苦海浄土

苦海浄土
苦海浄土
中村桂子
加藤登紀子
池澤夏樹
石牟礼道子
赤坂真理
鎌田慧
藤原書店
2016年8月25日
29件の記録
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月18日
    >「抗議書は緊急でございますので当方でつくらせていただき、このような文案にいたしました。まことに唐突でぶしつけではございますが、出来ますれば、御賛意いただきたくて、御電話申し上げる第でございます」とわたくしは懇願しつづける。ひとりの尊敬する著名氏からは、「あなたはそういうことをせずに、じっと辛抱して書くべきですよ作品を。 多勢の人間の、役にも立たない抗議文書より、ひとりの人間の思いをこらした文学が、どんなに効果を発するか、あなたも知らないわけはないでしょう」 との御忠告である。 そのおことばは胸に応えた。応えすぎた。 紙きれのアピールや嘆願書や抗議文のたぐいが、いかに情けなくて無力で、実効をともなわずうすっペらな思いつきであるか。だからこそこのようにして、二十年がかりで、ようよう「実地交渉」にまでこぎつけて上京し、東京我人たちとわれから人に言い、仮寝の都に惻隠の情さえ湧いてきた。けれどもなぜか、ひとは事を為すことへの効果より、ただの人情で、もろに惑乱してしまうこともある。(P.1005)
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月18日
    >わたしどものように運搬船を廻すものたちは、漁師方と違うて、職人ちゅうとでございます。舟人といえば陸に揚らずに家も持たず、空一生を暮らす者どもじゃ、うたせ流れのような者共じゃと、見差別していう衆もおんなはりますけれども、舟の上におりますと、陸と違うところは、なんでもかんでも、うつくしゅうして済んでしまいます。鍋もいっちょ、釜もいっちょ、くどもいっちょ。飾り立ててひとに見せるような台所じゃなし、茶碗皿も余分にや置きません。米味噌も余分に欲出して置く必要はございません。ゴミがいっちょもたまりませんし、子どもが二人ぐらいまでは、おなごには舟の上がいちばん極楽でございます。薪をいくらぼんぼん燃やしましても、くどは厚うに塗りあげておりますけん、舟が燃ゆるということはありません。天井もくすぼらず、煙は天さねむけて登るばっかり。気の晴れわたりますことがなあ、どこどこまでも。 子どもが三人四人になりまして、這いまわったり取り結んだりする程になりますと、甲斐性があれば、太か船を買い替えるか、揚がって家を持つかせねば、狭うなって、どうにもこうにもなりませんけれども。(P.697)
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月18日
    >石田勝はといえば、そのときかなりの痙攣がまた襲って来ていて、ふるえる膝頭を、両腕で抱えこむようにしてうずくまる姿勢をとった。 「大丈夫かい」 ひとびとはかわるがわるそのような様子の彼をさしのぞいた。心の内側の方がむしろ、みかけの痙攣の幾層倍も波打っているようにみえる。それに耐えようとして、頬にときどきぴくぴくとひきつれを走らせながらかなしげに目を閉じ、ひたいに脂汗を滲ませている彼を、しょぽしょぽとみんなは見やる。 「足がなあ、いちばん……」 「うん、うん」 「ちょっとしたことのあれば、すぐもう、こげんしたふうで……」 「うん、うん」 「情なかよ……」 「うーん、誰も彼も同じじゃが」 「いんや、俺んとは、一段ひどかぞ。見かけじゃわからんばってん……」 「うーん」 「ほんに、ちょっとしたことのあれば、すぐ、もう……」 上京以来の出来ごとは、この「はじめて東京にきた」ひとびとにとって「ちょっとしたこと……」などという生やさしいことではなかった。(P.760)
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月18日
