踊り場に立ち尽くす君と日比谷で陽に焼かれる君
194件の記録
そら@chiaki91y2026年2月5日読み終わった三宅さんがYouTubeで語ってたから買った気がする。 作家のエッセイって最後まで読んだことほぼ無いんだけど、金原さんの無我夢中で生きてきた記録の欠片を読んで、なんか自分を肯定される気持ちになった。 こんなに赤裸々に我武者羅に心の部分を見せてくれるのは安心する。心に振り回されて馬鹿なことして絶望してるのって自分だけじゃないんだなって。 牡蠣食べたくなってつい頼んじゃった笑 金原ひとみ作品全部読みたい。



あさだ@asadadane2026年2月5日読み終わったエッセイ小説どれがエッセイでどれが小説なのか判然とせず、全て事実と言われてもフィクションと言われても「そうか…」と思わせる筆力と金原さんご自身の魅力がある 他人には簡単に計り知れないであろう辛い環境の中で、本を読み・書くことで繋いできた命 傍らに本がいてくれて良かった、そして金原さんを私たちに出逢わせてくれてありがとうという気持ち
- 綾鷹@ayataka2026年2月4日憤怒、怠惰、情欲、憎悪、自己嫌悪、孤独... 隠したくなるような感情が本の中に溢れている。 こんなに感情でいっぱいのエッセイは初めてだ。 金原ひとみさんの文章の中に諦めと希望が入り混じっていて、過激な言葉で心が落ち着き、自己嫌悪の気持ちが薄らいでいく不思議さ。 YABUNONAKAは金原ひとみさんの実体験から着想を得ているのかな。 これ程の苦しみを創作に転化できるなんて尊敬する。 ・それは十四歳くらいの頃に、「自分はこういう人間だ」と認識した自分からあまり変わっていない。世間的、社会的なものに適応できず、あらゆるものが許せなくて、しかし己自身は空虚かつ軽海で、夜型で、小説を読むことと書くことでのみ息ができて、欲望や衝動に振り回される愚かな人間だ。 ・もう何年も直視していないはずのシルコの目は、今にも飛び出したり、ふわりと異様な色彩を放ったりしそうだった。そして、母と一緒の時、驚くほど残酷になれていた自分を思い出した。まだ年端もいかぬ子供のように残酷に人を傷つけ、むしろ相手を傷つける事に興奮するような嫌らしさまであり、子供と違っているのは、その時の事をあまり良い気分で思い出していないという所だけだった。私は、シルコに残酷になり、意地悪をして、悪意を割き出しにしていた自分を思い出して身震いするような正体の分からない恐怖を感じ、吐き気すら催したのだ。しかし母を目の前にして意地悪をしないなんて、その時の私には出来なかった、という諦めの気持ちもあるので罪悪感には読まれないものの、やはり良い気分ではなかった。母にだけあれほど残酷になれるのは、私が母の子供だからなのだろうか。そんなはずはない。私はもうとうの昔にシルコの子供である事を止め、完全な人間となったのだ。あれは私とはもう関係のないシルコなのだ。 ・こちらを子供扱いしているかのような口調に、不意に体が軽くなった。社会も、周囲の人々も、大人である事を強要する。二十代半ばにもなってそういう当然の事がとてつもなく辛くて、本当は全ての責任から逃げ出したくて、でも逃げられないという事は自分自身も大人としての責任を認めているのだろう。誰かにスポイルされたい。 甘やかして甘やかして、駄目にして欲しい。私から、自立心という泥水を抽出して、どろどろの砂糖水で私の自由を奪って欲しい。ねっとりとした砂糖水で髪の毛の先までべとべとになっている自分を想像すると、鳥肌が立ち、うっとりとする。もう長らく、私の欲望は満たされていない。満たされない状況に甘んじていくのが大人だというなら、大人になんてなりたくない。十代の頃は脳から直で口に出来たその悩みが今はもうとても口に出来ない。 ・お迎え。コンビニに寄ると、「お菓子一つ。ジュース一つ」娘は自分からそう言って、お菓子とジュースを一つずつ選んだ。充実感と共に虚しさが募る。二人目が生まれたら、私とこの子の関係性は変わるだろう。私たちは三年半、二人で過ごした膨大な時間の中で培ってきた関係性を、お腹の子の誕生によって失うだろう。偉いね、ちゃんと一つずつにできたねと、娘と手を繋いで歩きながら、私は残り僅かとなった二人の時間をどうやって過ごすべきか考えていた。 ・生きることは、謎という海に身を投げ出すことだ。赤ん坊は訳のわからない世界に泣きわめき、言葉を操るようになると何故どうしてとたくさんの質問を親に投げかける。