半分の半分の半分
39件の記録
もぐもぐ羊@sleep_sheep2026年7月26日読み終わった「他の顔」と「禁煙キャンプ」を読んだ。 私はタバコを吸わないので、喫煙可の場所には行かないようにしているし、道端で喫煙している人がいると副流煙を吸わないように距離をとるくらいタバコが苦手なので、この禁煙キャンプに参加しているメンバーのタバコへの渇望が全然理解できなかった。 それぞれに喫煙をはじめた理由ややめられない理由もあるんだろうけど。 登場人物が中年から高齢の女性たちで、彼女たちの群像劇としてはとてもおもしろかった。









もぐもぐ羊@sleep_sheep2026年7月25日まだ読んでる「私のやさしい乳首」と「春の夜」を読んだ。 どうらやら「雲丹」で押しつけられた赤ん坊とその姉(「ミョンジャさんに似て」の娘)をトッコル宅とクァンドン宅が引き取って一緒にに暮らしていたようで、でもトッコル宅が死んでしまいクァンドン宅と姉弟が路頭に迷いそうな感じになっていた。 トッコル宅は口は悪いが面倒見が良く舅の後妻だったクァンドン宅と一緒に暮らしていて、さらに突然押しつけられた赤ん坊を流れで預かってしまったクァンドン宅に文句を言いながら、赤ん坊の姉と共に引き取って暮らすなんてなかなかできることではない。 でも死んでしまったので、その暮らしはお終い。 クァンドン宅と姉弟は一体どうなるんだろうか。 登場人物が重複する話に共通するのは、死んでも誰かが覚えていれば記憶の中に生き続けることができる、みたいなことだと思うのだけど、クァンドン宅や姉弟のことを覚えていてくれる人はいるのかな?と思うと切なくなった。









もぐもぐ羊@sleep_sheep2026年7月24日まだ読んでる「雲丹」と「ミョンジャさんに似て」を読んだ。 この二つの話は繋がっているのかな?と思った。 「ミョンジャさんに似て」の中で「二人はナプキンは共有する関係だったが、生理の意味まで共有することができなかったから彼女(母親)の閉経が二人の中を切り離した」というような一文を読んで、『雪の如く、山の如く』に収録されていた「床の上の血」を思い出した。 母親の閉経を娘の視点で書いた物語を短期間で二つも読むことがあるとは。 「雲丹」でトッコル宅とクァンドン宅に赤ん坊を預けて逃げたのは「ミョンジャさんに似て」の娘なのかもしれない。 早期閉経したと言っていた母親が勝手に妊娠して出産と同時に死んで赤ん坊だけ残されたら、高校生の娘は路頭に迷ってしまう。 この娘が赤ん坊に対して自分が負うべき責任を果たしたから、自分は元の場所に戻ると言っていたのはドライでよかった。 赤ん坊はきっと孤児院とかに行くことになるのかもしれないけど、その人生に責任を持つには彼女は幼いから。









柚子🍋@jnk_airport2026年7月22日読み終わったいろんな女と女と女の話だった 連帯するわけでもなく 憎むほど愛するわけでもなく すべてを肯定するわけでもなく なんとなく疎遠になり またどこかで落ち合う友人のような 感じの悪いババアがいっぱい出てくるのがいい 全員長生きしろよな



nekomurice@nekomurice1232026年5月22日読み終わった韓国文学「父親になっておやり」と「雲丹」「私のやさしい乳首」のキ・ギルヒョンさんとナム・ミョンジャさんの関係が好きだった。 「禁煙キャンプ」はこんなにデメリットが多いなか、なぜ喫煙するのか興味があったので、各々の喫煙理由や禁煙に立ち向かう姿が興味深かった。 作家さんのお母さんの言葉「今日が一番若くて、一番きれいで、一番元気な日だから、楽しく遊んでこなくちゃね。」








noakkaon@noakkaon522026年5月18日読み始めた読んでる『不便なコンビニ」の訳者、米津さんの名前に惹かれて購入しました。 読み途中。 お初の著者なので、ちょっと私の中で新しい風が吹く。





