    >ご心配はしんからありがとうございますが親御たちは、ふかぶか微笑うていいなはります。 「うんね、死んでもようございますと。連れて行た先で」 「…………」 「はい、もうみなさま方の前で死んでくれれば一番ようございます。それでこの子も親も本望というもんでございます。 今日はな、美しか服ば着せて来ました。みなさま方にこの子ば見てもらおと思うて。十七年間もな、夜の目もなかごとして育てて来ました。よんべな、風呂にもいっしょに入ってな、匂いのよか石けんで洗うて髪もな、今朝もな、ほら、顔も美しゅう、拭いて来ましたばい。 ねえ、とも子。 ほら、先生方の、よか子じゃよか子じゃち言わすばい、裁判長さまの。 美しゅうなって来たもね、死んでもよかねえ、とも子。今日まで大切に大切にして育てて来たもね。 とも子は宝子じゃもんね、世の中に二人とおらんものを扱うように大切にして来たもね。ねえとも子。 あれ、嬉しかかい、あれほら、嬉ししゃして、とも子が笑いよりますばい。 こう、見て下はりまっせ、よか娘でございまっしょ。手足の指どもはな、ちっと曲がっとりますばってん、こうして揉んでやりよりますとな、ほら、こげん柔らしか小まんか指でございますとばい。お姫さまんごて、小まんか指ですとばい。 ちょっと、土谷さん、社長さんの今日はおいででございまっせんけん、ああた、替りに抱いてみて下はりまっせ、重うございますで。片輪子ですばってん、どうぞな、抱いてやって下はりまっせ。 わたしどもはな、多子持ちでな、次々授かりましたばってん、なかでもこの子はな、最初に出来て、夫婦になって、最初に授かった子はなぁ、宝……宝子ち言いますでな。どうぞ、抱いてやって下はりまっせ」(P.832)
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月18日
    > >充分に年をとった老人たちが、丘の上の作小屋や、機の岩蔭に座って首をかしげ、膝の上に、完成された芸術のように掌を組んで、来たるべきおむかえの気配に耳をすましている景色というものは、しばしば感動的なものだった。それはたいてい、松風の音や、魚たちがつくる波の色やその上に浮かぶ椿の花かげや、土の香や秋の光世とともにあった。 年とった者たちが、若いものたちの居場所から少しはなれて、そのようにして待っているのは「おむかえ」だけではない。いのちの終りに近く、一生のうちに出逢ったものたち、子どもや孫たちや、自分の親や祖父母や友人たちや、つまり自分の命につながるものたちはもちろん、家畜たちや、手塩にかけ哀憐をかけたものたちとの、より深い再会を、おむかえを待っている間に味わっているのである。つまり、この世との名ごりを、そのようにして惜しんでいるのだった。 >深い慈光に和んだ年寄りたちのそのようなまなざしに、首をかしげ、ときどきひとみを合わせて寄り添うのは、忙しい親たちからはなれて、ひとり遊びをしている孫たちだった。まだ稚くてこれから育つものたちと、おむかえを待っているものとが、こわれた舟のかげや、丘の上の椿の下の、たびかずらに巻かれた大きな平たい岩の上にならんで乗っている姿があれば、畠や海の上で働くものたちは、風向きや雲行きを見るのと同じようにその景色を眺め、一日の仕事の区切りをつける。舟の上からはるかな丘をみやり、「じいちゃんの風邪ひかすけん、早よ、もどろ」 などと云うのである。(P.867)
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月18日
    >出京可能な患者たちを呼び寄せることにして、越年用の宿屋を探す作業がはじめられた。営繕係たちが、本郷の山水館なる宿を探しあてた。料理係たちが、ハムエッグ式宿屋ではなく、自炊させてくれて、せめて雑煮と野菜のゴッタ煮くらいできるようなところを、という条件をつけて申しこみ、探し当てたのである。風土と水と食い物の違いと、路上生活のため、患者たちは疲労の極に達していた。 チッソ体部たちの前では辛うじて横になり、ひじ枕のような格好でいる川本、佐藤さんも、顔面土色となり日に日に類はこけ、夜になると身内に絶えず深い痙華をはしらせて、まぶたや指の先がぴくぴく動きながらねむるようになった。 