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まほ
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@maho0616
言葉の美しさにたくさん触れられる本が大好き。
  • 2026年6月16日
    世界の朝ごはん
    世界の朝ごはん
    幸せここにあり。
  • 2026年6月16日
    劇場という名の星座
    どうやら私は小川洋子さんの作品が好きみたい。 いったい私は何人の人にこの本を勧めたでしょう… 好きなところメモ ⚠️ネタバレ注意 【ホタルさんへの手紙】 新人案内係は、劇場の邪魔にならぬよう、ホタルのような光を放つ小さなライトを握り、お客様を案内する。 「あなたが、小さな明かりを灯して下さったおかげです」p.18 「ホタルさん、と呼んでもらえた喜びが、じわじわと胸に広がっていった。目障りになることなく、闇の中に正しい一筋の道を描く。それはホタルのように慎ましく、美しい光でなくてはならない。」p.18 他にも盲目の素敵なお客様を案内する描写も… ほんとに美しい。 【内緒の少年】 母親の愛情を知らずに育った少年が、舞台裏で影を隠して、舞台のために動く。 言葉の端々から、少年の孤独が滲み出ていて、近くにいたら抱きしめたくなるような心持ちになった。 「〝さあ、こちらですよ。何の心配もいりません。僕がお連れしますから〟 〝ありがとう。お任せします〟 心の声が、ほんのわずか触れ合う指先から伝わってくる。二人の足音が一つに重なる。 一瞬、二人だけが暗闇の中に取り残されたかのような気持ちになるが、寂しくなどない。 たった一人、自分の手を頼りにし、離さないでいてくれる誰かがいるのだから、何も恐れる必要はない。」p.44 「いくら世界一の舞台機構を作ったって、それは単なる機械にすぎない。生きている舞台にするには、そこに立つものが息をしていなくちゃ」p.55
  • 2026年6月15日
    ストライプ: たいへん!しまもようになっちゃった
    これ大好き。
  • 2026年6月14日
    人間失格
    人間失格
    人間失格
  • 2026年6月13日
    博士の愛した数式
    私は物事に深い愛情と情熱をもって取り組んでいる人が大好きだし、そんな人の話を聞くことも大好き。だからこそ、この作品が好きだった。 博士の素敵なところは、とんでもなく頭がいいだろうに、物腰がとても低くて、「私」やルートの発見や発言を心から喜び、尊敬するところ。 こういう人こそ一流というんだろうなって思った。こんな人でありたい。 【好きな部分メモ】 ※ネタバレ注意⚠️ 「美しいと思わないかい?君の誕生日と、僕の手首に刻まれた数字が、これほど見事なチェーンでつながり合っているなんて」p.32 『風立ちぬ』の二郎さんを彷彿とさせるような知的な言葉選び…惹かれる…‼︎ 「歯形だらけの鉛筆を握り締めていた。」p.59 なんかすごく好きな文章。 なんで小学生って鉛筆噛むんだろう笑 小学生のときの真っ白できらきらした日々を思い出させてくれる優しい文章。 「博士の授業でもう一つ不思議なのは、彼が分からないという言葉を惜し気もなく使うことだった。分からないのは恥ではなく、新たな真理への道標だった。彼にとって、手付かずの予想がそこにある事実を教えるのは、既に証明された定理を教えるのと同じくらい重要だった。」p.100 これですよまさに。 「君の利口な瞳を見開きなさい」p.180 「博士の思いは必ずしも行動によってのみ表わされるとは限らず、目に見えない形で伝わってくることも多かった。しかしルートはそのすべてを漏らさず感じ取っていた。 当然な顔で受け流したり、気付けないままにやり過ごしたりせず、自分が博士から与えられているのは、尊くありがたいものだと分かっていた。」p.200 物語全体を通して、ルートはなんて知的で論理的で優しい子なんだろうと感心。 ルートからはたくさん学ぶことがあった。
  • 2026年6月10日
    涙の箱
    涙の箱
  • 2026年6月10日
    舟を編む
    舟を編む