思春期になれば何故どうしてでは答えの出ない疑問に苦しみ、社会人となりいわゆる大人になっても、人にものを教える立場についたり、子供を持ったりしても、人は漠とした不安と疑問を抱え続ける。読書というのは、そんな果てしない謎の中に生きる自分自身と向き合う行為ではないだろうか。謎を解くため、答えを探すため、そして何よりも謎の中に生きる自分の輪郭をしかと見極めるため、人は本を読むのではないだろうか。 ・黙って本の文字を目で追う人が何故あんなにも美しいのか、それは彼らが何よりもその間、この世のあらゆるものから自立し、一人で謎と対峙しているからだろう。 作家別に模様を変えた、革装の本の群れを見ながら、人の本棚を見る時に湧き上がる緊張感と罪悪感と共に、シャネルはそこに何を黙視していたのだろうと思いを馳せずにはいられなかった。 ・原発事故の時にも同じような分断が生じたし、パリ同時多発テロの時にも外出を控える派と気にしない派でくっきりと違いが表れた。人はあらゆる非常事態に於いて、その生き様を露わにする。私たちは今、人を、自分自身を見極める機会を与えられているとも言える。何を大切と思うのか、何を掬い上げ、何を切り捨てるのか、あるいはなぜ自分は何も掬い上げられないのか、なぜ何も切り捨てられないのかを。 ・それは泥臭いことを馬鹿にして軽蔑して忌み嫌ってきた私が、怯えながら地べたを這いつくばり泥を噛み潰し無理やり飲み込み続けるような時間だったと言っても過言ではない。そうして身を削るような育児を経て、長女が自分とは全く違うメンタリティを持った人間に成長し、私とは全く違う思春期を送り、私とは全く違うものを大切に思い、時々好きな曲を勧めてくれるという事実が、最近染みる。 この人に出会わなければこの小説は生まれなかった。私の小説には、必ずそう思う人が一人はいる。そして私の著作の何冊かは、長女がいなければ生まれなかったものに違いなかった。否定も肯定もなく、すぐそこに自分とかけ離れた他者が存在するという事実に、私はどれだけ苦しみ、どれだけ救われてきたか分からない。 ・断捨離、結構捨てたのと聞くと、今回は思い切ったと言う。フランスで知り合って以来定期的に飲んでいるAは、来年初めにカナダに行く。悲しいなとため息混じりにこぼすと、夏とかに一ヶ月くらい遊びにおいでよと無茶を言う。私より先にフランスから本婦国をした時も、彼女は全然悲しくなさそうだった。二軒目でオレンジワインとクラフトビール。私再来月仕事辞めるからそしたらめっちゃ飲もうよとやはり彼女は楽しそうだ。悲しみは、行く先がないと元々そんなものなかったような気がするところがいい。 ・四十を過ぎた今も、自分は幼い頃からあまり変わっていない。小説を読む。小説を書く。今もこの二つによって世界を把握しようとしているし、社会を考えているし、理解できない他者について考えているし、そうしながら同時に自分自身のことも合わせ鏡のように考えている。この世に小説がなかったら、私は無思考でただ生きづらさに悶えながら生き続けていたか、生きづらさと和解して死んでいたかのどちらかだっただろう。 もちろん、音楽に救われたこともある。映画にも。毎日飲み続けた抗らつ剤安定剤眠剤でも一向に救えなかった精神を一枚のEPで救ってくれたバンドもあるし、BGMのように一本の映画を流し続けることでやり過ごせた、破滅と隣り合わせの期間もあった。でも、自分には小説が一番チューニングが合っている、という感じがする。 この世界を生きるために何か一つ武器を選びなさいと言われたら、自分には小説しかないだろうな、という感じ。 ・「あれはなんだったんだろうって思う。生活の心配もないし、仕事も恋愛もしてなかったのに、子供時代が人生の中で一番苦しかった」 二人で飲みに行った時、幼い頃のことをこんな風に語ると、「子供が合わない子供っているんだよ」と父親は答えた。確かに、当時の自分は、合わない型に押し込められるような窮屈さと痛み、押し込めようとする社会や世間への怒りと憎しみ、これらを共有できる相手のいない悲しみと孤立感を幼い体にパンパンに詰め込んでいた。 ・何か賞を受賞しても、新人賞の選考委員なんかをやっても、子供の課題や遅い帰りを心配しても、友達と居酒屋で騒いでいても、ちょっといいレストランで「カルダモンの香りがする」とか言っていても、ライブで叫びながら飛び跳ねていても、普通に生きているような顔でテレビや雑誌のインタビューを受けていても、あの時の非常階段で泣きながら消えたすぎて戦慄いていた自分と地続きのところに私はいるんだという意識が、どこかにある。