

かおり
@6kaorin5
2025.07.24から はじめまして こんにちは♪
7月分からの記録。
読書メーターと併用しています。(7月以前のもの、約10年分はこちらに記録しています)
8月からnote始めました。
- 2026年6月27日
川のほとりに立つ者は寺地はるな読み終わった私の知っているあなたが本当のあなたとはかぎらないし、あなたの知っている私は本当の私ではないかもしれない。 この世の目に映るもの、知っているものすべてが、本来あるべき姿とはかぎらないのだ。 だとしたら、いったい何を信じるべきなのか。 私たちはあまりにも固定概念に縛られている。 「川のほとりに立つ者は、水底に沈む石の数を知り得ない」。 私たちは皆、川のほとりに立つ者だ。 こちら側からの風景だけに捕らわれず、向こう岸の風景も見よう。 そして、 あなたの明日がよい日でありますように。 私もそう心から口にできる人でありたいと思った。 - 2026年6月22日
草の花福永武彦読み終わった研ぎ澄まされた静かな世界、物語、なのだが、反面、汐見という人間の内面から溢れ出る狂おしいほどの愛と孤独の苦悩、葛藤がいい意味で騒がしい。 70年以上も前の作品だが全く古びない。 むしろいまの時代にこそマッチしているような。 二度の愛の挫折、と言っているが、はたしてどうなのだろう? やはり、汐見の唯一の愛の対象は藤木だったのではないかなと私は思っている。二冊めのノートである千枝子の章が如実にそれを物語っているように思う。 汐見の業は深いなぁ。 「愛されるより、愛したい」 KinKi Kidsのそれが終始脳内再生されていた。 - 2026年6月22日
ゲーテはすべてを言った鈴木結生読み終わった著者は2001年生まれ。 娘と同じ歳!? と絶句したのも束の間、著者のお写真を拝見し二度ビックリ!その姿が息子にそっくり。 家族で著者の姿や経歴に苦笑し、花が咲いた。 さておき。 そんな、まるで我が子のような親近感溢れる著者の作品は、しかし、我が子らとは似ても似つかぬ まさしく「文学」であり「学問」であり、そのテーゼを呈した作品。 ゲーテ云々、「すべてのものは共有である」。「言葉はどこまでいっても不便な道具です。使い慣れる、ということがない」。然先生の言動が響く。 正直、一読では理解も消化もしきれない。 第172回芥川賞受賞作。天晴!です。 日本よりも韓国で売れているらしい。 - 2026年6月2日
日暮れのあと小池真理子読み終わった生と死の狭間。と、微かに漂う日常に潜む狂気のような。 久しぶりに読む小池真理子作品は研ぎ澄まされ、削ぎ落とされた文章という印象を受けた。 削ぎ落とされた文章でもって描かれる著者特有の耽美さ。その向こう側にある生と、死と、そして性と。異世界的でありながらも例えばお隣りさんで起こった出来事のような不思議さ。 「アネモネ」などは現実でニュースになったような、起こり得たような話。 「夜の庭」は個人的に川端康成を感じ、全体的には著者作品『玉虫と十一の掌編小説』を思い出させた。 静かな、夜の向こう側のような短編集だった。 - 2026年6月2日
葬送 第一部 上平野啓一郎読んでる - 2026年6月2日
五月 その他の短篇アリ・スミス,岸本佐知子読み終わった風変わり、といえば風変わりな話の連なりなのだが、訳者があとがきでも言っているように、これは「理屈や予備知識」で読む作品ではないなぁ と。 「言葉と戯れるのが、たぶんいちばん正しい読み方なのだ」。 正しいかどうかはわからないが、理屈がどうこうではなく言葉と状況と空気感と、に 戯れる作品なのだと思う。 長編『秋』とはまた違う言葉の愉しみが癖になる。あちこちにいる「私」と「 あなた」がだんだん癖になり愛おしくなる。 12ヶ月、12の短編。「生きるということ」「五月」と「天国」「信じてほしい」あたりが好きかな。 - 2026年6月2日
口笛の上手な白雪姫小川洋子読み終わった8つの短編。 小さき、幼き、若い生命の奇跡や歩み。 並行してアリ・スミスの短編集も読んでいるのだが、どちらを読んでいるのかわからなくなることしばしば。似ている世界観。偏愛と生命と。 例えばアリ・スミスの短編集の中に小川洋子の「乳歯」が入っていても違和感はないかなぁと思ったり。 実は『妊娠カレンダー』と『完璧な病室』を発売当時、高校生だった頃に読んで以来、何十年ぶり?!の小川作品だったのだが、「赤ん坊にかかわる全てのことを、用心してやる」「十全な生命」という根底に流れるテーマが懐かしくも心地よかった。 - 2026年6月2日
