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原っぱレスラー
@wrestleratpark
  • 2026年9月7日
    空間の詩学
    空間の詩学
  • 2026年9月7日
    鼻行類(289)
    鼻行類(289)
  • 2026年9月7日
    ダロウェイ夫人
    ダロウェイ夫人
  • 2026年9月7日
    すべてがFになる
  • 2026年9月7日
  • 2026年9月7日
    夏の約束
    夏の約束
  • 2026年9月7日
  • 2026年9月4日
    グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ
    すごい。
  • 2026年8月28日
    光あるうち光の中を歩め
    光あるうち光の中を歩め
    トルストイの中ではめちゃくちゃ短く、だいぶ読みやすいと思う。 主題はキリスト教。「国家」「私有財産」等々にまつわる描写を見ると、ロシアの作家が書いたということに意味があるのだろう。 あとがきによれば、上記のような部分は検閲削除されたという。 私はキリスト教徒ではなく、この作品に示されているような教えの全てに共感することはできない。しかしその背景を考えれば、また違ったものが見えてくるような気がする。
  • 2026年8月24日
    種の起源
    種の起源
    5,6年前に買って積んでいたものを、今更ながら読んでみた。 面白い! なぜ読んでこなかったのか疑問に思うほど。 帯にある「悪人の誕生記」のキャッチコピーに、読み始めたその時にはピンとこなかった。被食者である主人公による不幸な復讐劇を目の当たりにしているように感じていたからだ。 しかし読み進めるにつれ、主人公は純粋な捕食者であって、復讐は不幸でも不運でもなく必然でありその本懐である、ということがじわじわとわかってくる。読者はその復讐譚を最前列で見せつけられる。 サイコパスの中でも上位1%だという捕食者(プレデター)、それを描いた作品として、まず思い浮かべるのは『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクターだろう。猟奇殺人とその犯人をテーマとした作品は多いし、人気も高い。 『種の起源』が『羊たちの沈黙』やその他の作品と違うのは、その捕食者が「彼」でなく「ぼく」として描かれる点にある。 著者自身があとがきで語っているように、類まれな悪行を犯した類まれな悪人に共感するのは難しい。三度の書き直しを経て誕生したという本作と主人公ユジンは、読者がその類まれな悪人に共感し、その悪行を追体験することを可能にする。 物語の序盤では、ユジンは自分自身を無害な被食者だと思い込んでいる。事実を知りながら平然と嘘を吐いている、と言った方が近いだろうか。だから、読者もそれを信じる。 事実が一つずつ詳らかになっていくにつれて、ユジンは自分の残虐さを隠さなくなる。自身を覆う重たい羊の皮を内側から食い破り、残虐な獣が生まれる様を、読者は目の当たりにすることになる。 この小説のもうひとつ特異な点として、物語の中で流れる時間の遅さがある。 物語は数日間の出来事で、第一部では状況がほとんど動くことなく進んでいく。第一部が終わる頃になっても、ユジンは自宅から一歩も外に出ていない。 受け入れ難い光景を目の前にして、そこから逃避するように過去の回想を繰り返すユジン。現場にいながら事実を忘れているユジンが一つ一つの出来事を思い出すごとに、読者にも事実が開示されていく。 この構造によって、読者がユジンに同情し、共感する準備が整う。冷静に考えてみれば、この時点でユジンの行動はすべて保身によるものでしかなく、共感や罪悪感の欠如した人間の姿そのものだ。 しかし、ユジンの巧みな自己弁護、つまり著者の描写力によって、読者は簡単に騙されてしまう。少なくとも私はそうだった。 じれったい第一部を抜けると、徐々にスピードは上がり、エピローグへと至る頃には激しいドライブ感にくらくらしてくる。 それが現れるまでの変化があまりにもゆっくりかつスムーズなせいで、決定的なシーンになってようやく、ユジンの邪悪さに気付く。著者による描写のコントロールの的確さには凄まじいものがある。 序盤を読んでいる最中、これ以上何か進展することがあるのか、と思ってしまったが、最終的には予想もしなかった所まで連れて行かれる。 終盤、自分の悪行を棚に上げ、自己弁護と自己憐憫を堂々と重ねるユジンの姿には恐怖を覚える。 恐ろしいのは、ユジンに共感や憐れみを持っていたはずの自分が、簡単に掌を返してしまえることである。 自分の中の残忍さに気付くことは恐ろしい。著者が「ワクチンを打つような気持ちで」この作品を読んでほしい、と言った意味がわかる。どんな人の心の中にも暗い森がある。重要なのはそれがそこにあるのだと知ることだ。 話の構造は全く異なるのだが、私は本作を読みポン・ジュノ『母なる証明』を思い出した。母と息子との癒着した関係性が描かれている点で近しいものを感じた。 本作ではキリスト教にまつわる描写もちょこちょこ登場する。聖母子像を想起するのも当然だろう。 東アジア的な母と息子の関係にキリスト教が混じるイメージは、韓国という国の独自性なのかもしれない。 英題『THE GOOD SON』は趣味の悪い冗談のよう。 凄まじい。