多分、内容物は何も変わっていない。潰れたり丸まったり伸びたり曲がったりして形が変わることはあっても、中身の配合は絶望三割伝えたい二割壊したい一割愛したい愛されたい二割ずつ。多分そんな感じで構成されている。 ・「自分が予想していた未来と、今の自分を比べて、どうですか?」数年前何かの取材で、割と唐突にそう聞かれた。私は質問の意図が分からず黙り込んで、その意図がなんとなく分かった瞬間ショックを受けて目眩がして、「私には、自分の未来を予想したり、人生を構築してきたという意識がありません」と正直に答えた。これは、人生を自分でコントロールしてきたという自を持つ者、あるいはコントロールするべきだと思っている者だけが考えつく質問だ。この世にこんな質問があると知り、その、一人一人にとっての人生、世界に対する認識のズレの大きさに目眩がしたのだろう。それからしばらく、この質問がことあるごとに脳裏に蘇っては、私はやっぱり倒れそうになった。 ・例えば、我が子が恋人と長く付き合っていく中で、私からは一切注意されなかった「食べ物を残さない」だったり「脱いだ服を畳む」だったりを身につけていく様子は、(自主的にその習慣を取り入れたのであれば)いい影響だと感じるし、微笑ましくもある。でもその恋人が男尊女卑的な思考の持ち主であれば、私は我が子がその思想に染まらぬよう、最大限のアドバイスをする必要が生じるだろう。 そういう、生まれた家から始まり、学校、友人、恋愛、仕事、SNS、あらゆる人間関係の中で無尽蔵に与えられる影響の数々から身を守ったり、身を委ねたり、戦ったりする中で、今の自分が形作られ、さらに変化し続けているのだと思うと、あまりの途方のなさに愕然とする。ありとあらゆる取捨選択を一つも間違えないことはほぼ不可能だし、もっと言えば取捨選択の余地もなく「そうせざるを得ない」ケースも山ほどあるからだ。今の自分は、否応なしに突きつけられて何度も間違えたり失敗したりした取捨選択と、「そうせざるを得なかった」の成れの果てでしかない。だから私は、理想というものを持ったことがない。常に迫られる取捨選択と、「そうせざるを得ない」が目の下まで浸水して、溺れないようにすることで精一杯だった。 ・信じたい。私は常にそう思っている。ドキュメンタリーにもノンフィクションにもフィクションにも人に対しても、常に信じたいと願っている。常に心を開いている。 世に出ている作品だけでなく新人賞の選考作品に対しても、あらゆるドキュメンタリーにもルポにも、それぞれ対面する個人に対しても、余す所なく開いて関わろうとしている。でも全てを受け入れたいと願うその姿勢自体が事実や本質を捻じ曲げることはよくあることで、ミニマムな例で言えば、離婚を考えている夫婦の両方から話を聞くと、どちらにも非があるように、そしてどちらにも理があるように見えるものだ。 どちらかが現実や本質を捻じ曲げているのか、それとも現実や本質は一つではなくたくさんあって、それぞれそれなりに矛盾し合うものなのか、自分には確かめる由もない。最後には自分が何を信じたいかに、何が正しいと信じたいかに委ねられている。 こんな世界で間違わずに生きていくのは、正しく生きていくのは、無理がある。目隠しをされて耳栓をされて全身に拘束具をつけられた状態で、世界の裏側にある真実の日を見つけ出せと言われているかのように、高難易度のミッションと言えるだろう。
夏の午後@natsuno-gogo2026年1月31日読み終わった読み終わってタイトルの意味がわかってかつての踊り場の君のことを考えたら、小説を書き続けてくれてよかったという安堵と感謝みたいなものが拡がっていく読後感だった。「育児はそんな多様性を認めてくれなかった」は本当にその通り。
tuki@tuki192026年1月29日読み終わった黙って本の文字を目で追う人が何故あんなにも美しいのか、それは彼らが何よりもその瞬間、この世のあらゆるものから自立し、一人で謎と対峙しているからだろう。
ひつじ@threeps2026年1月20日読み終わった中学生のころに読んだオートフィクションやAMEBICの話出てきてあのころ書かれた文章なのか〜と思うなどした エッセイて途中で読むのやめちゃったりしがちだけど面白くてすいすいよんだ

