オマルの日記
34件の記録
頑な鰯@katakuna_iwashi2026年7月14日買った読み終わった読み進める途中、何度も自分のことを恥じた。重い話だからと本を置き、ストレスなく読めるエッセイに手を伸ばした。食事の前には読むことを控えた。「あなたの気分を害したらごめんなさい」と繰り返すオマルの言葉が重くのしかかる。彼が訴える通り、SNSに流れるどんな言葉も、どんな動画や写真であっても、当事者のリアリティには到底及ばない。それなのに、その氷山の一角すら直視できない自分がいる。見たくない現実を半ば本能的に遠ざける。書いてあることを想像しようとしてもできない。そのことが心から恥ずかしい。こう記していることすらも偽善のように思えてくる。 地獄とは、その苦しみが誰にも届かないこと。国際社会に見放されたガザ、何の罪もない、ただ自分の愛する故郷で幸せに暮らしたいだけのガザの人たちに対して、考えうるすべての手を尽くして暴力の極みを突き進むシオニスト・イスラエル。想像すらできないほどのパレスチナの人々の絶望は、こうしている今もなお彼らを覆い続けている。 印象的だったオマルの言葉からひとつ抜粋する。 "この世界には、ガザのジェノサイドの規模を受け止め、どうにかしようという心の余裕がない。資本主義によって、国家も人々も利己主義の中に追い込まれ、集団としての気づきが育たないのだ。かつて僕は、世界は真実と正義のために革命に立ち上がると信じていたが、それは間違いだった。そして、この世界で権力を持つ者は、 ジェノサイドを実行し、僕らを焼き、僕ら全員を破壊している張本人とイコールだ。" 偶然併読していた『なぜ働いていると本が読めなくなるのか(三宅香帆)』の中で、新自由主義についての記述があった。「変えられるもの」としての政治は過去のものとなり、「変えられないもの」としての経済の時代になった。政治も経済と同じく、自分の力では変えられないものとして扱われはじめる。その波を読んで乗ることの価値が大きくなる。新自由主義では、「行動」に焦点を当てた自己啓発に端を発し、自分以外の文脈をノイズと見なして取り入れずに排除した上で、コントローラブルな「自己の行動」のみにフォーカスしていくべきとされた。家族的な会社文化は衰退し、他者との繋がりが希薄化していく中で「自己責任」の意識が多くの人々において内面化し、結果として自分を追い詰め、燃え尽きることとなる。 資本主義、新自由主義社会の中で、人を気にかけることができない。「集団としての気づきが育たない」というオマルの指摘は的を得ている。自己責任の意識が内面化された人々は、利己主義に走り、他人を思いやる余裕がなくなった。突きつけられた理不尽に抵抗し続ける人がいると知っていても、多くの現代人の中に「変えられるものとしての政治」はもうないのである。 ただ、そんな現代人が明らかに見逃している点は、人道危機が続いても国際社会は助けてくれないという状況が、自分の身に振り注ぐ可能性があるということだ。いたって普通の生活をしていたガザの人たちが、ある日突然その日常を奪われ、虐殺される。世界に蔓延る強大な権力者がひとたび矛先を向ければ、抵抗する手段を持たない人間はひとたまりもない。この状況を変えないと、さらなる悲劇が繰り返される。その連鎖を止めなければならない。そして我々にはその義務がある。戦火に晒されず平穏に暮らしている人こそが、生を脅かされていない人こそが、状況を変えられるチャンスを手にできる。戦禍にいる人に与えられるチャンスは限りなく少ない。今こそ本質を見極め、考え、行動すべきだ。それが誰かにとって遅すぎたとしても、また他の誰かにとって遅すぎないように最善を尽くすのだ。 『オマルの日記』がたくさんの人に読まれればよいと思う。地道かもしれない、手遅れになるかもしれないが、訳者が記しているようにまずは知ることからしか始まらない。資本主義、新自由主義の中で忘れていた「集団としての気づき」を、市民どうしの連帯を思い出すのだ。 最後になりましたが、この本を店頭で勧めてくれた「一乗寺BOOK APARTMENT」の店主である北本一郎さんに、心より感謝します。大切な本に出会えました。少し遠方ではありますがまたお店に伺い、感想を直接お伝えできたらと考えています。

