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いち
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@INTJ_GEMINI
  • 2026年6月27日
    じっと手を見る
    よるべない。人生は誰にとってもよるべない。 老いも若いも。男も女も。生まれた場所で生きるのも、そこを捨てるのも。 プール帰り、マクドナルドで読んだ。4人の男子高校生が4人テーブルにぎゅうぎゅうに座り、宿題をしていた。子どもたちは、ママたちのおしゃべりを聞くともなしに聞いていた。老夫婦はなにもしゃべらない。小学生の頃、良い成績をもらうと、両親はマクドナルドに連れて行き、「今日は何でも食べていい」と言った。そんなことを思い出した。
  • 2026年6月26日
    きらきらひかる
    性はないが確かな愛がある独特の夫婦と夫のパートナー。世間の規範からはみ出た場所にある、複雑な人間関係や愛の切なさを描いた物語でした。性を通じたつながりを描く女風のルポを読んだ直後だったから、その対比が面白い。ただ、妻の理解を得ながらパートナーとも愛を育む夫の姿には、少しずるいと感じる部分も。紫式部文学賞の受賞作なんですね。そういう賞があったこと自体知りませんでした。
  • 2026年6月26日
    人恋しくて女性用風俗に行ったあとで考えたお金とケアと欲望のこと
    触る、触られる、見る、見られる。女は主体性を持って性的になれるか 男性の欲望が主体的なのに対し、女性の欲望は「欲望されたい」と願うことにある。その欲望されたい欲望は女風で満たされるのか?対等(フェア)とはなんだ、を問いた本だと思う。女性の性を「身を堕とした」的に書いていないところが良かった。
  • 2026年6月14日
    廃用身
    廃用身
    介護の限界に挑んだ確固たる信念か、それとも四肢への異常な執着か。本書が描く医師の姿には、割り切れない闇が潜んでいます。綺麗事では済まない介護の過酷な現実と、歪んだ個人の性癖が、医療の論理によって奇妙に結びついてしまったかのような生々しさ。現実の人間が持つ複雑さと醜悪さが、小説を超えた圧倒的な衝撃として心に刺さります。
  • 2026年6月8日
    街とその不確かな壁(下)
    冷えたビールを飲みながら、静かな夏を待つ午後に、村上春樹の『街とその不確かな壁』を読んだ。ポッカリと空いた空虚が、僕をただ見つめていた。影と自分が溶け合い、ひとつになる。そこに救いはあるのか。影と一体になるプロセスは興味深かったが、心を激しく揺さぶられるような感動はなかった。遠くから警笛がなっているような、しかしそれはどうしても無視しきれないような、奇妙な読後感だった。やれやれ。
  • 2026年6月7日
    おんなの女房
    おんなの女房
    蝉谷めぐ実さんの『おんなの女房』を読みました。江戸情緒が鮮やかに息づく世界。初々しいのに艶っぽく、切なさが胸に残る不思議な魅力に満ちた名作です。ページをめくるたび、そうした生々しい純粋な感情を、自分の中にも鮮やかに思い出させてくれるような、特別な読書体験でした。
  • 2026年6月6日
    第三の嘘 (ハヤカワepi文庫 ク 2-3)
    第三の嘘 (ハヤカワepi文庫 ク 2-3)
    『悪童三部作』の最終巻を読み終えました。すべてが虚構の「嘘」でありながらも、双子の感情には言葉にできない確かな生々しさと真実がありました。戦争という過酷な状況下での苦悩を超え、むき出しの生存戦略や普遍的な孤独は、平和な時代を生きる私たちにも深く通じるものがあります。冷徹で無機質な筆致でありながら、人間の奥底にある業と感情の真実を容赦なく暴き出す、不思議で圧倒的な名作でした。
  • 2026年6月1日
    悪童日記
    悪童日記
    戦争の悲惨さを描きながらも、お涙頂戴とは無縁の冷徹さです。ふたりの関心は生き残ることだけに注がれており、周囲の痛みに対する共感の余白はない。愛やヒューマニズムが全て剥ぎ取られ、むき出しになった人間の業を見た思いです。ぞっとするのに、この徹底した冷たさに奇妙なほどの清々しさも覚えます。
  • 2026年6月1日
    リルケ詩集
    リルケの詩集『形象集』にある「厳粛な時」に深く惹かれました。 見つめてくる死者の視線にサバイバーズギルトのようなぞっとする深みを感じます。 12歳の冬から死を「救い」と感じる影を抱えつつも、今日を生きるため意識して光の方を向く私にとって、割り切れぬ問いのままであることこそがリアルなのだと思います。
  • 2026年6月1日
    発達障害者は〈擬態〉する
    当事者たちの「カモフラージュ(擬態)」を紐解く本作ですが、知能検査の凹凸だけで型にはめようとする風潮には、相変わらずモヤモヤを禁じ得ません。発達のあり方はもっと多様なはずです。 作中の「直そうとする支援は傲慢で抑圧になる」という言葉には深く頷きつつも、誰もが特性を活かせるわけではない現実も感じます。だからこそ、社会と個人の特性の間で「折衝」を重ね、落とし所を探る作業がとても大切なのだと思います。
  • 2026年5月31日
    巨鯨の海
    巨鯨の海
