物語の役割
88件の記録
そらくま@sorakuma2026年2月2日読み終わった物語について語った3つの講演をまとめたもので、とても読みやすい。本好きに響く、書き留めたい言葉がたくさん。ふせんだらけ。 「博士の愛した数式」とても好きだった。苦手だった数学がいっとき好きになったのを思いだした。 ・人間が悲しいと思ったときに心の中がどうなっているのかということは、ほんとうは言葉では表現できないものです。けれども、それを物語という器を使って表現しようとして挑戦し続けているのが小説なのです。



みたらし団長@mitarashi_dancho2026年1月18日買った読んでる第1部「物語の役割」 物語とは本の中だけにあるわけではない。大きな何かに直面した時、人は現実への認識を改変してでも心の中に「物語」を作り出し、現実との折り合いをつけながら生き抜いている。 ホロコーストの悲惨さ、家族の死を経た人々の苦悩、そうした中で生きる彼らの中に形成された苦しい現実を乗り越えるための物語が例に挙げられている。こうした凄惨な現実ほどでは無いが、自分にも、苦しい状況下で何とか気を振り絞り、歯を食いしばりながら前に進もうと足掻いていた時期が幾度かある。折れそうな心の中で自分を突き動かしていたのは、人との関わりの中で、いつの間にか自分の中に形成されていた物語だったと改めて気づかされた。

はに@828282chan2026年1月10日買った読み終わったこの本を手に取った理由はとてもシンプルで、小川洋子作品が昔から好きだからである。あの独特な静謐さと美しさを携えた物語たちを生み出す、彼女の価値観に触れてみたい。そして、いま、自分のなかで久々に読書のモチベーションが上がっているタイミングということもあって、物語を読むことの魅力とは何だろうと考えてみたら面白そう。そんな気持ちで読んだ。 私たちは、現実のできごとを自分のなかで受け入れるために、物語化することがあるという。 “とうてい現実をそのまま受け入れることはできない。そのときの現実を、どうにかして受け入れられる形に転換していく。その働きが、私は物語であると思うのです。”(p.25) このようなことは、私にも思い当たる節がいくつもある。つらい出来ごとに直面したとき、自分が納得できるような形にして、飲み込み、消化していく。反対に、人は現実をより受け入れ難い形に物語化してしまう、ということも書かれている。それもよくわかる。「認知の歪み」なんて言葉もよく聞く。人間の心は複雑だ。あえて悲しい物語をつくりあげてしまうことについて、著者が「自分とは、さまざまな犠牲の上に成り立つ、ほとんど奇跡と呼んでいい存在なのだ、という良心に基づいた物語を獲得するための苦悩なのではないでしょうか。」(p.33)と優しく肯定していたのが「いいな」と感じた。 この本の中で私が特に心を掴まれたのは、以下のエピソードだ。 “数学者が、偉大な何者かが隠した世界の秘密、いろいろな数字のなかにこめられた、すでにある秘密を探そうとするのと同じように、作家も現実のなかにすでにあるけれども、言葉にされないために気づかれないでいる物語を見つけ出し、鉱石を掘り起こすようにスコップで一所懸命掘り出して、それに言葉を与えるのです。”(p.51) この「鉱石を掘り起こすようにスコップで一所懸命掘り出して、それに言葉を与える」という表現が、たまらなくロマンチックだと思った。生きているなかで感じるさまざまな機微を、作家が掘り起こし、言葉を与えて、形にする。形にすることで、人と共有することができる。複雑な心の機微を「分かち合える人がいる」と思えることに、私はなんだか救われるような気持ちになる。私にとっての物語の役割は、このようなことかもしれない。 もうひとつ印象的だったエピソードがある。 “私のいま理想としている小説は、その小説のなかに出てくる登場人物が「ここにいるからね」と声を発して、小説の中の実在しない人物と現実にいる読み手が目配せを交わせるような小説です。「お互いほんとうに現実を生きていくのはいろいろたいへんな、困難なことだけれども、とにかく僕はここにいるからね」「私もここにいるからね」と言って、声なき声で目配せを交わせるような作品を書きたい。”(p.51) 小川洋子作品の登場人物は、どこか風変わりなことが多く、社会の片隅でひっそりと、彼らなりに懸命に生きる様子を描いている印象がある。その印象は合っていたのかもしれないと、これを読んで思った。登場人物からの静かで優しい「目配せ」に、私は自分の存在を認められたような心地になり、心が癒されていたのかもしれない。 意外だったのは、著者が小説を執筆するにあたり「主題を考えない」「ストーリーも大した問題じゃない」と言っていることだ。学生時代、現代文の試験で「作者の意図」を問われることがしばしばあったけれど、その影響か、いつの間にか「小説は作者の主張がテクニカルに散りばめられたものであり、読み手はその意図を正しく汲み取らねばならない」というイメージを持っていた。だからこそ、読書をするときはいつも少し身構えていた。そうか、批評的な正解を求めて本を読まなくてもいいんだ、そう思えたことで、ふっと肩の荷が下りるような、自由になった心地がした。
津見@tmr_kr2026年1月1日かつて読んだ短い静かな本なんだけど、言葉がしみこんできて、読んでいてああ幸せだなぁと思った。約20年前にでた本なんだけど、去年気づいて買って読んだ。気づいてよかった。
句読点@books_qutoten2025年11月8日読み終わったちくまプリマー新書の初期の傑作。 小川洋子さんの小説執筆の方法が具体的に開示されていて、創作をする人だけでなく読者の側にも新たな視点をもたらしてくれる。 特に第二部が素晴らしい。 テーマやストーリーをあらかじめ決めてから書き始めるのではなく、言葉になる前のイメージや風景が、自分の意思ではない偶然性によってやってくるところからしか創作は始まらないという。 もちろんそうした偶然にしか思えない創作のタネのようなものをちゃんと見つけて拾い上げるためには普段から物事をよく観察し、驚き、感動する感性がなければならない。むしろ小説家というのはそうした感性を鋭くさせ、言葉にならないものに言葉を与える仕事なのかもしれない。 小説を書いている間、小川さんは死者たちの声に耳を傾けている感覚だ、と書いていたのも印象深い。物語が起こる具体的な場所のイメージも、廃墟のようなところに自分が立ち、そこでかつてどんな人たちがどんな風に生活していたのかを幻視しながら書くのだという。 自分の中から言葉を出すのではなく、じっと耳を傾け、通路のようになる感覚。自分、という意識を持たずに、観察する透明な存在になること。 誰かが落としていったもの、落とした当人が忘れ去ってしまっているようなものを丁寧に拾い上げて、細かく観察し、そこから物語を掬いとる感覚。 これを読むと物語を書いてみたくなるし、小川さんの小説も読んでみたくなる。

