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久保みのり|書店よむにわ
久保みのり|書店よむにわ
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@kubomisan
本屋
  • 2026年4月9日
    資本主義を半分捨てる
  • 2026年4月9日
  • 2026年4月8日
    この世にたやすい仕事はない
    『ふつうの人が小説家として生活していくには』(夏葉社)を読んで気になっていたところ、ububookstoreさんで見つけて即買い。とても満ち足りた読後感。これぞ小説、という感動。 『ODP』という刺繍の入った緑色のつなぎの作業着を着た男性で、入園ゲートの所で私を待ってくれていた。ODPとは、『Obayashi DaishinrinPark』の略称であると思われる。大森林、は、ビッグフォレスト、とかじゃないんだ、というのがなんだか味な感じがする。(p.322) こういう、自分も日常心の中で「ん?」と思ったようなことをさらっとさらっと入れて物語をつくることができるのが、ほんとうにすごいと思う。起承転結に必要ではないけれど、人が動いて完成する物語なのだから、こういう描写があると奥行きが出るのだ。いやあ、すごい。良い小説やった。
  • 2026年4月7日
  • 2026年4月7日
    芸術新潮 2026年 1月号
    芸術新潮 2026年 1月号
  • 2026年4月6日
    これより先には入れません
    これより先には入れません
    ひ〜!おもしろかった!無策で挑んだ瞬間打ち鳴らされる太鼓。テンポが良いし谷川さんらしいし笑ってしまった。木下さんもさすが。何度も読み返したい。
  • 2026年4月6日
    贅沢と欲望の経営史
  • 2026年4月5日
  • 2026年4月4日
    BOXBOXBOXBOX
    BOXBOXBOXBOX
    宅配所で箱を仕分ける労働に関わる4人の話。4人だからBOXBOXBOXBOXなのか。気味の悪い装丁に惹かれて買った。内容も、夢か現実かわからなくなる混濁した描写があって気味が悪かった。インパクトがあって今後どういう作品を書かれるのか気になるけど、もうちょっと4人のキャラクターが読者に馴染むようなストーリーがあっても良かったのかな、とか。いやでも、人間ドラマみたいなのはこの本には必要ないのか?
  • 2026年4月3日
    粉瘤息子都落ち択
  • 2026年4月2日
    そいつはほんとに敵なのか
    先日のこと。イベントに持っていく本を箱に詰めたら、かなりの大荷物になってしまった。見かねた義母が車で会場まで送ってくれた。いつも、こうして助けられている。 だが、車中でガソリン価格の話から、政治の話題に及んだとき。私が現政権への批判を口にすると、思いがけない言葉が返ってきた。 「このままじゃ中国と韓国に日本が乗っ取られるから。ビシッと物を言える人が必要なのよ。高市さんは本当に頑張ってる」 一瞬で、頭に血が上った。 「何を根拠に」「その支持が、あなたが愛する子や孫の未来をどう変えるか分かっているのか」……喉元まで出かかった言葉を飲み込む。無知を糾弾し、排外思想で瞬間気持ちよくなっても日々の不満は改善されないと正論を突きつけたい。私の凶暴性が身体に満ち満ちた。 けれど結局口から出たのは「中国や韓国は嫌なのに、アメリカに都合よく使われるのは問題ないんですか」という、精一杯抑え込んだトーンの反論だけ。義母は「それは嫌やけど……」と口ごもり、会話は途絶えた。 *** ——義母は、紛れもなく「善い人」だ。 産後、心身ともにボロボロだった私に「お疲れ様」と一番欲しい言葉をくれたのは彼女だった。娘の夜泣きに心が折れそうになったとき、真っ先に抱っこを代わってくれた、とても温かい人なんだ。 それなのに。同じ人の口から「中国や韓国に日本が支配される」とか「外国人を優遇しすぎ」といった排外的な言葉が漏れてくる。とても辛い。 だから私はこの本を読み、そこにある言葉を噛み締めた。 「どんな場所だって、「誰の場所でもない」と心のどこかで思っていたほうが、じつは健全で、風通しよくいられるんじゃないだろうか。」p.70 境界線を引いて「ここは自分たちの場所だ」と固執することは、人を頑なにする。義母を突き動かしているのは、大切な居場所を奪われることへの「恐怖」なのかもしれない。そして、そんな義母に怯える私自身も<いま・ここ>に固執しているのかもしれない。 とはいえ、政治的選択の根っこに差別があるのだとしたら許容できない。「加害と被害」の歴史から目を背け被害者のふりをして迫害をしてはいけないし、その認識や態度を次世代に繋いでいく責任がある。これだけは、絶対に譲れない。 けれど、ほんとのほんとに、義母は「敵」なんだろうか。 碇さんは安易な和解を勧めているわけじゃない。相容れない他者と隣り合わせで生きる「居心地の悪さ」は「もっと濃密なコミュニケーションを取りたい」という欲求の裏返しなのかも——というように、凝り固まった思考をほぐしてくれる。 だから、私だって何かに“乗っかっている”だけかもしれないと思えた。義母に確固たる思想があるのかはわからない。義母だって、実体のない不安から“乗っかっている”だけなのかもしれない。 「「わからない」という共通認識からふたりの関係を始めることができるなら、わたしはその希望に賭けたいと思った」p.112 幸いなことに、私は義母が「善い人」であることはわかっている。だから、排外的な発言が「わからない」ということだ。この「わからない」宙吊り状態のまま、彼女の隣に座り続けてみようと思う。コミュニケーションを取り続けてみようと思う。 「サナ活していること」を記号的に受け止めて一個人を忌み嫌う——これも一つの排外的態度だから。連帯と排斥のあいだにも何かあるはず。 正論で誰かを叩きのめしたくなったとき。あるいは、身近な誰かとの分断に絶望しそうになったとき。この本は、あなたが振り上げた拳を、そっと下ろしてくれるにちがいない。
  • 2026年4月2日
    We are connected
  • 2026年4月1日
    谷川俊太郎の日本語
    読書会2026/4/2
  • 2026年4月1日
    激しく煌めく短い命
  • 2026年3月31日
  • 2026年3月31日
    自分以外全員他人
  • 2026年3月31日
    書を捨てよ、町へ出よう
  • 2026年3月31日
    終わりなき対話 -やさしさを教えてほしいー
  • 2026年3月29日
  • 2026年3月28日
    「壇蜜」(2)
    「壇蜜」(2)
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