生物から見た世界 (岩波文庫)

54件の記録
いぬい@inuiru2026年8月5日読み終わった毎日の昼休みにちまちま読み進めたんだが毎回「何を言っている……?!」てなっていた。 雑にまとめると客観的にそこにあるとされている環境をそのまま見ているということはなくて、それぞれの生物に主観的な現実がある……ある、というよりも、主体からの知覚によって初めて現実として立ちあがる、みたいな話。知覚や作用の対象にならないものは、その生物の世界には存在しないのと同様だ。 マダニの話が有名らしい。 マダニは哺乳類が発する酪酸の匂いを知覚して、その体めがけて落ちる。あとはその動物の体温を知覚して、血を吸う。マダニが知覚するのは相手がどういう生物か、みたいなことではない。酪酸の匂いがあるかどうか、温かいのか、つめたいのかどうか。この知覚の少なさが、マダニの世界を確実なものにする。しかも「酪酸」の信号を受け取るまでのあいだ、マダニは活動しない。マダニの時間は信号を受け取るまで停止していると言える……とのこと。 といった感じでウニやハエやミミズの話がつづく。私たちはおなじ世界に生きているようではあるが、それぞれの前に立ちあがっているのはまったく異なる世界なのだ。 ……って話だよね……と思い始めたあたりで「魔術的環世界」の話が始まったときは思わず「おい?!?!!」となったが……「魔術的」というのはここでは、客観的にはそこに「ない」はずのもの……つまり本来なら知覚や作用の対象にならない……ならないと言うか、ないものはない……ものが、「主観的な世界」には存在し得るって話。 え、ということは、他者から「幻覚妄想」と診断されるばあいであっても本人の世界では「現実」ということ……?! と思ったが、まあここでそういう病理の話はしていない。 面白かったのはウニの棘がそれぞれ独立して動いているが、お互いに傷つけあうことはないってくだり。私はたまにじぶんの舌をかむことがあるので「ウニ以下」と思った。 あと、ひとつの客体が複数の主体の世界でべつのものと受け取られていることもある。一本の木が巣穴であったり不気味なうろであったり木陰であったりするみたいな。これは分かる。 アンディ・クラークの「経験する機械」によれば、私たちが「こころ」と呼ぶようなものは世界と干渉しあっており、「私」というものは世界と接続されている……みたいな話だったが、ユクスキュルの話はちょっとちがっていて、「私」がいるから「私の世界」が現れる……っていう。そして、すべての生物がそれぞれの「環世界」で生きている。そう思うと、そのへんの虫に向ける気持もちょっと変わってくるな(マダニは厭だが)。 訳者あとがきが分かり易かった。それにしても戦時中に動員先でこの本を読んだというエピソードはなんか趣があるな……。 p165 " 人々が「良い環境」を築こうと願っている現在、このことはきわめて重要である。「環境」はある主体のまわりに単に存在しているもの ( Um gebung) であるが、「環世界」はそれとは異なって、その主体が意味を与えて構築した世界 ( Um welt) なのだからである。 「環世界」というユクスキュルのこの認識は、「環境」ということばが乱れ飛んでいる現在、ますます今日的な、そしてきわめて重要な意味をもつに至っている。 人々が「良い環境」というとき、それはじつは「良い環世界」のことを意味している。環世界である以上、それは主体なしには存在しえない。それがいかなる主体にとっての環世界なのか、それがつねに問題なのである。"


積読本を減らしたい@tsundoku-herasu2026年6月15日かつて読んだ「きまった距離を何度も通る場合、歩くときに与えられた運動量が方向記号として記憶に残るので、われわれは視覚標識にまったく注意を払っていなくても、無意識に同じ場所で止まる。このため、なじみの道では方向記号がたいへん有効な働きをするのである」
ミズゴロウ@miz1422026年3月25日読み終わった@ カフェ2年前に『暇と退屈の倫理学』を読んでからずっと気になっていた環世界という概念について書かれた古典 読みやすく面白かった! 特に18年絶食し、時間が中断されているダニの話が面白い 生きた主体なしに時間はありえない あと改めて盲導犬の凄さについて考えさせられた

ゆう@yu_05152025年12月20日読み終わった細かいところはよくわからん 笑 ただ大筋言いたいことはわかって、そこからものを見る角度が変わる本だと思う。実際存在する世界と、見え方は異なっていて、生き物によっても全く変わってくるし、人間同士でも個人での差もある。同じものを見ているはずだけど見え方は違うかもしれないって前提で人と関わるとちょっと優しくなれたり相手の立場も考えられるかもしれないね。
Mai@maih1072025年10月8日読み終わった何かを学ぶとき、客観性を重視するのがセオリーだと思っているけど、それだけでは繋がらなかったり、理解が足りないことがある。 大枠を掴むには客観の視点をもっておくと分かりやすいが、主観の視点が加わると、より具体的かつ深い洞察ができるのかも。
John9zaku@exzaku2025年8月12日読み終わった書名は「生物から見える世界」だけど、分断の時代を生きる僕たちも生物に含まれてることがわかる。 虫や魚、鳥、犬猫の見えている世界を覗いているようで、人間も同じく生物として、主観的な「環世界」で個人個人が生きていることに気づかされる。 幽霊が見えるのは、作用トーンであり、うちの犬が私に懐かないのは(泣)、中年男性という知覚標識による危険のトーンなのだと理解できた。 さらに広げれば、常識や認識の違いから起きるあらゆる人間関係の悩みは、主観が同じであるという大きな勘違いが原因なんだなぁと。 でも、主観は重なりえないからこそ、宗教や国どころか陰謀論というフィクションで、人は繋がるんだとも思った。 世界を理解するひとつの手がかりが得られる名著です。


uzoo@uzoo2025年8月2日読み終わった@ カフェ清々しい読後感、純粋に面白かった。挿絵が絶妙。人間を含む全ての生物は多様であること、その当たり前の事実を確認する、よい機会になるのではないかと。


















































