消費される階級

消費される階級
消費される階級
酒井順子
集英社
2024年6月26日
33件の記録
  • らん
    @raaaan1212
    2026年4月3日
  • 部分読み
  • 雪餅
    雪餅
    @yuki3daifuku
    2026年3月19日
  • 綾鷹
    綾鷹
    @ayataka
    2026年3月2日
    あの人より、上か、下か―― 「差別や格差を無くして、様々な違いを持つ人々が全て横並びで生きていきましょう」となった昨今、表面上は序列、区別、差別は消えたものの、姿を変えた「凸凹」は、いまだ世の中のあちこちに。 「上に見たり、下に見たり」を考察する21タイトル。 変わってきた差別や格差について。 上の世代の発言への違和感にこの本でなるほど〜となったり、自分の歪みを再認識して悶えたり。。 大きく目に付くものは控えられているけど、形を変えて差別や格差はなくならないのだなぁ。 くだらないなぁと思いつつ、自分も考えてしまうものもある。 自分の考えは絶対でないし、考え方の歪みも認識していたい。 ・今、あってはいけないものとされているのが、「差」です。差別はもちろんのこと、格差だの段差だのといった「差」の字が入る言葉はたいてい、よくないことを示す時に使うもの。「違い」があるのは当たり前だが、「差」はなくしていくべきであると、現代の人々は考えているのです。 ・経済力や家柄や統率力が「上」の人々が集団の「上」に立つ世の中がどの国でも長く続き、そこには階級が定着しました。ある階級に生まれるとそこから抜けることはできず、子孫達もずっとその階級で生きていくしかない。・・・・・というシステムを崩すべく、やがてあちこちで革命が起こり、古い階級が消滅して近代が始まったのです。 日本でも明治維新という革命や、第二次世界大戦での敗戦によって旧来の階級は消滅した、ということになったものの、女は男よりも下、といった階級は残り続けました。華族だの土族だのといった階級はすでに日本には存在しませんが、周囲を見回してみれば、まだ何と多くの上下差が存在することか。華族だの土族だのといった明確な身分差があった時代よりも複雑で巧妙な見えない階級があちこちにあって、私達はしょっちゅうその段差に蹴つまずいているのです。 ・人が二人いればすぐに上下をつけたくなる人間という生き物は今、もしかしたら本能なのかもしれないその「上下差をつけたい」という欲望を内に秘めつつ、「違いを認め合い、すべての人が横並びで生きる」という難題に挑もうとしています。 ・原始的な時代は、女性が子供を産んだなら、母乳を与えている間に男性が狩猟などに出かけ、獲物を女子供に分け与えたのだと思います。その時代は、それぞれの能力のバランスが取れていたのでしょう。 しかし貨幣というものが登場してくると、「食べ物を持って帰ってくること」が、次第に「お金を持ってくること」となり代わり、お金を稼ぐことの意味が肥大化していきます。ほとんど全てのことがお金でどうにかなるようになると、「お金を稼ぐこと」の価値が、他の何を生産することの価値よりも、ぐっと高くなったのです。 女が「低」であり「下」であるという男女階級の構造は、その辺りから始まったものと思われます。お金の意味が高まるほどに、女性の価値は低下していったのではないか。 ・今の若者にとって第二次世界大戦は、遠い昔の歴史上の出来事、という感覚かと思います。が、父親は元軍国少年で祖父は出征していた世代の私からすると、第二次世界大戦は「自分は体験していないが、それほど大昔のことではない」という認識。その戦争で負けるまでは、女性に選挙権は与えられないどころか政治的には「無能力者”とされ、男は婚外セックスし放題なのに対して女は姦通罪で捕まってしまうという状態であったことを知った時、私はたいそう驚いたものです。そんなに最近まで、男女の性差は階級の差として公的に認められていたのか、と。 ・少子化が進みける今、子供という存在は、親にとっても社会にとっても貴重品であり、貴重品であるからこそ、フラジャイルとして扱われています。親の経済力や子育て能力等に多少の問題があっても、昔であれば「仕方がないですね」で済まされたのが、今は「1人一人の子供を大切に育てなくては」と、丁寧にケアされるようになってきました。親の階級をそのまま子に引き継がせていたら、日本という国が保たなくなってきたのです。 ・今、「順位をつけない運動会」といったことを行う学校があるのだそうです。運動が苦手な子達がかわいそうだからと、徒競走などの競技で勝敗や順位がつかないようにしているのだそう。 そんな学校にたまたま入ってしまった「力」を持つ子は不幸であると、私は思います。 勉強は嫌いだが運動が得意な子供にとって運動会は、学校生活で最高の舞台。そこで得た自己肯定感が、その子の一生を支えるかもしれません。 