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橋本吉央
橋本吉央
橋本吉央
@yoshichiha
福島県に住んでおります。アラフォーです。アラフォーかあ。 本はまあまあ読むのですがプラクティカルなものばかりで、最近はもっと文学・哲学に触れたいなという気持ちです。 シェア型本屋の棚主もやっております。
  • 2026年8月23日
    マイノリティデザインー弱さを生かせる社会をつくろう
    お子さんに視覚障害があったことをきっかけに障害者の社会参画について理解を深め、マイノリティのために社会に必要なものを考えるようになる→その中で運動音痴を「スポーツ弱者」として捉え直し、誰でも楽しめる「ゆるスポーツ」を開発していく、という話。 面白かったが、本としてのまとめかたが綺麗すぎていかにも広告業界の人の本、という感覚がなくもない。 しかし、その読書体験は本当は多分どうでもよくて、自分の子どもに視覚障害があるのがわかったことをきっかけに、本やネットで調べるだけでなく、200人以上の当事者に会って、話を聞く、というのは本当にすごい。そういう自分の目と耳と足で人に会って話をして、というのが、きっと全ての土台にあるのではないか、と思う。
  • 2026年8月22日
    勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版 (文春文庫)
    勉強するということについて、割と巷の勉強本とは違った切り口で語ってくれているように感じた。 勉強することでアイロニーやユーモア的な今と異なる視点を身につけることになり、それは元いた環境からするとズレた、時には「キモい」状態になりかねない。これは、例えば田舎を出て都市部の大学や会社で働いて適応して行った時に、元のコミュニティの価値観に疑問を抱いて違和感を持つ、みたいなこととも近しいのだと思う。 一方で、ズレたままでいるのか、ズレを意識しつつその上で元のコミュニティの意味を理解して戻るのか、みたいなことが本書で言う「来るべきバカ」だと、自分としては理解した。 大学進学時に東京に行き、子どもができてからUターンしてくることになった自分の色々なものに重ね合わせる視点もあったりして、面白い「勉強論」だった。
  • 2026年8月15日
    楽園
    楽園
    面白かった。『方舟』『十戒』とここにきて明確につながりが出てきて、恐怖の女神的な主人公(の一人)にワクワク。 トリック自体は思いつかなかったけれども、脱出するための方法として他の住人たちを皆殺しにする、というのは読者も思いつきやすいのではないか。自分はそれは思い当たった。なので、その先にどのようなどんでんがえしが待ち構えているのかというのを期待して読んだが、十分に期待に応える内容で良かった。 どんでん返しを最後に二重三重に持ってくる、というのが著者の得意技なのだと思い、それを読者も期待しながら読むわけなので、期待値が高いが、しっかり期待に応える内容で脱帽。
  • 2026年8月12日
    十戒
    十戒
    面白かったが、『方舟』の方が強烈だった。設定は興味深い。
  • 2026年8月9日
    あなたはなぜ雑談が苦手なのか
    雑談に苦手意識があり、もっと気軽に人と、「これ」といったテーマがなくても話せるといいなと思っている。 タイトルは、そういう課題感がある人向けに問題を分解してハウツーを伝えてくれるような期待を持たせるものだったので買ってみたのだが、あんまりそういう感じではなかった。 まず著者の方のいう「雑談」は、相手が著者に対して気になっていること、わだかまりのあることを言葉にして、それを著者が著者のスタイルで問いを投げたり一緒に考えたりするというもので、自分の中の概念ではコーチングや壁打ちに近い。そこまでしっかりした枠組みではなく「雑談」という打ち出しでそれをやっているからこそいいのだろうと思うけれども。 そしてその雑談そのものについても、特に「こういうことを気をつけて話を聞く、返答する」みたいな話は出てこない。 みんな自分を大事にする視点がもっとあっていいよねとか、著者自身がそういう視点をどのようにして得てきたかの振り返りとかで、それは、著者のファンの方にとってはとても興味深く読めるのだと思うが、タイトルが問いかける「なぜ自分は雑談が苦手なのか」という困りごとへの答えではないと思う。 『私にとっての雑談』とかにしてほしい。 と、いうのが主な感想なのだが、そういうふうに「雑談」という営みをちょっと狭く捉えているのかもという自分自身の認知を再確認したところもあり、そこは変えていく余地はあるのかもしれない。とはいってもやっぱタイトルはどうかと思うが。
