賽の河原

賽の河原
賽の河原
村上晶
筑摩書房
2025年7月10日
14件の記録
  • 宗教社会学の立場からこれまで人々がどのように死者を供養してきたかを振り返りつつ、死者と生者のこれからを展望する内容。亡くなった子どもたちが向かうとされる賽の河原の初出は室町時代であり、江戸時代に地蔵信仰とともに広まっていく。日本のあちこちの河原で石が積まれ、なかでも青森県五所川原市金木町の河原の大祭はお酒を飲んで盆踊りではしゃいだり逢引が横行したりするような賑わいとなる。しかし時の流れとともに、2000年代頃からそうした大はしゃぎの一夜の性格は消失し死者の供養を目的とした祭へと姿を変えていく。また1980年代から1990年代までは、亡くなった子どもたちも成長していくという考え方から花嫁人形が奉納されたりしていたが、死者は生きていた時のままの姿で長く記憶し続けるべきであるという考え方に我々はシフトしつつある。死者に対してはお祭り騒ぎの要素は排して厳かに静かに悼むべきだ、いつまでも当時の姿を心に留めおくべきだ、という現代の感覚は、死者を忘却したり、生きている我々が日々を楽しんだり、ということがさも悪いことであるかのように、我々自身を縛ってしまう。本書の最後では、河鍋暁斎が描いた『地獄極楽めぐり図』(1869〜72年)が紹介される。亡くなった子どもたちが大はしゃぎしながら遊んでおり、その様子をお地蔵様が見守り、仏も天から眺めている。亡くなった子どもたちと生き残った我々との関係は、これからも変化していくだろう。できれば生者も死者も解放されていくような供養の仕方へと変わっていってほしい。
  • 久しぶりに日曜休みなので遠出。まずは往来堂でこちらを。レジにはちょうど高橋さん。うへへ。
  • aida
    aida
    @9mor1
    2025年8月10日
    ”五来によれば、賽の河原の「賽」は、もとは「塞ぎる」であり、賽の河原は、死者をこの世に戻さないための「塞の河原」であったという。つまり、そもそも死者を封印するための石積みであったものが、その形が崩れて、石の塔を建てるというものになっていったと解釈されている。“ 面白い。 イタコの口寄せは降ろすホトケの種類によって祭文が分かれていて、既婚か未婚かで子供か大人かを分けているという話、時代もあるだろうけどきついな。そして賽の河原は未成年者(未婚者)の霊魂の行くところなのだと。
  • めりっさ
    めりっさ
    @mel_reads
    2025年8月8日
  • JUMPEI AMANO
    JUMPEI AMANO
    @Amanong2
    2025年8月6日
    「彼岸の欠如」(中島岳志)が指摘される現代的な弔いに対し、〈一振りのあの世のイメージが伴うことで、死者の居場所を見つけることが容易になるかもしれない〉という可能性。自分の日頃の考え方とも近いため、結論部についてはきっとそうなんだろうなあ、と思う。仏壇、写真、記憶に関する整理が個人的には読めてよかった。 ◆仏壇という空間 〈興味深いのは、仏壇の中や周囲には実にさまざまなモノが置かれていることである。〉(第5章、192頁) 〈仏壇に置かれた種々のモノを通して不在のはずの死者が実体化して生者の生活に位置づけられる。たとえば「なんとなくの規範」によって新規に購入された仏壇も、こうして死者に属するさまざまなモノを装備することによって、死者の気配を感じさせる空間として成長していくことになるのだ。そして、代を重ねていけば[...]先祖という物理的圧が生活空間に誕生していくことになる。/ここには一種の緊張感系がある。〉(同、193-194頁) ◆死者の写真、ホトケとカミ 〈写真というメディアが従来の供養の形、そして人々の死者イメージを変容させているという[鈴木岩弓の]指摘は重要である。そして、死者がホトケではなくカミになっているとしたら、仏壇・位牌・供養というこれまでの物語の力がそれだけ弱まっているといえるのかもしれない。〉(同、211頁) ◆「弔いの多様化」? 〈人々は、あらかじめ用意されている家での供養だけではなく、利用できるものを総動員して、悲嘆に向き合ってきたといえよう。[...]現代社会の特徴のようにいわれる弔いの多様化は、今にはじまったことではないのかもしれない。ただ、その選択の幅は大きくなっている。[...]過去においても、現在においても、「死者の適切な居場所を見つける」ために、人は絶え間ない模索を続けてきた。〉(同、219頁) ◆記憶重視の死者イメージ 〈死者は記憶の中で生きているという発想と、亡き子が成長するという発想は相性がよくない。記憶とはあくまでも生前の過去の姿であり、それが変化するということは想定されていない。一方は、故人の生前という過去を向いたイメージであり、他方は死者の変化という時間の経過を含み込んだイメージである。[...]こうした記憶重視の死者のイメージは、写真や遺骨(手元供養品)といったわかりやすい表象の広まりと不可分である。〉(第6章、225頁)
  • JUMPEI AMANO
    JUMPEI AMANO
    @Amanong2
    2025年8月5日
    川倉賽の河原の大祭の変遷(第3章)、型に従った口寄せができるイタコがほとんどいないのになぜ口寄せは続くのかという話(第4章)、あとは第2章のモノのところが面白かった。いくつかメモ。 ◆仏教と民俗の分け難さ 〈「仏教」/「民俗」の間に境界が設けられ、両者がまじりあう実際の供養の現場〉(第2章、66頁) ◆モノの供養 〈モノがいつ死ぬのかは明確ではない。[...]モノの事例からは、死があるから供養があるのではなくて、供養があるから死があるということが見えてくる。[...]「死を与える」という側面は、実は人の供養においても重要である。〉(同、73頁) ◆生活宗教(佐々木宏幹の議論) 〈葬儀の場で、僧侶たちは死者を「成仏」させるという方向性を目指している。しかし、参列者たちが志向していることは[..]いわば「成祖」である。/ここには微妙なずれがある。〉(同、93頁) ◆川倉の大祭 〈指摘したいのは、川倉に見られるように、供養とは敬虔で神妙なものでなければいけないという規範意識が、現代社会において先鋭化しているのではないかということである。/娯楽と入り混じった複合的な感情は認められず、あえて強い言葉でいえば、悲しむことしか許容されない、そんな状況があるのではないか。〉(第3章、133頁) ◆地域の供養実践の変化(口寄せなど) 〈あの世での成長というイメージの弱まり〉(第4章、177頁) 〈現代社会では、死者を死者とするというイメージよりも、死者を(生きたままの姿で)記憶し続けていくほうがはるかに称揚されている。〉(同、178頁) 〈従来の供養実践がもっていた、死者を手放す技法〉(同、179頁)
  • ivory79
    ivory79
    @ivory79
    2025年8月2日
  • つぐみ
    つぐみ
    @hatsumikage
    2025年7月17日
  • しもん
    しもん
    @shiminnoaka
    2025年7月10日
  • JUMPEI AMANO
    JUMPEI AMANO
    @Amanong2
    2025年7月10日
  • hn
    @hn__87
    2025年7月1日
  • 創
    @hajime_8
    2025年6月30日
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