    友達に「好きそう」と言われ、読んだ。大好きだった。 「ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。」p.34 「だれかの情熱に、情熱で応えること。」p.178 「なにかを生みだすためには、言葉がいる。岸辺はふと、はるか昔に地球上を覆っていたという、生命が誕生するまえの海を想像した。混沌とし、ただ蠢(うごめ)くばかりだった濃厚な液体を。ひとのなかにも、同じような海がある。そこに言葉という落雷があってはじめて、すべては生まれてくる。愛も、心も。言葉によってられ、昏(くら)い海から浮かびあがってくる。」p.268 「松本先生は顔を上げ、うつくしい蝶をつかまえた少年のように微笑んだ。」p.315 物語は美しい言葉の連続で、〝言葉の舟を編む〟ことに精を出す素敵な人物たちの姿が描かれる。 多くの人が、精一杯取り組む馬締の姿を見て、支えるようになる。 お互いの夢を妨げないよう、思いやりながら過ごす夫婦の愛。 我らが松本先生は、最後の最後まで、辞書という夢に時間を注ぎ込む。 こんなにも美しい物語が他にあるだろうか… ほんとに出会えて良かった1冊。
  • 2026年6月9日
    ぼくが消えないうちに
    ぼくが消えないうちに
    7年ほど前に完読。忘れられない宝物の本。 今月また読み返そう☕️
  • 2026年5月18日
    52ヘルツのクジラたち
  • 2026年5月17日
    ジヴェルニーの食卓
  • 2026年5月17日
    朗読者
    朗読者
    高校生のときにとても好きな小説『朗読者』における裁判の舞台設定の意義とその文学的効果について論文を書きました。 どんなこと書いてたかなぁという振り返りの意味も込めて、まとめてみました! めちゃくちゃ愛を込めて書いたので、よかったら読んでみてください☕️ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ベルンハルト・シュリンクの名作『朗読者』。読んだことがある人なら、主人公ミヒャエルがかつての恋人・ハンナと「法廷」で再会するあの衝撃的なシーンが、深く心に残っているはずだ。 年の離れた恋人だったハンナはある日突然、ミヒャエルの前から姿を消す。そして数年後、法学部の学生となったミヒャエルは、ナチス時代の戦争犯罪を裁く裁判の傍聴席で、被告人として立つ彼女の姿を目撃することになる。 なぜ、この物語は「裁判」という舞台を必要としたのか。 今回は、この法廷という空間が持つ意味について、少し深く掘り下げてみたい。 本来、裁判とは「何が正しくて、何が悪いのか」をはっきりさせ、罪を裁くための場所である。しかし、『朗読者』の法廷で繰り広げられるのは、そう簡単に白黒をつけられない、割り切れない人間の心理だ。 一番の象徴が、ハンナの「文盲(文字が読めないこと)」という秘密である。 他の被告人たちは、自分たちの罪を逃れるために「あの女が報告書を書いたんだ!」「あいつ一人のせいだ」と、烈しくハンナに罪を擦り付けようとする。その醜い責任の押し付け合いの中で、ハンナは自分が文字を読めないことを隠すために、書けるはずのない報告書を「自分が書いた」と認めてしまい、より重い罪を受け入れてしまう。 加害者であるはずのハンナが、実は「文字が読めない」という個人の弱さを抱え、集団の犠牲になっていく被害者でもある。裁判というスポットライトが当たる場所だからこそ、彼女の立場の複雑さが、より鮮烈に浮かび上がってくる。 また、裁判の中でハンナが裁判長に向けて放った、こんな言葉がある。 「わたしが言いたいのは……あなただったら何をしましたか?」 国家の命令に従うしかなかった当時、それ以外の選択肢が本当にあったのか。ハンナのこの問いに、法廷は一瞬静まり返り、裁判長はうろたえてしまう。本来なら堂々と正義を貫くべき裁判官すら、当時の歴史の重みを前にして、真正面から答えを返すことができなかったのだ。 この裁判を通じて、生き方を変えられてしまったのが主人公のミヒャエルである。 彼は裁判を傍聴する中で、ハンナが嘘をついてまで重い罪を背負おうとしていることに気づく。「どうして文盲だと言わずに、犯罪者だという恐ろしい自白をしてしまったんだろう」と、彼は激しく苦悩する。 自分が「ハンナは文字が読めない」と証言すれば、彼女の判決は軽くなるかもしれない。 そう気づいた瞬間、ミヒャエルはただの「観客(傍聴人)」から、彼女の運命を左右する「参加者」になってしまう。 「これまでは観客だったぼくが、突然、参加者になり共同決定者になったのだ。」 このミヒャエルの葛藤は、戦争を直接知らない「戦後世代」が、過去の罪とどう向き合うべきかという大きなテーマを象徴している。夜の寒さ、雪、火、教会の女たちの悲鳴……当時の極限状態を想像すればするほど、ミヒャエルはハンナを一方的に悪者として裁くことができなくなっていく。 