Readingdiary@readingdiary2025年10月31日読み終わった実家の本棚から拝借📖 小川洋子さんが好きな父に勧められた本。 「ファーブル昆虫記」と「トムは真夜中の庭で」の2冊から、小川さんは、 自己を尊重し、自分を特別だと思うこと、一方、自分は偉大な全体の一部という、ささやかで、身を任せるに足りる存在だと思うこと 一見矛盾しているようで、人間にとって必要な共存させるべき思いを学んだと書かれている。 とても心に響いた。 自己にフォーカスを当てすぎていたのかも、これまでの色んな悩みのタネはそこだったのかも、とハッとした。 読み返したい度 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


さとう@satoshio2025年10月6日読み終わった小川洋子さんの小説に浸っていたら、「そんなあなたに」とおすすめされた本。小川洋子さんがさらにすきになった。 「自分の記憶の形に似合うようなものに変えて、現実を物語にして自分のなかに積み重ねていく。 そういう意味でいえば、誰でも生きている限りは物語を必要としており、物語に助けられながら、どうにか現実との折り合いをつけているのです。」








ヒナタ@hinata6251412025年8月31日読み終わった〈言葉で一行で表現できてしまうならば、別に小説にする必要はない。ここが小説の背負っている難しい矛盾ですが、言葉に出来ないものを書いているのが小説ではないかと思うのです。一行で表現できないからこそ、人は百枚も二百枚も小説を書いてしまうのです。 ほんとうに悲しいときは言葉にできないくらい悲しいといいます。ですから、小説の中で「悲しい」と書いてしまうと、ほんとうの悲しみは描ききれない。言葉が壁になって、その先に心をはばたかせることができなくなるのです。それはほんとうに悲しいことなのです。人間が悲しいと思ったときに心の中がどうなっているのかということは、ほんとうは言葉では表現できないものです。けれども、それを物語という器を使って言葉で表現しようとして挑戦し続けているのが小説なのです。〉 ほんとうにそうだなぁと思いながら読んだ。今はもう手元にない『博士の愛した数式』を読み返したくなる。ポール・オースターの『ナショナル『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』も読んでみたい。


