スクールカウンセラーは何を見ているのか
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時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院チックが出現しやすい状況を挙げていくと、緊張感が高まる場面(小学校入学直後などの慣れない状況、わからない問題を当てられる、みんなの前で発表せねばならない)、緊張感が緩む場面(家に帰ってボーッとテレビを観ている)、情動が揺らぐ場面(遊園地で好きなアトラクションに乗る前にワクワク・ドキドキしている状況)などがあります。
時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院葛藤という非特異的指標を通して狙うのは学校へ行くことではなく、そのテーマを経ることで生じる子どもの心理的成長です。ですから、「学校に行きたくない→行けたらいい」という葛藤を感じている子どもがいて、そばで誰かが共感的に支えることができていれば、学校へ行く/行かないという結果は重要ではありません。目的はあくまでも、子どもが自分の気持ちに描かれ、世界で生きていくために必要な葛藤を抱えられる力をつけることです。
時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読み終わった@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院「学校へ行った方が良いのはわかっているけど、行きたくない」という生身の実感を持ち、その葛藤を共感的に支えられた子どもは、例外なく不登校を通して心理的に成長することができる。だからこそ、かつて不登校が「さなぎの時期」と称されていた。
時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院一方で、「不健康な甘え」には線引きが大切であり、時には「止めてほしい」と率直に伝えることも必要です。根っこは目の前の人間を「自分と一心同体だ」と感じる状態なので、具体的な出現のパターンとしては、手足のように扱う、あごで使って命令する、違う意見を言うと憤慨する、親のプライベートゾーンを触ってくるなどがあり、ひどい場合は家庭内暴力になる事例もあります。「不健康な甘え」を向けられた人は相手の一部として扱われるため、主体性を軽んじられているような不快感を覚えるはずで、これが「不健康な甘え」の見極めポイントでもあります。ただし、ずっと「不健康な甘え」に曝されているため、この不快感がマヒしている親も目にすることがあります。
時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院発達障害との関連 事例はより糸と似た面がある。より合わさっている繊維の中には「発達障害」の繊維もあれば「脱錯覚の未熟さ」の繊維もある。難しいのが、発達障害の支援では「環境調整=現実に手を入れる」を重視する傾向があるのに対し、脱錯覚の未熟さへの支援では「現実を変えずに支える」ことが大切になる点。この二つを見立てられないと、支援しているつもりで合わない対応をしてしまうリスクが出てくる。発達障害と脱錯覚の未熟さの課題の併存ケースはかなり多いため、見分けた上で混ざり具合に応じた支援をオーダーメイドしていくことが大切。 そのためには、事例検討やスーパービジョンを受けること!
時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院⑥カウンセリングを受ける なお、基本的にカウンセリングを嫌がる彼らに対して、それでもカウンセリングを受けられるようにしていくためには、親や教員の協力が必要不可です。カウンセリングの必要性を理解してもらい、親や教員が子どもに「必要だと思う」と率直に伝えられることが求められます。実践をしていると、ここのハードルが一番高いことが多いですね。
時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院④未熟さを表現されやすい大人になる 子どもは大人の失敗談を聞くことで、自分の弱さを表現する勇気を持てることがあります。 大人が衰えや弱さ、失敗を受け容れ、そんな自分でも「それなりに生きているよ」という姿を子どもに見せることが大切です。いい年をした男性が武勇伝を語ると耳にしますが、そんなものは語らずに失敗談を語れる大人になりたいものです。 ⑤言葉で明確に支えの意思を伝える 続きにもなっています。 こうやって親子間で気持ちを伝え合うことを意識的に増やすと、思わぬ利益があります。 それは「付き合える友だちが増える」ということです。気持ちを伝え合う体験は、互いのこころに踏み込む/踏み込まれる体験でもあります。もちろん、何事も過ぎれば良くありませんが、この体験が少なすぎても「踏み込まれることを怖がる」という姿になってしまいます。