絵美子@835emiko2026年1月18日読み終わった読み終わって読み終わっちゃったなと思いぽかんとしていた。かつて踊り場に立ち尽くす君であった事、これまでにあった「そうせざるを得ない」が半分くらい走馬灯して我に返った。日比谷公園はやはり最高の場所、アー
ミミ@mmmi2026年1月15日読み終わった眩しいほどに輝く娘のかわいさに悶絶したり、自分の不甲斐なさに絶望したり、未来に希望を抱いたり、ただただ落ち込んだり。 それでもやっぱりとんでもなくかわいくて、自分でもこんな笑顔になれるのかという笑顔を子どもに向けている毎日を肯定できた気がする。 どんな育児書より、これから先の子育てを受け入れて、楽しみにしてくれて、私を勇気づけてくれる作品。
朝胡@asahisa222026年1月14日読み終わった@ 自宅彼女の描く、鬱病の手触りが好きだ。そこに希望はない。淡々とした暗い自意識による、絶望の冷たさと苦しさと優しさに覚えがある。 私と、金原ひとみという人間は、到底交じり合わない。服も恋愛も音楽も、どの好みもきっと合わない。 ただ、『ミーツ・ザ・ワールド』が私の心にぶつかって、一瞬のあたたかな火花を散らしたことだけは、忘れない。
朝胡@asahisa222026年1月12日読んでる@ 自宅『ミーツ・ザ・ワールド』の由嘉里の名前が出てきて、嬉しくなる。 なんだか、自分の書いた小説のキャラたちに想いを馳せる瞬間を思い出す。赤の他人のような、愛しい我が子のような、遠い友人のような、そんな無責任で、身勝手な関係性なのに、愛を持っているような気持ちを。 私と金原ひとみは、やっぱり違うけれど、本で繋がれること、繋がった気になれることが奇跡だよね

