別れを告げない
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もぐもぐ羊@sleep_sheep2026年4月5日読み終わった読み終わってしまった。 後半は残りのこの紙幅で物語が終わるの?本当に?終わってしまうの?という気持ちになった。 この感触は久しぶりだ。 左手は残りの頁数を把握しているのに、物語が終わる気配を感じられないというか、もっと続いて欲しい、もっと知りたいことがあると思いながら読むのは。 第二章『夜』から過去についての語りの分量が増える。 済州4.3事件の詳細はそれを目の当たりにした人々の証言が生々しく、このような虐殺が起きる過程に何があったのか知らなくてはいけないと強く感じた。 またその後勃発する朝鮮戦争の時には大邱刑務所に移送された済州島民が虐殺されている。 虐殺の連鎖は同胞同士が思想を理由に確実な証拠もなく続いて途方もない人数が犠牲になった。 子どもや生まれたばかりの赤ん坊までも。 インソンが保管している資料のほとんどは母が集めた物を引き継いだもので、たまたま親戚の家にいたおかげで死を免れたものの姉以外の家族のほとんどを失った彼女は人生を賭してまで行方がわからないままの兄を探していたことをインソンは知らぬまま母の認知機能は衰え、そして死んでしまった。 読んでいて生きている者と死んでいる者の境が曖昧になっていき、今キョンハとインソンの身体は医学的に生きているのか?どこにあるのか?と思いながら、でもそんなことは重要なことではなく、二人が会話をしながら過去に起きた虐殺に向き合っている様子そのものが痛みとして伝わってきた。 キョンハのバックグラウンドについてわからずじまいだったけど、きっとそれは蛇足になっただろうなと、読了してから思う。 またこのような終わり方をしたことについてはタイトルを読めば納得がいく。 もう一度読みたいし、読んだ人と感想を言い合いたい。









もぐもぐ羊@sleep_sheep2026年4月4日まだ読んでる第I部「鳥」読了。 さまざまな痛みが伝わってきて読んでいてこちらも痛みを感じた。 特にインソンの傷の痛み。 神経を元通りに繋ぐための処置とはいえ3分ごとに縫い合わせた傷に針を刺して血が止まらないようにするなんて、まるで拷問のようだけど、この痛みを乗り越えた先に指先の再生がある。 希望のための痛みだ。 でも2週間も続けるなんて。 一方でキョンハは偏頭痛や大雪のため寒さが痛みとなって身体を衰弱させ、這々の体でたどり着いたインソンの家で、間に合わなかったことによる罪悪感に苛まれながら停電で暖房が使えない家の中で震えて眠る。 冬に読んでいたら一緒に凍えてしまいそうなほど雪の描写は静かだか容赦ない。









もぐもぐ羊@sleep_sheep2026年4月3日読み始めた発売されてすぐに買ったものの、読みはじめる前にその後ノーベル文学賞受賞の報せをうけ勝手に読むハードルが自分の中で上がってしまいずっと未読だった。(斎藤真理子さんの訳者あとがきだけは読んだ) それから済州4.3事件に関する本を読んで、でも全然まだ理解はできていないけれど、今年こそ読もうと思っていたので4/3の今日から読みはじめた。 ハン・ガンの文章は静謐で、今作もそれは変わらないけれど、はじめから痛みが多く、文章を読みながら間接的にその痛みを感じる。 ちょっと手に負えない気がしてきたので今日はここまで。