だというのに「順位も、勝ち負けもつけません」となったら、その子はどうなる。この先、上の学校に進む時も就職をする時も、勉強による順位づけは当然のように延々と続くというのに、運動による順位づけだけが「かわいそう」となるのは、「勉強が嫌いな子よりも、運動が嫌いな子の方が大切」という感覚があるからではないのか。 今、優劣や勝敗や順位の「見えない化」が着々と進行しています。徒競走の時に全員で手をつないでゴールするというのは、その一つのあらわれでしょう。 しかし「見えない化」を進めても、一枚めくれば、その下には明確な隣ち負けや順番が存在しています。勝負の「見えない化」は、世の理不尽さをも見えなくしてしまうのではないか。 ・学校に行かないことを選択した子供達は、無理に登校する必要がなくなって、ほっとすることでしょう。職場がつらくて引きこもり状態になった人も、「一人」というノーストレスの状態で過ごすことによって、開放感を得るに違いない。はたまた、昔なら「負け犬」と言われた年頃の人が、負け感など感じずに過ごすのも、悪いことではないのです。 しかしそんな若い人々は、それが自分で選んだ孤独であるが故に、「孤独がつらい」と表明しづらくなっているのではないかとも思うのでした。 たとえば私と同世代の人は、結婚がしたいのにできないという状況下で多くの人が焦燥感を抱き、もがいていました。すると誰かが同情してくれたり、「いい人を紹介しよう」と手を差し伸べてくれたりしたもの。 対して今は、 「結婚をしなくても、それは一つの選択なのだから、今の人は焦ることも、もがくことも しないのでしょうね」 と周囲から見られ、「だったらそっとしておこう」と、誰も手を差し伸べません。 しかし本当は、「結婚したいのに、できない。婚活もうまくいかないし」という悩みを誰とも共有できないことがまた孤独、という人もいるのではないか。そしてその手の人は、かつての我々のように、キャンキャンと遠吠えもできずにいる。 ・推しを持つ人々は今、私のような推せない女”に、「推しを持つということが、いかに人生を豊かにしているか」を懇々と説きます。 「推しがいなかったら私、生きていくのが嫌になっていたと思う。あなたも推しを持った方がいいわよ」 「ライブに行くと、全身の細胞が活性化される感じ!」ということで、推しを持つということは、ほとんど健康法とか宗教のようなものとなっている。その手の人の前で「推しを持たない人」は、喫煙者とか異教徒とかのように見られるのです。 ・おたくの人々の多幸感の源は、「好かれる」ことに無関心、というところにあるのではないかと、私は思っています。思う存分に「好く」ことさえできれば、好かれなくてもおたく達は平気。もちろん、誰かから好かれればそれなりに嬉しいにしても、好いている対象から好かれなくても、またその他大勢から好かれなくても、彼等は何ら痛痒を感じない模様です。 好かれることに無関心なその姿勢は、「モテ」に汲々とする人々とは正反対に見えるのでした。より良い異性と付き合ったり結婚したりするためにはとにかくモテなくては、と特に女性が必死になっている時代が、かってありました。相手に好かれる外見になるように努力をし、相手が手を出しやすそうな発言や態度を心がけるというその姿勢は、楽しそうでありつつ、大変そうでもあった。 モテそうな外見、モテそうな言動をいくら軽えたとて、最後の判断は相手に任せなくてはならないという、受動的な状態にあるのが、モテの現場にいる人々です。自分が本当に好きなこと、したいことをするというよりも、相手の好みを予測し、合わせてばかりいることによって、彼女達からは「好く力」が薄れていったのです。 対しておたくは「どうしたら好かれるか」という思考は捨て、対象を好く能力のみを肥大化させた人々です。そこに見返りがなくとも、自分が存分に好くことができれば、満足することができる。 ・が、しかし。ここまで読んでデジタル世代のあなたは、「アナログ時代って、なんか楽しそう」と思ったのではないでしょうか。書くという作業は、確かにパソコンを使用した方が楽と言えば楽。しかし、いちいち編集者と会って原稿用紙というブツを渡し、目の前で眺まれて身脳えたり感想をやりとりしたりという時間は、濃厚だったもの。学生だった私は、その後にごはんを食べさせてもらうのも楽しみでしたっけ。誰かと会って話すことによって、様々な刺激や摩擦が生じるその時間が、楽しかったのです。 今の若者が、レコードやフィルムカメラといったアナログ用品にあえて手を出したり、ライブやフェスに行くのが大好きだったりするのも、アナログの良さを感じるからなのでしょう。タシタル技術を使用することによって人は時間を節約し、本当に必要な情報の周囲に付魔している女雑物を取り払うことができるけれど、全ての時間を短縮して無駄をなくすことによって、どこか虚しさを覚えるのではないか。 野菜を育てたり、料理を作ったり、キャンプをしたり。