ぶんちゃろふ@book_mylittlepig2026年1月10日買った読み終わった一緒にいて楽な人というのは必ずしも一番のお気に入りにはならず、時として歩けなくなるくらい私を傷つける人ほど人生を鮮やかに彩ったりする。「くつのゆくさき」- 青夏@bluesummer2026年1月10日読み終わった彼女の筆致はとても読みやすくて心地良い。 その激情を、生き様を、羨ましいとさえ思う。彼女は、そうせざるを得なかっただけ、なのだろうが。 小説がないと生きていけない彼女に、私も救われている。何度も何度も読み返したくなる箇所があった。私の大切なお守り。

読書猫@bookcat2026年1月9日読み終わった“主人公、由嘉里の思い、「この私の手からデータが発信されること自体が祈りで、その祈りはライのためでも私のためでもなく何者のためでもない、この世に存在する全ての分かり合えないもの同士の関係への祈りなんだ」これはそっくりそのまま、私のこの小説への思いと一致している。深海の底に落ちた空き缶のように孤独だったあの時の私が育て始めたこの祈りが、一人でも多くの人に降り注いで、たまに誰かの体を温めますように。” “結局のところ、フィクションを作る才能というのは、自分にとっていかに都合の良くない物語を作れるかにかかっているのではないだろうか。そして自分にとっていかに都合の良くない物語を作れるかは、大凡この世界自体がいかに自分にとって都合が良くないか、によって定まるのかもしれない。” “真実に辿り着くなんて無理ゲー、だったら真実なんて追い求めず楽しくやろうぜってなるのも無理はない。でもワンチャン目隠し耳栓全身拘束具でも世界の裏側にあるこの世に一つの真実の口に辿り着けるんじゃね? と思ってる酔狂な人が創作に縋っているんじゃないかとも思うのだ。そしてだとしたら、私は永遠にその人たちに交じってそこを目指していられる気がするのだ。”
のぞみ堂@nozomi_books2026年1月7日買った面白いと耳にしていた金原先生のエッセイ&掌編小説。運良く初版が残っていたので買ってしまう。 圧巻の文章力を全身で浴びたいと思います。 読後に追記する。


朝胡@asahisa222026年1月6日読み始めた@ 自宅やっぱり、冒頭の「「母」というペルソナ」という文章はすごいな。好きだな。 多分、ネットで以前読んだことがあって、その時も衝撃を受けたことをよく覚えている。 暴力的な結びの文にこそ、血肉を傷付けられたものにとっての真実が刻まれていて、美しい。
かゆ@kyn_kn2026年1月3日読み終わったエッセイも短編小説も含めて、金原さん自身がどう歳を重ねていったのか、何を経験していったのか、一緒に辿っていくような感覚。 終わりのない苦しみや葛藤の合間に、離婚した瞬間の喜び、娘という大切な他者が自分とは違う人間として成長していく喜びなど、確かにある光がとても眩しくて、ぐっと胸を掴まれた。 金原さんがこの本をまとめるのに行きつくまで、なんとか生きていてくれてよかったな、と心から嬉しく思った。 昔は金原さんの書く物語の面白さが全然わからなかったけれど、最近の小説やエッセイも面白いと思えることが多い。それは、金原さん自身の変化ももちろんのこと、読み始めた中高生の時とは明らかに自分も変わっているからだと思う。 2025年、読んで良かった本のひとつ。

夏@apricity2025年12月31日読んでる朝一番に少しだけ読む時間に新しく開いたら、一編目の重さにかなり引き摺り込まれてしまったけど、なぜか不思議としんどくなくて、なぜか。 一年でいちばん嫌いな年末年始、わたしの尊厳が踏み躙られることがネタになるこの時期。結局女は頭の片隅で男のケアをして生涯を終えるのかよ、と思うし、そう周りから強いられるこの時期が本当に嫌いで今年ももれなく死にたくなっているのを、金原さんが地獄の底で小指同士くらいを繋いでくれた感覚がしている。慈しみ深い本だろうきっと。
445@00labo2025年12月21日読み終わったどれがエッセイでどれが小説なのかわからなくてドキドキした。え、小説混ざってるよね……? 考えなきゃやってられん、そして考えるには書くことが必要で、それは物語でもエッセイでも技術ブログでもなんでもいい、そう考えているわたしからすると、金原ひとみの小説への思い入れの仕方が凄まじく見える。よっぽど原体験が強く残っていて、人生の折々に小説があったと思うこれまでを過ごしてきたんだろうな。 わたしが小説を書くときはどちらかというと自分への慰めの気持ちが強いので、多分金原ひとみのいうフィクションの才能はないんだろう。





445@00labo2025年12月17日読み始めた一遍目から壮絶でたまらない。 私は子どもを持っていないし持つ気もさらさらないが、子離れどころか積極的に癒着しようとしてくる母を持っていて、その母に合わせて行動して死を身近に感じたことがある。 その時に初めて、私の死の原因に母が強く影響する人生なんて嫌だ、私は私が原因で死にたい、と強く思って、以降15年ほど母とは会っていない。 そういうことを思い出した。