  • 2026年8月8日
  • 2026年8月1日
    ケアする建築
    ケアする建築
  • 2026年8月1日
    誰がために医師はいる
  • 2026年7月31日
    一次元の挿し木
    一次元の挿し木
    いろいろな要素(遺伝学、精神病による認知の不覚、不気味な宗教、ラブストーリー、ミノタウロスとテセウス、実際にあったループクンド湖の謎)にいっちょかみしており、著者の意欲を感じる。本作最大の謎が解けるまでの展開は、悪くなかったように思う。予想はついたし、わかってしまうと新鮮さもそんなにないが。タイトルは引きが強く秀逸。
  • 2026年7月25日
    方舟 (講談社文庫 ゆ 10-3)
    二時間半ぐらいで一気読みしてしまった。 人におすすめしたいが、「とにかく読んで」しか言えない感じである。
  • 2026年7月25日
    エスキモーになった日本人
    「広いフィヨルドの海は湖のように穏やかで、あちこちに氷山のかけら、氷盤の溶け残りが白く、あるいは薄青く浮かんでいる。晴れわたった空の青はどこまでも深く感じられる。強烈な光線が、地球の、北極の、この海に、じかに突き刺さり、また反射する。大気は冷たいのに、陽光は頬をチリチリ刺激する。まったく、北極の夏の海の爽快さといったらない。太陽はまるで長く暗い冬のつぐないをするかのように、いつまでも天を巡るのだ。」 自然と身体そのものでぶつかって生きている、何かしている人の本を読むのは面白い。 著者は二十五歳で、グリーンランドの世界最北の村シオラパルクに渡り、そのまま猟師として生きることを選んだ日本人。もともと絶版だった本が最近復刊されて、元冒険部の同僚からおすすめされて読みました。めちゃ良かった。 角幡唯介さんの『極夜行』、植村直己さんの『北極圏一万二千キロ』などもおすすめですが、犬ぞりで雪と氷河の上を進み、猟をして生活するというその生活と、日々パソコンに向かって仕事している自分との、生き物としての違いが圧倒的。 読んでいて印象的だったのは、大島さんが「イヌイットの猟師に、俺はなる!」みたいな強い意志でそうしたというよりも、いろいろな経緯の中でシオラパルクに住むようになり、なんとなく流れの中で家族を持つようになり、その中で自然に猟師として生活する、身体がそうなっていくような雰囲気です。 「あるとき、やじ馬気分でラジオを聴いていた私の耳に、たいへんな情報がとびこんできた。長老イニューツァッソワが、カナックの教会の牧師に、八月某日に結婚式をしたいと要請している。そしてそのカップルは誰あろう、私とアンナ・マンミーナなのであった。」 自分で「結婚するぞ」と決めたのでも、誰かに「しなさい」と言われたのでもなく、気づいたら共同体の中で自分の結婚が進んでいて、それを地域のラジオで知る。 本人はその放送を聞き、驚き、天を仰ぎ、受け入れる。個人主義の感覚からは「どういうこと!?」だけれども、そうじゃない、いろんな中でありようを受け容れる感じ。それがまた面白い感覚で、そこは他の冒険家の人たちの本とも違うところ。 能動的でも受動的でもない、どことなく中動態的な生き方とでもいうか。最近の好みです。(『中動態の世界』、まだ積んでおり、雰囲気だけで言葉を使ってるの、ですが……) ちょっと大げさだけれども、「自立した個人が自分の意思で決める」ことを前提にしがちな価値観への問い直しとも、どこか地続きな気もしないでもない。人生の大事なことは、案外そんなふうに、自分と世界のあいだで起きていくのかも、みたいな。 だから、どっしり構えているような感覚があったり、日々の様子を飾らずに書いたり、自分が何者かにならなければいけない、どこかに行かなければいけないという感じとは違った感じが、いい味を出している気がします。 猟の描写は淡々と、でもリアルで、アザラシもイッカクもセイウチも出てきますし、海鳥をアザラシの皮に詰めて発酵させるキビヤックという有名な珍味も出てくる。 銃や銛で獲物を獲るとか全然したくないし、キビヤックを食べずに一生を終えても全く後悔しないと思っている。だけれども、あるいはだからこそ、こういう本はコンクリートジャングルで生きる日々の隙間に読んでいて楽しい。
