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はれのき・ちゅうた
はれのき・ちゅうた
@harenokichuta
工務店の設計・施工をしています。一級建築士。 3児の父。建築や都市、旅行、コーヒーなど。 日々の暮らしに根付いたものを読んでいきたいです。
  • 2026年1月11日
    日記の練習
    日記の練習
    4月と5月を読み終えた。 しずかな場所でしずかな心で、ゆっくりと読むのがいい本だ。 れいんさんの周りにいる人の言い回しが良い。本人の言葉も良い。自分も周りの素敵な言葉に気付いてあげたいし、そんな言葉を自分自身も使いたい。
  • 2026年1月8日
    猫を抱いて象と泳ぐ
    博士の愛した数式から読み始めた小川洋子。 あの優しく温かいイメージで他の本を読むと真逆のものも多くあり面食らってしまったことも。 さてこの本はどっちの本なんだろうか?
  • 2026年1月6日
    季刊日記 創刊号
    季刊日記 創刊号
    日記にも様々な形があるのだと改めて知りました。 事実のみを淡々と書いていく日記。 どこへ行った、誰と会った、腹筋を何回した。単純なんだけど、意外に面白い。 食べたものを詳細に書いていく日記。 お昼はこれをつくって、夜はもらったあれを調理してと、読んでいると料理をしたくなる。丁寧な暮らしってこういうことだろうか。 自分のことではなく、他人、特に子供のことを書く日記。これは観察日記だ。子供の行動×親の視点で思いもよらない文章になる。 感情を吐き出す日記。心のモヤモヤを文字にすることで、自分の気持ちが見えてくる。その気持ちの揺らぎは他者が見ても興味深いものだった。 これらを全て「日記」とひと括りにしてしまうことに、乱暴ささえも感じてしまう。 本書に登場する日記は、どれもどこか「他人が読む前提」で書かれているように見える。そのため文章はよそ行きで、「本当にこんなことをしているのだろうか?」と疑問に感じる部分もあった。 エッセイやフィクションとの違いは何なのだろう。日記とは本来、自分自身だけに向けて書かれる、もっとドロドロしたものなのではないか。そもそも、誰かに見せるために書いたものを日記と呼べるのだろうか。そんな問いが頭に浮かぶ 他人の日記をたくさん見せてもらって、こんなこと書くのもなんだけど、やっぱり日記は他人に見せるものではないな。自分で書いて自分で見返す。そのためのもの。自分にとっての日記が何なのか、考えるきっかけになりました。 この本は日記の面白さを伝える本でもあり、「あなたにとっての日記とは何か?」と問いかけてくる本でもありました。
  • 2026年1月5日
    知的生産でAIを使いこなす全技法
    今年はAIをより使いこなす1年にしたい。そんな思いで読んだ本。 AIを利用して知的生産の取り組みを拡張する。 架空のプロジェクトを例にして、リサーチやコンセプト、企画書の作成を行っているのが参考になりました。 1番の学びになったのは、コンテキストエンジニアリングという考え方とメタプロンプトをつくること。 AIの役割を都度明確に定義して、参照とするデータや知識をカスタマイズすることで、AIが文脈を把握してより深度のある内容を出してくれるようになる。 世界がまた一つ広がったような感覚を受けました。
  • 2025年12月31日
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
    上巻に続いて、一気に読み終えた。 上巻も驚きの連続だったけれど、下巻でさらに加速する。 何を書いてもネタバレになりそうで、面白かった!としか言えない。 なるべく前情報なしに読んだ方が楽しめると思います。皆さんが小説読んでから映画情報を見た方が良いと言う理由もよく分かりました。
  • 2025年12月31日
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    驚きの連続。面白い。 やっぱりSFってこういうものだ!