ロッタ@rotta_yomu2025年12月2日読み終わった金原さんから紡がれる言葉はわたしには刺激的で過剰で苛烈だけれど、わたしも普段同じようなことを感じていて、ただその感情に対して選ぶ言葉と表現方法が違うんだとわかった。いろいろなことに、「そういうものだよね、人それぞれ違うから」と呟いて、それはそうで正しいと思うしそれでいいと思っているけれど、そうじゃなくて、もしそれが違いではなくずれならば、なぜそんなずれが起きてしまったのか、やっぱり立ち止まって考えたいとわたしは思う。 きっと読み終わることには、たまらなく金原ひとみのことを好きになっている。置いてかれた恋が雨に打たれながら咲き乱れるエッセイ「繚乱」がすごく好き。






おこめ@ocome_squash2025年11月28日読み終わった何か人生の計画があって思い通りかどうかというのをずっと考えていたけど、目の前のことに1000%のエネルギーを注いであっちこっちに気持ちを注げる生き方というのもあるのだなと思った


おこめ@ocome_squash2025年11月27日読んでる『お小遣いもあげてるのに最近お金をせびられてばかりだと一瞬イラッとするが、親にお金が欲しいと言える距離感になかった私は親の金を盗んでいたから、むしろとてもいい子だとすぐに思い直す。』
よつこ@yotsu_hiyoko2025年11月24日読み終わった金原作品にどハマリ中。 この本を抱えて、この本と心中してもいいなと 思った。 なぜだろう。 めちゃくちゃ日常の中で。 鍋作りながらそう思っていた。






hiroko@hiro__ys2025年11月22日読み終わった通勤やらの隙間時間に最近ずっとちょっとずつ読んでた。前に読んだエッセイがとても好きだったから読んだんだけど、やっぱり文章とても好き。掌編もよかったから今度小説読んでみようかな。 私は希死観念ではないけど、私という存在の意義が信じられないときがあるし、数多いる存在の中での主観性を失いがちなときがあるのでフレーズとしてときどき共感する部分があった。文章でしか得られない栄養素がたしかにある。 あと装丁かっこよすぎです!!



かな@kk714000262025年11月17日読み終わったこれまで自分とは交わらない作家なんだろうなあと勝手に思っていたけれど、これからは全力で応援したい。共感できるところがたくさんあった、なんて簡単には言えないけれど、読み終わって、今生きていて文章を書いていてくれることに安堵するような気持ち。最後の5つの文章、とても良かった。



- 村崎@mrskntk2025年11月16日読み終わった「パチンコ屋の君」でなんだか泣きそうになってしまった。金原ひとみさんの小説に対する距離感の唯一無二さには、焦がれるような気持ちになったり切なくなったり胸が締め付けられる思いがする。 もっとたくさんのひとに「金原ひとみ」を知ってほしいし受け取ってほしいと勝手な一読者の意見ですがそう思った。 あと牡蠣の話がすごい出てくる





朧月@kinmokusei732025年11月9日読み終わった作家生活20年にわたって書き継がれたエッセイ&掌編小説を完全収録した一冊。 今年は金原ひとみさんを貪り読んでいる気がする。世代も違うし、けっして共感もしないのだけど、何かに駆られるように読まざるを得ない文章。少し前にようやく?離婚されたらしいが、元夫さんが金原文学を支えて?いたころから、憎しみの対象に近い存在になるまで、こんなに赤裸々に描いていいのだろうかと思われるが、きっとどんなに書き尽くしても当事者にしかわかり得ないことがあるのだろうと思う。知ってる人はすぐ誰のことかわかってしまうだろうから、散々な描かれ方をした元夫さんの今後の人生がやや心配。お母さんという人も気になる。彼女の10代を考えるとよく生き抜いたなと思う。執筆に子育てに恋愛に友情に飲食(酒)にライブ(音楽)にほんと何人分の体力の持ち主なんだろう。あのか細い体に詰まったエネルギーに感服してしまう。ついついこれからも読み続けていくのだろう。







