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おさとうトマト
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@fptoma
好きなものを読むしゃちく。
  • 2026年4月24日
    地図と拳 上
    大作が読みたいなと思って購入。積読がたくさんあるけれど気にしない……。満州を舞台にした、史実とフィクションを織り交ぜた作品。ということで、アヘン戦争から第二次世界大戦あたりの歴史も復習しながら読む。 シンプルな文章が積み上がって物語になっていく感覚がある。
  • 2026年4月20日
    星の古記録
    星の古記録
    現代の数理天文学を用いれば、日月惑星などの位置または運行の状態は、古代にさかのぼって推算することができる。これを古天文学と筆者は名付け、日本と中国の古典書物を中心に、天文関連の記述の正誤を確かめていく。正しいものを見つければ、当時の人々が星を眺めてその運行に一喜一憂したであろうことを想像する。でも、明らかにでっちあげたと思われるものもある。『漢書』によると、紀元前200年頃に五惑星が集合したとする記載があるが、実際に計算にするとそれはあり得ない。『「どうせ後世になったらわかるものか」と高をくくって』などと言って、その事実を指摘している著者の書きぶりが面白い。漢の時代の執筆者も2000年の時を超えて、でっちあげを指摘されるだなんて思っていなかっただろうに。 本書の後半では古天文学というよりは、過去の天文現象の紹介や、それを記録した人々の奔走した様子が記されている。今ほど交通網が発達しておらず、天文に関する知識も乏しい時代、それこそ人生をかけて理論を構築し、証明するために世界規模で天体の移り変わりを記録していく。そんな先人たちの蓄積があって、その延長線に本書があるんだなとしみじみ思うなどする。
  • 2026年4月19日
    君のクイズ
    クイズの問題文が読み上げれないにも関わらず正解する「ゼロ文字解答」。一見するとあり得ないこの状況により、クイズ番組の優勝を逃してしまった主人公は、対戦相手がなぜゼロ文字解答を行うことができたのか、番組を振り返りながらその謎を解こうとする。自分の人生や相手の人物像、そしてクイズとは何かという問いに向き合いながら思考をめぐらせていく。 手がかりをもとに思考を展開させる様は、まさに推理小説。他の本の息抜きに読み始めたにも関わらず、いつの間にか読み終えていた。クイズから始まり、気づけば知識や人生のことまで豊かな文章で表現されていて、作者の言語化能力に脱帽しきりである。「金網」の表現とかすごい。
  • 2026年4月18日
    八木重吉詩集
    八木重吉詩集
    地元町田出身の詩人・八木重吉の作品から精選した詩集。2025年に刊行されたものの、行く書店すべて在庫がなく、かといってネットで購入するのも味気なくてどうしたもんかと思っていたら、三省堂書店神田神保町本店にて発見。さすが、本の街の大型書店。古本博覧会の日に出会えるのめちゃくちゃ嬉しい。大切に読もう。 それにしても、リニューアルオープンした三省堂書店本店、回遊型の水族館みたい。ジャンル分けされた本棚の間をぐるぐる回り続けていたら、時間が一瞬で過ぎ去っていく。そういえば、『夜は短し歩けよ乙女』でも、古本市に夢中になっている人を深海魚になぞらえていた。本が好きな人はみんな、本棚や古本が陳列されたワゴンの間を泳ぎながら過ごしているのかもしれない。
  • 2026年4月18日
    頭の洗濯
