憲法とは何か
33件の記録
jaguchi@jaguchi872026年8月15日買った岩波文庫の「日本国憲法」にも長谷部恭男による解説が50ページほど掲載されているけれど、こちらの新書もしばらく前に購入済み。 今年読んだ加藤陽子「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」でも言及されていて、「まさに目から鱗が落ちるというほどの驚きと面白さを味わいました」と書かれていた。



イツキ@maruitsuki2026年8月7日読み終わった本書は、憲法を単なる「国家権力から個人を守るための最高法規」としてではなく、価値観・世界観を異にする人々が、互いを排除せず同じ社会で暮らしていくための枠組みとして捉え直す本である。 中心にあるのは「立憲主義」という考え方だ。 人々の価値観は単に多様なだけでなく、ときに相互に比較不能であり、どちらが優れているかを決める共通の物差しが存在しない。だから政治によって一つの正しい価値観を決定し、全員に従わせるのではなく、価値観の対立を一定の範囲にとどめ、それぞれが自分の信じる生き方を追求できる領域を確保する必要がある。 その意味で立憲主義とは、対立を最終的に解消する思想ではない。むしろ、対立が残ることを受け入れながら、それでも共同生活を可能にする「中途半端な煮え切らない立場」である。 この煮え切らなさこそ、本書を読んで最も印象に残った点だった。

積読本を減らしたい@tsundoku-herasu2026年7月27日かつて読んだ「憲法の中身を変更しようというのであれば、その時々の多数派が何が都合がいいと考えるかといった、特定の人々だけの短期的な利害にもとづいて中身が決まらないような仕組みが必要になる。日本国憲法96条が、憲法改正の発議に3分の2の特別多数決を要求しているのは、さまざまな意見や利害がある中で、なるべく幅広い意見や利害に共通する土俵を設定できるように、憲法の内容が定まることを狙っているからである」 2013年4月28日朝日新聞書評欄掲載


積読本を減らしたい@tsundoku-herasu2026年6月12日かつて読んだ「憲法は、ダムや道路の建設の可否や、年金問題の解決など、日々の政治問題を解決することを直接の目的としているわけではない。民主的な政治過程が健全に運営されるためには、その時々の政治的多数派が誰であれ、表現の自由を広範に保障し選挙権の平等を確保すべきではないかなどといった、日常的な政治過程を支える社会の基本原理を日常的な政治過程の手の届かないところに隔離するのが、憲法の重要な役割である」 2022年4月30日朝日新聞書評欄掲載
積読本を減らしたい@tsundoku-herasu2026年6月8日かつて読んだ「憲法はつねにわれわれにとって良いもののはずだから、その憲法を変えれば、変えた通りにわれわれの暮らしも良くなるというのでは、話として都合がよすぎます。当たり前の話ですが、憲法を変えたとき、われわれの暮らしが良くなるか否かは、憲法をどう変えるかによります。憲法がなぜ普通の法律よりも変えにくくなっているのか、憲法を変える政治過程と普通の法律を作る政治過程とはどう違うのか(どう違うべきなのか)、そうした問題にも注意を払う必要があります」 2013年4月28日朝日新聞書評欄掲載
jaguchi@jaguchi872026年5月3日気になる日本国憲法施行から79年が経ち、時代も移り変わったので改憲の議論自体は有意義だと思うけど、今の自民党の改憲案はとても受け入れられない。 若いころから条文を暗誦したりはしていたけど、法学的なことはよく分かってないから、何か読みたい。この本はどうだろう。




JUNGLE@jungle2026年3月31日読んでる改憲反対と思っている自分、実は憲法のことなんてよくわからないし、9条以外に何条があるのかも定かではない。反対するにも賛成するにも改めて自分の考えを持ったうえで選択するための個人的憲法強化月間です 著者は2015年に審議されていた安保法案の憲法審査会に参考人として出席したひとり。 自公からの推薦で参加して、安保法案は「違憲」だと指摘しました(野党が推薦した参考人2人も同じ判断でした)






まいける@Michaelharuka2026年3月17日読み終わった@ 電車憲法典のテクストとしての「憲法」と、専門家集団の慣行・解釈の総体として運用される「憲法」を区別する視点が、自身に欠落していたことを教えてくれた。
- hinatsu@hnttym2026年1月21日読み始めたメモ 2章 ・安全保障に関して。憲法改正以前に、冷戦化でアメリカの保護を受けたことは一定の合理性があったかもしれないが、それ以上に他国の体制の変更を求めて武力を行使することを厭わない特殊な国家と深い絆を求めるべきか否かには、慎重な考慮が必要では? というところ。ベネズエラの件などを見ても、本当にそうだなと感じた ウォルツァーの原爆投下批判論のところが難しい 一般市民も巻き込むような大規模な攻撃が許されるのは「究極の緊急事態」に限られる。 「究極の緊急事態」において守られるべき共同体には個々人の生を超えた価値があるというのは共同体主義が前提となっていて、 そのうえで、本来価値のある生においては共同体は単なる社会の枠組みに過ぎないと考えて、その共同体のために戦うのは間違っているという主張

























