読んでばっか

41件の記録
- 本と珈琲@yukiko7112025年8月24日かつて読んだ江國香織さんの、本や読書についてのエッセイ。面白くないわけがない。冒頭のアンケートみたいなところで「本はどうやって選びますか」への回答は「本の佇まいとタイトル、紙の手ざわりで、読むべき本かどうかが大抵わかります」と。出だしから強く共感。 たくさんの本が紹介されていて、庄野潤三や長田弘など、嬉しくなるラインナップ。また、読みたい本が増えてしまった。
- まめご@mmg_862025年7月28日読み終わった久しぶりに江國香織の未読の本を読んだ。 この人の文章だけは何を書いていても、まるで喉が渇いた時に飲む冷たい水のように、沁み込むように読めてしまう。 そんな作家が本について書いているのだから、読んでいる間はただただ幸せだった。
- 離乳食@munimuni2025年3月28日ちょっと開いた借りてきたちゃむ〜江國さんの文章って言葉一つ一つがキャンディーみたいにカラフルでキラキラしてて、でもどこか甘いだけじゃないから、いいよね、うん、いいんだよ
- 森@mori162025年3月28日読み終わった心に残る一節本の作風を、風景の中でおぼえる体感にたとえられてるのが好きだった。紹介された本が読みたくなる。 雨の日の、閉じ込められる感じとうす暗さ、物がみな境界線を曖昧にし、植物や家や家具といった、普段言葉を持たないものたちが俄然生気を帯びるあのひそやかさ。書物の内側と外側、物語の内側と外側、は、雨の日にはほとんど地続きになる。ある種の書物を繙くことは、雨の日を繙くことだ。 P52 須賀敦子さんの本を読むと雨が降っている気分になるという話。 子供のころ、家の近くに野すみれの群生する場所があった。夕暮れにその場所に立っていると、まわりにたくさんいるしじみ蝶と小さな花々の区別がふいにつかなくなる瞬間がくる。どんなに目を凝らしていても、ほんとうにふいにくるのだ。やがてその瞬間がほどけて蝶がまた蝶に見え、ひらりと動いたりするのだけれど、じっと見つめているうちに、またその両者は溶け合ってしまう。 P84 川上未映子さん本に結びつけられた風景。マジカルと言われてた。人為的であるはずの言葉の人為を超えている、言葉にならないはずのものでできた本だと。 本屋で見かけて気になって、noteの感想で見かけてやっぱ読もうとなった。
- ちょうちんそで@on_reading2025年3月8日読み終わった江國さんの読んだ本は、すべて読みたい。なかでも庄野潤三さんの作品を読みたいと思った。 けれど、私は今まで読んできた本について紹介する江國さんの文章を読みたいんだと気づいた。気づかされた本。
- ゆう@suisuiu2025年2月18日買った@ 本屋B&Bところで江國香織はとても大切な人で、中学校の図書館で出会っていなければ、ホリーガーデンを通して紅茶茶碗の存在も、きらきらひかるを通して新鮮な生野菜とお酒が合うことも、流しの下の骨を通してことちゃんのようなあり方も、何もかも全部知ることがなかったんだなと 還暦(!)になった今も、カラスや認知症のおばあちゃんを主人公(?)にした小説に取り組んでいることが不思議なくらい激しく嬉しい。これからもぐんぐん読んでいたい。なので今日は読んでばっか記念日。
- yuna-yuna@yunaminxxxtvxq2025年1月2日読んでる@ 自宅『読書など平和なときのもの、と私は思わない。むしろいきなり平和な日常が奪われたとき、人はそれまで以上に切実に、読むことを必要とするだろう。たとえば大切な人からの手紙を、やっと手に入った新聞を、手放せなかった一冊の本を、逃げるときに荷物につめた、子どもの気に入りの絵本を。 戦争という異常事態にある場所に、読むものがありますようにと私は願う。あっても何かの解決にはならないし、正しい情報を伝えたいという志あるジャーナリストは殺されてしまうかもしれない。それでも人が正気を保つために、読むものがありますようにと私は願う。現実逃避でも何でも構わないではないか。』 P90-91 私は願う ーアンドレ・ケルテス『ON READING』
- yuna-yuna@yunaminxxxtvxq2024年12月28日読み始めた夕方、仕事終わりに西の薄桃色に染まる空を目にしながら車を走らせているうちにふと今だと思い立ち、コンビニでスキンケアセットを買い、車にあった本のうち2冊をバッグに入れ、近くの日帰り温泉に行ってきた。 心までほかほかに茹で上がった身体でヨギボーにゴロンとなり、この前買ったばかりのこの本を開き読み始めた。 江國香織の文章は思っていたとおりに良いもので(約束されたもの)、最初の冒頭数行からやっぱり〜と嬉しくなり、ワクワクと心地よさで胸いっぱいになる。 ここ1ヶ月のことを思うと、ここでこうしてまた本を読めていることが奇跡のように思える(夢のように何度も願っていたことでもあった) この日ここで読んだ江國香織の極上の文とこの感慨は、おそらく今後何度も思い出すだろうと、何度も何度も噛みしめるように思う夜だった。