時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院③未熟さを共有する練習 子どもの未熟さを共有するのにもっとも使いやすいツールが宿題です。特に小学校低学年であれば、親が子どもの宿題の丸つけをすることや、音読を評価する役割を求められます。 こうした機会を活用して、子どもの「未熟さ」を共有していくのです。宿題が学力向上と相関がないというデータもあるようですが、宿題は「その程度の目的」のためだけに行っているのではないと理解しておいてほしいものです。 目的は「子どもの未熟さを共有すること」ですから、宿題が間違っていても叱る必要はありませんし、むしろ間違っていたときには「お母さん(お父さん)も、それは苦手だったなあ」「やっぱり、あなたは私の子どもだね」などと伝えていくと良いでしょう。もちろん、「苦手だったらしなくていい」という話ではないので、励ましながら取り組んでいくことが大切です。こうした未熟さの共有を通して子どもは、自分が万能ではないこと、万能じゃなくても見捨てられないことが実感として心身に染み込んでいくのです。
時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院具体的な支援内容 ①子どもの「こころの発達」を説明する ②常識的な範囲でルールを設定 ルールは設定したら終わりではなく、そこからが始まり。ルールは必ず破られるものと思い、その時々で親子間ですり合わせることが「ルールを設定する」ということ。 脱錯覚が未熟なままの子どもの家庭は、けっこうな割合で「○○し放題」。 それは「外側の世界は思い通りになる」という万能感に繋がる。 なお、ゲームの制限方法について一言述べておくと、ゲーム機の「見守り設定」によって制限するのはオススメしません。ルール(現実)を設け、親子間でやり取りし、そこで生じる不穏感情を納めていくことが目的なのに、見守り設定で強制的に回線を切断しても「やり取り」が生じませんよね(第3章で述べた「外注」になってしまいます)。少なくとも、ルールを設定した最初期にはゲーム機の設定で強制的に制限するのではなく、親子のやり取りを通してルールを守るよう促していくことが大切です。
時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院脱錯覚を促すための基本方針 幅広い状態像を呈する脱錯覚の未熟さですが、支援の大枠となる基本方針は「現実を歪めずに伝えつつ、苦しさを支える」です。これは脱錯覚を成熟させる過程そのものですが、いま現在の子どもの環境でこれが実践できるように頭をひねることが支援になります。 脱錯覚の未熟さにアプローチする場合、子どもが現実に触れることが第一歩です。現実に触れることがないと、子どもは「未熟さに直面したときの不穏感情」誰かと共有して支えてもらうこともできなくなります。 なので、子どもが現実から離れようとするとき、「無理しなくていいよ」と不穏感情が生じないように現実を遠ざけるような対応ばかりではなく、子どもの気持ちに理解を向けつつも、可能な限り現実に入っていけるように「ごちゃごちゃとやり取りを続ける」ことが大切です。脱錯覚の文脈で生じている不登校であれば、学校に行かないことをすんなりと認めるだけでなく、「行かないことで、あなた自身が自分を責めないか心配だ」などと伝え、子どもを支えつつも、学校という現実から離れすぎないようにすることが大切になります(もちろん、無理やり行かせるという話ではありません)。
時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院③「自分の内側」を柔軟に変えられない ④「見捨てられる不安」を拭いきれない ⑤高い自己イメージ 右記のような未熟性を覆い隠すように、「高い自己イメージ」を維持し続けるという傾向も出やすいです。この「高い自己イメージ」は薄氷の上に成り立っています。つまり、未熟な自分を受けつけないことで、辛うじて維持しているに過ぎないのです。一般的には「プライドが高い」と見られる姿であり、その実態は「自分の良いところだけを見て、悪いところは頑として受け付けない」というあり様です。 この傾向がある子どもに全員面接などで「苦手なことは?」と尋ねると、「ありません」と回答したり、自分の好ましい特徴(〇〇が一〇〇点だった、友だちがたくさんいる等)を主張したりするという反応が見られます。また、自分の好ましい特徴に「めっちゃ」「全部」「完璧」「すごく」などの大袈裟な修飾語を付けがち。
時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院脱錯覚の未熟さによって生じる具体的な状態像 ①思い通りにならない場所への拒否感 ②不穏感情のコントロールが苦手 脱錯覚に必要な「不穏感情を大切な人との関係性で納める」という経験が少ない子どもは不穏感情のコントロールが苦手になりやすいです。怒りや不満、悲しみなどの不穏感情は「大切な人との関係性で納める」のが基本戦略ですが、その経験が少ない子どもは独りで不穏感情を抱えざるを得ません。結果として、不穏感情を持て余し、不満を感じやすい、感情が爆発する、手が出るなどが多くなりがちです。 よくスクールカウンセラーとしてアンガーマネジメントを求められますが、この経験が少ない子どもほど、アンガーマネジメントの効果も薄い印象です。不穏感情を「大切な人との関係性で納める」という繰り返しにより、子どものこころに「一緒に納めてくれた人」のイメージが染み込み、一人でも不穏感情を消化できるようになります。「一緒に納めてくれた人」のイメージが染み込んでいない状態でのアンガーマネジメントは、不穏感情を独りで抱えてきた子どもに、不穏感情を独りでやりくりする技術を伝えることになりかねないので注意が必要です。