頑な鰯@katakuna_iwashi2026年6月24日読んでるオマルの日記を読み進めるたび、本を持つ手に力が入る。人でなしなんて言葉では言い表せぬほどのシオニストの所業。悪は、嘘は善に勝つことは絶対にないと言い切るオマル。それを信じ、現状を変えられる者が変えていくのだ。他人は変えられないかもしれないが、自分はこの世で最も変えられる可能性の高い存在だ。次にどうするかは、自分次第でしかない。選択肢を自分で選び取るのだ。それが「生きる」ということだ。生きられない、生きられなかった人にとって、生きられる人が生きることが希望となる。
読書日和@miou-books2026年5月9日読み終わったガザに住み、文学と詩を愛するパレスチナ人青年が 毎日Xに投稿しつづけた、ありのままのガザ。 読みやすい文章なんだけど、彼の言葉があまりにも刺さる。 彼の日常、そして安全な場所から眺めている私。 一言一言かみしめて、きちんと気持ちをガザに向けて読まないとだめだと思って、ゆっくり読んだ。 彼は何度も移動を強いられ、止むことのない爆撃と過酷な天候、飢餓と病気に苛まれてきる。爆撃でちぎれた誰かの手が顔に張りつく感触、原形を留めない遺体の肉塊が詰まった袋の重さ、目の前で胸を撃たれた義姉の死。最後化も知れな友人との電話。偶然近くにいた人から聞いた、凄惨な拷問と殺戮の話。 人間なのに、なんでこんなひどい行為ができるんだろう。 大手のメディアでは決して報じられない残虐な行為。 なんと感想を残していいかわからない。忘れてはいけないと思った日記をメモします。 ====== 8/22 もしあなたが僕の立場なら、あなたは死を拒みますか? カウチに座って「無事でいてね、がんばって生き延びて、気を付けて」なんて言ってこないでくれ。そう言った後は、どうせ本のページをめくったり、面白い映画をみたりするんだろう。僕たちはコンテンツじゃない。 僕たちは魂だ。毎日、奪われている魂なんだ。 10/10 僕が一番恐れているのは、家族が死んでしまって、たった一人で生き残ることだ。 10/22 兄が、眠る前に訊いてきた。「俺たち、生き残れるかな?」 僕はしばらく黙ってから答えた。「無理だろうね」 12/25 少女たちのつくった歌の一節 昔は夢見ていたの、ガザに港と空港ができることを そして世界を旅して、電車に乗ることを 私の夢は、他のみんなと同じように幸せに、そして自由に生きること ビダル・ダッブールさんの言葉 「もし私が死んだら、どうか忘れないでくれ。私が、私たちが、それぞれの人生を生きる人間であったことを。私たちには名前が、夢が、努力を実らせた瞬間があったことを。そして私たちの過ちは、私たちに押された劣等民族という烙印のみであったことを」

空とぶキツネ@ryojo-_-031014252026年4月25日読み終わった読むのがちょっとつらかった 彼らが願うのは私達と同じように穏やかに暮らすこと 毎日死を願いながら生きるのはどれほど過酷なことなのか想像もつかない 1日も早い平和が訪れますように
盛り@fzke03152026年3月3日読み終わった今読むべき本かと思い読んだ。 今どころかもっと早く読むべきだった。 イスラエルのガザ侵攻についてニュースでやっていたのを流し見する程度の関心であったのを悔やむ。 ある日突然自分の大切な人が死んだら、目の前で尊厳を踏み躙られて殺されたら、憎しみを持ってして返すしかないだろう。そうして人との間の暗がりは広がるばかりで争いが終わることはない。 本文中でいくらかあったように、この本を読んでいてもわかったことなど自分の無知無関心程度で、戦争の悲惨さや残虐行為の本質など体験していないからわからない。それでも読んだからには、知ったからには考えて声を上げなければならない。 万人と仲良くなどできないとわかっていても人を人とも扱わない行為は理解できない。




あんこ@ancoco72026年2月11日読み終わったずっと歯を食いしばって読んだ。思うこと感じたことはたくさんあるけれど、私はただ、読んだだけ。わかったつもりになってはいけない。 停戦したはずの今もなお襲撃されていることがやるせなくてたまらない。
しましま@simasima_30k2025年11月18日読み終わったこの本を読んで私が言える言葉なんてなにもない…。これが現実…。全日本人読んで。オーディブルにして。教科書に載せて。パレスチナで生きる人について知ることからはじめよう

