    神保町で開催された「全ニッポン古本博覧会 in 千代田のさくらまつり」で購入。ものすごい人であふれかえっており、ワゴンを見るのもままならない状態で、人をかきわけしてようやく手に取った一冊。ずっとネガティブにぐるぐるとものを考えてしまう癖があるので、頭をきれいさっぱり洗濯できたらいいな~、なんて軽い気持ちで開いたら、冒頭の「初めに一言」から面白い。働き続けて雑音にさらされた頭をそのままにしていると狂ってしまうから、たまにはいつもと違うことに使ってみて洗濯をする、そんな感じでこの文章を書こうと思う、という所感である。わかる、頭の洗濯、したい。 調べてみたら、著者の吉田健一は吉田茂の息子で英文学者だという。神保町で出会わなかったら知らなかった。そんな偶然の出会いが楽しいので、どんなに混んでいても古書祭りに足を運んでしまうんだよな。
  • 2026年4月16日
    星の古記録
    星の古記録
    ちょっと前、岩波書店が本書を復刊したというX投稿を見て購入。十数年の絶版を経て復刊、その後、重版を重ねたという。本は時を超えるんだなぁ。 天文学の理論を用いて、歴史書や古書に綴られた当時の天文学現象を解き明かそうとする。科学と歴史とが重なる、知性を感じる一冊。
  • 2026年4月16日
    そして誰もいなくなった
    そして誰もいなくなった
    孤島に集められた10人が、マザーグースの歌詞になぞらえて一人ずつ殺されていく。残った最後の一人が犯人?相互監視の状態で殺人を重ねていくトリックは?そしてタイトルの意味とは?さまざまな謎が絡みって進んでいく。登場人物が多いので、それぞれの特徴を把握するまでに時間がかかったが、それを乗り越えるとどんどんページが進む。後世のミステリー作品に多大な影響を与えたことが分かる一冊だった(青酸カリをなめるシーンでは、見た目は子ども頭脳は大人の小学生探偵がどうしても思い浮かんだ)。 恐怖に怯える者、自分だけは大丈夫だと見くびる者、ひとりずつ消えて、そして誰もいなくなる。迷宮に迷い込むようなストーリー展開が見事だった。最後の告白文を読み、犯人の異常な心理的欲求に基づいてその命さえもトリックに組み込まれたら、それは被害者たちはどうしようもできないよな……と思うなどする。
  • 2026年4月15日
    本なら売るほど 3
    読めるならより多くの本が読みたいし、置けるのなら好きな本すべてを本棚に並べたい。ただ、読み進めるペースは早くはないし、我が家の本棚にも限界がある。 「十月堂で本を買ってくれるお客さんが それぞれの本棚を作ってくれることで “俺の”本棚も無限に広がっていく気がしてるんです」という店主の台詞、すごくありがたい。たくさんの本あふれた世界で、いろんな書店を経由して私の手元にやってきた本たちは、無限に広がる本棚の一角を形成していて、私の手元から離れて行った本ももしかしたら、誰かの本棚ですてきな輝きを放っているかもしれない。だからこそ、本を捨てるのは難しい。あらためて、今作3巻の16話と17話を続けて読めるのすごくいいな……。
  • 2026年4月8日
    そして誰もいなくなった
    そして誰もいなくなった
    『言語化するための小説思考』を読んで、過去の名作ミステリーを読もうと一大決心。読書が趣味とか言っておきながら、恥ずかしながら開いたことすらなかった。名作と呼ばれるゆえんをこの目で確かめるのだ。 それにしても『そして誰もいなくなった』というタイトル、何度でも声に出したくなるな。
  • 2026年4月7日
    言語化するための小説思考
    爆速で読み終わった。 作者は「小説はコミュニケーション」という考えのもと、その面白さは書き手の認知の質と、それを文章に圧縮する技術の掛け算によって決まると語る。その思考を体現している本書は、ありとあらゆる言語化のための本と言っても過言ではない。「小説とは何か」を問い続ける著者の認知がぎゅっと圧縮された文章を読み、そしてそれを「面白い」と思う。読んで体験して「分からせ」られている感覚がする。そりゃ爆速で読み終わるってもんよ。 私はとある会社で広報の仕事をしているのだが、ニュースリリースの内容を盛りに盛りたがる偉い人たちに、ぜひこの本を読んでもらいたい。受け取る読者のことをきちんと想定しているか?通りがかりの読者に情報過多の文章を見せていくのは、まったくのコミュニケーション不全ではないか?声を大にして伝えたい。
