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りなっこ
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@rinakko
寒がり変温動物。にょろにょろしている。本を読む。 アイコンは、以前お迎えした “わたくしは誰でもない。あなたは誰?” のエミリー。
  • 2026年10月10日
    倒立する塔の殺人
    再々読。偏愛本。初めて万華鏡を見て驚嘆したとき、不思議な構造を知りたくて壊してしまった少女も、防空壕の中で『美しき青きドナウ』をくちずさむ女生徒たちも、物語という水の養い(毒を効かせて)を必要とする主人公たちも、醜く悲惨な戦時下において、ただ美しいものに生かされることを切実に望んでいた。読みかけの『カラマゾフ』、ポロネーズ第四番、エゴン・シーレの画集…。ムンクの「思春期」に触れる件も忘れがたい。 作中作が綴られるノートを模した装幀(カバーを外すと…)も素晴らしい。
  • 2026年10月7日
    鏡の角度
    鏡の角度
    うとり、堪能した。硬質なことばの建築に目を瞠る。遠近法のもたらす眩暈。そして頽れていく予感に魅入られた。バラードの「時間の庭」にデルヴォーの「夜の汽車」が折り重なる眺めと言ったら…。 ボルヘスや澁澤龍彦、ボッティチェリのナスタージョ・デリ・オネスティの物語、ラス・メニーナスとヘルマフロディトス、ピラネージ、バルテュス…と、差し出されるがままにその光と反射をたどっていくのは格別な読み心地だった。
  • 2026年10月6日
    『源氏物語』女三の宮の〈内面〉 (新典社新書 72)
    とても面白く読んだ。女三の宮について考えてみたくて手に取った。「若菜上」帖から突如姿を現し、それまでの六条院世界を変容させてしまう女三の宮は、なぜ「内面が描かれない」とされてきたのか。 男女関係のあれやこれやで登場人物たちが散々苦悩してきた物語に、恋愛も性愛も全く解さない彼女の存在は異質で、光源氏や紫の上たちが大切にしてきた価値観を否定しかねない。源氏の人生の終盤で敢えてそんな人物を出した紫式部は凄すぎる…。 Ⅳ〈女三の宮の現代性〉で、構造が共通する『甘い蜜の部屋』と比較する件もよかった。
  • 2026年10月5日
    レディ・ムラサキのラブレター 「源氏物語」女たちの和歌と人生
    女君たち14人の、和歌だからこそ響いてくる声を掬いとる素晴らしい内容だった。鑑賞に留まらない解釈の深さ、とりわけ「夕顔」帖に出てくる生霊の正体についての指摘に、あっ凄い…と驚嘆して頗る頷いた。 物語の語り手を、源氏の目線に合わせた「信頼できない語り手」とするならば、女君たち其々に付された「心内語」にも偏りがあるのではないか。むしろ和歌にこそ、彼女たちの実像が詠み込まれているのではないか。そう捉えると、幼さばかりが目立つ女三宮や、歌が拙いとされた末摘花にも違う面が見えてくる。 末摘花の十八番“唐衣”が、「ウェイリー版」で“チャイニーズ・ドレス”になる件や、日記作家・花散里の件も楽しかった。
  • 2026年9月30日
    エリザベス・ボウエン 作家の生涯
    エリザベス・ボウエン 作家の生涯
    ボウエンの描く少女たちに魅かれ続けている。そのイノセンスと孤独、気難しさ、大人へ向ける辛辣な眼差し、とりわけポーシャやヘンリエッタの寄る辺なさは胸を衝く。 どの作品も如何せん訳文が読みにくいが、ボウエンの文体は、本来の語順を無視したり、散文と詩の境界上にある“新たな急変とリズム”を溶け込ませた晦渋で特異なものだった。アングロ・アイリッシュ(ジェントリー階級)の分裂したアイデンティティ、二度にわたる戦争、書くことと父方の狂気の結びつき、数多い恋人たち(熱烈な友情や崇拝者を含むと大変w)、母親による子への裏切りと放棄…などなど、絡み合って作品に影響した事柄がよくわかる内容だった。 ヴァージニア・ウルフとの交際の件では、仲が良かったのか悪かったのか(お互いに悪口を書いたりもしている)よくわからないところが好き。
  • 2026年9月25日
    時計職人の娘 下
    時計職人の娘 下
