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鱗拾い
@urokohiroi
  • 2026年9月17日
    幽冥の岸 十二国記
    これが出るまでに十二国記読めるだけ読む。
  • 2026年9月9日
    月の影 影の海〈下〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)
    再読。 シリーズ長いので情報が抜けていかないように人名・地名・キーワードなどメモを取りながら読んでみたら、メモだけで3,000字近くなった。 でも(そうでもしないと抜けていく自分の場合は)そのぐらいする価値はある作品だと思ってる。 マシな人間になろうとするのって一度の決心じゃ終わらなくて、ずっとマシなほうを選んでいかなきゃいけない。 でも「この言葉が自分から出たということは、これを信じていけば少しはマシな人間になれるかもしれない」っていう瞬間が人生には何度かあって、うまく言えないけど、下巻の陽子にはそんな言葉がたくさんある。 胆力が湧く、というか、自分にもこの胆力の種ぐらいはあるんじゃないかと思わせてくれる、というか。 以下、何度でも思い出したい一節たち。 (未読or途中まで読んでる方で展開知りたくない方には微ネタバレかも) 「『裏切られてもいいんだ。裏切った相手が卑怯になるだけで、わたしのなにが傷つくわけでもない。裏切って卑怯者になるよりずっといい』」 「追いつめられて誰も親切にしてくれないから、だから人を拒絶していいのか。善意を示してくれた相手を見捨てることの理由になるのか。絶対の善意でなければ、信じることができないのか。人からこれ以上ないほど優しくされるのでなければ、人に優しくすることができないのか。 『……そうじゃないだろう』」 「『一度でできるはずがない』  声に出して言い聞かせて、もう一度刀身を見つめる。」 「『(…)平たく言えば、わたしはバカだということだ』 『陽子』 『自分を卑下して満足してるんじゃない。わたしはほんとうにおろかだった。そんな自分をわかって、やっとおろかでない自分を探そうとしてる。これからなんだ、楽俊。これからすこしずつ努力して、すこしでもマシな人間になれたらいいと思っている。(…)』」
  • 2026年9月9日
    月の影 影の海〈上〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)
    突発十二国記強化週間(『幽冥の岸』が出るまでに読めるだけ読む)。
  • 2026年9月8日
    トロルとばらの城の寓話 (ポプラ・ウイング・ブックス 10)
    カバー袖に「ファンタジー」って書いてあるんだからファンタジーと思って読めばいいものを、“閉じた家の中が世界のすべて”系のnotファンタジー小説を連続で読んでいた時期があるせいで、この世界もいつ崩れるかと五割増しでみぞみぞしてしまった。(そんな世界観ごとどうこうなるような話ではない) とはいえ、ファンタジーの世界観を貫いてはいても単なるおとぎ話ではなく、「とある父親と母親と子どもの話」を「王様、お妃様、王子様」というおとぎ話の言葉で紡ぎ直して見せてくれているんだな、という感覚がずっとあったのは、タイトルにある通りこれが“寓話”だからかもしれない。 本編はこれで全部なのに、かべの外のさらに外側、魔法のない人間界で同じように暮らしているもう一人のエルムや父さま母さまたちがいるような気がしてしまう。 みんなどこかに行けたかな。 帰りたい場所に帰れたかな。 訳者あとがきによるとトールモー・ハウゲンは「現実と幻想のあいだをあやうく行き来する物語」も「得意」らしいので、そちらも読んでみたい。
  • 2026年9月7日
    犬のかたちをしているもの
    本を閉じて壁や天井を見つめる時間を何度も挟みながら読んだ。 「自分もそういう人間だったら、(…)たとえ今と同じ体の状況だったとしても、悩む方向が、なんというか、世間と足並みが揃えられるって楽ちんじゃないか。」 この言葉が発せられた一場面がわかりすぎて泣いてしまう。 逆に、気持ちがわからないとかではなく言動が不統一な感じがして「解らない」と感じたのは、ミナシロさんのこのセリフ。 「『(…)身体感覚として、異物が入ってきて、出ていくわけでしょ、こわいです。……ひどいんですかね、この言い方って』」 この喩えだけが解らない。 身体感覚ということなら、薫よりも相当許容範囲が広いのがミナシロさんのはずなのに。 ……と思ってしまうのは、私がミナシロさんの悪く言えば自分勝手なところをあんまり好きじゃないので、難癖をつけたくなっているだけなのだろうか。 (2026/09/07 19:22 追記:いや違うな、私自身の許容範囲が狭いせいで「いやそこ?」って言いたくなっちゃうだけだな、『人間みたいに生きている』の唯が食べられる人たちを悪し様に言ってしまうのと似たようなあれだ……反省しろ自分) 「その一番シンプルで建設的で愛に満ち溢れている方法が、選べないから」 この言葉を乗せて世に出ている本があると知れたことは間違いなくよかった。
  • 2026年9月5日
  • 2026年9月5日
    夢にめざめる世界
    夢にめざめる世界
    ロブ・ゴンサルヴェスの絵本、4冊目。 知らない絵が多くて収穫。 空と海、宇宙と地球が反転する最初の3枚(表紙を含む)が自分の中で新たなオールタイムベストに輝く。 (「浮かんで想像する世界」「夜の光」「サンゴ礁の上で」) 「変わる風景2」も好き。 1にあたる「変わる風景」が好きだったので「あれのリプライズじゃん!」となり、タイトルを確認したらちゃんとそれの2だったので嬉しかった。 「上にも下にも」 …下の鏡像につられて上の実像も変わってる!? と思ったけど鍾乳洞って別に上も下も実像なんだった。そう思うと鍾乳洞って面白いな。 「知識の塔」 …読書灯と街灯って似てるよね。 「すてきな街」 …“ウェディングケーキの上で踊る新郎新婦の人形”は描かれてないのに、ほぼ建物になりかけのそれの狭〜いてっぺんではリアルめの(ただし縮尺がおかしい)新郎新婦が踊ってるのが、他の絵に比べてなんかグラデーションが唐突でおもろい。 この1冊だけゴンサルヴェス本人が絵も詩も担当してるのは何故なんだろう。
  • 2026年9月5日
    どこでもない場所
    どこでもない場所
    ロブ・ゴンサルヴェスの絵本、3冊目。 一面の桜を見て雪かと思うのは、和歌にもなかったっけ?