時間のかかる読書人@yoko452026年5月1日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院チックの性質上、言葉のやり取りによって支えていくという方針は中心になりません。子どもが緊張感を自覚→言葉で上手に説明→受けとめて支えるというルートは子どもが幼いほど期待薄なのです。 支援では、成人言語を使いこなす前の段階、具体的には三歳より前の子どもを支えるようなイメージを持っておく必要があります。つまり、緊張を抱えているだろう子どもとただ一緒にいたり、ボーッとしたり、横並びでテレビを眺めたり、抱きしめたり、甘えを受けとめたり、くすぐってみたり(身体的な緊張が緩む)、その時間を可能な限り長くしたりすることを親に勧めるのです。「緊張感を抱えた子どもの身体ごと支える」というイメージが近いです。
時間のかかる読書人@yoko452026年4月28日ちょっと開いた@ 豆乳専科 Esola池袋店共感的に支えられることで、子どものこころは「支えてくれた人のイメージ」が染み込みます。すると、次に学校でぶつかり合いやすり合わせが怒っても、「支えてくれた人のイメージ」とともに向き合って対処することができるのです。「こころの中で誰かが支えてくれる」という状態だからこそ、親がいなくても自分で物事に対処できるということですね。 これが「自立」のしくみであり、支えのイメージが無い状態は「孤立」と呼びます。 もしかすると、学校に連絡して状況に介入したり、子どもに「こうしたら」とアドバイスをしたくなる人もいるでしょう。もちろん、いじめや暴力、犯罪などの危険に際しては、現実に介入して変えていくことが大切なのは言うまでもありません。しかし、学校で避けられないような対人関係の摩擦なら、現実を変えずに気持ちを共感的に支えていくことが大切です。どうやら、現実を変えるために動くことで、「気持ちに寄り添おうとするエネルギー」が減ってしまい、子どもに「支えのイメージ」が伝わりにくくなるようなのです。
時間のかかる読書人@yoko452026年4月22日読んでる脱錯覚を遅らせる四つのパターン ①現実の加工 上手くいかない現実を親が配慮して変えてしまう ②外注する 先生に言うよ!など他者に投げることで、子どもは不穏感情を親に向けにくくなってしまう。 ③スルー 気持ちを切り替えたのではなく、不穏感情を切り捨てているだけ。こころの中には不穏感情が処理されずに残り続けている状況 ④威嚇・恫喝 恐怖から不穏感情を表出できなくなる 結果として親子のやりとりを通して不穏感情を収められない
時間のかかる読書人@yoko452026年4月22日読んでる「自分は万能ではない」という経験もしますが、そんな自分に対しても親は大切にしてくれるという経験も同時にしていきます。そういう経験を積み重ねることで「自分は万能ではない・・・・・それでも大切にされる存在だ」という認識が芽生えるのです。うまくできなくても、自らを価値ある存在と見なす「はじまりの体験」です。
時間のかかる読書人@yoko452026年4月22日読んでる具体的に言えば、親が「よしよし」「イヤだったのねー」「しょうがないよう」などと言葉をかけながらあやすなどの行為が「納めていく」ことに該当します。これを根気強く続けていくと、親の感情の波長と、子どもの感情の波長が少しずつ重なるようになり、不穏感情でいっぱいだった子どもが少しずつ落ち着いていきます(個人差はありますけど)。 この時期に大切なことをまとめると、①子どもが成長に伴い「思い通りにならない現実」に出合う体験をする、②そのときに生じた不穏感情を、家族などの「大切な人との関係性で納めていく」ことになります。この二つを何度も繰り返すことが、この時期の子どもの成熟に父かせません。なお、前著「「叱らない」が子どもを苦しめる」でも、この二つを繰り返し体験する重要性を主張しており、特に子どもが現実に出合う体験を「世界からの押し返し」と表現しています。
時間のかかる読書人@yoko452026年4月22日読んでる2歳前後の子どもはいったん納得したように見えても、次の瞬間には不満を示すということもザラにあります。この時期の子どもに「永続的な納得」は存在しないと思っておきましょう。この時期に「親が一生懸命やっているのに子どもは不満」という状態に、親は「関わりが悪いのだ」と思わなくて大丈夫です。「納得が難しい時期もあるんだなあ」くらいに思っておく方が、親の精神衛生上はよろしいのではないかと思います。 このように親との関係を通して、子どもが「自分の欲求のままにはいかない体験」をする機会が増えてくるのが「イヤイヤ期」になります。「泣けば世界は変わる」「世界を思い通りに変えられる」という万能的な有力感を備えていた子どもが、本当の意味で外界と出合い、泣いても変わらない体験、世界を変えることができない体験をしていくわけです。