  • 2026年7月20日
    わたしたちのケアメディア
    メディアの倫理を、倫理学や哲学の系譜から引いてくる部分はちょっと粗もあるような気もするが、「スキャンダル的に報じられたことでなんとなく社会が変わる」という日本の悪癖みたいなものがよく感じられる気がした。 社会での情報の扱われ方が受け手に及ぼす影響は昔から大きい。「バズるために表現をわかりやすくする」ことはSNSの時代で批判されるようになってきたが、マスメディアも、そこまででない(裏どりをした報道をしている)にせよ、結局「受け手にとってわかりやすいもの」として複雑な問題を単純化することをしてきた。それが、障害福祉の分野あるいはマイノリティの権利についての分野においては長く足枷となってきた・・・ということが感じられた。
  • 2026年7月20日
    トヨタの会議は30分
    会議のスケジューリングや、ホワイトボードをそのまま議事録的に展開する、というのは面白いやり方だなと思った。が、それ以外はかなり浅いし、数あるビジネス本の一つとして並び、あんまり面白くないな、という印象。 40歳で、トヨタから転職して何年も経っているのに、新卒の頃の経験をこするような本を出して、しかも中身はn数が少ないし抽象的だし浅い。それでええんか、という気も正直する。(きっと周りからニーズあるよ、という声があったのだろうなとは思うが)
  • 2026年7月6日
    会話を哲学する
    会話を哲学する
    コミュニケーションとは、お互いの中に何らかの約束事をもたらすものである、という考え方はわかりやすかったと思う。だから、言葉尻や、言葉の表面的な意味が持つ辞書的な(シニフィアンとシニフィエ的な)意味が、コミュニケーションにおいてお互いの中でどのように頭の中に期待と約束として残るのかというのは、本当に単純な文字面だけで決まるものではない。 そもそもよく考えてみれば、人類はこれだけ言葉を流暢に操るけれども、そう進化する前もコミュニケーションは散々していたのだと思う。他の動物だってそうで、言葉がないとコミュニケーションができないわけではないとも言える。 それから、マニピュレーションの考え方。これも同じで、言葉の字義的な意味では人を傷つけたり、人に何かをさせたりすることが必ずしも認められないようなケースにおいても、言葉が発されるシチュエーションや関係性、力関係によって、その発話やコミュニケーションが相手にどういった行動を暗黙のうちに強要するのか、という観点がある。 そしてそれは、リテラルな発話の意味とマニピュレーションのレイヤーにおいて、発話者の意図が矛盾したり、一致していないようなこともあり、それをもって発話者が「自分はマニピュレートしようとはしていない」と主張するようなこともある。 そういう構造をよく理解しつつ、自分がコミュニケーションやマニピュレーションにおいて、不均衡な力関係や相手を傷つけるようなやり方をしないようにすること、そういうマニピュレーションをしようとする人には注意することが、やっぱり大事だなと思った。 ただ、「雑談が苦手だと思っている人におすすめ」という意味で役に立ったかというと、あんまりそういう感じではないかもしれない。ここに、自分に対するコミュニケーション不全があったのであった。
  • 2026年7月6日
    眼科専門医が教える最新知識 スマホ時代の「眼」メンテナンス
    ドライアイの症状が結構あるので、改善したいし、健康管理・予防医療的に気をつけたいと思って、包括的に学べるかな、と思って読んだ それほど自分に直接関わる内容は、多くなかったかなと思う。コンタクトとか、レーシックとかやる気ないし。 目を温めるのが大事、というのはやっぱりそうなのかと思ったので、あずきのチカラとかやろう。あと、20分ごとに20秒目を休めるってやつ。子どもには結構言っているのだけれど、自分もやらねば。
