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波
波
@namireads
  • 2026年5月13日
    高島野十郎画集
    高島野十郎画集
    東大農学部を首席で卒業後独学で絵の道に、画壇との付き合いを避け生涯独身、隠者のような孤高の人生を送り生前はほぼ無名で… という概略だけでじゅうぶん気になる存在だけど、絵を見るのにそんなことは当然必要ないのだけど、野十郎の野は野垂れ死にしたいからと嘯く、なんて甘美な世捨てだろうか。分かりやすいエリートコースだってあったはずなのに一切に背を向けて自然と仏教と絵を拠り所にし続けたこの人をもっと知りたいし、読み終わったら絶対もう一度絵を見に行きたい。大阪での開催は6/21まで "月ではなく闇を描きたかった 闇を描くために月を描いたのです"
  • 2026年5月12日
    高島野十郎画集
    高島野十郎画集
    ふだん美術展に行っても図録とかこういうのを買うことはあまりないのだけど、よすぎて。 会場で見て気に入った作品がちゃんと収録されていて、うれしくてずーっと眺めてます
  • 2026年5月8日
    ダロウェイ夫人
    ダロウェイ夫人
    "たぶん彼女は心のなかでこう思っている。わたしたちは沈没船に鎖でつながれた滅びゆく民だから(…)、この世のすべてはつまらない冗談にすぎないけれども、とにかく各自の務めを果たしましょう。囚人仲間(…)の苦痛を和らげ、地下牢を花と空気枕で飾りましょう、力のかぎり立派に生きましょう。神々というあの悪漢どもに勝手な真似をさせるものですか──彼女の考えでは、神々というのは折りあらばわれわれの人生を傷つけ、妨害し、台無しにするけれども、それでもこちらが淑女らしくふるまいつづければ、本気で面食らわせてやることだってできる。"p141 いま何か真実に触れたような気分になったけど毎回違うところでギュンとなるのだから何度読んでも新しいウルフ。いつも心にミセスダロウェイを住まわせておきたい、だって誰もこんなこと教えてくれないもの
  • 2026年5月2日
    灯台へ
    灯台へ
    ひどい本を読んでしまったので、思いつくなかの最も美しい小説を。 またたく間に心が凪いで、そして高まってゆく
  • 2026年4月21日
    にごりえ 現代語訳・樋口一葉
    にごりえ 現代語訳・樋口一葉
    川上未映子さん現代語訳の「裏紫」がすごく好きで、ほかの人だとどういう感じになるのか気になり
  • 2026年4月19日
    八本脚の蝶
    八本脚の蝶
    "私は自分がどれほど変わりやすく忘れやすい人間かを知っている。だからこそだ。私は取り返しのつかない改変を自分の身体に加えようと思った。子供をほしがる未来の私を私は決して許さない。未来の私が今の私を裏切ろうとするのならば、思い知るがいい、私は決してあなたを許さない。" 反出生主義というのとは少し違って、どちらかというとシオラン的なことか。同じ年齢の頃、同じように考えていたことを思い出してときどき読みたくなる。絶対に忘れてしまわないように強く何度も刻み付けたことを思い出す
  • 2026年4月13日
    修道院覚書
    修道院覚書
    18世紀ポルトガルが舞台の史実を絡めたファンタジー。信仰と神学の時代、マフラ修道院の建立を背景にした王家と聖職者と平民の生活の出来事覚書。電気の無い時代に空飛ぶ機械を設計する神父、心優しき音楽家、そして運命の恋人たち。バカな国王はさらっと言ってくるけど、壮大な建築物が完成するまでにはきっと想像もつかないほど多くのものが犠牲になってきたのだろう。無神論者であるサラマーゴが書く聖職者たちの俗物っぷりなど小噺盛りだくさんで面白かったです 3ヶ月ぐらいかけて少しずつ読んで、その間ずっと心の片隅に彼らがいたから終わってしまってさみしい。長いので読み返すことはない気がするし、読み返す予定のない本は手放すことにしてますがこれは手元に置いておく。それはなぜか。主人公について一切触れれなかったけど、ああ、バルタザールとブリムンダ。深い愛で結ばれた二人が美し過ぎたから
  • 2026年4月5日
    レキシントンの幽霊
    ひとりぼっちだったトニー滝谷は人と深く関わることができない。風のように洋服を纏う妻に出会ってはじめて失うことを、孤独になることを怖れる。 映画はわずかに希望を残すような終わり方でした。村上春樹さんの小説はいつも風が吹いてる
  • 2026年4月3日
    愛の夢とか
    愛の夢とか
    リストを聴きながら いちばん小さな音で 眠るきみのとなりで
  • 2026年4月1日
    花のノートルダム
    花のノートルダム
    よくわからなくて2回読んだ。予感があったからだけどやっぱり読み直してよかった。泥棒日記がすごくよくて、泥棒日記はジュネの最後の小説で、こちらはいちばん最初の小説なのに難しくてびっくりしたけど好きだと感じたところは同じ。何も違っていないし何も難しく考える必要はなかったのだ、ジュネの小説はほとんど詩でできてるのだから 捨て子のジュネ、親を知らないということは王侯貴族にも名だたる悪党の末裔にも誰にでもなれるということ。百合の烙印の高貴、汚穢のなかの希少な鉱石、ジュネは羽ばたいている。囚われの身であるのは牢の外にいるわたしのほうなのだ