    とてもよかった。何かが憑いているような特別な家に、幾つもの夏が訪れる。その場所は、時に誰かを恐怖から守り、他の誰かには普遍的な愛と安定感を与え、時に童話の世界の地図にもなった。事の始まりは1862年の夏、ひとりの死とひとりの失踪だ。 2017年の文書保管員エロディのパートから、その切妻屋根の家に魅かれ、帰属感を覚えた登場人物たちが、過去の謎をめぐりつつ時を超えて綾に結ぼれていく様に感嘆した。途中で「この人はあの人ね」と気が付いて、其々の繋がりが見えてくる感覚にはわくわくした。 良かれと思ってしたことが取り返しのつかない過ちになったとき、その人は罪悪感とともに残りの時間を生きることになるけれど、そんな人物に寄りそう眼差しに、これぞケイト・モートンの真骨頂だ…と思う。物語の中心は “時計職人の娘” でありバーチウッド領主館であり、その二つがひとつに重なるラストで胸がいっぱいになった。
  • 2026年9月24日
    時計職人の娘 上
    時計職人の娘 上
  • 2026年9月20日
    ロラン・バルト
  • 2026年9月17日
    信号旗K
    信号旗K
    “本のなかにいる人と親しくなることがある。すでに亡くなっている作家と、作品を介して親しくなる。生きている人よりも親しくなることがあるとも思う。/大人になって友達と呼べる人ができた。それでも本のなかの人は特別で、大切だと思う。(略)同じ形ではあらわれなくても本のなかに未来がある気がする。わからないことをわからないまま、本のなかにいられて悩むことができる。”(「本のなかにいる友達」)
  • 2026年9月16日
    名探偵ジェリコ
    名探偵ジェリコ
    面白かった! フェアグラウンド(巡回移動遊園地)とトラヴェラー(移動生活者)という設定や、猟奇的見立て連続殺人(なのに、どこか人工的とは…?)の展開にひき込まれた。“名探偵” には些か皮肉を感じるw
  • 2026年9月13日
    華氏451度〔新訳版〕
    華氏451度〔新訳版〕
    “となりの家に本が一冊あれば、それは弾をこめた鉄砲があるのとおなじことなんだ。そんなものは焼き払え。弾丸を抜き取ってしまえ。心の城壁をぶち破れ。本読みの心がつぎに誰を標的にすると思う?” 主人公モンターグが風変わりな少女クラリスに出会い、やり取りを重ねていく件では、ブラッドベリってこんな感じだったな…と思い出した。(こないだ読み返した小説の中でこの作品がチラッと触れられていて、言及された場面が気になり手に取ったのだった)
  • 2026年9月12日
    セシルの女王(11)
  • 2026年9月10日
    聖餐城
    聖餐城
    再読。素晴らしい読み応え。1618年の窓外放擲事件に端を発するドイツ三十年戦争を、“馬の胎から産まれた少年”アディと、宮廷ユダヤ人の息子イシュアの数奇な物語とともに描く作品。 ドイツの内乱だった宗教戦争はやがて国際戦争となり、戦争によって戦争を養い、また新たな戦争を生む状態になる。誰にも止められない歯車は、迫害を受ける立場に置かれてきたユダヤ人に利益をもたらし、敵も味方も彼らの富に頼ることで戦争が続けられていく…という醜悪さを曝け出す。 アディとイシュアの繋がりは、物語の中の救いだった。戦争しか知らない30年を生き延びたアディの純粋さは、時に愚かさでもあったけれど、最後まで貫いた思いはやはり尊い。そして賤民として蔑まれる刑吏一家へ向ける眼差しは、踏みつけられる側の人々をいないことにしない皆川作品ならではだった。
  • 2026年9月6日
    麦の海に沈む果実
    麦の海に沈む果実
    再々…読。偏愛本。どっぷり浸る。第一章の冒頭で、主人公の理瀬が『鏡の国のアリス』を手に取る場面はあらためて暗示的だ。なんとなれば彼女がこれから転入する全寮制の学園は、絶対的な采配を執るクイーン(或いはキング)の統べる“三月の国”である。気の進まないお茶会や白薔薇の香るフランス式庭園は、『不思議の国のアリス』へのオマージュかも知れない。 陸の孤島として鎖された“三月の国”での理瀬は、本当に鏡を通り抜けてきたかの如く、いつも不安そうにおどおどしている不可解な二面性を持つ美少女であり、学園における彼女の存在も実はミステリーである。 話は不穏さを増していくけれど、黎二や麗子や憂理たちの危うさに私は魅かれてやまない。夢見がちで鬱々として儚げな理瀬も好きだった。