高尾清貴@kiyotakao2025年11月5日読み終わったいいエッセイだったなあ。苦しみを書いているようだけど、「信じたい」というフレーズが最後の方に唐突に出てきて、そうか、「信じたい」を書いている人なのかも、と思った。 最後の最後に、金原ひとみさんが熱狂してきた、と名前を伏せて書かれているバンド、絶対僕が好きなバンドと同じじゃんと気づいて、なんだか色々な感想が吹っ飛ぶくらい嬉しかった。活動再開に際して思うこともすごく共感。

いま@mayonakayom222025年10月30日読み終わった「あらゆる逡巡の後に今の自分はあって、でもいま大切なものを手にしているという確信もあって、それでも消えない鮮やかな痛みもあって、共に生きていくには重すぎるそれらと、重みに軋む体と、こうして生きていくしかないという諦めとを全部背負って、それ以外に道がないからという理由で、私はきっとまた飛び立つのだろう。」 身を削るように書いて、生き延びてきた彼女の苦しさも喜びも含んだエッセイ(+掌編)集。 私もあのバンド(おそらく)の音楽に救われ、曲と人生が分かち難く結びついているので、「日比谷の君」を読めたことが感無量。


はしな@ssaw_hsn2025年10月27日読み終わった朝日新聞に掲載されていた「母」というペルソナが巻頭に。電子版で読んだものが紙になり文字を指でなぞるように読む。 さまざまな媒体に発表されたエッセイと掌編がちらばっていて、作者の息も絶え絶えの声が聞こえてくるようで、あと牡蠣が食べたくなる。
松田茉莉@cotomato2025年10月19日買った読み終わった金原ひとみのエッセイが出ると聞いて買わないといけないと思った。蛇にピアスでデビュー、芥川賞受賞。華々しい活躍に憧れる人は多いだろう。でもままならないまま、小説に救われてきた人なんだなと思った。あと結婚が早いから熟年離婚にあたるのにはびっくりした。


yayano@yaya72025年10月16日読んでる名文のなかの名文「母」というペルソナで始まる構成がにくい!全女子、全男子に刺さるところがあり、当時妊娠中に朝日新聞掲載のこの文章を読めた私は、産後もこの文章を繰り返し読んでは何度も救われたので、本という形に残ってくれて感謝の気持ちでいっぱい









obama@obamabooks2025年10月15日読み終わった@ 自宅ファンなのと聞かれたらつまみ食い程度ですと声が小さくなるくらいに国内小説には疎いけれど、わたしたち世代は幼心に見た芥川賞受賞のニュースをずっと覚えている気がする。 装丁の美しさに油断してたら、べらぼうに面白くてすごいな、もう。笑っちゃう。 コロナ禍前後から金原作品に触れることが増えて、最近は朝日新聞御用達のイメージも強くてこれも朝日新聞出版だけれど。作品をいちから読み直していきたい




m@kyri2025年10月12日読み終わった@ 自宅初期の金原ひとみの酒に酩酊してるような理性が吹っ飛んだ文章を久しぶりに読めてよかった そうそう、これこれってかんじ 文章がどう変わっていったのかもそうだけど、彼女の考えがどうアップデートされていったのかも見ることができて、20年の時間というのはすごいなあと思う 娘さんがもう成人というのにもびっくりしてしまう、時の流れは早い




離乳食@munimuni2025年10月10日かつて読んだ最初の方はほんと初期の「AMEBIC」「オートフィクション」「憂鬱たち」みたいな文体、それにしても金原ひとみ嬢の文章ってずっと読んでも疲れない、すごい、いい声をしている あと「虫の思い出」が最も共感、私も母親を憎んでいるので


よあけ@mogumogu2025年10月7日読みたい出たっっ!出ると聞いて以来ずっと楽しみにしていた。 文庫が大好きなので普段は文庫化まで待つ作品も多いのだけど、これはそんなこと言ってないですぐ買う! 金原ひとみのエッセイは「パリの砂漠、東京の蜃気楼」も本当によかった。


















































































































































