでる朝活、早めに起きて1時間ほど。 子供の時から「周りの友達は考えろ」とかって言われて、うるさいわ、選ばせろ!って思ってたけど、この本見ると今から納得できる。 1つコミュニティ内では、そのレベルが当たり前になって他が異端に感じるから、いわゆる感覚が麻痺するみたい。 言いたいことはわかるが、、、昔の俺に言っても理解はできんやろな。
てぃ@bookt2026年3月1日読んでる朝活コメダにて。 スマホとかインスタとか生成AIとか、やっぱ使い方次第やなと思った。 使うことが悪ではないけど、受動的に触れているのがよくないんやなと。 自分の武器(素手で戦うのではななくて槍で戦う)として選ぶけど、槍は槍の戦い方として触れて、また別の盾は盾として使い方を学び、触れるってことが大事?言葉になってるのかこれは。


てぃ@bookt2026年2月26日読んでる認知反射テストしたら自分が内省的かどうかわかるみたいやけど、こういう問題好きすぎて傾向知ってるから意味なしてないよね。。。 かなりの直感型で、こういう問題だけ内省的ということがわかる。
てぃ@bookt2026年2月19日読んでる朝活。 1時間早めに起きてコーヒー飲みながら読書。 この本の題名もそやけど、本って自分がいかに知らないか教えてくれるし、知らない世界を見せてくれるから好き。知らないってのは当たり前で、魅力的なのかもしれない。

てぃ@bookt2026年2月19日読んでる物自体が知識を持っているって表現おもしろいな。 知識って当人だけやと限られているから、他人の知識を使ったり、物が持ってる知識を使っている。 ギターなら見た目だけ知ってたとしても、弦の硬さや音の感じは弾いてみて初めてわかることで、それはギターがその知識を持っているという感覚。
あさげ@asage2025年7月17日読み終わった集団としての知を最近よく考えているので非常に興味深く読んだ。 原題は『The Knowledge Illusion: Why We Never Think Alone』。こっちのほうが内容をよく表していると思う。 以下、引用 「一般的に物理的世界を使ったほうが思考はうまくいく。この事実は、思考は頭の中だけで起こる肉体とは無関係のプロセスではないことを示唆している。知的活動は脳内だけで起こるのではない。むしろ脳は身体その他の物質世界を巻き込んだプロセス体系の一部にすぎない。」 「私たちがテクノロジーを人間のように、つまり知識のコミュニティの完全な構成員として扱うようになってきたことだ。その最たる例がインターネットだ。私たちは他者に知識を保管するのと同じように、インターネットに知識を保管しておく。他者の頭の中に知識があり、それを利用できるときには、私たちが自らの理解度を過大評価する傾向があることはすでに見たとおりだ。知識を共有するコミュニティで生きているため、個人は自分の頭の中にある知識と他者のそれとを区別することができない。それが説明深度の錯覚につながる。他の人々の知識を自分の理解度の評価に含めるため、自分の理解度を実際より高く見積もる。 インターネットを検索するときも、まったく同じ「境界での混乱」が生じる」 「知能はもはや個人の推論能力、問題解決能力ではなくなる。個人が集団の推論や問題解決プロセスにどれだけ貢献するかだ。単に記憶容量の大きさや中央処理装置(CPU)の速度といった、個人の情報処理能力に関する話ではない。他者の立場を理解する能力、効果的に役割を分担する能力、感情的反応を理解する能力、傾聴能力なども含まれる。知識のコミュニティという視点で考えると、知能ははるかに広範なものとなる。コミュニティに貢献する方法はいろいろある。独創的発想を出すのも、長期間にわたって退屈な作業に粛々と取り組むのも貢献だ。すばらしい弁舌家であることも、舵取り役であることも、みなそうである。」 「全員に何もかも教え込もうとするのは不毛だ。そうではなく個人の強みを考慮し、それぞれが最も得意とする役割において才能を開花させられるようにすべきだ。また他者とうまく協力するための能力、たとえば共感や傾聴の能力に重きを置く必要がある。コミュニケーションやアイデアの交換を促すためには、事実を見るだけではなく批判的に思考する能力を身につけさせることも欠かせない。就職に有利な知識ではなく、一般教養を教える価値はここにある(26)。」

