一方で、ミヒャエルと一緒に裁判を傍聴していた大学のゼミ生たちは、全く違う態度をとっていた。 彼らは「再検討!過去への再検討!」と息巻き、戦争を起こした親の世代を激しく糾弾する。それはまるで、公的な裁判の代わりに、自分たちが倫理的な正義の鉄槌を下しているかのようであった(作中では「侮辱の刑に処した」と表現されている)。 しかし、彼らは激しく批判する一方で、ハンナたちが当時どんな状況に置かれていたのか、その背景に想像を巡らそうとはしなかった。 必死に想像し、割り切れない思いに苦悩するミヒャエルと、正義の味方になって一方的に断罪する周りの人々。この対比もまた、裁判という一つの空間だからこそ、くっきりと可視化されたものだ。 『朗読者』における裁判は、単に犯した罪の重さを量る場所ではなかった。 国家の命令に従うしかなかった加害者の言い分 返答に困る裁判官 一方的に前世代を裁く戦後世代 そして、加害者を愛してしまったがゆえに葛藤するミヒャエル それぞれの立場が法廷という狭い空間で交錯することで、私たちは「ナチスの犯した罪を裁く」ということが、いかに複雑で、困難なことであるかを突きつけられる。 物語の法廷が閉じた後も、ミヒャエルが背負った「受け継がれる罪の意識」は消えない。この作品が今なお多くの人の心を揺さぶるのは、法廷の檻の中にいるハンナだけでなく、傍聴席にいる私たち読者に対しても、「あなたならどうしたか?」と問いかけ続けているからではないだろうか。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー と言った感じのことを書きました。 小難しいこと書きますなぁほんとにもう。。
  • 2026年5月17日
    喜嶋先生の静かな世界 The Silent World of Dr.Kishima
    今年の春に大学生になった私は、この作品と自分を重ねたり、「1つのことに打ち込むってこんなにも美しいんだ」と感動してすぐに読み切ってしまった。 「喜嶋先生の静かな世界」というタイトルに惹かれて手に取ったけれど、読み終わった頃にはこのタイトルがもっと好きになった。 誰しも、〝すごい人〟でありたいと思う気持ちが少なからずあると思う。 地位や名誉、年収に外見…大人になるにつれて、自分がしたいことや情熱よりも、現実的な選択をするようになる。 私も、なぜか焦って何かしなきゃと思う時がたくさんある。 だけど、ゆっくりと自分が心から愛せることを、自分のペースで取り組むことって、なんで美しいんだろうって思うし、忘れたくないなって思う。 自分が取り組んでいることに自信を持って、自分の夢に打ち込む喜嶋先生や主人公はほんとにかっこよかったなぁ。学ぶっていいな。そう思えた。 (高校のときに出会った化学の先生と、卒業後教室で同じようなことを話したなぁ…また先生に会いたい) 最後に、「はぁ、、本当にそうだな」って思った部分を記録しておく! 「とても不思議なことに、高く登るほど、他の峰が見えるようになるのだ。これは、高い位置に立った人にしかわからないことだろう。ああ、あの人は、あの山を登っているのか、その向こうにも山があるのだな、というように、広く見通しが利くようになる。この見通しこそが、人間にとって重要なことではないだろうか。他人を認め、お互いに尊重し合う、そういった気持ちがきっと芽生える。」(p.381) 学べること。これがどれだけ幸せで恵まれていて、美しいことなのか、胸に深く、そして静かに訴えかけるような、そんな作品だった。 この作品の美しさがたくさん人に届いてほしい。 (追記) ひとつだけ雨雲のようなもやもやが残る部分としては、喜嶋先生の音沙汰がなくなったこと。 喜嶋先生は後に、あの沢村さんと結婚をする。 まさかすぎて驚いたほんとに。 沢村さんは多くの人に一目置かれるほどの美人。 そんな沢村さんはあの彼と離婚をするが、後に離婚する。 この時点で私的には、「あ、なんか難があるのかな」という印象はあった。 このときに抱いた違和感が、喜嶋先生が沢村さんと結婚して、音沙汰が途絶えたことと重なった気がした。 沢村さんが自殺したという噂も立っているらしいし… なんというか、すごく頭のいい喜嶋先生も、女性関係となるとまた変わってくるのかとか考えてしまって、人間の目を瞑りたくなるような部分の描写があるからこそ、もう一度読み返したくなるのかなとも思った。
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