momiji@momiji_book2025年6月29日読み終わったストーリーは自然に発生してくるもの、作者はそれをキャッチアップする観察者といった姿勢に納得。小川洋子作品の静かでどこか愛おしい世界観に繋がる。
海老塩@ebi_salt2025年5月20日読み終わった心に残る一節読書日記第一部に書かれている、『博士の愛した数式』が生まれるまで___には、著者が感じた数学の美しさが描かれていて、興味深かった。 物語は日常から生まれる。私は人間の最後尾を歩いていて、印を残す為に小説の形にしている。という言葉が印象に残った。

橋本吉央@yoshichiha2025年5月16日読み終わった人にとって物語とはどんなものなのか、ということに関心があって読んだ。 小川洋子さんの「人と物語論」であり、哲学的・批評的に物語と人間を語るというよりは、シンプルにご自身の経験、物語が自分の生き方にどのような意味をもたらしたのか、自分が小説という形で物語を生み出すとき何が起きているのか、ということを丁寧に、難しい言葉を使わないがとてもしっかり、こちらの手のひらを両の手で包んで大事なものを手渡してくれるように語ってくれる。 物語は、人が大きな世界の一部であり、世界に身を委ねて良いのだという全と一的な感覚と、一方で自分自身の内面世界の自由さ、それゆえ自分自身を特別なものにしてくれる意義の、矛盾するような両方の感覚を与えてくれるものである、という考え方はとても面白かった。 当たり前なのだけど、一とつひとつの言葉の選び方、締め方が素敵で、全体として「素敵な本だったなあ」と感じられる本だった。

橋本吉央@yoshichiha2025年5月16日読んでるしびれるぜ…なんて素敵な締めくくり。 「民族も言葉も年代も性別も違う人間が、どこかで出会ったとします。その時、お互いの心を近付ける一つのすべは、どんな本を読んで育った人か、を確かめることかもしれません。もしその人が、『ファーブル昆虫記』や『トムは真夜中の庭で』や『アンネの日記』をあげたとしたら、私はたちまちその人と心を通わせることが出来るでしょう。 もう一つ贅沢を言えば、いつかそういう場面で、私の書いた小説を誰かが挙げてくれたなら、作家としてこんなに大きな幸せはありません。 もちろんその時、私はもう死んでいるだろうと思います。しかし、自分が死んだ後に、自分の書いた小説が誰かに読まれている場面を想像するのが、私の喜びです。そういう場面を想像していると、死ぬ怖さを忘れられます。 だから今日もまた私は、小説を書くのです。」

橋本吉央@yoshichiha2025年5月16日読んでるいい表現だなあ… 「小説を書いているときに、ときどき自分は人類、人間たちのいちばん後方を歩いているなという感触を持つことがあります。人間が山登りをしているとすると、そのリーダーとなって先頭に立っている人がいて、作家という役割の人間は最後尾を歩いている。 先を歩いている人たちが、人知れず落としていったもの、こぼれ落ちたもの、そんなものを拾い集めて、落とした本人さえ、そんなものを自分が持っていたと気づいていないような落とし物を拾い集めて、でもそれが確かにこの世に存在したんだという印を残すために小説の形にしている。そういう気がします。」

ゆげの@hoochaa2025年4月22日買った読み終わった作家は過去を見ている、物語が進んでいくのを追いかけて言葉にしていく、みたいな話は村上春樹も言ってたなあ 博士を愛した数式が出来上がるまでの話とかも良かった

sae@sae2025年3月22日読み終わった@ 蟹ブックス自分は広大な全体のほんの小さな一部だという思いと、自分は他の何者でもない特別な一人だという思い。一件矛盾しているようで、どちらも人間にとって必要な、共存させるべき思いを、私は本から学びました。(P109)


月日@tsu_ki_hi_2020年11月15日読み終わった@ 本の読める店fuzkue初台辿り着いたフヅクエ。わたしのセーブポイント。ぽかぽか紅茶、ブランケットに包まって。 だいすきな小川洋子さんの語る言葉、寄り添って頷いてくれるようで胸がいっぱいで、いっぱい折ってしまった。








































