ゆうべの食卓角田光代読み終わった『オレンジページ』で連載されていた短編集。 空いた時間にちょこちょこと。 何気なく心地よい11の食卓の風景。 自分とシンクロするからか「グラタンバトン」が好き。 「あの日があるから今日があって、今日があるからまたその先がある」、日々は連なりだ。 「変わることのほうがふつう」「それはちっともかなしいことではない。かなしいのは、むしろ、なかったことみたいに忘れてしまうことなのかも。」「かぎられた食事ならば、まずくてもいい、好きな人とできるだけたくさん食卓を囲みたい」「おいしいより、たのしいが私にはまさる」。 右に同じく。 - 2026年5月18日
本の読み方平野啓一郎読み終わった再読再読。 本は「先へ」ではなく、言葉の森を「奥へ」。 「感想は」「生きている限り、何度も更新されるもの」。 そして、モンテスキューの二十年。 などなど、今回付箋を貼ってみた箇所も、数年経てば剥がされるかもしれないし、また違う箇所に心が動くかもしれない。 前回は飛ばし、斜め読みしていたらしい三島の『金閣寺』と著者の『葬送』を精読したくなった。
- 2026年5月17日
燻る骨の香り千早茜読み終わった買った「執着」の意味。 「死してなお優雅な香りを漂わせようという人間の顕示欲のことだ」。 前作で朔の言っていた「正しい執着」とは「赦し」、の答え合わせができたような…? 香りシリーズの前日譚にして最終作。 二十代の朔、というより丹穂と真奈 姉妹の物語だが、その姉妹・一族の秘めた「嘘」と香りを通して知る朔の原点。 そこにはいない者の 薫り香って満たし、重く残る、執着。 そして、赦し。 まだその先の物語を読みたかったがシリーズ完結。『透明な夜の香り』からまた読み返してみたい。 以前は気づかなった朔の言葉の背景がわかるかもしれない。 - 2026年5月9日
ほろよい読書 おかわり一穂ミチ,奥田亜希子,朱野帰子,西條奈加,青山美智子読み終わった『ほろよい読書 おかわり』。 「おかわり」の文字に気づいたのは図書館から帰ってから。ということは一冊め(一杯め)があるのだろうが、今更感。 「お酒」をテーマにした短編アンソロジー。 「ほろよい」と謳うわりにはやや重め深めな味わいで良質な作品群。 西條奈加「タイムスリップ」が日本酒の蘊蓄も込みで好みの作品。 奥田亜希子、一穂ミチ、初読みだったが、いい感じにほろ酔い。 そして、内容的にはあまり好みではないし、お酒より牡蠣がフィーチャーされている感が否めないのだが、なぜか妙に一番残っているのが朱野帰子「オイスター・ウォーズ」。 - 2026年5月9日
とにかく散歩いたしましょう小川洋子読み終わった買った思った以上にポジティブで、 終わわずクスッとしがちなユーモラスな感じだけれど、哲学的な雰囲気も漂う。 文章はシンプル、端的丁寧、なのだが、ちょっとした一文を読むのにとても時間がかかってしまうことしばしば。同じ箇所を2〜3回行ったり来たりしてやっと飲み込めるというふがいなさ。 私の理解力の無さかもしれないが。 言葉の向こう側、を知る時間、というのかな。 表題作「とにかく散歩いたしましょう」のラブにロックオン。私も犬と生活しているのでね。涙。 外出してもすぐ「家に帰りたい」心情。私も同じことを母に言われたなぁ。 津村記久子さんの「解説」まで含めて、ほんのり柔らかく素敵な一冊。 - 2026年5月1日
- 2026年5月1日
日日雑記武田百合子読み終わったヒビザッキではなく、「日日雑記」は、ニチニチザッキと読むという。著者の娘で写真家 武田花が あとがきで触れていた。そのニチニチザッキの中で彼女はHと記されいる。 何気ない「ある日。」の連なりエッセイ。 日々の出来事、会った人、食べたもの。失くした人たち。 無駄のない魅力的な言葉たち。 研ぎ澄まされた、洗練された感性に文章。 才能だな、と思っていたが、先のあとがきに 「文章のたった一箇所の「てにをは」をどうするか、一晩中考えていた」「ことばには厳しかった母です」とあった。 徹底してこだわった人の言葉なのだ。 背筋が伸びる。 - 2026年5月1日
- 2026年3月28日