  • 2026年9月3日
    三月は深き紅の淵を
    再々読。本への愛溢れる本にまつわる話の、大好きな一冊だ。 この四部作の小説には、合わせ鏡のように内と外で呼応していく絡繰りがある(『三月は深き紅の淵を』は、其々の話で意味合いは違うけれど幻の本のことである)。「待っている人々」に出てくる内側のキーワード“柘榴”が、外側では“小泉八雲”に相当するのも凝っている。とりわけ好きなのは、編集者同士ならではの会話に引き込まれる「出雲夜想曲」と、美しい二人の少女が狂おしく“血”の淵に落ちていく「虹と雲と鳥と」。 そして小説家が一人称で語る「回転木馬」では、内側と外側の『三月は深き…』を同時に包みこむ構想が練られつつ、長篇『黒と茶の幻想』へも繋がっていく奥行きに溜息が出る。
  • 2026年9月1日
    白い城
    白い城
    再読。素晴らしかった。トルコの海賊に襲われ奴隷となった主人公は、縁のない東の地で空恐ろしいほど自分に酷似した「師」に買われる。 以来、鏡を覗きあうようにそっくりな彼らの間には、「なぜ、わたしはわたしで、おまえではないのか」という問いが介在してしまう。相手の姿を見つめることと、自分が何者であるかを熟慮することとが結びついて、時に憎悪しながら誰よりも互いのことがわかる不思議な関係になっていく。思い出を細部まで共有し、生来の気質まで融合していくような感覚を覚えるほど、親密と言えばこれ以上ないくらいに。 パムクなのに主人公は一目惚れの恋に落ちないし、美女も出てこない。でも、最後にはもっと愛が溢れている。
  • 2026年8月28日
    オスマン帝国
    オスマン帝国
    元は遊牧の民だったトルコ人を王とするムスリム王朝が、10世紀に登場する。その建国者の名がオスマンだった。ひとつの王朝として600年も続いたという国は、他に例を見ない。 その長命の理由の一つに、王族のコントロール・システムがある。悪名高い「兄弟殺し」の慣習(時代を下ると「鳥籠(カフェス)」制度になるがやっぱり割と殺される)とか、王子の母となるのが奴隷だから外戚の憂慮がないとか(色々酷い)。 「世界の王」を目指した有名なスレイマン一世は、寵姫ヒュッテムの扱いが不興を買うほど異例だったこと、ハプスブルクとの長きにわたる角逐が彼の時代から始まったこと…などなど。西欧側から読むことが多い時代について、オスマン帝国側から読むのはあらためて凄く面白かった。
  • 2026年8月26日
    ジャンピング・ジェニイ
    ジャンピング・ジェニイ
    再々読。とても面白かった。10年ぶりなのでまたしても色々と忘れてたけれど、シェリンガムの“迷”探偵ぶりには「そうでしたね…」とにやにや。〈殺人者と犠牲者〉の仮装パーティーも、探偵小説作家のアイデアらしくて悪趣味でよい。 それにしても、アパッシュダンスは激しすぎるw 目立ちたいならぴったりだろうけど(振りまわされて放り投げられて、四つんばいになっても矢のように戻ってくるとか、怖いよ)。 このアパッシュダンスの一幕が「暗示的」だというシェリンガムの台詞も効いてる。
  • 2026年8月25日
    旅から生まれた名画
  • 2026年8月24日
    夜果つるところ
    堪能した。『鈍色幻視行』を読んだ際に作中作の小説がとても面白そうで、何より私の好きそうな雰囲気が伝わってきて、この話も一冊の本として読めるのか…と嬉しくて想像も膨らんだ。 瑕のある作品ではあるけれど、その瑕をも含めて一部の人たちから偏愛されてきたという設定にも納得がいったし、あとがきにあるように、飯合梓という虚構の作家が書いたという態だから耽美に振り切った作風もありだったのか…と得心した。どこか上の空のような墜月荘の日々と、そこで流れた夥しい血と滅びゆく間際の凄絶な美しさのことを思って、夜の余韻に浸る。
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