一月四日、もと訴訟派患者湖上マサエ死亡の知らせ。胎児性で体の全然うごけぬ十四歳の娘一二枝を残して死亡す。寝たきりの一二枝に初潮がはじまったとき、 「どげんしても先には死なれん。なあ、うち殺してから死なんば」 自分も大儀そうになって来た体をかすかによじってそう云っていた。 母親の方が急速に重態化し、その死はほぼ予測されていたので、この度の上京前に、わたくしはその床を見舞った。娘のための訴訟を降りて一任派になったため、彼女と内縁の夫には一時金が降りて、家を新築できた直後のことである。茂道のカルメンと云われた肢体は青ざめてはいたけれどまだおとろえていなかったが、まぶたの上に確実に、死が染みこんでいた。その影をさしのぞきながら、「小母さん、……せっかくよか家のでけましたとに、早う良うなって、もどりまっしゅ」 なんの甲斐もないことを、わたくしは云った。 「うんね。もう、家も要らん、銭も要らん、なあんも、要らんところにゆくとばい」 青く沈んでいる眼光をうっすらひらいて、彼女は非常にやさしく、微かに笑った。(P.986)
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月10日
    > 「昨日は、狂うたなぁ、みんな」 誰の声だったか、大きくはない、微笑を含んだ声が冷気の中にした。 「──ほんに……。思う存分、狂うた……、」 澄んだ細い笑い声があがり、すぐに消えた。いつものおしゃべりは出ない。ゆるやかな山坂道だった。(P.631)
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月10日
    >それからこっち、もう行かん。うちの部落で死んだ大将は、打ち殺しても死なんごたる荒しか男じゃったですが。十一月二日のデモのときは、その大将が一番のりして、会社の正門にかけのぼり、会社が開けんのを内側に飛びおりて開けた男でしたが。デモ隊が会社にはいれたのはあの篠原保がおかげでしたもん。 それが、アウ、アウちいうて、モノもいいきらん赤子んごてなって、あの大将がころっと二週間ばかりでうっ死んだ。ショックじゃったばい。あげんして死んだちゃ情なか。死んでも死にきれんじゃったろと思うたなぁ──。かかも子もどげんなるな。こらもう、網売ってでも、舟売ってでも、土方してでも、生きとらにゃとおもうて。もう魚は獲るみやと思うたが、ここらあたりに銭仕事は無し。沖の方さね目はゆく。はがゆさ、はがゆさ。(P.72)
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月10日
    >ここではすべてが揺れていた。ベッドも天井も床も扉も、窓も、揺れる窓にはかげろうがくるめき、彼女、坂上ゆきが意識をとり戻してから彼女自身の全身痙攣のために揺れつづけていた。あの昼も夜もわからない痙攣が起きてから、彼女を起点に親しくつながっていた森羅万象、魚たちも人間も空も窓も彼女の視点と身体からはなれ去り、それでいて切なく小刻みに近寄ったりする。 絶えまない小きざみなふるえの中で、彼女は健康な頃いつもそうしていたように、にっこりと感じのいい笑顔をつくろうとするのであった。もはや四十を越えてやせおとろえている彼女の、心にみるような人なつこいその笑顔は、しかしいつも唇のはしの方から消失してしまうのである。彼女は驚くべき性質の自然さと律義さを彼女の見舞人に見せようとしていた。ときどき彼女がカンシャクを起こすのは彼女の痙攣が強まるのでみてとれたが、それは彼女の自然な性情をあらわすべき肝心な動作が、彼女の心とは別に動くからであった。 「う、うち、は、く、口が、良う、も、もとら、ん。案じ、加え、て聴いて、はいよ。う、海の上、は、ほ、ほん、に、よかった。」(P.114)
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月10日
