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@ykso
  • 2026年10月4日
    命売ります
    命売ります
  • 2026年9月25日
  • 2026年9月21日
    ハンチバック
    ハンチバック
    普段は感想を書くことはないけど、どこにも届かないとしても小さな記録として、何か残しておきたいと珍しく思って書いてみる。 社会にはありとあらゆる生きづらさがあり、個人が感じる生きづらさはそれぞれ異なるのだ、とこれまでは単純に考えてしまっていた。しかし本著を通じて身体的障害を抱えていることでそれらがより複雑化した問題に発展しているのだとこれまで思い描いていた以上の問題の深さを知ることになった。 子どもを持つことや妊娠すること、中絶、それらが私のような健常者からは全く予想もしなかったレイヤーによって語られる。その中で、それぞれの個人の置かれた場所で、どの選択が正解だとかそういう話をしているのではなく、ただ、この社会はあまりに複雑になりすぎていて、私がこうして感想を書くことすら、どこかに間違いがあるんじゃないかと怯えてしまうくらいには非常に繊細な配慮が必要な世の中になってきている。その事実を受け止めることしか、今の私にはできなかった。 でも、だからといって紙の本が良いと容易く言うことが、恐ろしく無差別的な発言であるのだろうか? 私はそうは思いたくない。思いたくないだけであるが、理解をした、知ったことで満足して無視をするわけではないとしても、このようないち個人が社会に対してできることほとんどなんてなく、無力なだけであるのに変わりはない。 私のような凡人はただただ、こうして作品を読む一個人にすぎない。これから先もきっとマイノリティとはほぼ無縁の生活をし、たまに怪我や介護で思い出したようにバリアフリーを訴え、大きな不自由を共にすることなく死んでいくだろう。 私にできることは、本当に何もないのだ。 これからも私は、私たちは、身の上に起きた不幸を訴えて、悲しんで怒って、でもどこか幸福に生きるのだろう。何もできないことに悲しむふりをして死んでいくのだろう。 私が私を精一杯に生きていくように、どこかで釈華と同じような感情を抱え込んだ人が、少しでも幸福に生きてくれていることを、ただただ今この瞬間に祈るしかない。 紙の本を読めることに、読める立場であることを、いつかまたふとした瞬間に思い出し、存在も知らない人々へ向け祈りを捧げていきたい。 それくらいしか、立場上きっとできる具体的なことはこの先ないのだろう。 最後に、荒井裕樹氏との往復書簡も作品と同様に大変厳しい現実を突きつけられ、胸を抉られた。文庫でも読んでいただきたい。
  • 2026年9月17日
  • 2026年9月10日
    私のイラストレーション史
  • 2026年8月30日
  • 2026年8月8日
    風の歌を聴け
    風の歌を聴け
  • 2026年7月27日
    永遠も半ばを過ぎて (文春文庫)
  • 2026年7月22日
    blue
    blue
  • 2026年7月22日
    シーシュポスの神話
  • 2026年7月20日
    ファミレス行こ。 下
  • 2026年7月20日
    ファミレス行こ。 上
  • 2026年7月20日
    カラオケ行こ!
  • 2026年7月19日
    オルタナティブ民俗学
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  • 2026年7月8日
    画家のむだ歩き
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  • 2026年7月8日
    fishy
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  • 2026年6月27日
    天才による凡人のための短歌教室
  • 2026年6月25日
    えーえんとくちから
  • 2026年6月24日
    蛇にピアス
    蛇にピアス
  • 2026年6月20日
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