  • 2026年3月25日
    タイタンの妖女
    タイタンの妖女
    巻末の爆笑問題の太田さんの解説というか感想文がよかった。わたしは誰かにとっての特別な本のことを聞かせてもらうのが、本を読むのと同じくらい好きなのだな。とてもよかった
  • 2026年3月18日
    野生のアイリス
    野生のアイリス
    自分がほんとうに読みたい物語を、ただ自分ひとりのためだけに、少しずつ書いています テーマである「野生」にリンクするタイトル。美しいインスピレーションが得られますように
  • 2026年3月17日
    杳子・妻隠
    杳子・妻隠
    年内の目標
  • 2026年3月17日
    椋鳥
    椋鳥
    「子安」 女は同時期に関係を持った二人の男に対して妊娠したと告げる(おそらく狂言)、一貫して感情を失くしたかのように淡々と男の言動を傍観する女。くわしくは書かれないけれど、女の断片的な語りから娘時代の暗い過去が想像される。その明かされない内面、男への呪詛のようなもの。自分が凌辱した女の事などすぐに忘れ去り、子の安寧を菩薩に祈願する "身をそそくさと洗いながし、子安の前で女の穢れを払って、我身の浄さを誇る…" 他所では平然と女を汚しながら、自分の娘には聖性を願うようなそのおめでたさ 静かにとぐろを巻く記憶と、女の生理の、流れていく血が重なる最後の場面の底知れない虚無、これを書いているのが女性ではないということが何よりおそろしく感じた作品 「椋鳥」 おびただしい椋鳥の黒い群れ、赤い空、狂気へといざなわれるような不穏な書き出し 二人の女のあわいを揺蕩う男、男の視点で語られてはいるものの、その男の現実感が希薄。もう半分くらい狂っているのかもしれない "暗い夢を見ているうちはまだ安心、夢が明るくなってきたら、用心したほうがいい。" 太宰治の右大臣実朝を思い出す、 アカルサハ、ホロビノスガタ 緩慢に、確実に、精神が壊れていくそのさまは、どこか明るく、ぼんやりとした静寂に包まれている どれも少しずつ狂気を孕んだ短編集、なんでこんなマイナーなところから手を出したのか謎だけど 古井由吉さん、気になりながらもこれ以降読んでないのですよね、今年中に杳子を読むのが目標
  • 2026年3月16日
    花のノートルダム
    花のノートルダム
    当然の流れで
  • 2026年3月10日
    泥棒日記改版
    泥棒日記改版
    言葉がときどき三島由紀夫っぽい、いや三島由紀夫がジュネっぽいのか。嫌いじゃないです、わたしには親しみのある文章
  • 2026年3月9日
    連弾
    連弾
    塚本邦雄さんは歌人とのことで、一文の緊張感がすごくて張り詰まってるという印象。短いわりに読むのに時間がかかる。螺鈿細工のように雅やかな文章でぞっとするほど禍々しいことが書かれてて、そういうのがたまらなく好きなのでほかの本も読んでみたくなった。 どれも面白かったけど、「かすみあみ」の幻想的な雰囲気がとくによかった。あわせ鏡に浮かび上がる左文字、堕ちたイカロス、その斑猫の翅、群がる少女たちはニンフか、はたまた妖婦か。道具立ても素晴らしく、世界観にどっぷり浸れました。 「私のものよ。上半身は」 「では下半身は私が貰って行きます」 (p.269)
  • 2026年3月5日
    誘惑者 (講談社文芸文庫 たL 1)
    昏れはじめた火山に登っていく二人の若い女。夜更けに下山してきたのは一人きりだった。 なぜ自殺するのか、なぜ見届けたのか。人間が不可知なもの、決して届かないものに惹かれてしまう生き物であるならば、その対象として神は究極だろう。一方で、同行者の語りに意識を添わせて行くと、確かに紛れもなく死に辿り着く。どうしようもなく死に魅せられる事と神を求める心とは、同じ道のりの先にある異なる結果なのかもしれない。 そこを分かつものとは。そして、「誘惑者」とは誰のことなのか──
  • 2026年2月25日
    売女の人殺し
    売女の人殺し
    師匠リコメンド
  • 2026年2月23日
    ロゴスと巻貝
    ロゴスと巻貝
    クラゲでないことが悲しくて海のなかで泣くところが出てくるエッセイがとくによかった。悲しくて悲しくてわたしも泣いた。泣いてるうちにすっかり元気になって、水筒に入れてきた熱いルイボスティーを夜の浜辺で飲むところ、引用されるパンセ、そうやってまたひとつ持ちこたえて海にうつる月をながめたりする。言葉や文学が無力であるわけがないと今も思っていると小津さんが言ってくれてて、今わたしの前に海はないけど共有したと感じる。本が好きでよかった。
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