はるのひ@harunohinouta2026年3月28日気になる読みたい英語版「We Do Not Part」が全米批評家協会賞を受賞(韓国の作家では2人目、小説部門では初)したとのこと。いつか読みたい1冊。
もとえ@motoe2026年3月19日読んでる第一部 雪に凍えて孤立するシーンが続く。 私はそれが苦手で、本当に恐ろしいと感じながら、目を背けることができない。 ジャック・ロンドンの『火を熾す』なら犬がいたが、ここには鳥の記憶しかない。もとより軽くて小さな鳥二羽では暖もとれまいが。
midorisaejima@midorisaejima2026年3月19日読み終わった生と死の境目がない場所で対峙し会話をする後半の場面が強く印象に残った。過去起きたことが今目の前で起きているかのようにありありと描き出す効果をもたらしていてかつて存在していた人や共に過ごした鳥、また人権を度外視した大虐殺を決して忘れないというひとつのメッセージになっているように受け止めた。死んだはずのアミの影が白壁にうつりその輪郭に合わせてキョンハはシャープペンシルで壁をなぞっていく。これはインソンが済州島の人々の証言や資料を集めていることと重なる。過去を知り思い出すことで追体験し今を生きる大事さを感じた。
ぱんこ@panko11262026年3月14日読み終わった借りてきた電子書籍済州島での凄惨な負の歴史を、主人公自身(と友人)の肉体的精神的な痛みを通じて追体験していくような感覚。壮絶な家族の物語であるが、終始降り続く雪の描写によって悲しくも美しくも感じる。素晴らしかった。 別れを告げない=哀悼を終わらせない
綾鷹@ayataka2026年2月28日作家のキョンハ、友人で済州島出身のインソン、いま生きる力を取り戻そうとする女性同士が、済州島4・3事件の歴史に埋もれた人々の激烈な記憶と痛みを受け止め、未来へつなぐ再生の物語。 想像できる痛みと想像できない程の痛みが表現されていて、読みながら胸に痛みが残る。 恥ずかしながら韓国でこんな事件があったことを知らなかった。 同じ国内で虐殺が起こるなんて、想像を絶する。 歴史の事実だけでなく、物語として語る大切さを改めて感じる小説だった。 ・あの小さな子が、家まで這ってくるとき何を思っていたか?息の絶えた母さん父さんの横に寝ていたあの子が、真っ暗な麦畑を抜けて家まで来るときよ。お使いに行った姉さんたちが帰ってくると、思ったのでないか?姉さんたちが助けてくれると、思ったのでないか? ・何台もの護送車に乗り込むのですが、列の後ろの方で若い女性が、だめ、だめと泣き叫んでいました。飢えのせいか何か病気だったのか、死んだ乳飲み子を波止場に置いていけと警察が命令したんです。それはできないと女性が抵抗していると、警官が二人、おくるみごと赤ん坊をひっさらって地面に置き、女性を前に引きずっていって護送車に乗せました。 不思議なことです。私はあの、言葉にもできないような拷問のことよりも・・・・・辛かった懲役暮らしのことよりも、あの女性の声をときどき思い出すんです。あのとき並んで歩いていた千人以上の人たちがみな振り返って、そのおくるみを見ていたことも。 ・二枚のセーターと二枚のコートでも遮れない寒さを感じる。外から来るのではなく、胸の奥から始まっているような寒気だ。体が震え、私の手と一緒に揺れる炎の陰影で部屋のものすべてがざわめく瞬間、私は理解する。このことを映画にするのかと聞いたとき、インソンが即座に否定した理由を。 血みどろの服と肉が一緒に腐っていく匂いや、何十年間もかかって柄ち果てた骨たちの燐光が消えてしまうからだ。悪夢は指の間からすり抜け、限界を超越した暴力はそこから除去されている。四年前に私が書いた本から抜け落ちていた、大通りに立つ非武装の市民らに軍人が放った火炎放射器のように。火傷で水疱がふくれ上がった顔や、体に白いペンキをかけられて救急室に運ばれてきた人々と同じように。 ・このあたりで立ち止まって、母さんはあっちの方を見ていたの。岸のすぐ下まで上ってきた水が滝のような音を立てて流れていてね。ああやってじっとしているのが水見物なのかな、と思いながら母さんに追いついた記憶がある。母さんがしやがんだから私も隣に座ったの。私がいることに気づいて母さんは振り向き、黙って笑いながら私の顔を手のひらで撫でたんだ。