先生の傘 (シリーズ人間4)

10件の記録
ひゃらりこ@hyararico2026年8月3日読み終わった7月某日読了 (この文は内容について詳しく述べております。) 沖縄の93歳の祖母が孫に語った戦時下の日々の話。といえば、悲惨な戦争体験のあれこれが時系列で語られるのを予想するだろう。しかしこの本でのツル子さんの語りは年表のとおりには進まない。色々な思い出を話していく中の戦時下の日常の話は哀しくも微笑ましく聞ける。隣のおばさんに火をもらって三つの石に空き缶で煮炊きした話は印象深いし、タイトル作「先生の傘」は特に優しくて可愛い話だ。しかし、全編通して読んでいると繰り返し語られる話が二つあることに誰もが気づく。 ひとつは父の死である。「父は撃たれて死んだ(私を迎えに来て)」ということを何度もツル子さんは語る。それに続いて「兄二人は兵隊に行った」「姉は嫁に行った」「母は幼稚園の時に死んだ」「ひとりぼっちだった」ということも何度も語られる。孫の「うん」「うん」という相槌とともに私も何度もこの話を聞く。ツル子さんにとって80年以上前のお父さんが撃たれたその日はずっと彼女の中で忘れられず思い出す日なのだ。他のことを思い出していてもツル子さんの記憶はその時に戻る。その繰り返しは戦後に生きた人の「物語」を期待した読み手を突き放す。「物語」の中に押し込まれないツル子さんの語りは軽くて重い。 もちろん「物語」で語られるべき歴史もあるし、作家の紡ぐ「物語」で戦争を知ることもできる。それはそれとしてあるべきだ。しかし、この「先生の傘」という一冊は皆が期待する「戦争本」であることを見事に裏切って、「戦争」を知る一冊になっている。 もうひとつ繰り返される話は、「夜に勉強していてトラック(アメリカ兵の)音がしたら床下に隠れる」「女の人の悲鳴がする」という話だ。米兵がやってきて女性を探しては家に押し入って襲っていたので、ツル子さんはそれが怖くて床下に隠れて震えていた、という話も何度も繰り返される。これを読んだ時には、なんてことだとめまいがしそうになった。この頃からずっと沖縄の戦後は終わってなくてまだ続いてるんじゃないか、ツル子さんがこの時に感じた恐怖を今も沖縄の女性で日々身近に感じている人は多いのではないかと。ツル子さんがお父さんの死と共に何度も語ったのがこの床に隠れた話だということでどんなにこのことが怖かったのかがわかる。 ツル子さんは苦労したこととか大変だったことを時系列に沿って語ったりはしないが、この繰り返される話だけで苦難の日々を想像できる。しかしツル子さんは「うん」「うん」と話を聞く孫の前でいつも通りの話をして、先生の傘をお花にかけてあげた話もして、その苦難のあれこれについては細かく語らない。だけどツル子さんが一番悲しかったことと怖かったことはしっかりこちらの心に刻まれた。 ツル子さんお話してくれてありがとうございます。これからもお元気でお過ごしください。















