何がダサいを決めるのか
22件の記録
さつき@satsuki_reads2026年5月24日読み終わった「ダサい」とされる「パーカー」を主軸に、ファッションと社会の関係について描く。 「ダサい」は大衆や社会からの視点によって決まっていて、それは変わりゆく。 「ダサい」は規範から逸脱し、自由になるための力、というのに納得。スターや影響力のある人物が、「ダサい」とされていた服装を「カッコいい」服装に変えてしまうこともできる。 結局のところ、他人の視線を気にするよりも、自分の好きに装うのがいいんだろうなと思う。
- チョイ出恵介@ThisIsRead2026年5月7日読み終わった「ダサい」を紐解くにはファッションを歴史的・社会的な背景から考える必要がある。ファッションが持つ同一化と差別化の作用を考慮して、外界から半強制的に定義される個人が、社会から逸脱しない範囲を見極めていくことが必要である。その見極めの中で、あるいは特異的に、選択したファッションがダサいとされることはあり得るが、それが社会の変革にもつながりうる。そういった感じ。
べりん@ngske942026年5月7日読み終わったこの本でダサいとは何かを明確に定義することはありませんでした。 ただ、おしゃれもダサいも曖昧なもの。 今おしゃれでも将来ダサいとされる可能性はあるし、また逆も然りです。 おしゃれもダサいも、「規範からの逸脱」によって生まれます。 ここで大切なのは、誰が逸脱しているか。 社会的に強固な立場にいたり、実績や信頼を積み重ねている人であれば、おしゃれとして新しい価値観を受け入れてもらえる可能性が高まります。 ただそこで、何もなし得ていない若者が社会の通例に異を唱えているだけでは、世間を納得させられる声の強さはありません。 自由な表現には、強さがいるんだろうなと思いました。





