やりたいことが見つかる 世界の果てのカフェジョン・ストレルキー,鹿田昌美読み終わった書店へ行く度、レジ待ちの度、横に平積みされているので否が応でも気になっていた作品。 とうとう今回思いきって手にしてレジに並ぶ。 そうだとは思っていたけれど…小説のカタチを借りた自己啓発本。 思ったより、可もなく不可もなくな。 思ったより、フツー。(あくまでも私にとっては) 「人生は素晴らしい物語なんだ。ただ、ときどき自分が作者だということを忘れてしまう。私たちは何でも好きなように書けるのさ」。 right now! 結局は好きなことを好きなように、後回しせずに今すぐに、というね。 村上春樹みたい、という感想もよく見かけるが、シチュエーションが村上春樹風、ふう。 内容とは全く関係ないが、パイが食べたくなった。 - 2026年3月20日
イン・ザ・メガチャーチ朝井リョウ読み終わった「目の前の大切な人に対して自分を使い切る」。 いい意味で自分の中の様々な感情、意見、思いが 引き出され、煽られ、かき乱され、ぐちゃぐちゃにされた。 「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」。 世代も立場も異なる3つの3つの視点で語られる「操られる物語」。 澄香や すみちゃんほどの熱量もなく、積まないし、SNSも傍観、極めてゆるい推し活をしている私だが、それでも痛くしんどい物語だった。 何を信じ、何を信じないべき、なのか。 自分が恐ろしい世界にいる錯覚。 政治や宗教が絡んできた辺りは少々閉口したが、病み、我を見失い始める三人の臨場感は恐怖。じわじわと迫り来る怖さ。本人たちはむしろその境遇に自ら踏み込むという、恐怖。 「目の前の大切な人に対して自分を使い切る」、その言葉が痛切。見極めは大事。 今朝、タイムリーに Xでちゃみする のような布教postをしている地方住みの女子学生を見かけた。今までならスルーするようなpost。だが、今朝はそのpostを見て、読んで、複雑な気持ちになった。と同時に、どうかそれ以上その物語の深みにハマらないで!と思う自分がいた。そこで留まれ、と。 でも。 彼女には彼女の、狭めて行きたい物語やアイデンティティの確立なんかがあるのかもしれない。ちゃみするのように。
- 2026年3月19日
- 2026年3月12日
読み終わった社会で生きる自分、社会と繋がる自分。 自分らしく、ではなく、自分を生きるということ。 青山作品三作目。 いつもながらのそれぞれが微妙に繋がる連作短編。 人気作みたいだが…既読作品中、私としては本作が一番、ごめんなさい、でした。 悩み躓いている人たち。これからの人生を前向きに生きて行くがための人物描写だとは思うが、ニートな彼以外の人物たちのウダウダ感、煮え切らなさ、文句の言い様、というものが理解はできるのだけれど、私には合わず。イライラ。ザラついた印象。 前回読んだ『月の立つ林で』の方が筆致も内容も研ぎ澄まされていたかなぁ…と。 とはいえ、時々ホロリとさせられたり、前向きに生きてゆく姿勢にチカラを貰えたりはした。 - 2026年2月20日
貸本屋おせん高瀬乃一読み終わった文化年間の江戸は浅草。 両親を早くに失った本の虫、おせん。女だてらに貸本屋を営む。板木盗難や幽霊騒ぎ、幻の書物探し…様々な事件に巻き込まれ捕物帖的。 艶っぽい場面もわりとあり、描写や感覚が男性ぽいのだが著者は女性だった。 「うつつ善人も悪人も、同じ本を見て笑い悲しむ。ときに憤り、あきらめ、それでも次の丁をめくらずにはいられない」「一度読まれた本は忘れさられて、みな現に戻っていく。本なんて、そんなもんだ。だから、本を守らなければならない」。 本好きに時代もへったくれもない! おせんの物言いやキャラは好きではないが、箸休め的に読む時代物としては十分に楽しめるし続きも読む、と思う。 天涯孤独の少女ものにありがちな しなやかでたおやかなヒロイン像ではなく、おせんは逞しくて がらっぱち。さっぱりさを装いつつも、ある意味女を武器にしている風なところもチラホラ。サクッと読める軽めの時代小説。 正直、品はよろしくないかと😅 私の地元深川周辺の、馴染みある地名が飛び交うので、個人的には まぁ、それだけでも楽しいかな。
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