何も共有していない者たちの共同体

22件の記録
- 糸太@itota-tboyt52026年4月10日他者との共有を研ぎ澄ました先にある、目指すべき共同体があると考えたとき、それに並行した、もうひとつ別の共同体の姿を探っていこう。本書の試みを、私はこんな風に解釈して読み進めていた。 でも難解で、なかなか頭に入ってこない。代わりにずっと頭の中に浮かんでいたのは、同時に読み進めていた「現代川柳」のことだった。 現代川柳は、ぱっと見、意味がよく分からない。でも心に何かが引っ掛かるので、読み返して自分なりの解釈を試みる。ここに現れる作者と読者のコミニュケーションは、おそらく作品の真意を「共有」できているかは関係ない。何かを伝えたかったんだろうなという数文字の羅列と、そこに寄り添ってみたいと思う気持ちだけがある。 「共有」を優先するなら、思いを多少犠牲にすることで、言葉はその役割を充分に担えるだろう。でも、あえて川柳を書いた。なぜかという理由を、言葉で説明することはできない。言葉の限界を超えたところにこそ、きっと理由はあるのだから。 もうひとつの共同体が立ち上がる契機は、あらゆる場所に潜んでいるのかもしれない。そう思える心の土壌を、もっと豊かに育てていければ嬉しい。
プールに降る雨@amewayamanai2026年3月30日読み始めた読み終わった“私は、病院であれ貧民街であれ、孤独に死にゆく人を見捨てるような社会は、みずからその土台を根こそぎにしているのだと考えるようになった。私たちと何も共有するもののない──人種的なつながりも、言語も、宗教も、経済的な利害関係もない──人びとの死が、私たちと関係している。この確信が、今日、多くの人びとのなかに、ますます明らかなかたちで広がりつつあるのではないだろうか?”p.12 哲学的エッセイというジャンルを知った。この手の本があればもっと読みたい。 リンギスの個人的な体験を交えて、時に詩的につづられる哲学的考察。その文章はつかみかけたと思ったら指の隙間からすり抜けてしまうようで、理解しきれたとはとてもいえない。 言語を共有しコード化することで個人が交換可能な存在になる近代合理主義では捉えきれない、共有するものを持たない者どうしの、〈私〉でなければならないノイズに満ちたコミュニケーション。 インターネットにおいて顔の見えない相手との攻撃の応酬が日常となっている現在の状況に倦んでいる身としては、あらたなパースペクティブが示されるようだった。



