続けて、後ろ頭も、肩も、背中も撫でてくれた。重たい、切ない愛が肌を伝って染み込んできたのを覚えてる。骨髄に染み、心臓が縮むような・・・・・・そのときわかったの。愛がどれほど恐ろしい苦痛かということが。 ・頭の中の何千個ものヒューズがいっせいに火花を散らし、電流が流れ、一つずつ切れるようなプロセスを私は見守ってたんだ。ある瞬間から、母さんは私を妹とも、お姉さんとも思ってなかったよ。 自分を助けに来てくれた大人だと言じてもいなかったし、もう、助けてとも言わなかった。だんだん私に話しかけなくなり、たまに話すときも、単語が島みたいに散らばっていた。うんとか、いやとか、そんな返事さえしなくなったときからは、何かを欲しがったり頼んだりすることもなくなったよ。だけど私がむいてあげたみかんを受け取ると、ずっと刻み込まれた習慣通りに半分に分けて、大きい方を私にくれて、黙って笑うのよ。そんなとき胸が張り裂けそうになったのを覚えてる。子供を産んで育てたらこんな感覚を覚えるようになるのかと思ったこともね。 ◾️あとがき ・何年か前、どなたかに「次に何を書くのですか」と聞かれたとき、愛についての小説であればよいのですが、と答えたことを思い出す。今の私の気持ちも同じだ。この本が、究極の愛についての小説であることを願う。 ◾️訳者あとがき ・ここまで長々と四・三事件について書いてきたのはすべて、『別れを告げない」というタイトルの意味を共有したいからでもある。ハン・ガンが、このタイトルは「哀悼を終わらせない」という意味だとはっきり述べているからだ。 このタイトルは、直訳すれば「作別しない」となる。「作別」という熟語には「別れる」と「別れを告げる」の両方の意味があり、それを「しない」とは、ハン・ガンによれば「別れの挨拶をしない」と「別れを実行しない」の両方を指すそうだ。それは「決して哀悼を終わらせないという決意」であり、「愛も哀悼も最後まで抱きしめていく決意」という意味なのだという。 「決して哀悼を終わらせない」という言葉の強さは、韓国における四・三事件の歴史的位置づけという難しい問題を勘案することで初めて理解できるだろう。 最初にも触れた通り、この小説は歴史の傷を描いたという点で「少年が来る」と対をなすものである。しかし、五・一八(光州民主化運動が起きた日)と四・三は、大韓民国の歴史の中で単純に同一線上には並ばない。 光州民主化運動は、民主化を求めて立ち上がった市民らの「義挙」である。この出来事も軍事独裁政権下では四・三事件と同様「暴動」と見なされていたが、民主化後は名誉回復が進み、光州は「聖地」となった。 一方で、四・三事件は南だけの単独選挙への反対に端を発するもので、単独選挙に反対するということは、大韓民国の存立基盤そのものに抵触する。そのため、四・三事件の歴史的位置づけはいったん棚上げとした上で、「受難と和解」という視点に立って真相究明や名誉回復が進んできたのである。 ・書くそばから、撮るそばからこぼれ落ちてしまう事実の重さを、インソンもキョンハも熟知している。しかしそれでも書かなくてはならないという覚悟のようなものが「別れを告げない」には行き渡っている。解放がストレートに独立につながらず、残酷な死の真相が何十年も放置されてきた、韓国現代史におけるこの不連続性に、ハン・ガンが小説を書きつづける意味があるのだと思う。 ・物語の後半、生と死のどちらともつかない場所でキョンハとインソン、アマとアミは一緒にいる。人も鳥も幻想の中で対話し、思いをかわすが、これについてハン・ガンは「愛するとは自分の生だけでなく、愛する人の生を同時に生きることだと思います。特に愛する人のために祈るとき、自分はここにいるが同時にそこにもいるという状態になるでしょう。切なる心でそれを希求するとき、その状態はおのずと超自然性を帯びてきますよね」と語っていた。「あなたのこといっぱい考えた」から、「本当に一緒にいるような気がする日もあったよ」と語るインソン、意識不明の娘がお粥を食べに帰ってきたのを見た正心、刑務所にいながら済州島の故郷を見つめつづけたインソンの父がここでつながる。鳥の命を救うことができず、家族の消息を探す努力が「失敗」し、誰かの認知がかすみ、記憶が記憶でいられなくなっても、哀悼を終わりにしない。 