  • 2025年12月28日
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    年末のお休みのお供に、読み始めた。 5章まで読み、だんだん盛り上がってきました。
  • 2025年12月24日
    日記の練習
    日記の練習
    今関心のある日記の本。他の人の感想も見て読んでみたいと思った
  • 2025年12月24日
    自分とか、ないから。 教養としての東洋哲学
    難しい仏教を読みやすく語ってくれている本。著者自身の経験から来る語りは説得力がありました。 親鸞の他力の章が特に沁みた。「ダメなやつほど救われる」そんな考え方ができる仏教は素敵だ。 どの章でも固執しているものを投げ出すことができると、それを得ることができるということが語られていました。 最初は自分。自分探しをしているうちは自分は見つからない。自分なんてないんだと投げ出すことができると自分にしかないものが見つかる。 固執しているものが何なのか、自身の中で見つけ、受け入れることで、その固執を手放すことができる。そんなふうに感じました。 まだ僕は自分自身をからっぽに出来ていない。手放すことができたら心が楽になるんだろうな。
  • 2025年12月5日
    季刊日記 創刊号
    季刊日記 創刊号
    予約していた季刊日記が届きました。 他人の日記を読むということが、何気に初めての経験です。 ゆっくり読んでいければと思います。
  • 2025年12月3日
    虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
    学生の頃読んでいた3部作を1から再読。ちょこちょこ差し込まれる知らない単語を調べていると、どんどん脇道に逸れていき読み終わるまでに時間がかかった。 著者は一体どこでこういった知識を得たのだろうか? 虐殺の話。未来の戦争の話。 物語の中で多くの死が描かれる。 癌を患わっていた著者自身も、自身の死を感じていたはずで、どこか客観的に描かれる死の描写を読むたびに、「死」をどう捉えていたのだろうか?と考えてしまう。 結末はこれでよかったのだろうか?と疑問とともに、伊藤計劃の死生観をより深く知りたくなりました。
  • 2025年11月28日
    知的生産の技術
    zettelkastenと並んでPKMやノート術の本で必ずと言っていいほど参照される古典本。倉下忠憲さんの『考えの育て方 : 知的生産のデジタルカード法』でこの本がかなり参照されていて、それなのに「多くの人がこのカード法を試したがうまくいかなかったと述べている」と書かれていたことが興味を持ったきっかけ。 1969年の本なのに理論は全く色褪せていない。むしろデジタルの時代になって著者の唱えるカード法がやっと万人に使えるものになった。B6サイズの情報カードを使って、アイデアメモから、日記、読書メモ、住所録などあらゆるものをカードに書いていく手法を紹介している。カードは何度も見返して並び替えることで思いもかけないつながりを発見できる。 内容は理解できた。…と思う。しかし、これを自分の実践に活かせるかはまだ分からない。まずは、これまで色々メモしたものを見返すことから始めてみようと思います。
  • 2025年11月18日
    知的生産の技術
    ノート術やPKMの話で必ずと言っていいほど引用される本。原著を読んでおかなくてはと、思い立ち 書くことの根源は、今も昔も何も変わっていないようです
  • 2025年11月13日
    人生を狂わす名著50
    人生を狂わす名著50
    無数の本の中から、次に何を読もうか。と考える。 何かを拠り所にして本を選ぶ。その拠り所の一つが、他人がお勧めしている本を読むということ。 この人がこんな風にお勧めしている本なら読んでみたい。と思う。 自分が好きな本について語られていると「そうだよねー」と共感したり、「えっ!?そうやって読んだの?」と驚きがあったり。気の合う友人には「あなたの一番のおすすめの本は?」と聞きたい。 本のお勧めは「誰が、どの本を、どういうふうに」紹介してくれるかによってくる。 そんな訳で、最近気になっている三宅香帆さんが人生を狂わす本を紹介してくれるとなれば、これは読まなくちゃとなる。 この本が三宅さんのデビュー作とのことで文体が若い。熱量に溢れている。 読んだことある本で最も共感出来たのは『おとなの小論文教室。』で、最も読んでみたいと思ったのは『オリガ・モリソヴナの反語法』でした。 読みたい本は尽きないですね。
