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かおり
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@6kaorin5
2025.07.24から はじめまして こんにちは♪ 7月分からの記録。 読書メーターと併用しています。(7月以前のもの、約10年分はこちらに記録しています) 8月からnote始めました。
  • 2026年3月28日
    やりたいことが見つかる 世界の果てのカフェ
    やりたいことが見つかる 世界の果てのカフェ
    書店へ行く度、レジ待ちの度、横に平積みされているので否が応でも気になっていた作品。 とうとう今回思いきって手にしてレジに並ぶ。 そうだとは思っていたけれど…小説のカタチを借りた自己啓発本。 思ったより、可もなく不可もなくな。 思ったより、フツー。(あくまでも私にとっては) 「人生は素晴らしい物語なんだ。ただ、ときどき自分が作者だということを忘れてしまう。私たちは何でも好きなように書けるのさ」。 right now! 結局は好きなことを好きなように、後回しせずに今すぐに、というね。 村上春樹みたい、という感想もよく見かけるが、シチュエーションが村上春樹風、ふう。 内容とは全く関係ないが、パイが食べたくなった。
  • 2026年3月20日
    イン・ザ・メガチャーチ
    「目の前の大切な人に対して自分を使い切る」。 いい意味で自分の中の様々な感情、意見、思いが 引き出され、煽られ、かき乱され、ぐちゃぐちゃにされた。 「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」。 世代も立場も異なる3つの3つの視点で語られる「操られる物語」。 澄香や すみちゃんほどの熱量もなく、積まないし、SNSも傍観、極めてゆるい推し活をしている私だが、それでも痛くしんどい物語だった。 何を信じ、何を信じないべき、なのか。 自分が恐ろしい世界にいる錯覚。 政治や宗教が絡んできた辺りは少々閉口したが、病み、我を見失い始める三人の臨場感は恐怖。じわじわと迫り来る怖さ。本人たちはむしろその境遇に自ら踏み込むという、恐怖。 「目の前の大切な人に対して自分を使い切る」、その言葉が痛切。見極めは大事。 今朝、タイムリーに Xでちゃみする のような布教postをしている地方住みの女子学生を見かけた。今までならスルーするようなpost。だが、今朝はそのpostを見て、読んで、複雑な気持ちになった。と同時に、どうかそれ以上その物語の深みにハマらないで!と思う自分がいた。そこで留まれ、と。 でも。 彼女には彼女の、狭めて行きたい物語やアイデンティティの確立なんかがあるのかもしれない。ちゃみするのように。
    イン・ザ・メガチャーチ
  • 2026年3月19日
    イン・ザ・メガチャーチ
    内面のあれこれをかき乱されている。
  • 2026年3月12日
    お探し物は図書室まで (ポプラ文庫 日本文学)
    社会で生きる自分、社会と繋がる自分。 自分らしく、ではなく、自分を生きるということ。 青山作品三作目。 いつもながらのそれぞれが微妙に繋がる連作短編。 人気作みたいだが…既読作品中、私としては本作が一番、ごめんなさい、でした。 悩み躓いている人たち。これからの人生を前向きに生きて行くがための人物描写だとは思うが、ニートな彼以外の人物たちのウダウダ感、煮え切らなさ、文句の言い様、というものが理解はできるのだけれど、私には合わず。イライラ。ザラついた印象。 前回読んだ『月の立つ林で』の方が筆致も内容も研ぎ澄まされていたかなぁ…と。 とはいえ、時々ホロリとさせられたり、前向きに生きてゆく姿勢にチカラを貰えたりはした。
  • 2026年2月20日
    貸本屋おせん
    貸本屋おせん
