ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』『哲学探究』4月
84件の記録
冬瓜@togan0002026年5月10日読み始めたうおーたのしい。 「世界の可能性」というワードが出てきて、読みかけのジャンリュックナンシーの「世界の可能性」と関係ある...?となった(あるかもしれないしないかもしれない)

miko@miko882026年5月6日読んでる@ 自宅感情が1秒間だけ発生する事態はありえない→心の動きは特定の生活の流れの中で輪郭付けられる (一定時間の脳の活動状態ではない) 心とは他者とのコミュニケーションの中に現れるもの、言語と心は不可分 人間は機械に安定・正確性を求める/不確実さに「心」を見出す 普段、固定観念を通して偏った目で世界を見ているかについて目を開かせる哲学

miko@miko882026年5月6日読み終わったすぐに咀嚼できるタイプの話ではないのでちょっと寝かしていきたい 100年、70年前になされた言語 (言語ゲーム)/心といった話が、LLMという「今まさに」といった分野に、あたかもそのための議論であると思わせる調子で迫ってくるのは非常に面白かった
miko@miko882026年5月5日読んでる@ 自宅「言葉の意味はその使われ方」としたとき、学習により適した言葉を使うLLMは「言葉の意味を理解した」と言えるのか? 2通りの文の「理解」: 同じ事を言う別の文に置き換えられること/どんな別の文にも置き換えられないこと→ひとつの事象に対してそれを体験した者によって体験の内容は異なる 人間は暗黙的な了解や状況を "体験して" 言葉を使う 「アスペクトの閃き」: 二重の観点 (アヒルとウサギに見える絵など) --- テレビを見るのが下手すぎてNHKの放送ぶんをとうとう見逃すなどしている

