猿の戴冠式
22件の記録
朋@@tomo_nemui2026年9月22日読み終わった今まで積み上げてきた人生そのものを自らの手で台無しにしたくなる瞬間。 その後他者から齎される批判や苦境に思いを巡らせ踏み止まっているだけれで、その衝動自体は痛いほど理解できる。 比較では幸福を掴むことができないのに頭に冠を乗せるには誰かの手が必要になる矛盾。 社会という数多の個の中でぽつんと一人檻に取り残された僕たちは、必死に鳴き声を上げて生きている。 バッバッバッボーイ。- ぐらぱご@glapagos2026年9月19日読み終わったたとえるなら、僕の中にある形のない、むにょむにょしたクラゲの思索に、骨格(細胞骨格)が形成・伸長されていくような本だ。いや、読書体験だ(そこに背骨があったなんて!?)。追い詰められた極限の底に落ちているクラゲの思索に、なんと、じょうぶな骨がある! あった! って新鮮な驚き。 しゅきゃくみぶん、という意味では完全矛盾的自己同一(*)、か? 言葉の、意味を伝達するためではない、もっと軽薄な側面にフォーカスしたエンタメ小説。あなたはまだ読んではならない。
いち@INTJ_GEMINI2026年7月17日読み終わった『猿の戴冠式』に描かれる「賢い猿」の姿は、支配者のルールを内面化し安全圏で認められようとする、私自身の欺瞞や偏差値社会への執着と重なります。馬鹿にしていたはずのシステムに未だ価値を求めてしまう自己矛盾は、私自身なのだと感じます。


結城@aori2025年10月5日読み終わったaudibleオーディブルで聴き終わった。 熱量がすごくておもしろくはあったんだけど、自分の捉え方に問題があるんだろう、だいぶすっきしない気持ちでいる。 自分はシネノのことは主人公が感情移入した上で作り上げた物語として聴いていたんだけど、そうするとこの主人公が自己の立て直しのために利己的に動物を物語として消費した(作中で批判的に登場する動物にアテレコする動物番組や、赤ん坊にアテレコする親と同様)存在になってしまう。 でも多分そういう皮肉をやりたい感じではないんだろうし、近しい存在と魂を溶け合わせていくことで得られる安心感や奮起を描きたいのかなと思う。 でもそこで気になってしまうのが主人公が「発達が遅かった」「自閉症と診断されたこともある」というところで、その主人公とボノボ(猿)をシンクロさせるのはわりと危うい気がしてしまって…。 主人公が「この世界の全てに臆病だったから」何をするのも遅かった、歩き出すのも、話すのも、生まれるのも遅かった、と語るんだけど、体が万全であるなら気の持ちようで完全にコントロールできるというのもちょっと個人的には受け入れ難い感覚だなとも思った。 自己の身体を取り戻し解き放つことができて良かったということだとは思うんだけど。 (朗読 大森ゆき)
はぐらうり@hagurauri-books2024年1月22日読み終わったこれはわからん!ここまでわからないのは久々。 人間そのものに批判的である小説だけど、自信を持って読み解けませんでした、といえる。これだから読書は楽しいねえ。





