    文化年間の江戸は浅草。 両親を早くに失った本の虫、おせん。女だてらに貸本屋を営む。板木盗難や幽霊騒ぎ、幻の書物探し…様々な事件に巻き込まれ捕物帖的。 艶っぽい場面もわりとあり、描写や感覚が男性ぽいのだが著者は女性だった。 「うつつ善人も悪人も、同じ本を見て笑い悲しむ。ときに憤り、あきらめ、それでも次の丁をめくらずにはいられない」「一度読まれた本は忘れさられて、みな現に戻っていく。本なんて、そんなもんだ。だから、本を守らなければならない」。 本好きに時代もへったくれもない! おせんの物言いやキャラは好きではないが、箸休め的に読む時代物としては十分に楽しめるし続きも読む、と思う。 天涯孤独の少女ものにありがちな しなやかでたおやかなヒロイン像ではなく、おせんは逞しくて がらっぱち。さっぱりさを装いつつも、ある意味女を武器にしている風なところもチラホラ。サクッと読める軽めの時代小説。 正直、品はよろしくないかと😅 私の地元深川周辺の、馴染みある地名が飛び交うので、個人的には まぁ、それだけでも楽しいかな。
  • 2026年2月18日
  • 2026年2月14日
    駐車場のねこ
    嶋津輝のデビュー作「姉といもうと」を含む短篇集。 単行本『スナック墓場』を改題、らしいが、なぜ、改題?「駐車場のねこ」の方がイマドキだから? まぁ、それはさておき。不思議な読後感のある作品群だった。 普通だけど普通ではない人たち。何か起こりそうで起こらない。シュールな世界観。妙な中毒性がクセになる。デビュー作とのことで確かにまだ筆致は安定していなくて粗く、ちょっと読みづらい部分もあったのだけど、登場人物や雰囲気に既に『カフェーの帰り道』の片鱗があるかな。「ラインのふたり」「カシさん」「姉といもうと」が好み。
  • 2026年2月12日
    血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛 (とんぼの本)
    『奇想の系譜』の副読本として。 写真がモノクロで…と思っていたところ、図書館で本書を見つけ借りてきた。 副読本として、と思ったが、『奇想の系譜』の又兵衛の項を更に詳しく、という感じ。何より、やはり、カラーの又兵衛、「山中常磐」を見られたのはよかった。 写真とはいえ、絵巻物十二巻も。浄瑠璃の烏天狗とか好きだなぁ。辻氏が又兵衛を研究するに至る経緯や山下祐二氏との対談からの「その後」、そして、国宝となった舟木本。又兵衛ワールドを堪能。髪フェチやらエログロ、デロリ。スタジオ・マタベエ、なるほど。
  • 2026年2月11日
    月の立つ林で
    月の立つ林で
    ささくれだって、トゲトゲしがちな私のココロには優しくあたたかすぎて。 毛羽だった言葉、感想なんて、ちょっとね。 見えない何か、見えない誰か、そういうものに支えられ、繋がって。 気になっていた作品。娘が読んでいたので借りた。 5つの連作短編集。 月に関するポッドキャストを軸に、それぞれの日々が紡がれ、繋がってゆく。見えない、知らない誰かに支えられているように、私も誰かの何かになっている、と信じたい。新月も昼間の月も、見えなくてもある。この作品を読み終えた人がきっと皆するように、感じるように、私ももれなく月を見上げたくなった。 五章「針金の光」が個人的には色々と重なる部分があって印象に残っている。 「ひとりの時間が欲しい」、「ひとりの時間を持つことと孤独は別のものよ」。 minaにもリリカにもなれず宙ぶらりんな状況の自分にもどかしさを感じつつも、何となく見えてきた答えというか。「月は静謐、月は儚さ。でも月は希望で、月は奇跡。」 生きていれば、ぐるぐるしながらも、いつかはどこかにたどり着けるだろう。 生きてさえいれば。 ・ タケトリ・オキナ は誰なのか?大体の予想はついていたけど、そっちだったか〜 ^^;
    月の立つ林で
  • 2026年2月11日
    奇想の系譜
    すすめられて読んでいる。 毎日少しずつ。
    奇想の系譜
  • 2026年2月11日
    グロリアソサエテ