  • 2026年4月6日
    ローワライ(1)
    聴覚障害者の主人公とゴリラ系ヤンキーが、お笑いコンビを結成する物語。コンビ名は聾とお笑いで「ローワライ」。 とにかくマンガとしてめちゃくちゃ面白い。爆速でマンガが進んでいく。主人公たちの漫才もボケとツッコミの応酬が楽しすぎて、読みながら笑い声が漏れる。 主人公の「分からんくても伝えようとしてくれる人がおるだけで 楽しいことが聞こえてきそうや」という言葉が良い。人と人とのコミュニケーションって伝えたい情報や感情があって、はじめて成立するものだと改めて思う。しみじみとそんなことを思いつつ、該当シーンの絵面のヤバさにまた笑いがこぼれるのである。
  • 2026年4月5日
    言語化するための小説思考
    相模原市立博物館の帰りに購入。最近、物語を読んで、読み終わったら新書などの教養本を読んで、また物語を読んで……というルーティンが確立しつつある。メリハリがあって読書が進む気がする。 さて、我が家の積読が無事に解消したので、発売当初から気になっていた本書をようやく購入。「小説国の法律について」「知らない世界の話について堂々と語る方法」など、目次がすでに面白い。
  • 2026年4月5日
    ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿(1)
    老令嬢と召使いのバディものミステリー。第一次世界大戦前のイギリス、ハレー彗星、密室殺人と面白そうな要素に加え、角川のリリースに期待を膨らませてみたものの、読後感はふつう。まぁ、せやろな、という感じ。あのリリースを読んでいるか否かで、感想は結構変わってくるかもしれない。期待値が高すぎてしまった。 居丈高な老令嬢のキャラクターと、主人公である従僕との関係性が良かった。作者曰く続編がある予定らしいので、ふたりに会いたくなったら読んでみるかもしれない。
  • 2026年3月22日
    ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿(1)
    「面白すぎて発売前に14ヵ国が版権取得!!」にまんまと乗せられてしまった。KADOGAWAのリリース宣伝文句がうますぎる。悔しい。ページターナーとフーダニットという言葉をこの宣伝ではじめて知った。 舞台は1900年代前半のイギリス。ハレー彗星が地球に接近した夜に起こった殺人事件、老令嬢と召使はどう解決するのだろうか。
  • 2026年3月21日
    はじめてのクラシック音楽
    「入門書。これほど空しい本はありません。」からはじまるクラシック入門書。どういうことやねん。 入門書というと、幅広い領域をカバーしあまり著者の感想などを書きすぎず、誰にとってもまるい本という印象だったのだが、冒頭の言葉の通り、それを良しとしない著者が書いたものなのでかえって面白い。皮肉の効いた主観的な文章で、クラシックとの向きあい方や音楽家たちの紹介が綴られていく。 明るく明快な曲よりも、抽象的・情緒的で奥行きのある音楽が好きだという著者の感性が、さらっと一読するだけでもうかがえる。深みのない派手さを重視する音楽には辛辣で、カラヤンという指揮者のことが大嫌い。こんなに主観をあらわにした入門書で逆に大丈夫なのか心配になるレベル。 でも、何かに興味をもつきっかけ、いわゆる沼るきっかけって、本当にその分野が大好きな人のひとり語りであることが多い。逆に布教用の綺麗な言葉を並べられても、するっと流れて終わってしまう。クラシック好きなおじさんの皮肉たっぷりの話を聞いていたら、いつのまにか興味をそそられていた。あの作曲家の人の曲を聴いてみようかな、この人の指揮する演奏ってどんなだろうか、と自然に思えてしまう。かえって入門書としてふさわしい一冊なのかも……しれない。
  • 2026年3月19日
    シテの花ー能楽師・葉賀琥太朗の咲き方ー(5)
    シテの花ー能楽師・葉賀琥太朗の咲き方ー(5)