時間のかかる読書人@yoko452026年4月22日読んでる万能感と自己肯定感をイコールと見なさない ここで一つ、現代の子育て論の懸念を述べておきましょう。それは、この時期の「万能感」を維持することが、その後の「自己肯定感」につながるという考え方です。前項で述べた「万能感」は、ごく狭い世界(親子間)によって生じるもので、言わば「外界に本格的に参入していない」ことを前提とした感覚になります。 対して「自己肯定感」は、自身のポジティブな面だけでなく、ネガティブな面も含めて「自分の一部」と思えることであり、ネガティブな面を持つ自分をも「肯定できる」という実感です。このポジティブ/ネガティブという認識には、多少なりとも「外界との関わり」が影響しているので、この点だけを見ても「万能感」とは趣が異なるのがわかるでしょう。 こうした「万能感」と「自己肯定感」を完全に別物と捉えるか、それとも地続きと見なすかは議論のあるところでしょうが、まったく同じものとして扱うのはさすがに無理筋です。 少なくとも、「万能的な有力感」が外界との関わりを通して調整され、「現実的な有力感」になっていくことが大切ではないでしょうか。この点を間違えると、幼児的な「万能感」を維持してしまい、子どもの社会参入に不都合を生じさせる恐れがあります。
時間のかかる読書人@yoko452026年4月22日読んでる@ 独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院学校で過ごしていると「誰にも頼らない」「自分だけで悩みを抱える」ことを自立した姿だと思っている子どもと出会うことがあり、それがカウンセリングへの抵抗になっている場合もあります。確かに、社会で大きな混乱なく過ごせている人は、一見すると誰かに頼ることなく生きているように見えるかもしれません。しかし、彼らのこころには「支えられた体=トトロとの出会い」が幾層にも重なっていて、内側から支えてくれているからこそ、現実に対応しながら生きることができているのです。カウンセリングを受けるということは、現代において数少ない「トトロと出会う方法」の一つなのかもしれませんね。
ぐ@busy-lake2026年4月19日買った読み終わった優しい本だった。 その『優しさ』の守備範囲外にある、あの子たちの絶望に誰が届くのかを考えた。 本書は「子供は慈しまれるべき存在であり、親は子の幸せを願うもの」という光の当たる善意を前提に書かれてる。 スクールカウンセラーを志す人向けという性質上、システムが機能する「健全な範囲」のケースが丁寧に語られるけど、その背後にあるはずの「救いようのない暗がり」については書かれてなかった。 わしが本書を手に取ったのは、身近で耳にする「親の都合で学校に行けない子」や「家庭という密室で追い詰められる子」の存在が気になってたから。 専門家なら、その深淵に届く言葉を持っているのではないかと期待して読んだ。 今話題になっているあの事件のことも、頭の片隅にあった。 スクールカウンセラーを仕事にしている人は、あの惨状に何を思うのか。 いつの時代も形を変えて現れる「声なき叫び」に対して、このシステムは、あるいはこの本は、どんな救いを用意しているのか。 残念ながら、わしが求めていた答えはここにはなく。 本書が扱う「不登校」や「身体症状」という悩みは、ある種の平和な日常の上に成り立っているもの。 でもママ友とのランチで他人事として話題になるのは、より深刻で暴力的な断絶。 それはこの本の、あるいは今のシステムの「外側」に置かれていて、 内側に置かれるものは、ママ友とのランチで自分ごととして語れる程度のものだとわかった。 だからこそ、ランチの中でこの本を当事者として話題にするにはアリではある。 「担任から面談を勧められたけれど、何だかよくわからない」と戸惑っているママが読むといい本。 世間のイメージと実体のズレを修正するには良い本だと思う。 ただし、スクールカウンセラーというシステムを、深刻な事態の報告先として期待しすぎると、肩透かしを食うのかなと思った。 わしの問いを解くには、別の本、あるいは別の視点が必要なようです。 それでも、この本を通じて「今のこのシステムができること」の境界線が明確になった。 娘に万が一のことがあった際、過度な期待も不信感も抱かず、解像度高くスクールカウンセラーという選択肢を検討できるようになった。それは一つの確かな収穫。
ぐ@busy-lake2026年4月17日グイグイ読める! 最近はもう文章なんて読めないんじゃないかってくらい集中力が死んでたけど、 久しぶりに紙の本で文章読めてる。 平易な文章なのと、身につまされる内容なのが読みやすい理由だと思う。 スクールカウンセラーを志す人向けの本ではあるけれど、 スクールカウンセラーについて利用者側で知りたい人にも良いと思う。 ただそればかりではなく、 スクールカウンセラー目線で子供の心の発達を解説していることで、 自分の子育てはどうだったか、 自分はどう育てられたかを振り返ることになって、 無関係な人がいない内容になってる。 娘の友達に心配な子がいる。 ただわしが素人考えで関わるのは危ないと思うし、 かといってスクールカウンセラーに即座に相談!出来るような環境ではないのです。 スクールカウンセラーはいるんだけど、どんな仕事してるかわからないし、 その個人が信頼できるかわから ない。 この本を読んで、娘とその友達に、自分は何が出来るか考えてる。