「人間が人間に何をしようが、もう驚きそうにない状態」を通過しても、哀悼を終わりにしない。 ・哀悼は単に忘却に抗うためでなく、今を生きて未来を作るためにある。訳者は現代韓国の小説からそのような強い意志をたびたび感じてきたが、『別れを告げない』はその真骨頂ではないかと思う。インソンとキョンハは、悪夢を通してさえ生きる勇気を交換し合ってきた間柄であり、哀悼を通してこそ、最も生きようとしている同志なのだと思う。キョンハは家族と仕事を失い、自殺のすぐそばまで行って戻ってきた経緯がある。インソンは十代にして、生きていくためには母と島を捨てるしかないとまで思い詰めたことがあり、母と和解したずっと後も、PTSDを抱えた母の介護の辛さに死を考える。これら今日的でリアルな生きがたさを抱えた二人の女性の結びつきが、激甚な歴史の痛みを通過して、生死をまたぐ愛の状態にまで昇華される。 インソンは三分に一度、指に針を刺すという過酷な医療措置を受けており(これはハン・ガン自身が友人を見舞ったときに病院で実際に見たものだそうである)、それはキョンハの激しい頭痛と呼応しながら「別れを告げない」の枠組みを作り上げている。ハン・ガンの作品においては、鳥と並んで(木の存在も非常に大きいが、本書では木が、梢を切られた状態で登場することも興味深かった。「回復する人間」(斎藤真理子訳、白水社)で描かれたように、痛みを通じてこそ回復に至れるというハン・ガンの念を改めて確認する思いだったのだが、実際、この作品を書くことで作家は自分が回復したと感じたそうである。そして、書き終えた後、悪夢を見ることはなくなったとも語っていた。 と同時に、同じインタビューで作家が「人類が長い歴史の中でずっとくり返してきたジェノサイド」に言及し、「このような人間の本性について問いかけることをやめずにいたい」と吐露していたことも忘れがたい。このあとがきを記している今もガザへの攻撃は止まないが、「書きながら、死から生へ、闇から光へと自分自身が向かっていることを発見した。光がなければ光を作り出してでも進んでいくのが、書くという行為だと思う」というハン・ガンの言葉を書きとめておきたい。
はちむら@hatch-me2026年1月15日読みたい作者自身が「私を知ったばかりの読者に推薦したい本」として挙げたうちの一冊。「すべての、白いものたち」のことばの手触りがとても心地よかったので、これも読んでみたい。
- 糖@inwatermelon_2026年1月10日読み終わった韓国有数のリゾート地である済州島でかつて起きた凄惨な大虐殺と、それにまつわる家族のすがたを2人の女性が紐解いてゆく物語。 不見識なもので四三事件のことを知らなかった。でも、そもそも、名前を知っている・聞いたことのある戦争や紛争だって、そのリアルは全く知らない。 世の中は、知らないこと、わからないことばかりだ。 わからないことを、怖がってはいけない。わからないからといって、レッテルを貼り、わかったふりをしてはいけない。 全てをわかることはできないとしても、命を懸けてわかろうとする作中の人物たちに勇気をもらった。その姿勢や覚悟こそが知性であり、人類の希望だ。 可憐な結晶の姿と、冷酷で暴力的な吹雪の姿とを行き来する、雪の猫写がとても印象的。
森々@mori_hkz2026年1月5日読み終わった浅学の身では何も言えなくなった。 どれだけ酷いことを想像して創作しても、現実の恐ろしさを越えることはないんだな。こんな虐殺があったとは知らなかった。知らないだけで現在もこれまでも各地で虐殺や戦争は起こっているのだろうが。 雪の美しく冷たい情景描写が目を引くが、中は燃えるように熱い生命力と忘れてはならないという信念が含まれていると感じた。「別れを告げない」=「決して哀悼を終わらせないという決意」であると訳者あとがきにあるように、この創作作品が韓国の若い人、のみならず世界中の人々に虐殺を繰り返さないための啓発になると良い。 老いて弱々しい人だと思っていた母親が虐殺の生き残りで生きている家族を探したり、家族の遺骨を積極的に集めたりする、そんな力があるなんてそれはわからずとも仕方ないと思う。 そしてインソン、キョンハも絶望の時期からこれから未来に光がさすのだろう。伝えることが使命か、そうでなくても二人の救いになるのだと思う。


