死ぬまでに行きたい海
33件の記録
ひゃらりこ@hyararico2026年2月10日読み終わったおひさまゆうびん舎さんの店舗ではなくて、鈴蘭台か神戸阪急かの古本市に出店されてた時に買った本。タイトルとカバーの写真に惹かれたいわゆるジャケ買いで、岸本佐知子さんのことは全く存じ上げてなかった。おひさまさんが「翻訳家の方でエッセイを書かれてます。この本良いですよ」とおっしゃったので「よし!」と思って買ったが毎度のことで積読していた。 読み始めると、「わ!なにこの感じ」になることが何度もあった。私も昔住んでいたところを見に行くことが好きで何度かあちこち訪ねたがその時の感覚や、夏休みに四国の田舎へ帰っていた時の懐かしい感じ、夜寝る時に見える瞼の裏のモノ、YRP野比の謎などなど、自分の記憶の蓋のあちこちが開いていって筆者の書く知らない場所の記憶とつながっていく気がした。 一番驚いたのは「カノッサ」の中で「お祈りは毎日となえるので意味がわからないまま口からすらすら出た」のあとのお祈りの言葉が自分も幼稚園から小学校二年生まで通った間に意味がわからないまま毎日唱えていたのと同じだったこと。そしてそれを自分もまた覚えていたこと。さらに昨年の11月大阪の土間シネマに映画を見にいったあと、その近くにあった昔自分が通ったカトリック系の幼稚園+学校を外から眺めてきたときの気持ちが重なる。その学校の中のお祈りをしにいく建物の名は岸本さんが書いているのと同じ「おみどう」だった。当時の自分には漢字がわからなかったからこの表記はまさにその記憶のままだった。このページを読みながら、自分の頭の中に、「悪いことをした時はおいのりを捧げなさい」という先生の言葉を信じて、1人でこっそりおみどうに行ってお祈りしたときに正面にあった十字架にかかったイエス様の姿がよみがえってきた。最後に岸本さんがまどれ・えりーぜにお会いしたところで泣いた。



松田茉莉@cotomato2025年5月27日読み終わった借りてきた昔勤めていた場所、住んでいた場所、旅で訪れた場所、再び訪れることで蘇る記憶と感情。ただいろんなところに出かけて行ってその場所で見たことや感じたことを綴っただけ。そう言ってしまえばそこまでなのだけど、それだけじゃないたとえばバリ島旅行や飼い猫の失踪には言い表しにくい体験や喪失を感じるし、都市部に対しては一線引いて眺める客観性も感じる。熱量が溢れてはひいていく。この本を通じて私も一緒に出かけるという体験をしたみたいだった。

holly@carrotcake-coffee2025年4月12日読み始めた読み終わった積読のまま数年が経ち、文庫化されてあわてて、というわけでもなく、何を読もうかなと本棚を眺めていま読むのはこれだと手にとって、読み始めた。














