    >どのようにこまんか島でも、島の根つけに岩の中から清水の湧く割れ目の必ずある。そのような真水と、海のつよい潮のまじる所の岩に、うつくしかあをさの、春にさきがけて付く。磯の香りのなかでも、春の色濃くなったあをさが、岩の上で、潮の干いたあとの腸にあぶられる匂いは、ほんになつかしか。 そんな日なたくさいあをさを、ぱりぱり剥いで、あをさの下についとる牡蠣を剥いで帰って、そのようなだしで、うすい醤油の、熱いおつゆば吸うてごらんよ。都の衆たちにゃとてもわからん栄華ばい。あをさの汁をふうふういうて、舌をやくごとすすらんことには春はこん。 自分の体に二本の足がちゃんとついて、その二本の足でちゃんと体を支えて踏んばって立って、自分の体に二本の腕のついとって、その自分の腕で櫂を漕いで、あをさをとりに行こうごたるばい。うちゃ泣こうごたる。もういっぺん──行こうごたる、海に。(P.129)
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月10日
    >出月部落、茨木妙子、次徳姉弟の家。両親は急性劇症型、慢性刺邀型で初期に死亡した。次徳氏の病状を抱えて姉妙子さんは嫁にもゆきそこねた。土方仕事を休んで弟と二人、彼女は社長の来訪を待っていた。 「よう来てくれなはりましたな。待っとりましたばい、十五年間!」 まず彼女はそう挨拶した。 秋の日照雨が降り出した。 「今日はあやまりにきてくれなったげなですな。 あやまるちゅうその口であんたたち、会社ばよそに持ってゆくちゅうたげな。今すぐたったいま、持っていってもらいまっしゅ。ようもようも、水俣の人間にこの上威しを噛ませなはりました。あのよな恐ろしか人間殺す毒ば作りだす機械全部、水銀も全部、針金ひとすじ釘一本、水俣に残らんごと、地ながら持っていってもらいまっしょ。東京あたりにでも大阪あたりにでも。 水俣が潰るるか潰れんか。天草でも長島でも、まだからいもや麦食うて、人間な生きとるばい。麦食うて生きてきた者の子孫ですばいわたしどもは。親ば死なせてしもうてからは、親ば死なせるまでの貧乏は辛かったが、自分たちだけの貧乏はいっちょも困りやせん。会社あっての人間じゃと、思うとりゃせんかいな、あんたたちは。会社あって生まれた人間なら、会社から生まれたその人間たちも、全部連れていってもらいまっしゅ。会社の廃液じゃ死んだが、麦とからいも食うて死んだ話はきかんばい。このことを、いまわたしがいうことを、ききちがえてもろうては困るばい。いまいうことは、わたしがいうことと違うばい。これは、あんたたちが、会社がいわせることじゃ。間違わんごつしてもらいまっしゅ」 滂沱と涙があふれおちる。さらに自分を叱咤するようにいう。 「さあ!何しに来なはりましたか。上んならんですか。両親が、仏様が、待っとりましたて。突っ立っとらんで、拝んでいきなはらんですか。拝んでもバチはあたるみゃ。線香は用意してありますばい」 彼女にうながされ、一行ははじめて被害者の仏壇に礼拝した。吹き降りの雨足の中を、背広を着た人びとは言葉を発することなく、自動車で次の患家にむかった。(P.266)
  • yu
    yu
    @yrs
    2026年7月10日
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月10日
    >こら、杢、握っとるかえ、とも網は。爺やんはくたぶれてねむるけん、おまいが頼りぞ。うん、おまいもくたぶれたか、ねむかか。ほんにほんに、むりもなか。おまいも毎日、くたぶれる。 兄しゃん達が薪ば割れば、縁の入りに這い出て来て、かなわん指ば握ったりひらいたり。おまや、そのよな体に気合いをいれて、薪を割って加勢する。うん、今日も加勢したのう。すっすらすっすら、汗流してのう。こまんか体から。 今日のたきもんは、おまいが割って加勢した。おまいが割った。 今夜の魚は、おまいが割って加勢したたきもんで、炊いた魚じゃった。のう、婆やん。 ごっつおさまじゃった、杢。ごっつおさまじゃったぞ、杢。 おかげで、爺やんは、焼酎のうまかった。 ほっほ、爺やんは、そろそろ魂の、ゆらゆらとしてきたわい。 おまいも飛ぶかえ。飛ぶかえ、いっしょに。 爺やんと。 それ、 漕げえ、漕げえ。 揺れえ、揺れえ。ほら、爺やんが、揺すってやるけん。 寝れ、おまいが魂もくたぶれるわいのう。 爺やんが膝ば、枕にして。ほらよ、爺やんが舟は、ねむり心地のよかろうが。 楽になれ、楽になれ。臍は天さね向けて。 むけたか、臍は、こら。ふっふ。(P.284)