にこまま@nicomum_reads2025年12月19日読み終わった図書館で借りたそこに愛があった❤️ 恥ずかしながらこの作品を読むまで、物語の核となる済州島3・4事件について何も知らなかった。徐々に、静かに明かされていく真実に心を揺さぶられた。人間が見せる底知れない残虐性と、それと鮮やかな対比をなす動物や自然の描写は、どこまでも繊細で、時に残酷な現実を包み込むようだった。破壊と暴力の連鎖の中で、それでも確かに存在し続けるものは言葉を超えた、究極の愛だったのだと思う。読み終えたあとには不思議な清々しさが残った。
たびたび@tabitabi2025年12月11日読み終わったこれもまた素晴らしかった。先に訳者あとがきを読んでから読んだので解像度が上がった気がする。 済州島をリゾート地としてしか認知していなかった自分を恥じたけど、このタイミングで出会えて良かった。








黒糖まんじゅう@hyo-1232025年11月29日読み終わった2週間かけて細切れ読みになってしまったけど、その都度物語に引き込まれた。重いテーマなのに読み進む事に負担がなかった。風景の描写が美しいのは、作者と翻訳者のおかげだわ。





紙村@kamimura_2025年8月24日読み終わったノーベル文学賞受賞からずっと気になっていたハン・ガン『別れを告げない』。著者本人がモデルかと思わせる作家のキョンハを視点人物として、済州島出身のインソンの記憶を辿る。済州島4・3事件サバイバーのインソン母にふたりが静かに近づき、離れ、また近づくゆらめき。指を切断してしまったインソンの断続的に続く針による治療の痛みの描写、大雪の中インソンのため済州島の家に向かうキョンハの描写、4・3事件の描写。どれもふっと目を背けてしまいたくなるような迫ってくるものがあり、その痛みをひっくるめて小説が完成している。痛みであり、シスターフッドの物語でもある。訳者解説がたいへんありがたかった



すべての本読み読み委員会@nadare2025年7月25日読み終わった主人公のキョンハは交通網が麻痺するほどの吹雪の中、本当に先へ進むのかと問われながらも、時間をかけて友人インソンのアトリエに向かっていく。辿り着いた先で、小鳥の亡骸を箱に収め丁寧に弔う。史実を学ぶ際に私たちに求められる姿勢そのものではないか? 目を背けたくなる辛い記憶に向き合って、祈りを捧げること。




アマヤドリ@amayadori2025年7月22日まだ読んでる@ Jeju Island先月出だしの方だけ読んで一気に引き込まれ、これは改めて腰を据え直してから読まねばと思っていたもの。 はじめから読むか、続きから読むか迷っている。しんしんと、からだが冷えるのだ。









r@teihakutou2025年7月3日読み終わったp.122 「波紋のように明るく体全体に広がってゆくぬくもりの中で、夢の中のような状態でまたも考える。水だけでなく、風や海流も循環しているのではないか。この島だけでなく、ずっと前に遠いところで降った雪片たちも、あの雲の中で再び凝結することがあるのではないか。五歳の私がK市で初雪に向かって手を差し伸べ、三十歳の私がソウルの川沿いを自転車で走りながらにわか雨に濡れていたとき、七十年前にこの島の学校のグラウンドで何百人もの子供たち、女たち、老人たちの顔が雪におおわれて見分けがつかなくなっていたとき、めんどりやひよこが翼を広げて羽ばたく鳥小屋に泥水が激しく押し寄せ、きらきら光る真鍮のポンプに雨粒が跳ね返ったとき、それらの水滴と砕け散る雪の結晶と血の滲んだ氷とが同じものでなかったはずが、今、私の体に降りかかっている雪がそれらでないと、いえるはずがない。」

いあに@IANI832025年7月3日読み終わった韓国で起きたジェノサイドの話だった。語りはすごく静かなのに迫ってくる数々の映像に、勉強不足の私はこんな恐ろしいことが起きたのか…とただただ唖然とした。p122『台湾でも三万人、沖縄では一二万人が殺害されたそうです。 --中略-- それらの数字について考えることがあります。そこがすべて、孤立した島だったということについても。』 この文章を思わずメモしたのは、韓国だけの話ではないと自分に言い聞かせるためだったのだろう。これらは地続きにあり、まだ世界から虐殺がなくなっていないことを思う。






