はる
@HALRUNMAN
ことばを愛してる
- 2026年2月24日
ティファニーで朝食をトルーマン・カポーティ,村上春樹買った - 2026年2月23日
- 2026年2月21日
異邦人カミュ読み終わった気になったまま、勢いで読み終えた。 もともとカフカ由来の「不条理」が好きで、より定義を深めるためその関連に触れた 不条理を認識して、真っ向から立ち向かう雰囲気と、普段個人的に感じてる人生の意味、その解釈がリンクしてて興奮した - 2026年2月19日
彼女の思い出/逆さまの森J・D・サリンジャー,金原瑞人読み終わったグラース家やコールフィールド家から独立した、それぞれの短編 しかしどこかで登場人物がリンクしていたり、やはりサリンジャーの短編は、「その世界で生きているひと」を感じる 「逆さまの森」コリーンのように、ひとりで生活する能力があって、本当の愛の受け取り方がわからないひとが好き 現状サリンジャーの書籍はこれが最新で、最後である。寂しいね - 2026年2月13日
このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年J・D・サリンジャー,金原瑞人読み終わった「もうひとつのナイン・ストーリーズ」とは言ったもので、コールフィールド家にまつわるいくつかの短編集と、そして、若きシーモア・グラースの、既にシーモア・グラース足らしめる風格を感じさせる、書簡体の中編 『ライ麦畑でつかまえて』ですべての若者に影響を与えたであろうホールデン・コールフィールドと、その兄が登場することで、コールフィールド家について造詣が深まる 深まった造詣は、そのまま記憶に影を落とすが…… 『ハプワース16、1924年』では、弟バディ・グラースを溺愛していたり、両親に対して、およそ7歳?とは思えない、大人の友人としてアドバイスを送っていたり……既に30代で命を落とすことを予見して、それについては何も気にしていないところが、やはりシーモア・グラース足らしめる所以なんだろうな - 2026年2月7日
ライ麦畑でつかまえてジェローム・デーヴィド・サリンジャー,野崎孝読み終わった - 2025年12月31日
すべて真夜中の恋人たち (講談社文庫)川上未映子読み終わった読みおわってからもうそろそろ2か月が経つけど、いまだにこの本を、入江冬子さんを、三束さんとの関係を、愛してる 入江さんのような人のことを愛している - 1900年1月1日
- 1900年1月1日
- 1900年1月1日
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夢十夜夏目漱石読んでるすごく好きな人に教えてもらった本 最後まで読み終えてしまうと、その人との関係も終わってしまうような気がして、終わりたくない明晰無を見ているように、教えてもらった一節だけを繰り返している まだ百年が来ているということに気付かないでいたい - 1900年1月1日
新訂 枕草子 上 現代語訳付き河添房江,津島知明,清少納言読んでる清少納言が好きだ。清少納言の感性が好きだ きっと日常のすべてを書き連ねることができるだろうし、日常のすべてを書いてるだけなのに、それがすごく身近で、文学性を帯びてるというのが愛らしいところ - 1900年1月1日
文学入門桑原武夫読んでるありがとうKindle Unlimited ありがとう岩波書店 ふだん新書はどうにも苦手意識(言語化できるものではある)があって触れていないけど、我らが岩波新書であること、文学を扱っているということ、そして古典だからという理由で触れてみた やはり古典は良い 文体が変に「今っぽく」ない そして権威もある(ここでいう権威とは、しっかりとした情報源があって、誰もが信頼に足る情報源だと言えること)。なによりも、個人的に文学について感じていたことを、的確にことばにしてくれているというのが、感謝する他ない 「おもしろくなるように書いたものは文学ではないし、そういった書で喜ぶのは世間を知らない子供である(ちゃんと成長すれば、良い文学の見分けがつくようになる)」みたいな言説が好きだな ……まあ、新書は苦手だから、ちゃんと読み進められてはいないんだけど…… - 1900年1月1日
金閣寺三島由紀夫読み終わったあらすじを見て、「金閣寺を愛する青年が、なぜ放火するまでに憎むようになったのか」という理解だけして、すごく気になっていた本 実際読んでみると、小さい頃から金閣寺の影響は強くあって、愛しているというよりかは、とりつかれてる……呪われてるといった方が近いかもしれない 主人公・溝口は、理解のできない狂人というよりかは、むしろ個人的にはよく共感できる繊細な青年だと感じた それは恐らく、個人的にもともと持ち合わせていた耽美主義的な思考と、三島由紀夫の文体、感性、それからこの金閣寺放火事件がすべて融合してくれたおかげだと思う - 1900年1月1日
細雪谷崎潤一郎読んでる「痴人の愛」「春琴抄」で谷崎潤一郎にはまって、手を出したはいいものの……そろそろ半年が経ちそう 雪(きあんちゃん)のような、古風で、関西弁で、奥手で、すこし不器用な人が好きなので、お見合いの様子をほほえましく応援したい気持ちと、しかしお見合いがうまくいかないでくれ……という気持ちがない交ぜになる 文章だけで人を好きになれる弊害 - 1900年1月1日
痴人の愛谷崎潤一郎読み終わった知的なファム・ファタールに人生を狂わされたい身としては、「ナオミ」という存在を避けては通れないだろう……ということで触れた 主人公譲治さんは、最初は真面目な人だったのに、自身の肉欲によって破滅的な生活を送るようになる……というのが、少しずつ金銭面に現れたり、ナオミに男がいるかもしれないというのでまともな食事もとれないくらい憔悴するあたりにも現れて、冷静になってみると「そんな女性とは手を切ってしまえばいい」と言いたくなるが、そうはいかないのがファム・ファタールというものだ 谷崎潤一郎の私小説らしい「痴人の愛」は、単なる夢物語ではなくて、経験からなる日記、懺悔みたいなものなのではないかな、と、なぜ働で取り上げられたときに思った そしてこれは、去年の暮れ~新年にかけて、(冗談ではなく)骨を折った療養中に読んだという記憶と結び付いてる本でもある - 1900年1月1日
ハーモニー新版伊藤計劃読み終わった人生に深く影を落とした本 数年前に読んでから、御冷ミァハに出会ってから、すべてが変わってしまった 他人に優しくあること、同情すること、ひいては何かを感じて、何かを思うこと それらを自分の意思で自然にやっていると勘違いしてしまうけれど、それは脳が与えられたものに対して条件反射的に処理していることであって、何かのエラーが起これば、感じることも、思うことも、できなくなるのかもしれない そしてそれは悪いことじゃなくて、防衛本能的に、いいことなのかもしれないし、自分の意思で考えないことを選べるのは、現代において幸せなことなんだと思う
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