    「民藝」。 その世界を切り拓いた者たちの物語。 柳宗悦、濱田庄司、河井寛次郎。三人の関係性に加え、宗悦の妻、兼子、取り巻く人々、語るサチの日々をユーモラスかつ丁寧な筆致で読ませる。 とにかく兼子が魅力的! お料理も美味しそう。 ハットケーキ、私も食べたい。 クライマックス、サチの出自に傾き少し失速感があったものの、そんなサチの微かな希望の光に鼻の奥がツーンとなった。 「ごくありふれたもの。日常のもの。取るに足らぬと見過ごしがちな、ごく普通のものにも一筋の価値はあるのだ」。 その価値を見定める能力を持ち、チカラを信じ、もがき築いた「民藝」への道。熱く清しい。 直前に読んだ『若冲』に比すると… 圧倒的な虚実の妙。巻末の「参考文献」がその妙を物語っているようにも思えた。 とにもかくにも。 兼子あっての宗悦、「民藝」なのだな。 強さと優しさ、おおらかさ。 兼子、天晴れ、という印象。 そして、自分にとっての佳きもの、美しいもの、それを信じてみようかな、とぼんやり思ってみたり。
  • 2026年2月5日
    グロリアソサエテ
  • 2026年2月5日
    若冲
    若冲
    若冲に妻がいた?その妻が自死?そこまではまだよかったのだが… 市川君圭が義弟・弁蔵⁈ それを描くための亡き妻なのか、と思うほどの創作、空想で、なかなか話が入ってこない。 著者の『火定』のような熱量もなく、若冲の絵に対する熱量も魅力も感じられず、ページも進まず。 完全なる小説、として受け止めることができたのならもっと楽しめた、のかも。 「はっきりした事は分からないので通説では生涯独身だったとされているのを作者がひっくり返した創作」 とのことだが、若冲だけならまだしも、市川君圭との関係性も相まって、史実よりも創作の分量が過多な気がして、誰の、何を読んでいるのかわからなくなってきて。 お志乃が語るせいか、若冲の真に迫った気概というか気迫みたいなものも感じられず。 十年待って漸く読んだ私としては少々肩透かしだった… とはいえ、池大雅、与謝蕪村、円山応挙ら当時の京画壇、政治的状況を読むことができたのでよかった、かな。 どうせ創作するなら、ほんのり、微か〜に本当に微かに B L要素を匂わせたNHKドラマ『ライジング若冲』の方が面白かった。 あくまでも個人的意見ですけれど。
  • 2026年1月30日
    グッド・シスター
    グッド・シスター
    こわい怖い。 表紙の雰囲気とタイトルから、またシスターフッドものを借りてきてしまったか?と思ったら… 双子の姉妹をめぐる心理スリラーだった。 ローズの日記がミスリードで、この作品の鍵。 モヤモヤ ゾワゾワなストーリー展開になんとなく『ハウスメイド』に似たような感覚を覚える。 ローズの日記とファーンの現実パートが妙に噛み合わない。 不穏な空気。 幼少期の家庭環境、あの川の記憶、そしてママの死。 二人の記憶は不揃いすぎるパズルのピース。 それを繋ぎ合わせるが如く一気に読んだ。 何が真実で何が嘘なのか。ローズの日記もどこまでが「嘘」なのか。 もしかして、途中でローズとファーンが入れ替わっているとか?とあらぬ妄想までしてしまった。 翻弄されまくった。 ファーンがウォーリーと出会えた奇跡、 ファーンの「パーソン」はウォーリーということは真実。 ローズはきっと、愛されるファーン になりたかったんだろうな。ママに。 歪んだ愛。 オソロシイ。 装丁で損している作品な気がする。 もっと読まれてもいい作品だと思うけれどなぁ。 『ハウスメイド』が好きな方は、きっと楽しめる。
  • 2026年1月29日
    しろがねの葉
    生きる ということは死であり、死ぬ ということは、生きる、生き切る、ということなのだ。 ウメという女の生と性を描く大河長編。 死と背中合わせの性。 喜兵衛の死以後、物語的には失速気味に思えた。 著者は 「書いていくうちに性の部分が強く出てきて、まさに生きることは官能なのだなと感じ」 たそうだが、私はむしろ物語が進むにつれ「生」の部分を強く感じた。女が生き抜くための強靭な精神、理、とは何ぞや?という命題がひしひしと伝わってきた。 「足掻きましょう、無為に思えても。どこにも逃げられはしないんです」。 足掻いて足掻いて。 生きて、生き抜いて。その先が、死。 * いつもの千早茜とは違う筆致で一気に読まされたが、個人的には好みではなかった。本来は五十代に入ってから書きたい、書こう、と思っていたが期せずして早まった作品らしい。著者の歴史もの、次回があるのならぜひとも五十代の筆力で読んでみたい。 ・ 大学生の息子から借りたのだが、はたして、二十を少し越えた男の彼が、このウメの物語をどう受け止め、どう読んだのか…後ほど親子読書会だな(笑)
    しろがねの葉