はぐらうり@hagurauri-books2025年5月23日読み終わった先に解説を読んだほうが良い、とどこかで聞いたので解説から。すでに凄惨。簡単に感想を書けない本を読んでしまった。 まず、自分は隣国であるはずの韓国の歴史、とくに自分が生まれる前のことを知らない。これだけ凄惨な歴史も、しばらく隠されていたとはいえ、知らない。 いま観光地となっている地域、例えば沖縄の島々にしても、手付かず(だったり、急に開発されてリゾートになっていたりする)のところは、何かあったところなのは、考えればわかる。済州島も、同様。 史実に基づいている小説だが、全編をとおして観念的でもある。韓国を知らない自分にとっては、理解の及ばない部分も多くあった。それでも、描かれているところはわかる。 ノーベル賞は平和賞でなくとも、どことなくpeace的な人に送られている印象がある。だからハンガン氏であり、ボブディラン氏なのだと思う。日本の作家はあまりpeace的な人が多くないのかも。カズオ氏を読んでないのでわからないけどね。

みなと@minato_nozomu2025年5月19日読み終わった"その後母さんが集めた資料はないの、三十四年間。 インソンの言葉を私は口の中で繰り返す。三十四年間。 ……軍部が退いて民間人が大統領になるまで。"


白水もめん@nono_200008142025年5月6日プレゼントして貰ったずっと読みたかったハン・ガンさん。彼にプレゼントして貰った。読みたいと話したことを覚えていてくれてありがとう。 これも帯が本当に素敵だ。 いま生きる力を取り戻そうとする女性同士が、歴史に埋もれた人々の激烈な記憶と痛みを受け止め、未来へつなぐ再生の物語 普段日本の作家さんの本しか読まないと言っても過言でないぐらいなのだけれど、すごく惹かれるものがある。


akamatie@matie2025年4月25日読み終わった済州島のジェノサイドを生き残った人とその影響を受けたこども世代の心情が、繊細に描かれている作品。心に寄り添う描写が心地よく、すっかりハン・ガンのファンに。 作家である主人公や、犠牲者の娘である友人の視点から描かれる残虐な行為や喪失による傷は、過去や異国の出来事ではなく、戦後を逞しく生きた世代の親を持つ私たちの中にもまだ続いている感覚を覚えた。 作者本人が愛を描いた作品と後書きに書いているのを見て、「別れを告げない」というタイトルは、ただ犠牲者や過去について歴史として書き残すだけではなくて、その記憶と共に生き続ける決意、語り継ぐことへの愛がふくまれているように感じた。




うえの@uen02025年4月19日読み終わった歴史における虐殺やジェノサイドというテーマで書き続けようという意思と、その影響力をこの分野に使おうとする生き様に、ただただ圧倒されるし、尊敬の念を送りたくなる。 その力強さが、静かに私を見つめているような読了感。 そのピリッとした眼差しを忘れないで生きてゆけたら。 日本も無縁の話ではない。 あの戦争がもたらしたもの。あの戦争がなければ起きなかったこと。 そこに想いを馳せる時間にもなると思う。 加害の歴史を持つ国の立場として、その歴史を改めて実感する意味でも、読んで良かったと思う。 在日と呼ばれる人たちが存在する歴史のひとつでもある。 知ろうとすることが、何かをすこしでも解決することにつながると信じたい。 そして、ケアの物語でもあり、親から子・子から親の理解の物語でもあり、「この人の存在が私を生かした」という愛の物語でもある。 哀悼は終わらない。終わらせてはならない。

芽キャベツ@booksandme2025年4月3日読みたい話題にあがったこの日の日韓語学学習のクラスで扱ったテーマが「제주4.3」だった。私がこの人民蜂起•虐殺事件を知っているのは、ハン•ガンさんの作品で描かれていることをノーベル賞のタイミングで知ったから。でも作品を実際に読んだことがないので、はやめに読みたい。/ 夜、映画「スープとイデオロギー」をみた。



もぐもぐ羊@sleep_sheep2025年4月3日買ったちょっと開いた積読今日は済州島4.3事件の日なので買ってから読めてないこの本を開きたい。 なんとなく覚悟が必要な気がして、実際の事件がどんなものだったのかを知るための本は読んだけど、その知識で物語を理解できるのか。 ハン・ガンのノーベル文学賞受賞でさらに読むハードルが上がってしまい悩ましい。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 訳者あとがきを読んだ。 斎藤真理子さんが19頁を割いて事件や時代背景について丁寧な解説を書いてくれていたお陰で本編に手をつけられそうな気がしてきた!









