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@penguin
本の感想を書く時にちゃんとまとめようとしすぎるところがあって、もう肩肘張りたくない!という強い気持ちがあります。なのでできるだけ適当に運用します。頑張ります。
- 2025年8月26日急に具合が悪くなる宮野真生子,磯野真穂読んでる第6便から第8便まで。 「100パーセント患者」と「0パーセント患者」の2つのフェーズを使い分けていたのが、病が進行してくるとフェーズが衝突することが増えてくる(楽しく友達とお酒を飲む約束をしようとしていたのに、吐き気があったり、ひどい痛みに襲われることがあることを伝えたほうがいいか迷う、など)。そうすると会話が患者本人と患者の関係者、のものとして固定され、ぎこちなくなってくる。(p137) 引き続きマイノリティの話に置き換えながら読んでいるが、これは友達とかのレベルではマイノリティでも起こるなと思う。ただ、パートナーのような親しい人との間では起こりにくい(それも属性によるだろうが)ので、この点は病気というその人の身体で起こる固有性ならではかもしれない。 それに対する7便での磯野さんの返信。「お大事に」などの定型が使えなくなっていって、どんな言葉なら相手を傷つけないのか、傷つけた事実によって自分が傷を負うのを避けられるのかを考え、言葉につまる。その結果、言葉がどんどん硬直していき、「相互虚偽」と呼ばれる状態に陥っていく。(p148) そう、こういう硬直したやりとりを超えていく方法を自分は模索しているんだよな…!時々それこそが正しいコミュニケーションのように語られるけど、やっぱり抗っていきたいと思った。 8便以降は「死」というこの対話にとって本丸となる話に入っていく。続きを読むのが楽しみであり、同時に怖くもある
- 2025年8月24日急に具合が悪くなる宮野真生子,磯野真穂何度も手に取ろうとしたがなぜか見送り続けていた一冊。自分の関心領域であるクィアやマイノリティの話に引き寄せつつ読んでいるが、第5便の宮野さんの不幸と不運のお話がズバリだった。(「患者」を任意に入れ替える) "一方で、不運に打ちのめされ、提示された原因を前に理不尽を受け入れて、一〇〇パーセント患者になる人びともいます。(中略) でも、その物語に従うことは、自分の存在を「患者」という役割で固定することにもつながっているんじゃないでしょうか。そのとき、人は自分の人生を手放すことになります。"p116 理不尽な社会構造はある、しかし個人が主体的に変えていける部分もある。それを自己責任論のように単純に切り捨てないこと
- 2025年8月23日急に具合が悪くなる宮野真生子,磯野真穂
- 2025年8月23日カウンセリングの実際河合俊雄,河合隼雄東畑開人さんの『カウンセリングとは何か』がもうすぐ出るので心理療法まわりの本を色々読んでいる。その中でブックオフで見つけた本。 P56〜、明らかに問題解決が見込めない悩みでカウンセリングに来たクライエントにどう対応するか、の話が面白い。知的障害の子どもがいる、事故で手を失った、などが例で挙げられている。 この時、話を聞いているとまず自分の状況への恨みが語られ、引き続き耳を傾けていると今度は嬉しさや感謝が語られはじめる。幸福を見出しはじめる。しかしそれで解決、おしまいというのではなく、もう少しつづけていくと、また同じ嘆きに戻っていく。 人の悩みは簡単には解決しない。でもカウンセリングで得た経験や洞察には意味がある。その繰り返しで人格が深まっていく
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