そんなアナログ作業が流行っているのも、デジタル化の進行に伴う揺り戻しのようなものでしょう。デジタル化によって 生み出された時間で、人はアナログプレイを愉しんでいる気がしてならない。 ・だからこそ男性アイドルを見る視線にも、そのような眼差しが含まれていたように思うのです。すなわち、歌ったり踊ったりすることによって女性からキャーキャー言われる彼等は、「イケメンはいいよな」などと言われながらも、男性ヒエラルキーの中では番外地のような立ち位置。性加害の話も「特異な世界だから、仕方ないのかもね」程度で放置されたのではないか。 ・一方で若い世代はと見てみると、日本の国力が下がっていくことに、さほどのショックは感じていない様子です。若者達は、日本の「かつての栄光」を知りません。どうやら日本が、経済面でアメリカを脅かすほどの勢いを持っていた時代があったらしいとは知っているものの、それは日本史上の一つの出来事でしかない。 生まれた時から自国があまりパッとせず、世界的に注目されるものと言ったらせいぜいマンガやアニメやゲーム、という世を生きてきた彼等。中国が日本よりも経済大国であることも当たり前だし、ドイツに抜かれるのもしょうがないんじゃないの、ともなりましょう。 若い世代は、経済の発展よりも、一人一人の幸福の方が大切だと思っています。 「上の世代は物質的な豊かさばかりを追い求めていましたが、私達はそれよりも、精神や環境の豊かさの方が大切なのです」と。 ・昨今の若者の中には、地球温暖化や環境破壊のニュースが気になるあまり、「それに自分も加担しているのではないか」と思うと、夜も眠れない人がいるのだそう。デパ地下やスーパーで大量の食品を見ると、「これがフードロスになるのか」と思って涙がにじむ、という人も。買い物をする時も環境に配慮した商品か否かを考慮して選ぶという姿勢が、彼らには浸透しています。 かたや我々世代は、温暖化も環境破壊も承知はしているけれど、それはそれとして、夜はぐっすり寝てしまうのでした。何歳になっても新しい服も靴も鞄も欲しいし、それらを買う時に、環境に配慮した商品かどうかを確かめてはいなかった・・・・。 そのような若い人々を見ていると、国を一流だ二流だと格付けする感覚を、もはや持っていないように感じます。GDPの順位が上がっただの下がっただのよりも、地球環境をよりよくしたり、誰もが傷つかない世にする方が重要な問題なのです。 ・彼らの感覚は、他のアジアの国を見下げたり、支配しようとしていた時代の日本人とは大きく異なります。他者を下に置くことによって自分が上がっていこうという欲求は、そこにはないのです。 このような感覚は、時代が進むにつれてさらに強まることでしょう。そして日本は、「なにくそ」とか「追いつけ追い越せ」という精神によってエンジンをふかす国からの転換を求められ、他者の上に立つとか下に見るといった感覚や、全体のために個人が犠牲になるといった感覚から、離れていくのではないか。 日本の国力は、やはりじわじわと下がっていくのでしょうが、しかしそのことに対して、焦りや悔しさを覚えない人が増えれば、さほどの問題にはならない。人口も減り続け、少ない人数を優しく育てることによって、さほど貧しくなく、安全で目立たない小国として生きていくのではないか。 ・中でも地味にダメージをもたらすのは、ポリコレ意識の変化により、世が正しく”なり続けていることです。様々なハラスメントはもちろん、他人を下に見たりカテゴライズすることもご法度。そんな正しい世では、自分の「正しくなさ」が日々、我が身を削るのです。 とはいえそんな世においても、様々な格差や、人を上に見たり下に見たりする欲求は残り続け、その欲求は水面下で膨張しているのではないか。・・・・という思いをもって書いたのが、本書となります。そして平板化が進む世においては、人々は差を乗り越える術を失い、微細な差にもつまずくようになったのではないか、と。 本書に皇室についての記述が多いのは、皇室は唯一存在してよい「差」だからなのでしょう。公的に認められた上つ方である皇室の人々を仰ぎ見るのも非難するのも、青人草にとって恰好の楽となっているのを見ると、「差」への愛、を実感するものです。 表面的な格差や差別は、今後も減少し続けるであろう日本。そうしてできたつるつるした世の中は歩きやすいだろうけれど、滑って転んでしまう人もいるに違いありません。つるっとした世では、段差の多い世よりもずっと、立つ時も歩く時も力が必要となるに違いなく、そんな世に向けて、今はせっせと筋力を鍛えるしかないのでしょう。
  • こ
    @kotoriii_
    2026年2月17日
    綿矢りささんのおすすめ
  • 読書猫
    読書猫
    @bookcat
    2026年2月12日
