あなたとなら食べてもいい (新潮文庫)

35件の記録
- ぴ@mamamamama2026年1月4日読み終わった食にまつわるアンソロジー。 特に印象に残ったのは田中兆子「居酒屋むじな」。 最初は読みづらいなと思ったけど読み進めるにつれて印象が180度変わった。客から、姉からの視点それぞれの違いも面白かった。


サヤ@sayaemon2026年1月4日読み終わった生きていく限り、人は食を切り離せない だからこそ、人の数だけ「食との関わり」があり、その風景や本人の姿勢も十人十色 食にまつわる計7作の短編アンソロジーで、さくっと読める作品ばかり でも食の多幸感は意外と控えめで、シリアスな人生の途中に食が差し挟まれるといった印象が強いものが多い 最近よくある「美味しいもので心ほぐれて…」のような癒し展開を期待すると、思わぬ苦味に顔をしかめるかも (それだけリアルな人生を見つめているという証拠でもある) しっかり食をメインに据えた上で、お話として上手い、好きだと思ったのは「くろい豆」、「居酒屋むじな」 後者は読者が呑み屋好きかどうかで評価が違うかも 「ほねのおかし」も筋立ては面白かった 「アドバンテージ フォー」は、間違いなく美味しそうなコース料理の合間に、醜く浅はかな「女同士の見栄合戦(しかもかなり前時代的)」を延々と読まされる話 狙って構成したのかもしれないし、そうであれば大成功なのだけど、食べ終えた後=物語の後の虚無感が凄かった…正に外れのレストランを引いてしまった帰り道のよう


かおり@6kaorin52025年12月8日読み終わった借りてきた1日1話ずつ読んだ。 7人の作家による、食のある風景アンソロジー。 思ったよりもビターな作品が多かった。 「くろい豆」は安定の千早茜、ではあったけれど、 途中 井上荒野を読んでいる錯覚に陥った。あくまでも私的感想だけれども。 久しぶりに読む田中兆子の「居酒屋むじな」は滋味深い作品。哀愁と刹那と。描かれる風景と共に心に残る。アンソロジー中では1番よかったかも。 初読み作家では神田茜「サクラ」が好み。他作品への食指が少し動いたかな。 柚木麻子「ほねのおかし」は、苦手克服後だからか、すんなり喉を通り消化できてかなり好きな味。「わかったさん」「こまったさん」シリーズが懐かしかった。孤独死と思春期の罪悪感の対比が絶妙だった。




もめん@nono_200008142025年6月21日読み終わった千早さんと町田さんのお名前を見て、確実に良い本だと思い購入した本。出たばかりの時に買っていたけど、読むタイミングを逃し続けていた。 やっぱり千早さん×食べ物 はすごいし、他の作家さんたちのお話もとても良かった。 他の作家さんの、他の本も読んでみたい📖´-
🍻@far_away_2025年5月15日読み終わった食べ物が出てくる文章が好きで期待して読んだけどそんなに好みではなかった。千早茜さんの文章はめちゃくちゃ好きなのに結局男女の関係性の話で「どうでもいいな」と思ってしまう、悪い癖!この中では柚木麻子さんのところが好きでした 🔖 こうやって暮らしていく延長に、突然幕がすとんと落ちるように死が待っているとしたら、それはそれでとても楽なことのような気がする。誰にも会わずにレビューを方々に送信するだけの日々には、うずくまって泣き出したいような瞬間が何度も訪れる。誰かが私を見つけてくれないか、どんなにくだらない用事でもいいから、訪ねてきてくれないか、と祈るように思う。でも一方で、あらゆる人間関係やわずらわしさから離れてたゆたう毎日は穏やかといってもいい。職場が消滅する寸前、たまりにたまった組織の膿みが吹き出すかのような、永久に思い出したくない場面に何度も遭遇した。この人こそはと思っていた相手が、私のことを替えのきく装置の一つとしか見なしていなかったことも発覚した。情けないことに私はひどく傷ついて、もう誰からも傷つけられたくなくて、社会人になってからは忌み嫌っていたはずのこのマンションに、仕方なく逃げ込んだのだと思う。自分の意志で選び取った暮らしの延長にあるかもしれない終わりの形を、おおざっぱに悲劇とくくられることには抵抗がある。今一人で死んだら私の人生は失敗なわけ?じゃあ、どんな死に方をしたら勝者なわけ? p.205
しおり@Kaffee58882025年3月25日読み終わった幸せな香りがする、とは言えない作品たち。 そう、これは「あなたとなら」食べて「も」いい、のだ。(当てはまらない作品もあるけれど。) 私は食べるということは生きること、だと思っている。どんなに辛くてもお腹は空くし、ごはんを食べられる間は生きていられる。その食事が1人で暮らすようになって、だんだんおろそかになる。それは自分を雑に扱うことと同じ。誰かと一緒にごはんを食べるのがおいしかった日々が愛おしい。たまには誰かを誘ってみようかな。 この作品たちはたまにちょっとだけ後味が悪い。それでも食べちゃう(読んじゃう)。ただの日常の延長にある普遍的な食事の話だから何も起こらないのは当たり前なのだ。だから、これを読む時はなーんも考えたくない時とかをお勧めする。

