ゆげの@hoochaa2026年5月4日買った読み終わった1年ほど前、ちょっとした長文を書く機会があり、それに役立てようと『論理トレーニング101題』を読んだことから論理学者としての野矢茂樹を知った。野矢の著作をディグったことにより哲学者としての彼にハマり、そして徐々に彼の研究対象であるウィトゲンシュタインに興味を持ち始めた。ちらほらと周辺の本を読んだり読まなかったりしていたところに100分de名著がウィトゲンシュタイン回が来たので、僕の人生とNHKのタイミングが良くて驚いた。 僕に感化されて同じく野矢とウィトゲンシュタインを漁っていた友人は、恋人のお兄さんから突然「ウィトゲンシュタインって知ってる?」と言われて話が盛り上がったらしいので、単に流行っているのかもしれない。だとしたら僕らが興味を持ち始めたタイミングがちょうど世間の流行と重なったのだろう。 古田徹也の著作は読んだことがなかったのだけど、語り口調が野矢と似ており、ウィトゲンシュタイン研究者の特徴なのか?と思った。 番組も視聴したが、伊集院光のコメントが的確すぎて もしかしてこの人頭良いんじゃないか…?と思った(良いのでしょう)。 「論考」と「哲学探究」という難解な2つの哲学書を30分×4回で解説しようとするのだから、かなり削ぎ落とされてはいる。しかし、ウィトゲンシュタインの生き方や置かれていた環境も含めて全体として分かりやすい(とっつき易い)構成となっており、すごいなーと思いながら番組を見ていた。これをきっかけにウィトゲンシュタインはもっと流行っちゃうね。 論考については、野矢の著作で理解していた部分が大きく、また僕の直観ともあまり乖離がないのですんなり理解できた。 一方、哲学探究については、僕の直観とそぐわないところもあり、なかなか難しかった。 ただ、哲学探究のテーマである言語ゲームと、最近の生成AIの関係についての話題で、生成AIとの会話は互いに暗黙知の了解がなされていないから違和感が生じうるといった内容が記載されており、これは僕も同じことを考えていたので、へへんと思った。 おそらく僕は、論考で語られるような世界の在り方を表現する記述的な言語表現と、哲学探究で語られるような依頼・皮肉・嘘なども含めた言語活動を区別して考えを整理するのが良いのだと思う。今はそのへんがごっちゃになっているので、ウィトゲンシュタインの議論に賛成なのか反対なのか自分でもよく分からなくなっている。 今のところは前者に対する興味の方が強い。 後者は言語学の語用論と関連が深いと思うので、そっちからアプローチしてみるのも良いかもしれない。
じょるじゅ。@kameupaupa2026年5月3日読み終わった@ 自宅遅ればせながら第4回まで読み終わりました。 「心」は他者とのかかわり(予言不可能性)から生まれる、というのは確かにその通りだな、と思いました。完全に1人ならば、感情こそあれど言葉を交わす必要性がないので、美しい景色を見て感動したとしても、感情の枠に収まってしまうのかもしれません。 「自分のほかに本当に誰ひとり人間が存在しないと想像してみてください。」というところで、的はずれかもしれませんが、コロナ禍の非常事態宣言時の出来事を思い出しました。 どうしても1日だけ出社しないといけない日があり都心へ出たのですが、駅を降りたら全く人がいない、いつもなら片側3車線あるような大きな道路を途切れることなく続いていた車が1台もない、そしてちょうど電車が来ずに鳥も鳴かないタイミングで、本当に嘘みたいに無音になりました。 あの時、世界にたった自分1人だけ取り残されてしまったような感覚に襲われたのですが、あの状態を上手く表現する感情や言葉は今も見つかっていません。 普段は1人でいるとしても、電話やメール、SNSなどでやり取りをする相手がいれば違うのでしょうが、「心」をやり取りする相手がいないのなら、日常の中での機微も表現できない、表現する必要がない……そういう風になっていくのかもしれません。 ただ、予見不可能性は衝突や不快感をもたらすものでもあります。今後は話し相手として利用するAIに、“人間が傷付かない範囲”での予見不可能性を求める傾向は出てくるのではないかな、と感じました。 また、偏見や固定概念という曲者についても、ウィトゲンシュタインが思い巡らせていたと知り、ウィトゲンシュタイン自体が本当に「哲学」というものに真剣に向き合い、誠実に考え続ける努力をした人なんだと感銘を受けました。 偏見や固定概念は自分の中で無意識のうちに蔓延り、それが偏見や固定概念と思わずに考えるときの尺度として利用してしまっていると自分でも常々感じていたので、それこそウィトゲンシュタインの言う通り、「本当に誠実に考えること、あるいは考えようと努力すること」が必要不可欠なのだと肝に銘じたいと思います。 これを期に、『哲学探究』や『ラスト・ライティングス』も読んでみます!


既視の海@dejavudelmar2026年5月3日読み終わった録画しておいた全4回の放送を一気に観た後、復習のように本書を読む。以前、夢中になったウィトゲンシュタイン哲学を、また新たなアスペクトから観ることができた。
jaguchi@jaguchi872026年4月29日読み終わった「論考」完成で一度哲学から身を引き、その後「哲学探究」へと至る道筋は、不器用で神経質な人が生活の中で人間とコミュニケーションをとりながら生きていく方法を見つける過程のようにも思えた。予見不可能性、不確かさ。 ・(……)私たちの「心」は身体のなかにある自閉的な器官──身体的に隠された秘密の小部屋のようなもの──ではなく、他者とのコミュニケーションの只中に立ち現れてくるものだということです。p.88 「偏見、固定観念に気づくこと」「考えること」について考えていきたい。
Mariko@英会話時はローラ⭐︎@maririne01272026年4月28日読み終わったようやく読み終えた。 毎週の放送に合わせて予習さながら本を読み込んで気になる箇所は書き写し放送を見た後に何度もそのノートを読み返した。 ものごとを表面的にしか考えられない浅い思考の私にとって哲学は未知の世界そのもの。このノートを何度も読み返していつか私の考える力の種になってくれるかもしれない。なってくれないかもしれない!
miko@miko882026年4月27日読んでる@ 自宅語り得ないことについて語ろうとすると、対象を損なうことになる→沈黙は正しく見るための手段 「論考」の刊行後にしばらく哲学からは離れるが、その後哲学に戻ってくる(後期ヴィトゲンシュタイン) 「論考」における言語観は単純化されすぎていた→個々の言葉の意味はどういった文脈のもとで使われているかに目を向けるべき 「言語ゲーム」→言語の多様性/ゲームの多様性 類似的家族性: 家族全てに共通する特徴がなくても、互いにゆるやかに類似する → 本質主義に対する懐疑 「ひとつの言語を想像することは、ひとつの生活様式を想像すること」 「言葉は、生活の流れのなかではじめて意味をもつ」