芋仁@imogine2025年4月3日かつて読んだ心に残る一節再読・読了学び続ける@ 自宅今日は #四・三事件 の日 #別れを告げない #ハン・ガン 🌿“このタイトルは〜「決して哀悼を終わらせないという決意」であり、「愛も哀悼も最後まで抱きしめていく決意」という意味なのだという。” (訳者・斎藤真理子さんあとがきより) 🌿軍命による箝口令の苦しさは聞かされてきた。忘れない。




りら@lilas_lilacs2025年3月28日また読みたい美しく繊細な文章で綴られる済州島の凄惨な歴史と孤独と痛み。本を読むということは、知らなかったことを知り、記憶し、忘却に抗い、また、その記憶を過去から現在へ、さらには未来へ繋げるものでもある。それは、哀悼を終わりにしないという行為に似ていると思う







Ayako@aya_rb2025年3月22日かつて読んだ心に残る一節「 その青年がおじさんだった確率はゼロではないよね。 インソンがささやくように言う。 今も坑道に残ると三○○○体の遺骨のどれもがそうなのと同じくらいに。 同意を求めるように、彼女がうなずいてみせる。 もちろん、こう考えることはできるよ、その人がおじさんだったら、その後何をしてでも島に帰ってきただろうって……だけど、絶対そうだって言えるだろうか? そんな地獄を生き延びた後でも、私たちが想像するような選択をする人間として、存在しつづけられるのか?」p266
にわか読書家@niwakadokushoka2025年3月16日読み終わった@ 自宅重いテーマ、300頁超なのに、読めてしまう。 ハン・ガンを読むのは、これで5作目。 人それぞれに読むのに適した順番があると思う作家だが、不思議と、自分の状況に合う時・順番で読めていると思う。 積読していて良かった。


みなと@minato_nozomu2025年3月15日読み始めた借りてきた図書館で予約して回ってくるとき、何冊もどさどさきたりしますが、今ちょうどそのタイミング。 借りたけど、結局は買う予感はしてる。
7235@_7_2_3_5_2025年3月14日読み終わった現在のなかなかな情勢下で読めてよかったなあとおもう小説でした。積もりつづける雪の冷たさや切断された指の患部に数分おきに針を刺す治療といった震えを伴う痛みが、過去の惨劇を直視するときに感じる慄きと響きあって、読んでいるじぶんも身震いしているかのような心地がしました。隠された、あるいは深く知られていない過去に、光を当てる、という言いかたをよくするとおもうのですが、訳者あとがきによるとハン・ガンは〈光がなければ光を作り出してでも進んでいくのが、書くという行為だと思う〉と言っているそうで、そういった作者の姿勢にも胸にぐっとくるものがありました。






ゆの@uknowz2025年3月7日読み終わったかつて読んだ夢現を行き来するような物語にどっぷり浸かった。合わない人はとことん合わないだろうけどわたしは合うので幸いです。 ヤンヨンヒ監督の「スープとイデオロギー」を観て依頼、済州4.3にまつわる話はフィクションノンフィクション問わず見てきたけど、ハンガン作家の描きかた、痛々しく切実に迫ってきて幻肢痛のようだった。
雪餅@yuki3daifuku2025年3月3日読み終わった2025年ベスト初ハン•ガン作品 痛いくらいの寒さを感じながら、何とか読み終えた これが事実な事もつい数十年前の出来事だという事も知らなくてただただ驚き 命を削って創られた作品って、こういう事なんだろうな



- 雪の日@yukinohi_2025年1月7日読み終わった@ 自宅読み終えた次の日からしんしんと雪が降り続けている。 雪に、この本に書かれている人の声が、表情が、染み込んでいるようでずっと考えてしまう。 悲劇という言葉では到底表すことができない、ジェノサイドは、その一点、その時期のみを指すのではないということ。
hina@hina13f2024年11月24日読み終わった自らの責任によらず国が分断され、『少年が来る』を経てなお到達しない、民主化への凄惨な道のり。 題名にある通り、「痛み」は未だ過ぎ去り得ない。 別れを告げることすら許されないその事実に、わたしたちはどう向き合っていけるだろうか。





















































































































































































