    錬成会という名の五番勝負が開幕。いわゆる脇役という登場人物に対しても、その人の特性や心の奥にある感情を丁寧に拾って、能の演目と結びつけて、そして勝負としての面白さも演出する。鬼気迫る舞も軽やかな謡も、場面に合わせた筆致で描かれていて見応えがすごい。マンガの表現を最大限に活かしていて、最新巻を読むたびに感服してしまう。全世界の人が読んでくれないかな。
  • 2026年3月19日
    はじめてのクラシック音楽
    NHKクラシックを読書のおともにしている。ラジオから流れる多様な曲を聴いているうちに、知識を深めたい欲がわいてきた。というわけで、『はじめてのクラシック音楽』。ゆるゆるとクラシックの世界を散策するつもりで読んでいく。
  • 2026年3月17日
    イン・ザ・メガチャーチ
    暴走列車に乗車したと思ったら、いつの間にか振り落とされていたという読後感だった。人とのつながりや自己実現に飢えた人たちが、ファンダム経済(またはメガチャーチ)の中で何かにのめり込んでいく様子がノンストップで綴られていく。 ひとつの情報から拡大解釈をして感情を突き動かしていく人たちが信者になる。一方で、その情報発信源となる人はどんどん搾取されていくのだろうか。作中に登場したアイドルは心を病んでしまい、それすらも信者たちを突き動かすための物語にされた。同情する部分もあるけれど、ほぼ初対面のおじさんにメイクを勧め、一緒に買い物に行くことを提案できる距離感のバグりように違和感もある。そういった他者の心の拠り所となり得てしまう共感性が、他者からの依存度を高めてしまうのだろうか。 視野の広さ/狭さに言及する場面が何度も登場するが、そこには自分と他者の境界を曖昧にする怖さがあり、同時にほのぐらい多幸感がある。他者の物語に依存していく危うさをまざまざと見せつけられた気がする。
  • 2026年3月12日
    イン・ザ・メガチャーチ
    「読み始めた」のタグを設定しつつも、実はもう3分の2以上を読み終えている。とある性質をもつ3人の人間を、現代社会の宗教的推し活の世界に放り込んで、どうなるかモニタリングしているような気分。文章はすごく主観的なのに、客観的というか他人事のように読み進める。なんだこの本は。
  • 2026年3月12日
    中動態の世界
    中動態の世界
    古代の世界で使用されていた文法「中動態」を起点に、能動態・受動態の定義を捉えなおしながら、「私がなにごとかをなす」ということを分析していく哲学書。 先人たちの言語学と哲学の研究を紐解きながら、丁寧に中動態を解釈していくさまに感嘆しかない。前提となる情報で土台を作って、論理をひとつひとつ積み上げて、中動態とはいったいなんなのかを紐解いていく。その過程はまるで、強固な城を建設しているような印象。言葉の意味を的確に拾っていかないと、著者の言わんとしていることについていけなくなるので、辞書をお供に読み進める。哲学は言葉のひとつひとつの意味を大切にする学問であることを実感する。 能動態と受動態の区別は、主語が動詞によって示される過程の外/内のどちらにあるかで定義され、主語の内に位置づけられるのが中動態である。ざっくり解釈すると、自分の行動の行き先の矢印が自分に向かっているのが中動態、というイメージをもった。その前提でスピノザの唱える能動・受動の概念を考えていくプロセスが、難しいけれど面白い。刺激を受けたうえで生じる行動が、自分の本質的な行為か、それとも外部からの刺激に圧倒された本質的でない行為か。行為の質の差で能動・受動であるかを考える。すると、冒頭で登場した「プロローグ――ある対話」の見え方が変わってくる。「暇と退屈の倫理学」でも思ったけれど、著者の國分先生の本は、言葉や文章を追いかけていたら、いつの間にか見える世界が少しだけ変わっている感じがする。時間がかかったけれど読み終えることができて良かったし、読み終えた自分にすこし自信がついた気がする一冊だった。
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