    (本文抜粋) “加齢によって余儀なくされる様々な衰えを自覚した者にとって、艶やかな髪や弾力のある肌を目の当たりにした時に感嘆の声をあげるのは、自然な反応ではあるのです。しかしあまりに若さを寿ぐ声が強いせいで、年をとることに対する忌避感が強まりすぎている気も、するのでした。” “「若い」は、年齢が低いことを形容する言葉です。が、年齢が高いことを示す言葉は、「老いる」「老ける」のように、動詞。このことは、人は年をとることはできるけれど、決して若くなることはできないという事実を示しています。” “おたくの人々の多幸感の源は、「好かれる」ことに無関心、というところにあるのではないかと、私は思っています。思う存分に「好く」ことさえできれば、好かれなくてもおたく達は平気。” “美を追求する活動は、昭和時代よりもずっと先鋭化しています。かつては、「自分が他人からどう見えるか気にしている」との感覚を持つのは恥ずかしいこととされていましたが、誰もがネット上に自分の姿を晒すようになってその見栄えが問われるようになると、そのような感覚を持つのは当然のことに。と言うよりも、「より美しく自分を見せる」という行為が、マナーの一環のようになってきたのです。”
  • こまつな
    こまつな
    @komatsuna_7
    2026年2月12日
    綿矢さん気になる本
  • yet
    @yt_75
    2026年2月11日
  • 身分や階級みたいなわかりやすい序列がある方が、色んなことをそういうものだと諦められて上昇志向がない人にとっては心理的に楽だったりしそう。でも、そんな社会的な階級は今はもう表面的には無くなっていて、ではどうなっているかというと色んなところで別の軸の勝ち負け/上下を決めるミニゲームが勃発してるんだということが分かる本だった。 何かデータ的な根拠があったりはしないけど、多くの人がうんうん確かにそうかもと頷ける着眼点が面白い。こんなことで上か下か決まるなんてホントしょーもないなと読みながら呆れつつ、人間ていうのは序列から逃れられない業を抱えている謎の生き物だなと思った。
  • ゆうき
    @yuuuuuuki
    2026年1月31日
  • ぶらん
    ぶらん
    @noblanc
    2026年1月4日
    時世を切り取ったエッセイなので旬なうちに読んだ方がいいですね 図書館で予約待ちしてしまったのは自分の失敗でした 身も蓋もないのに軽やかな語り口が絶妙です マーガレット酒井さんの頃から好きです
  • さく
    さく
    @hisaku818
    2025年12月31日
  • ばたけ
    ばたけ
    @3rdwelfyt
    2025年12月30日
  • kahodayo-🌟
    kahodayo-🌟
    @xoxo118
    2025年11月24日
  • 鷹緒
    鷹緒
    @takao_tanka
    2025年10月12日
  • lily
    lily
    @lily_bookandcoffee
    2025年9月11日
  • Lukutoukka
    Lukutoukka
    @lukutoukka
    2025年9月10日
  • いぬ
    いぬ
    @inu_0227
    2025年7月29日
  • すじみち
    すじみち
    @gisu_michi
    2025年7月19日
  • ぴた
    @ptkd
    2025年5月4日
  • ぐ
    @busy-lake
    2025年5月1日
    エッセイというもの。 この人の書くものの切り口のせいだと思うんだけど、 自分がこのSNSに慣れ切った感覚で、 特に何かを専門に研究してるわけでもない人の、 根拠の弱い考えを聞くというのが、 最近ずっとなかったことだと、新鮮に感じた。 ああ、根拠となるデータはないんだ。と思うと、ちょっと足元がフワフワする。 根拠がないのは悪いことではなく、 面白ければ何を言っても価値がある。 この面白さの多くが共感、あと新しい視点。
  • @Mimi
    2025年4月11日
  •  nzm
    nzm
    @nzm-kd-14
    2025年4月5日
  • 喜多倉
    喜多倉
    @kitakura473
    2025年4月5日
  • masami
    masami
    @samiri
    2025年3月1日
  • soi
    soi
    @soi_i22
    2025年2月16日
  • sas
    sas
    @sas
    2025年2月8日
  • Usui
    @lighbury
    2024年1月1日
  • 桒野
    桒野
    @kuwano
    1900年1月1日
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