  • 2026年7月21日
    遠近法
    遠近法
  • 2026年6月30日
    潮騒 (新潮文庫)
    潮騒 (新潮文庫)
    初めて読んだ三島由紀夫は「仮面の告白」だった。 その陰鬱さというか、最初から最後までまとわりつく後ろめたさのようなものが、当時の自分のムードに合っていたような気がする。 「潮騒」ではその一切が徹底的に排除されている。行き過ぎなくらい単純明快で、粘度や湿度の感じられない、ほとんど人工的なまでの爽やかさがある。 「仮面の告白」を読んだ当時の自分には、この作品は受け入れられなかっただろうと思う。 重松清の解説を読んで、この作品が持つ箱庭的な印象は、描写される風景の遠さにも要因があるのかもしれないと感じた。 噴水が置かれ、左右対象に設計されたヨーロッパ式の庭園と、雄大な山水に心象風景を重ね合わせ、岩を島に、細石を水に見立てる東アジアの庭園とでは、自然に対する意識が全く異なっていると聞く。 この作品は前者ではないだろうか。自然を支配し、設計しようとする態度に近いものを感じる。 そう考えると、作中では海や天気が猛々しく雄大に描かれているのも、奇妙なような納得するような、不思議な感じがする。 なんにしても、三島由紀夫の文章力はすさまじい。するする読めてしまった。
  • 2026年5月24日
    祈りの海
    祈りの海
  • 2026年4月19日
    踊るのは新しい体
  • 2026年4月12日
    ラピスラズリ
    ラピスラズリ
    長い間積んでいたのを読んだ。もっと早く読めば良かった。面白い。 金森修『人形論』は、人形について論じ考える中で、人間の人形化という可能性に触れる。 『ラピスラズリ』の主題は冬眠者だが、私はこれらの短編を人形にまつわる物語のように読んだ。人間が人形化され、人形が人間へと再生する循環についての物語ではないか。 千野帽子による解説の『再生するためなら世界は何度でも滅びる。』というタイトルは、この作品のコアとなる精神をはっきりと表していると思う。 循環する世界の再生の間際には滅びがあり、その滅びの直前の時間を丁寧に描いている。 膨張し切った世界全体が一斉に滅びに向かっているような感覚がこの頃はある。そんな世の中で、再生の前に訪れる滅びを描いたこの物語はいっそう胸に響く。
  • 2026年3月24日
    ビット・プレイヤー
    ビット・プレイヤー
    短編集。著者の作品では「白熱光」がめちゃくちゃ好きなのだが、同じ世界線の中編が2本収録されていて、それも面白かった。 牧眞司による解説で、イーガン作品の魅力はその文学的普遍性にある……というような記述があったが、これには私も同意する。 「失われた大陸」はそのまま現代の移民政策の問題についての話であるし、「孤児惑星」は外交問題、というように、SF的な設定や仕掛けとともに人間性そのものへ迫ろうとする作品が多いと感じる。 イーガン自身が、かつて移民政策に関して活動していたということも、この解説を通して知った。 イーガン作品の中に必ず人間讃歌が含まれている。テクノロジーと想像力をかけ合わせたSF作品においては特に、人間への希望を見出していたいと私は思う。
  • 1900年1月1日
    なぜ美を気にかけるのか
    なぜ美を気にかけるのか
  • 1900年1月1日
    ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読
    実際に読んでみて、さまざまな文脈で引用される理由もだが、想像上に政治的な文脈を含んだテクストであることもわかる。 示唆に富んだこのテクストを自分自身で読むのは骨が折れる。解説があるおかげで視界が開けてくれる。 ファシズムと戦争が近付いていた頃に、ベンヤミンが芸術とその変容に対してどのような意味を見出していたか。これからも読み続けたい
  • 1900年1月1日
    きみはメタルギアソリッド5:ファントムペインをプレイする
  • 1900年1月1日
    幻視絵画の詩学
    幻視絵画の詩学
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