  • ゆい
    ゆい
    @no1sin
    2026年7月10日
    > 潮で洗いあげて茹でた巻貝の小さな身を、木綿針でくるくると丹念に抜きためて水に晒らし、春の野芹を摘んで来ては和え物にしたり、菜種の油でからりといためて食べさせたりして、このかしら娘は、家族たちを喜ばせていた。 海にむいた縁側の日ざしに、愛らしい形のさまざまな巻貝をかざして見て、ひらりひらりと、その貝の身を抜きとるのである。そのような袖口には、いつも潮が匂い、人前ではあまりしゃべらない娘が、唄の続きにぽいぽいと、貝の身を、じぶんの口の中にもほうり込んでいた。貝をむく手つきのまま、同じ縁先で、編物を編む手つきも軽やかだった。庭先にいつも桜があったから。 あの貝が毒じゃった。娘ば殺しました。 おとろしか病気でござすばい。人間の体に入った会社の毒は。 死ぬ前はやせてやせて、腰があっちゃこっちゃに、ねじれて。足も紐を結んだように、ねじれとりましたばい。嫁入り前の娘の腰が。(P.312)
  • まつこ
    まつこ
    @matsuko--Books
    2026年2月12日
  • まつこ
    まつこ
    @matsuko--Books
    2026年1月30日
    ... 第二部「神々の村」を読み進め再開
  • Oren Kish
    Oren Kish
    @orenkish
    2025年12月30日
  • Blue moon
    Blue moon
    @mimosamimi
    2025年12月18日
  • まつこ
    まつこ
    @matsuko--Books
    2025年12月18日
    第二部 神々の村
  • まつこ
    まつこ
    @matsuko--Books
    2025年12月9日
    第一部 苦海浄土 読了。 ... 拙いこの三部作は、我が民族が受けた希有の受難史を少しばかり綴った書と受け止められるかも知れない。間違いではないが、私が描きたかったのは、海浜の民の生き方の純度と馥郁たる魂の香りである。生き残りのごく少数の人達と、今でもおつき合いをさせていただいている。まるで上古の牧歌の中に生きていた人々と出会うような感じである。 石牟礼道子
    苦海浄土
  • まつこ
    まつこ
    @matsuko--Books
    2025年11月23日
    「・・・・」 言葉にならず
  • 喜多倉
    喜多倉
    @kitakura473
    2025年11月15日
  • まつこ
    まつこ
    @matsuko--Books
    2025年11月13日
  • まつこ
    まつこ
    @matsuko--Books
    2025年11月8日
  • katam
    katam
    @katam
    2025年11月8日
    一部 第四章まで読んだ。 全部で千ページ超えで本自体重い。 内容も重い。 気になってキッチンスケールで計ってみたら、942gだった。 重いけど、やっぱり紙の本が好き。 分割した文庫版とかあるかな
  • まつこ
    まつこ
    @matsuko--Books
    2025年11月1日
    いよいよ!
  • まつこ
    まつこ
    @matsuko--Books
    2025年11月1日
  • まつこ
    まつこ
    @matsuko--Books
    2025年10月30日
    『天湖』の次には...
  • ヒヨリ
    ヒヨリ
    @charonll
    1900年1月1日
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved