

優
@langern_1999
本について語れる友達が少ない余り、AIと壁打ちしていたら急に斬りつけられて泣いちゃいました。
本好きの方と繋がれたら嬉しいです。フォローやコメントして頂けたら返しますので、気が向いたら相手してやってください。きっと(私が)喜びます。
【最近の読書傾向】
小説、新書、雑誌、漫画などジャンルを問わず読書する楽しさに気づき始めました。
古本屋巡りにハマり、出かけた先でつい寄ってしまうので、やや積読気味。
- 2026年1月8日
庭の話宇野常寛気になる読みたい【メモ】 ※この本の著者へのインタビュー動画を観て独自で解釈しメモを取った内容のため、誤りがある場合があります。 孤独だけど孤立していない。 いわゆる国家の公共的空間ではなく、資本的ではあるけど擬似的な空間(銭湯、カフェ、SNS)を選択して参加することで社会に居場所を感じられる(承認を得る)。それが「庭」の定義。 ハンナ・アーレントの『人間の条件』として3つ①労働②作成③行為(特に政治)を上げている。 労働(資本階級)で居場所を得られるのは一握りのため、少し前までの時代では人々は家族や友人、地域などの共同体に自身の居場所を見いだしていた。 一方で、③行為(政治への参加)は、現代ではSNSで思想の左右どちらかに偏り、敵を作る(分断を煽る)発言をすることでその種のコミュニティから“手軽に”承認を得られるようになってしまったため、本来アーレントが主張していた内容と異なるものになってしまった。 共同体を復活させる(作る)という動きもあるが、それを掲げる人達は自身らがコミュニティ野中の中心人物になれる(音頭を取れる)自信及び立場がこそ掲げるのであり、コミュニティの中で脇役となる社会的弱者にとっては地獄となる。 つまり、資本主義や共同体という空間では少数の人間しか承認されず、SNSでは過激な(もしくは相当面白い)言動ができないと承認がもらえない。 だからこそ、孤独であるが社会とのつながりを感じられるそれぞれがきちんと一人で、「庭」(社会とのつながりを感じられる居心地のよい場所)を見つける必要がある。 新しい「人間の条件」と解釈できる本 - 2026年1月5日
- 2026年1月3日
読み終わった何か面白い漫画がないか探していたところ見つけた本。 元々ヤングマガジンで連載しており、高校生の男子が親戚や友人などに振り回されながら自分のアイデンティティを確立させる話。コミックスは全3巻だが、性的に過激な描写から3巻目のみR18の指定を受けその後絶版。後に上下巻に修整されて再出版されたという、サブカル界隈では有名な作品らしい。せっかくなので絶版になった方の全3巻を購入。 正月休みで夜更かしして読み始め、気がついたら朝になっていた、、、 感想としては、10代ならではの葛藤や世界観が生々しいほどリアルに描かれており、内容の過激さ含めて、高校生くらいの時に出会えていたら、受けた影響も大きかったのではなかろうか。 好きなアーティストの一つである「GOING STEADY(現:銀杏BOYZ)」に「さくらの唄」という本作品と同じ名前のアルバムがある。ネット記事で読んだ内容だが、メンバーの一人の峯田和伸氏もこの作品を読んでかなり影響を受けたとか。 - 2025年12月30日
短歌をよむ俵万智まだ読んでる最近日本の言語学者の大野智さんの著書を読んで、和歌(短歌)に興味を持ちました。 いつか万葉集を読みたいけどハードル高いな。 そう思っていたらたまたま見つけた一冊。 短歌の入門書として丁度いいなと手に取りました。 内容は非常にわかりやすい短歌論です。さらに技巧だけでなく、俵万智さんが様々な短歌(および歌人)の紹介や解説をしてくれるのでグッと短歌が身近に感じられるようになります。 俵万智さんは中学の国語の授業で知りました(サラダ記念日です)。そのあと図書館で読んだ『チョコレート革命』に載っていた「議論せし二時間をキスでしめくくる卑怯者なり君も私も」という歌に、まだ少年だった自分には意味がわからないながらも、妙に惹かれたのを今でも覚えています。 この歌の意味が分かるようになってしまったのは、少し切ないことだなぁ。 - 2025年12月25日
紅い花/やなぎ屋主人つげ義春三宅唱監督の映画「旅と日々」を観て原作のつげ義春氏の漫画を読んでみたくなり購入。 昔ながらの絵の雰囲気やセリフのない間が、淡々とした日常や旅情、孤独や哀愁を引き立たせる叙情性のある作家だと感じた。 つげ義春氏の「旅もの」と言われるのが好きだ。 私も一人でふらりと、私のことを誰も知らない場所へ、旅に出たい。 - 2025年10月5日
子供の頃から本が好きだった。本を読んで夜更かししたり、ジャケ買いした小説に涙したり、ちゃんと好きだった、はずだった。 大学生・社会人になってからだろうか。勉強や教養のために専門書や難しい新書、純文学を“読まないとダメだ”自分よりたくさん本を読む人達には“敵わない”と勝手に考えるようになり、だんだん読書が辛いものになってしまった。 そんな折、「最近また本が読めないから、何かリハビリによい本はないだろうか」と考えて立ち寄った本屋で出会ったのがこの本。 内容は、労働と読書を歴史的な背景から関連付けて、労働者が本が読めなくなってしまう理由を紐解くというもの。仕事が自己実現となり、様々な娯楽に溢れる現代では、確かに本は求められていないのかもしれない。また、この著書の内容は読書に限らず「自分の趣味」に置き換えても考えられる。 この本を読んで良かったのが、作者である三宅香帆さんを知れた事。本を読んだあとに作者について調べてみたら、ユーチューブで様々な本の紹介や読書論を行っているので動画を見てみた。とても楽しそうに本について語っている内容だった。 その時以来、「難しい本じゃなくても、たくさん読めなくても読書が好きでいいじゃん」と思えるようになった。 後日、このコペルニクス的大発見を本好きの友人に話したら「読書なんて楽しいものじゃん、何バカなこと言ってるの」と笑われてしまった。
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