  • 2026年6月27日
    実践Claude Code入門ー現場で活用するためのAIコーディングの思考法
    結局、Claude Codeを使って開発すると一言で言ったときに、どれぐらいの規模のこと、どれぐらい業務に影響力が大きいことをやるかということに収束するのかなという気がする。データの扱いや他のシステムとの結合度合いが密になってしまうと、影響も大きいわけだが、疎結合で独立した業務をツール化してやるということであれば、それほど大々的にがっつり開発管理しなくてもいいようなものも、多分結構あるんじゃないかと思う。 この本のやり方を全部やるというよりは、もう少しポイントを抽出して、小さい規模の開発にも生かすという考え方が大事な気がする。
  • 2026年6月26日
    池袋NO NAME 池袋ウエストゲートパーク21
    シリーズ最初からずっと読んでいるが、本当に水戸黄門のような安定感で良い。ちょこちょこ流行りを入れてきつつ、プロットもキャラクターもほぼ変わらない、という
  • 2026年6月23日
    億までの人 億からの人 ゴールドマン・サックス勤続17年の投資家が明かす「兆人」のマインド
    田中渓さんはけんすうさんとのラジオ「限界突破ライフハック」を聞いていて、すごい経歴だけれども、結構地味に努力を習慣化で積み重ねてきた人だと思っており、この本もkindle prime readingで読んだら良い意味で派手さはなく、そうだよね、という感じだった。
  • 2026年6月21日
    ケアを学ぶ人のために
    ケアを学ぶ人のために
    啓蒙思想後の、資本主義と経済ドリブンの現代において「人間は他者から独立して思考し、行動し、責任を負いつつ社会にアウトプット(特に、経済的なもの)を出していくべきである」という価値観が社会規範として強い、あるいは社会の共通認識はそうだよね、という暗黙の了解があるけれども、本書は全体を通して、そこに一つ一つ異を唱えるような視点が「ケア」という文脈から丁寧に語られていたなと思う。 自分としては「関係性」というのが最近のキーワードなのだけれど、ここでもやはり、他者から独立した存在として自立していくという近現代的な自己像ではなく、関係性の中で人は生きてきて、生きていくのだということに自分的には立ち戻る感覚があった。 ギリガンの話とか、Claudeと色々壁打ちする中ではブルデューの思想もおすすめだということだったので、ちょっとそちらにも手を伸ばしてみたい気持ち。
  • 2026年6月20日
    マンガでやさしくわかる知識創造
    マンガでやさしくわかる知識創造
    ナレッジ・マネジメントと、ナレッジ・ベースド・マネジメントという概念が分かれているということは大事だなと思った。なんのためにナレッジ=参照しやすい体系化された知識と組織経験を残すか。それはそこからイノベーションを起こしていくためである、と。 今のAI時代においては、AIに読ませやすい、ということが重視され、それは確かにそうなのだけれど、当然だがそれだけではだめ。 一方で、イメージしていたナレッジマネジメントとはちょっと違いもある。何を、「体系化され、整理され、アクセスしやすい、組織マネジメントとイノベーションのために有用な情報」として選び、どのように保存し、活用するか。そこはもう少しHowの部分を他の本など参照して考えたいなと思う。 ナレッジマネジメント=モノとしてのナレッジ、ナレッジベースドマネジメント=コトとしてのナレッジ、前者は後者の土台、みたいに感じていたけど、どちらかというと、「前者は後者に内包される」のだな。 そして、モノとしてのナレッジマネジメントを一定程度やってからじゃないと、ナレッジベースドマネジメントができない、という考え方は危ういというか、頭でっかちになるリスクがある。
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