  • 2026年9月5日
    真昼の夢
    真昼の夢
    ロブ・ゴンサルヴェスの絵本、2冊目。 大好きな船団の絵(「日没の航海」)が見開きいっぱいに印刷されていて最高。 英題が『IMAGINE A DAY』で本文が全部「ある日、」で始まっているので、もしかしてと思って調べたら、原文だと「Imagine a day when…(想像してごらん、こんな日を…)」という書き出しになっているらしかった。 (2026/09/07 編集更新)
  • 2026年9月5日
    終わらない夜
    終わらない夜
    「この本は、(中略)ロブ・ゴンサルヴェスの絵に想像力を刺激されたセーラ・L・トムソンが詩をそえたものです。」 ジュークボックスミュージカルみたいなものってことか〜。(絵本の場合は何と言うのか知らない) ロブ・ゴンサルヴェスの絵本1冊目。 表紙の「月の乙女」から扉絵の「オーロラにつつまれて」の流れがよかった。 表紙と同じで扉もファンタジーな絵かと思ったら……あながちありえない構図でもないぞ……!?って感じで。 いいなぁ、私も知らないうちに不思議の世界に片足突っ込みたい。
  • 2026年9月5日
    身の回りを数学で説明する事典
    計算はダメダメだけどこういうのは好きかも。
  • 2026年9月5日
    バニラな毎日
    バニラな毎日
    表紙がもう好き。
  • 2026年9月5日
  • 2026年9月5日
    本が読めない33歳が国語の教科書を読む
  • 2026年9月5日
    本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む
    第3弾が出ると聞いて。
  • 2026年9月5日
    しろとくろの偏愛
    前半は餅で後半がチョコレート? 気になる……。
  • 2026年9月5日
    タコの心身問題
    タコの心身問題
  • 2026年9月4日
    本が読めない32歳の男が初めて梶井基次郎の「檸檬」を読む日
    楽天Kobo独占配信の電子書籍。 久々にアプリを覗いてみたら続編も出ていた。 (→『本が読めない34歳が初めて「桃太郎」を読む』) ちょうど『0冊目の本』を読んだところで、なんだかタイムリー。
  • 2026年9月4日
    反社会品
    反社会品
    SNSで自分の属性への悪口を進んで見に行ってしまうときのような嫌なもの見たさでするする読んでしまった。 生(二・四・六編目) 老(三・七編目) 病(一編目) 死(五編目) のそれぞれにまつわる嫌ァな話、って感じかも。 仏教的な作品だとは思ってないし、勝手なこじつけだけど。 七編目は清水義範の作品で似た雰囲気の話がありそう。
  • 2026年9月4日
    反社会品
    反社会品
    五編目「命の重さ」 どちらかを選ぶのは難しい。 ひとの命を左右することなら尚更。 確実な他人の死と、低確率な自分の死。 世間一般の正義と、家族の信頼。 どちらを選ぶか。どちらを避けたいか。 途中、助けを必要としているのが一編目の主人公だったら、私は命を張れるか、とも思わされて。 だからそんな選択を迫られるような土俵に私はそもそも乗りたくないんだ、と逃げたくなるけれど、実際この話の主人公と同じ立場だったら、手を挙げるところまでは行ってしまいそうな気がする。 そうなったら、その先何度か来る分岐点で何を選んでも、「あの人がああ言うからああしたのに」って思ってしまいそう。 だから、選ぶことが難しいんじゃなくて、それを自分の選択とすることが難しいのかな。 最近よく聞く自分軸・他人軸ってそういうこと?
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