じょるじゅ。@kameupaupa2026年4月24日読んでる@ 自宅第3回を視聴したため、復習を兼ねて第3回分を拝読。 ちょうどAIについても勉強(本当に基礎の基礎ですが)をしているところなので、色々と考える機会になりました。 ただ、拝読していて「AIに限らず、かつ、自分も含め、体験を伴わずに言葉を使うことが増えているのでは…?」とふと不安になりました。 ある言葉を使っている人の本心を読み解けず、まさしく文字通りに受け取る人達が増えているのでは…もしそうだとしたら、人間を人間たらしめるものとは何になるのか……そんなことを考えずにいられませんでした。 気づけばあっという間の最終回。来週も楽しみです。
miko@miko882026年4月18日読み始めた@ 自宅ヴィトゲンシュタインは第一次世界大戦に従軍し、その中で「論考」を書き上げた 世界と言語の関係/世界に関して有意義に語りうることと、無意味になってしまうもの 世界は事実の総体/論理空間: 可能性の空間=可能性はともかく起こりえることの総体であり、世界は論理空間の中にある 命題: 事実に対して真偽を問える文、事実を写し取った模型 言語は虚構の模型を作成可能なツール 言語は「世界」という語を語れるが、「世界」という語はなにも示しておらず、なにかの事実を描き出してはいない→世界を含む命題は成立しない 命題にはならないが命題に反映されるものがある=「価値」など
jaguchi@jaguchi872026年4月17日読んでる「いきなり『論考』そのものに突撃しても、読み通すことはまず不可能です」p.31 という部分に「そんな……積ん読になってるのに」と思いつつ、第2回まで読んだ。 とても刺激的だ。問いならぬ問い。WHY と HOW の違い。私自身、今まで哲学に積極的にふれてきたというわけでもないのに、哲学そのものを破壊しにかかっている著作にふれていいものだろうかと思ったけれども、それでも多くの人を惹きつけている理由が古田徹也先生の解説で少し分かった気がする。

コズミック書店@cosmic_bookstore72132026年4月14日読み終わった毎月のお楽しみ。名著の原典はだいたい難しいのでまずはこれを読んでる。なかなか原著ま行きませんが(『遠野物語』くらい)。

jaguchi@jaguchi872026年4月10日買った「100分 de 名著」テキストを初めて買った。少し前からウィトゲンシュタインが積ん読になっているので、ちょうどいいタイミングでありがたい。第1回の放送は逃したけど、見逃し配信で見ることができた。録画予約もしたし、テキストも読むぞ。





会社員かずや@kazuyadesse2026年4月8日買ったウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』『哲学探究』4月 (100分 de 名著) / 古田徹也(NHK出版) #カッタホン #会社員かずやのホンカツ
yomitaos@chsy71882026年4月7日まだ読んでるまたいつか@ 自宅興味はあったが避けてきたウィトゲンシュタイン。100分de名著にて放送があるとのことで、入門すべく購入。だが、まったく中身が入ってこない。凡庸な頭で申し訳ないのだが、言葉そのものの意味で「言語ゲーム」をやってるように感じられてしまう。他の哲学書を読んで、また気になったら手に取ってみようかな。

- ゼビア@Xivia2026年4月1日読み終わった哲学ウィトゲンシュタインの術語の理解が深まった。とても分かりやすくサクッと『論考』と『探究』のエッセンスが書かれていて驚いた。Eテレの番組放送が楽しみだ。


ともろう@tomororz2026年3月26日買ったAmazonから届く。 NHKテキスト100分de名著のウィトゲンシュタイン編。著者は古田徹也氏。ウィトゲンシュタインもファン、入門書ともに多い哲学者だよね。


















