    幕末から明治へと移り変わる過酷な時代。封建制度の息屈した縛りの中で、生々しく躍動する友情や愛情、そして命の尊さに激しく揺さぶられる作品です。 序盤は聞き慣れない方言や道具の描写に身構えましたが、気づけば伊東潤さんの描く、捕鯨に生きる男たちの熱量に、あっという間に魅了されていました。 人間と自然の命のやり取り。あの河﨑秋子さんの『ともぐい』を読んだ時のような、強烈なヒリつきを覚える一冊です。
  • 2026年5月29日
    私が間違っているかもしれない
    私が間違っているかもしれない
    ふとセラピストがくれた「All sickness is home sickness」という本を思い出しました。私たちは常に、本当の自分に帰るための旅をしている、そしてそれは自分自身を許すことにつながるのかもしれない、と思いました。
  • 2026年5月27日
    色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
    本作は、思春期に抱く「永遠」や「絶対」といった幻想に気づき、そこから安全に脱出していく物語なのだと感じます。それは「凡庸になっていく過程」でもあり、寂しさは伴いますが、一度受け入れられれば平穏な幸せへとつながるものです。 今年の夏には村上春樹さんの新刊が出るとのことで、それに向け、少しずつ彼の描く独特な世界観に心を慣らし、近づいていこうと思っています。
  • 2026年5月27日
    犬も食わない
    犬も食わない
    大好きな千早茜さんと尾崎世界観さんの共著で、装画が大好きな魚喃キリコさんという、私にとって最高の一冊です。 まさに魚喃さんの漫画の雰囲気にぴったりな、現代の男女の「どうしようもないだるい感じ」や、理屈じゃない空気感がリアルに捉えられていて、とても好きでした。 人間の泥臭い部分を覗きつつも、どこか愛おしさを覚えてしまう。そんな彼らの日常に、不思議と心地よく浸れる作品でした。
  • 2026年5月24日
    音のない理髪店
    音のない理髪店
    ものすごく素直で、気持ちのいいお話でした。 葉真中顕さんの『家族』を読み、あの凄惨な虐待やマインドコントロールの描写に心が削られた後、すべてを洗い流したい時にぴったりの一冊です。例えるなら、からりと澄み切った五月晴れのような心地よさでした。 底なしの暗部を覗き見る読書もいいけれど、時々こうして、波立った心を凪にしてくれる優しい場所に帰ってきたくなります。私にとって、そんなお守りのような本です。
  • 2026年5月23日
    家族
    家族
    前情報なしで葉真中顕『家族』を読んだが、人間が支配されゆく様が恐ろしくて猛烈に胸糞悪い。仕事柄DV被害を見てきたからこそ、精神的支配がじわじわ始まり、いつの間にか抜け出せなくなる描写のリアルさに戦慄した。後で実在の事件がベースだと知り、さらに吐き気が増している。この泥のような重苦しい感情を綺麗なもので洗い流したい。誰か、ただただ温かくて救いのある「優しい世界」の作品を教えてください。
  • 2026年5月20日
    メタボラ
    メタボラ
    まず覚えたのは、妙な既視感。そうだ、川上未映子さんの『黄色い家』に似ているのだ。あちらが少女たちの貧困と歪な連帯なら、こちらは沖縄・那覇を舞台にした少年たちのサバイバル。しかし、一瞬でも他者と心が通じる瞬間がある。その一瞬で人は生きていられるという点は両作品に共通しているテーマだと思う。 生々しい描写の連続に、読んでいて息が上がりそうになる。テーマは重苦しいが、不思議と読後感は悪くない。 実はもう一冊、桐野作品の積読がある。けれど、あの熱量に再び飛び込む勇気は、まだ私にはない。
    メタボラ
  • 2026年5月19日
    20代で得た知見
    めちゃくちゃ好きだ。文章に対して、ほぼ恋愛に近い感情を抱いたのは初めてかもしれない。もしどこかでFさんに会ってしまったら、本気で恋に落ちる自信がある。 詩のようで、短歌のようで、エッセイのようでもある。ちょっとだけあいだみつお味が漂う気恥ずかしさすら、愛おしい。 大体はくすっと笑ってしまう。でも時々ハッとなって泣きたくなる瞬間もある。1人部屋でイオンの安いアーモンドチョコを食べながら読んでいる自分すらも、まるごと許せるようなエッセイだった。
  • 2026年5月15日
    れるられる
    れるられる
    柔らかな文体に油断してはいけない。その奥には、直視しがたい現実を見つめる静かな覚悟が潜んでいる。 日頃、支援する側に立つ身として痛感するのは、両者の境界がいかに心もとないかということだ。その線はいつだって容易に揺らぎ、私はいつでも「あちら側」に立ち得る。 果たして私は、いつか安心して身を委ねられるだけの人間関係を、築けているだろうか。金銭では購えない繋がりの尊さを、改めて問い直している。
  • 2026年5月9日
    ぼくはあと何回、満月を見るだろう
    私はロゴスの人。言葉で世界を解体し、理解することには慣れていても、芸術という体験には物怖じしてしまう。とはいえ、ピュシスへの畏怖や、憧れはずっと抱えたままだ。 作中に溢れる固有名詞や作品群。知らないものばかりだし、理解もできないけど、彼が世界を体験するそのやり方を少しでも共有できればいい。 私は、あと何回満月を見られるだろう。
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