  • 2025年11月8日
    世界と日本経済大予測2026-27
    なんだかんだ毎年購入している本。 世界と日本の経済のこれからの動向について書かれている。 今年はトランプ大統領が多くのページで関わってきている。良くも悪くも、これだけ世界の中心にいて、注目されている人物はいないのではないか。
  • 2025年11月8日
    柚木沙弥郎との時間
    柚木沙弥郎との時間
    写真家の木寺紀雄が、長年撮り溜めた柚木沙弥郎の写真たち。シワが刻まれた力強い柚木沙弥郎の手の写真がたくさん載っていて心に残った。 写真に添えられた「僕、先生の手が好きなんですよ」が良い。 作品だけでなく、工房や暮らしの一端が垣間見える写真も多かった。作品が写っていなくても、どことなく柚木沙弥郎の作品に見えてくる。暮らしと自らの作品が一貫しているってすごいことだ。 ちょうど今、柚木沙弥郎展もやっていることに気付かされ、見に行きたくなりました。
  • 2025年11月4日
    線と管をつながない 好文×全作の小屋づくり
    線と管を繋がない家=オフグリッドの小屋造りについて書かれた本。 設計者である中村好文と施主である吉田全作が、各章を交互に執筆している。 電気、水道がいつでも好きなだけ使えない暮らし。それなのにこの本を読んでいると、こっちの暮らしの方が圧倒的に楽しそうで豊かに見えてくる。 自然のエネルギーを最大限使うけれど、現代の技術を否定せず、むしろ積極的に取り入れていく。太陽光発電や温水、トイレの話はかなり具体的で役に立った。 将来こんな暮らしがしたいなと思えてくる一冊。
  • 2025年10月29日
    都市の〈隙間〉からまちをつくろう
    文喫東京で、建築の棚を見ていたら、大学の同期が書いた本をたまたま発見! 行政や経済の大きなシステムからこぼれ落ちてしまった「都市の隙間」という空間。東ドイツのライプツィヒという都市で、そうした隙間を再生し使いこなしている活動を論じた本。著者自身が空き家を自ら借りてDIYした「日本の家」の記録も記載されている。 都市の隙間は、草の根的で人間臭い活動によって支えられている。どのプロジェクトも様々なトラブルに見舞われているけれど、話を聞くことをやめずにオープンな姿勢でいることは共通している。 ルールも大事だけど、結局はちゃんと問題と向き合おうという当事者の姿勢が物事を前に進めるのだ。 日本でも似たような課題に直面することもあるだろう。そんな時に問題をマイナスと捉えず、この本のように対話の機会だとして、前向きに問題と向き合えればいい。
  • 2025年10月24日
    なぜ働いていると本が読めなくなるのか
    なぜ働いていると本が読めないのか?という著者自身の疑問を起点に生まれた本書。 そこから働くことと読書の歴史に目を向ける視点が面白かった。 三宅さんは、今すぐに必要のない知識や歴史的な文脈などはノイズとして忌避されていくようになったと述べている。欲しいのは情報のみ。映画を2倍速で見るような現象がそれを象徴している。 読書をする時間も余裕もないけれど、スマホでゲームをやる時間はあるという冒頭の出来事に繋がってくる。 この本の結論として、読書も労働も成り立たせるために全身全霊で働く社会から、半身で働く社会を目指すべきだと提案している。半分仕事でもう半分を趣味や家庭に。そんなことが許容される社会になればいい。 ただ現実は、仕事も家庭もどちらにも全身全霊を求められるようなことも多い。半身で働いて、残りの半分で趣味の読書をするなんて難しい。 とはいえ、この本を読むことはできたのだ。readsには本を読んでいる人がこれだけいるのだ。今だって本を読むことはできる。ちゃんと読めている。 そう考えて読書に対する希望が持てた本だった。
  • 2025年10月16日
    なぜ働いていると本が読めなくなるのか
    冒頭の「スマホでゲームしたりYouTube見る時間はあるのに本を読む時間はない」という話に、自分のことだーとやられてしまった。
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