  • 2026年1月28日
    100分間で楽しむ名作小説 文鳥
    『坂の中のまち』に出てきた「琴のそら音」が気になって、読みたくて。 「幽霊の出てくる怪談かと思いきや、キュートなラブコメみたいなストーリーだ」 と書かれていたが、 漱石がラブコメはないだろうよ、 と思いながら読む。なるほど。 さすがにキュートなラブコメ、ではなかった。ほんわか ほっこり 微笑ましいお話。途中、主人公と一緒にハラハラドキドキしながら夜の道を歩いて露子さんを案じたり、クライマックスでその露子さんと婆やの笑い声につい私も微笑んでしまったり。 うーん、漱石らしからぬこの雰囲気、やはり「キュートなラブコメ」なのか? タイトルが絶妙。
  • 2026年1月27日
    坂の中のまち
    坂の中のまち
    文豪ひしめく坂だらけの町の連作短編。 なんとなく気になって手に取った。 「隣りに座るという運命について」という短編に見覚えが。パラパラとめくってみると、案の定、他のアンソロジーで既読だった。 フェノロサや江戸川乱歩やら、最近読んだ作品絡みのお名前が次々と登場。 志桜里さん始め風変わりな人たちと、「風変わりな人たちと、書物がいろどる ガール・ミーツ・幽霊譚」とあるので、これは私もこの作品もしくら 誰かの何かに呼ばれたのかも、と思うことにした。 乱歩『D坂の殺人事件』の別解、遠藤周作『沈黙』の切支丹屋敷に埋まる骨が語ること、安部公房『鞄』を再現する男との邂逅。 個人的には十分楽しめた。 著者の『夢見る帝国図書館』が好きな人にはおススメ。
  • 2026年1月26日
    グロリアソサエテ
  • 2026年1月22日
    セヴン・ダイアルズ
    セヴン・ダイアルズ
    そろそろ読もう、と思っていたところ、 Netflixでのドラマ化配信 という誘惑。 迷った末にその誘惑に負け、先にそちらを観てから読んだ。 話の筋、犯人もわかっているのに微妙にドラマとは違う人物設定や状況に、 何がどうなっていくのだろう? もしや犯人はドラマとは違うの? という好奇心でページを進めた。 クリスティらしいドタバタ コミカルミステリなのだが、クリスティを読んでいる感じがしない不思議。 ドラマは 全くの別物、というわけではなかったけれど、違うもの、という感じだった。 基盤は同じなのだけれど。 ドラマはヘレナ・ボナム・カーターをどうにかして使いたかったのかな?ヘレナのために内容改編、という印象。ロレインの描写は全く逆だし、バンドルとジェリーの仲もなぜそういう関係にしたのだろう? やはり、原作は原作、だな。クリスティ作品の中では評価も質もあまりよくないみたいだけれど、私はドラマよりこちらの原作の方を断然評価する。 セヴン・ダイアルズの同志となったバンドルと、セヴン・ダイアルズそのもののその後の物語も読みたいと思うが…なさそうだ。残念。 残念だから同じ館で事件が起こり、バンドルやビルも登場するという未読の『チムニーズ館の秘密』も読もう。 バトル警視とケイタラム卿がほんわか良い味。
  • 2026年1月19日
    秘仏の扉
    秘仏の扉
    法隆寺夢殿・救世観音像。 廃仏毀釈。 二百年以上封じられた「秘仏の扉」を開けた、五人の男たちの物語。 その厨子を開き、対峙し、葛藤し、守る。 連作短編。 小川一真、九鬼隆一、フェノロサ、定朝、岡倉覚三。そして、最後に町田久成。これは構成の妙だと思う。 「流れ込んで来る人と文物の波の中で、かき消されることのない強さとは何か。これから先の千年、遺すために何を為すべきか」。 久成の言葉が感慨深い。 私はいまその千年の中にいる。一日本人として、守るべきもの、こととは。矜持とは。 ダメ男クズ男列伝、ではあったが、なぜか憎めない男たち。岡倉覚三(天心)の妻 基子ではないが「赦したというよりも、呆れ」る、「そういう人なんです」。フェノロサも、九鬼も。 救世観音始め、人物やら事件など、ネットで検索しながら照らし合わせて読んだ。チラッと登場して岡倉に強い言葉を放った黒田清輝にスカッとした。 久しぶりに、最後まで読み終えてからまた最初のページに戻った。
    秘仏の扉
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